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10.光のショー

 暫く練習を続けていると、領主のアーサーが部屋へと様子を伺いにやってきた。


「神獣様、いかがお過ごしでしょうか?」


「ああ、領主殿のお陰で快適に過ごせている」


「それは良かったです。……ところで……」


 アーサーは少し躊躇してから続けた。


「実は町の人々が神獣様の噂を聞きつけ、我が家の前に集まっておりまして。もしお許しいただけるなら、少しだけお姿をお見せいただけないでしょうか?」


 カイは顔をしかめた。目立つ事は避けたい。だけど突然訪れた集団を我が家に招き入れてくれた人の頼みを断るような真似はしたくない。


「分かった。だけど本当に姿を見せるだけだぞ? なにか話してほしいとか言われても困ってしまう」


 アーサーは目を輝かせた。


「勿論です! その神々しいお姿が一目見られればと集まった者達ですから」


 カイは玄関扉へと向かった。確かに大勢の人々が屋敷の前に集まっている。甲高い声が聞こえそちらに目を向ければ、子供もたくさん来ているようだった。


(せっかくなら彼らに喜んでもらえる事がしたいけど今の俺が出来る事なんてなあ……)


 日本でこういうイベントを行う時はなにをしただろうか。改めて記憶を振り返ってみれば、だいたい似たような事をやっていたように感じる。


「花火、スポットライト、プロジェクションマッピング……どうにか魔法で再現出来ないかな」


 カイは玄関から前足を伸ばし、足下に魔力を集中させた。様々な色の光の粒子が集まったところで夜空に向かってそれらを打ち上げるイメージを一心に頭の中で思い描く。


(大丈夫、いきなり空中に生み出すんじゃなくて放り投げるだけ。そんなに難しい事じゃない、そうだろ?)


 そんなカイの思いが届いたのか光の粒子は彼の思い描く通りに飛んでいき、鮮やかな光のショーが始まった。


 町の人々はこの様子に圧倒され、食い入るように見つめていた。だけど現代日本人の感覚からしてみればただ四方八方に散らばせるだけでは面白くない。次第にカイは粒子の配置も計算し始め、日本で何度も見た正円の花火を生み出した。


 人々から一際大きな歓声が上がったのが分かった。カイの耳には一人一人が囁くように隣の人へと伝える、その喜びの声までもがはっきりと届いていた。


「素晴らしい……」すぐ後ろでミラヴィスが呟いた。「魔法にこのような使い方があったとは」


 それを聞いてカイは少しホッとした。ミラヴィスのような重度の神獣信仰者には、他の神獣が絶対にしないようなカイの行動には忌避感があるかと思ったのだ。


 集中力が切れ始めたところで魔法のショーを終え、一度集まった人々の姿を見渡してからそっと建物内に戻るカイ。その様子に人々は一際大きな歓声を上げ、徐々に解散し始めた。急な依頼への対応としては上出来だったと言えるのではないだろうか。


「これで少しは落ち着くかな」


 カイの呟きにミラヴィスは微笑んだ。


「ええ、きっと。……この先、この町では今日という日が語り継がれるでしょうね」




 その夜。カイは領主が用意した特別な部屋で眠りについた。眠る必要がないのは分かっていたが、眠る事だけが自分が人間だった証のような気がして、踏ん切りがつかなかったのだ。


 だが、小さな安息はかすかな足音と、囁き声で破られた。


「誰かが来ています」リルの警告に、カイは心の中で頷いた。


 あえて身じろぎはせず、耳だけを澄ませる。誰かが部屋の外で動いている。侵入者だろうか? それとも使用人だろうか?


 足音は部屋の扉の前で止まった。カイは寝たふりをしながら扉の方へと神経を集中させる。と、ゆっくりと扉が開き——、一人の少女が立っていた。年の頃は十歳にも満たないだろう。薄い寝間着姿で、両手に何かを持っている。


 そっと部屋の中に入ってきた少女は、カイのすぐ近くに持っていた物を置いた。香りからして花のようだ。敵意はないのだろうと察したカイはそこで寝たふりをやめ「なにか用かな?」と問いかけた。


