11.王都の情報
翌日早朝、出発の準備を整えた一行を待っていたのは領主アーサーだった。彼の隣には、昨夜の少女。偶然という事はないだろうと思っていたら、案の定、二人揃ってカイに頭を下げてきた。
「屋敷の者が粗相をしでかしたそうで。大変申し訳ございませんでした」
「申し訳ございませんでした!」
内心舌打ちをしたい気持ちを抑えながら、カイは慌てて頭を上げるよう求めた。それでも二人とも聞く様子がなかったため、仕方がなしに本心を打ち明ける。
「勘弁してくれ、大ごとにはしたくない。それに昨日の光のショーも治癒のつもりでしたわけじゃないんだ。……だから感謝の言葉も謝罪も全部、正直気が引ける」
二人は顔を見合わせ、ようやく頭を上げた。その何気ない行動でアーサーという男性が使用人を大事にしているのだと分かり、カイは少しだけ安心した。思えば少女の弟が医院にかかれていたのも、この領主の采配だったのかもしれない。
問題は背後から感じる神官と騎士達の視線の強さだった。きっとあとで説明を求められるだろう。事の次第を語った日にはきっと、ミラヴィス辺りは同室で見張るといって聞かないはずだ。全く、こうなりそうだったから出発時間を早めたというのに……。
「神獣様にこのような事を言うのは、かえって失礼かもしれませんが。……何かお困りの際は、いつでもフォークロスにお立ち寄りください。微力ながら全身全霊を賭けて力添えをいたします」
やや重いアーサーの言葉に頷き、カイは一行と共に町を出た。早朝だけあって人の気配はまばらで、昨日とは違って大きな騒ぎにならずに済んだ事がありがたかった。
「フォークロスから王都までは通常一日かかるので、道中もう一泊するのが定石なのですが」とミラヴィス。「安全に配慮しつつ、可能であれば今日の夜中に王都入り出来ればと考えています」
反対する者は誰も居なかった。昨日の神官の発言も、なにも休みたくて言ったわけではなく、単純にカイの存在を受け入れられる町がフォークロスしかなかったのだともう身をもって理解している。そんな彼らが反対しないという事は、これからの道中、フォークロスほど大きな町は皆無だという事なのだろう。
道中、カイは色々な事を考えた。日本に残してきた家族の事、詐欺神との話。そしてミラヴィスから聞いた神獣の立ち位置やフォークロスでの反応。ついこの間まで長期休暇をどう過ごすか考えていたというのに。たった数日で異世界に転生し、神に等しい犬になるなんて一体誰が想像出来ただろうか。
「……様、カイ様? この辺りで一度休憩しようと思いますが問題ありませんか?」
ミラヴィスの声に我に返り、カイは慌てて頷いた。
「あ、ああ……、俺はそういう事には疎いからミラヴィスの判断に任せるよ」
そして空を見上げた。いつの間にか早朝特有の薄暗さは消え去り、太陽は高い位置で輝いていた。人間だった頃のカイならこんな長時間歩き通しでは根を上げていただろう。だが、この身体では未だ肉体的疲労を感じなかった。また一つ、現実を突きつけられた気がして苦いものが込み上げてきた。
一行は小さな川のほとりで休憩する事にした。神官と騎士が二人一組になって二通りの食事を作っている。全員が同じものを口にしないようにする為なのだという事は、初日にミラヴィスから教わった。
「……ところでミラヴィス。王都について色々教えてくれないか?」
手際よく料理する彼らの手元をなんとはなしに眺めながら、カイはミラヴィスへと問いかけた。
「そうですね……、王都ソラルタはソラーナ王国で一番大きな都市です。王が住まう城を中心に魔法院、騎士団本部、商工区と、それから居住区。他にも色々ありますが主なところはこんな感じです。人口は約二十万人ほどですね」
二十万人。現代日本の基準では少ないが、確か十四世紀初頭のパリの人口は八万人程度だったはず……とカイは十年以上前に習った情報を引っ張り出した。それに比べて二倍以上なのだから、相当な規模だと言えるのだろう。
