姫様の異界6
「逆に君は何してんの?」
答えを返したのはヒノだ。
「走り回って!悪魔周辺には何もないと判断し!こちらの確認に来ました!」
「へー。で?」
「仲間が死んで、兵士も死んで、町中滅茶苦茶で……。今この時も、たくさんの人が死んでいるはずです!」
「へー。で?」
「ふざっ……、そうだ、仲間が、ミシェルは何処ですか!?」
「そ、それ、は……」
僕に目を合わせようとせず、何かを耐えるような思いつめた顔をしていた姫様が初めて口を開く。
「それは」「ヒノ殿。ここは私が」
姫様とヒノを庇って出てきたのは、この隊の隊長だろうか。精鋭揃いに見えるこの隊の中でも、特に立派な鎧を着ている。本来将軍とかそういう立場だと思われる。
「私が殺した。ありもしない理想を掲げ、兵を誘惑した。余談を一切許さぬ現状で統率を乱す行為は厳罰にて対処するほかない」
「は?……ミシェル、は、そんな、優しい、やつで」
聞き間違えないように、隊長の方へ近付く。が、その必要はないというように、体中が痛み出し、疲労も思い出してきた。
一歩ごとに痛みが増し、隊長の目の前に辿り着く頃にはもう動けないくらいだった。
「ああ、平時ならばそうなのであろう。だが今は非常時だ。百を犠牲にして一を生かす選択をしなければならない。その選択に異議を出し続け、代案も理想論を掲げるのみ。穏便に引き取ることも叶わなかったため、処罰した」
疲れと動揺とで頭の処理が追い付かない。死んだ?殺した?何故?それを今言っていた。あれ、えっと?
「心中お察しする。だが、君は幸い外の人間だ。他の場所にも大切な者はいるだろう。私や姫様を含め、他の兵士よりはよほど気楽な立場だと理解してくれ。私たちは、家族や知り合い全てを時間稼ぎの贄としている。その覚悟を決めて、唯一のチャンスを掴むためここに残った。気に入らないなら再び一人で戦場に戻ってくれ」
ふざけるな。お前は、お前の家族は、どうせリセットされ生き返る人間だ。モブだ。NPCだ。
そう言いたい。……が、言えない。当人にその自覚はないし、そんな妄言を吐くようならミシェルの二の舞になるだけ。
ミシェルの二の舞?ああそうか、ミシェルも殺されたんだ。
立っていることも難しくなり、膝を折り、その場で体を丸める。
「国としてはもう機能しないかもしれん。だがそれでも、全滅は避けなければならないしあの怪物を野放しにはできん。君たちが失敗した以上、もうどうしようもないのだ。
分かるか?私たちは君に、君たちに賭けていたんだ。こうして何の成果も得ず逃げ延びてきた君を今すぐ殺してやりたい気持ちだってある。だが、私たちにそれをする資格があるとも思えないから、こうして包み隠さず話している」
ああ、僕以外みんな死んだのか。みんな良いやつだった。長いこと一緒に過ごしてきて、色んな事を話した。
転生してからようやく見つけた心の拠り所。仲間であり家族。
いつか誰かが死んでも、残った者は笑顔でいようなんて話した。冒険者を続けていくなら、誰かは死ぬと覚悟していた。いっぺんに、みんな死ぬなんて。
胸に何かが詰まっているようで、体を丸めている状態が苦しくて。倒れこむように仰向けになり、寝転がる。仲間の死の実感もようやく追いついてきたが、不思議と涙は流れない。ただただ、頭の中でボーっと、過去の光景が流れ続けた。
◇
「作戦を、聞いても良いですか」
もう僕にできることは何もない。それでも十分な時間を経て、泣き止み、痛みに悶えながらも歩くことくらいならできるようになってしまった。死ぬとしても、何も知らないままというのは嫌だ。
「私に聞くか。まあ良いだろう。姫様も喋り難いだろうし、ヒノ殿もああいう人だからな」