 背を向けていた少女の全身が硬直し、ぎぎぎ、と音が出そうなほど不自然に振り向いた。カイと目が合った途端、少女はその場で土下座をした。


「神獣様! お、起きていらっしゃったんですね」


 ガタガタと震える少女のすぐ目の前、カイの鼻先に置かれた物の正体は、単なる花ではなく花で作られた大きな冠だった。


「見事な花冠だ。……これを俺に? わざわざ作ってくれたのか?」


 領主の客人に無礼を働いたと咎めるべきなのだろう。でもまずは話を聞いてみるべきだと判断したカイは先ほどよりも更に穏やかな口調を心がけながら質問をした。


「はい。そ、その……私と弟はこの屋敷で働いてるんですが、弟は病気で、屋敷の外の医院に居ます。……戻って来られるかも分からないって言われてました。でも今日、見舞いに行ったらすっかり良くなってたんです。弟だけじゃない、医院に居た患者さんの大半が。……だからきっと、神獣様が空にきらきらしたものをばらまいてくれたお陰だねって先生と話してて」


「だからお礼に花冠を作ったんです」と言う少女の言葉に、カイは思わず息を呑んだ。自分の魔法が病に伏せていた人々に効いた? ……だがあれはあくまで花火を模したもの。決して治癒魔法ではなかったはずだ。


「……とっても綺麗だったねって、医院の皆が笑ってたんです。苦しい痛いって、ずっと笑えてなかったのに」


 カイは花冠の下に風魔法を使い、風圧で浮き上がったところで鼻先を使って跳ね上げ、器用に花冠を頭へと乗せた。


「ありがとう。とても嬉しいよ」


「神獣様、ありがとうございます」


「でももうこんな無茶はしないでほしい。君がしたのはいけない事だ、分かるね?」


「……はい、もうしません」


 そう言って頭を下げた少女が去ってから、カイは不思議に思ってリルに尋ねた。


「あの花火に治癒効果が?」


「……いいえ、治癒魔法ではありません」


 リルは首を振った。


「ですが、カイさんの魔法には間違いなく『神獣の力』が宿っています。その力が、見る者の心と身体を癒した可能性はあります。特に子供は感受性が強いので、より大きな影響を受けるのでしょう」


 それはつまり、()と身体が密接に関わっているという事か。だが、その理論なら身体の原形が分からないような無残な死に方をした場合、魂も消失して生まれ変われない可能性はないだろうか。


 カイの心を読んだリルは「そのような報告は受けた事がありません。ですが意識して確認した事もありませんね……」と呟いた。確かに、そのような死に方をする人の割合が少なければ、いちいち気にも止めていないかもしれない。


「すぐに調べられそうか?」


「我が主が戻れば恐らく。ですがまだチキュウからこちらに戻れないようです」


 リルの言葉にカイは頷いた。カイをこの世界に連れてくる為に力を使い果たしたのだろう。そう思うと恨めないな……、とは思えずカイは改めて拳を握りしめた。戻って来たら絶対一発殴る。それから過去の事例を調べてもらうとしよう。


「確か、上手くいけば明日中に王都につけるんだったか……」


「はい。王都はとても賑やかで、きっとカイさんも気に入ると思います」


 やや的外れなリルの言葉に、カイはそっと前足で頭の花冠に触れた。少女の純粋な感謝の気持ちが形になったもの。だけどカイはそのつもりであの花火を生み出したわけじゃない。それなのに、これを受け取る資格があるのだろうか。


 ごく普通の日本人だった者には似つかわしくない能力。それを得た今、自分はこの世界でなにが出来るのだろう。否、なにをして、なにをしないと判断すべきなのだろうか。


 魂の消失という恐ろしい問題にだけ取り組めば良いのだろうか。それとも、自分の目が届く範囲で全力を尽くすべきなのだろうか。目が届かない場所の人々は諦めるしかないのだろうか。


(……他の神獣の選択も、ある意味正解なのかもしれないな)


 神獣の力は強い。でも全員を助ける事は出来ない。それなら最初から関わらない方が……、下手に人間に介入しない方が良いのだろうか。


「でも俺は人間だ」とカイは呟いた。たとえ姿形が変わろうとも、中身まで変わるものじゃない。「神獣になりました」と言われても「はいそうですか」と全てを受け入れる事なんて出来ない。人間が……自分と同じ種族の者が傷ついているのを見て見ぬ振りなんて出来るはずがない。


 自分に出来る事ならなるべくしたい。だけどそれをするのは他の神獣の迷惑になるのではないか。人々にとっても、神獣に頼る癖がついてしまう事は、あまりよくないのではないか。


 とても眠る気にはなれず、答えの出ない問いかけを延々と繰り返すカイだった。

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