「国王との面識は? 人となりとか、評判とかが知りたいんだけど」
「現在の王はアルバート三世陛下です。温厚な方で、民の事を第一に考える名君として知られています。王妃様は既にご逝去されており、王子様と王女様がいらっしゃいます」
「なるほど……じゃあ政治体制は?」
「王は国の主であり、その命は絶対です。アルバート三世陛下が自らの判断で決められます」
「……絶対君主制か。アルバート三世はさておき、俗に言う暴君や暗君の治世ではそれだと大変だろう」
「絶対君主制……的を射た言葉ですね」と感心してからミラヴィスは説明を続けた。
「ソラーナ王国には五つの名門家が存在し、それぞれが国を支える重要な役目を担っています。バスティオン家は『王国の盾』として拠点の防衛を担い、『王国の剣』として騎士団を統べるヴァンガード家とは協力関係にあります。そしてアークライト家が『王国の財庫』として富を司り」と、ミラヴィスは一本一本指を折りながら話を進めていく。
「エルダーソン家が『王国の知恵』として各種教育機関を統制しています」
そこで彼女は少し言葉を選ぶように間を置いた。
「……最後の一家、ブレイブハート家は『王国の心』として民の声を王に届ける務めがあります」
「ブレイブハートって……」
聞き覚えのある家名に、カイは驚いた様子でミラヴィスへと聞き返した。
「はい。お察しの通り、我が家門です」
「根掘り葉掘り聞いて悪いが……、確か最初に訪ねた村が故郷だと言ってなかったか?」
「……私はいわゆる私生児です。父がたまたまあの村に立ち寄った際に母を手込めにし、私が生まれました。ですが父は私の存在を認めようとはしませんでしたし、私もあの男を父だと認めた事はありません。……母は私が幼い頃、病気で亡くなりました。村の人達は私によくしてくれたので、なに不自由なくそれからも村で暮らしていました。ところがある時、なんの気まぐれか父が再び村を訪れたのです」
淡々とした口調がかえってミラヴィスの怒りの大きさを物語っているような気がして、カイは相づち一つ打つ事が出来ずにただひたすらに耳を傾け続けた。
「母を亡くした事を知り、あの男は笑いました。『なんのしがらみもないのであればお前を我が家の末席に加えてやっても良い』と。……どこまでも人を見下した態度でした。でも、私は断りませんでした。断れなかったとも言いますが。その時、権力の重要性を悟ったのです。力がなくてあの男に従うしかないのなら、いつか力をつけてあの男から自由になろうと固く誓いました。……ああ、話がずれてしまいましたね。とにかく、そういう理由で私にとっての故郷は、今も昔もあの村だけなのです」
「すまない、無遠慮に聞いてしまって」
「いいえ、良くも悪くも五家は注目の的ですから。王都につけばどうせ嫌でも耳にしたはずですよ。……まあさすがに神獣様の耳に入れるほど愚か者は居ないとは思いますが……、カイ様の人となりを知ったら、勘違いする者が出ないとも限りませんので」
「隊長はブレイブハート家の変わり者と呼ばれて敵が多いですから、神獣様と引き離す為にある事ない事吹き込まれる可能性は十分ありますね」と、そこで口を挟んできたのはフォークロスの門前でカイと共に留守番をしていた騎士だった。
「変わり者? こんなに『ブレイブハート家』に相応しい人格者なのに?」
もしかして神獣に対する信仰心の高さの話だろうか、とちらりと思ったが、すぐにそうではない事が分かった。
「民の声を王に届ける……つまりブレイブハート家は代々文官の家系なんですよ。それなのに騎士の道を選んだものですから、当然父は反対しました」
「へえ……、よく許可が下りたな?」
「自らの足で様々な場所へ赴き、民の声を聞く。そしてこの剣で彼らを守りたい。……そんな私の思いを買ってくださったヴァンガード家ご当主が、口添えしてくださいまして」
「……なるほど」
昼食の準備が整ったと神官に告げられ、ミラヴィスとの会話はお開きとなったのだった。