今まともに話を聞きたいならば、隊長が最適だろう。ミシェルを殺したことに関して許すつもりはないけど、一番理性的であり続けていることは間違いない。
「あの怪物はまだ完成しておらず、完成していない不安定な状態だからこそどこを攻撃しても再生されてしまうらしい。だが、完成した後は少し状況が変わる。生物として機能するようになることで、弱点が生まれるようだ。皮肉な話だが、こちらとしてはありがたい」
暴走を止める、とはつまりこの時間を稼ぐための作戦か。
悪魔の動きを止めることに成功しても失敗しても、最終決戦はやって来る。その時に倒せるだけの戦力がいなければ意味はなく、この場にいる者がその戦力ということだろう。
「……そんなこと、何で分かるんですか」
「姫様からの話だが、情報源はヒノ殿だろうな」
「信じられるんですか」
「疑惑を向ける気持ちも分かる。だがな。ヒノ殿は実際にこれまで効率的な対処法を示し続けたし、それを証明するために最前線で戦い続けた。おかげで多くの命が救われた。彼女は私より弱いし戦う理由も薄いはずなのに、それでも国のために戦い続けてくれた。他にまともな情報もない。この話を信じない理由はあるか?もちろん、より良い作戦があると言うならば聞く心構えはある」
確かにヒノは僕なんかよりもよっぽど強いけど、圧倒的という感じじゃない。他に同列に扱えるほどの情報もない。
「仮にヒノ殿が裏切ったとして、何を得る?例えこの国を丸ごと乗っ取られたとしても、もはや大した価値にはならんだろう」
「もうすぐ行けますよ」
ヒノの一言で一斉に兵士が立ち上がり、集まる。全部で十三人。
「対象は変わらず左肩に存在する肉の突起で、必ず根本から切り落として下さいねっ。その後は再生力が落ちるはずです。特に手足は根本から切り落とせばほぼ再生しないんじゃないかなって思います」
既に町のほぼ全てを悪魔は蹂躙している。
最も被害の少ない場所がここ王城。人口密度が高いところから狙われているらしく、だからこそ王城では今いる精鋭の兵士以外を締め出している。一時はまとまって避難する市民を殺しに町の外へ悪魔が行く場面もあったらしい。
「いよいよだ。姫様、大丈夫ですか?」
「もちろんよ。これで全てを終わらせなければいけないもの」
ここまでの選択を悔やんでも仕方がない。出した犠牲のためにもと、姫様は今までにない決意を秘めた表情をしている。
「良い顔ですね。左肩への攻撃は私が行いますので、姫様にはその後の攻撃を任せます。皆の者!援護は頼むぞ!」
「「はい!」」
「ヒノ殿、良いですかな?」
「大丈夫っ」
「では、出撃!!」
門が開き、町の悲惨な状態が全員の目に入る。
どこもかしこも建物が崩れ、そこかしこで火の手や煙が上がっている。 たった数時間で、こうも様変わりする者か。
建物が崩れているせいで、悪魔の姿も分かりやすい。外見上は最初と変わらない。
討伐隊は駆け出すことなく、歩いて悪魔の方へ向かう。最大限体力を温存するためだ。
到着が遅れることでいくつの命が失われるのか。誰もが頭に浮かんでいるだろうが、鋼の意志で制しゆっくりと歩を進める。
僕も、付いて行く。
自分のことだけどその理由はピンと来ない。多分、怖いとか寂しいとかそういう感情。王城に残ることが一番安全だと頭では理解しつつも、できそうになかった。痛む体に鞭打ちながら歩く。
距離が半分ほど近付いたところで、悪魔はこちらに気付いたように向き直る。十数人のこちらへ優先順位が更新されたらしい。つまりそれを越す人の塊はもう存在せず、手近に殺せる人間も存在しないということだ。
「突撃!」
僕以外の全員が駆け出す。ついに最後の戦いが始まったのだ。