冒険者の塔 二層2
予想通り、すぐにそいつらは現れた。
うるさい羽音と共に現れる蜂の集団。
先ほどと同じレイピアビーが主だが、違う個体が混じっている。胴体が少し小さく代わりに針が大きい。いや、ただ大きいだけではなく両刃になっている。まるで針ではなく剣だ。
長さは控え目だが太さは俺が使っている剣とそう変わらないサイズ。あんなものケツに付けていればまともに飛べるとは思えないが、事実浮いている。
先ほどの宣言通りまともに戦う気はない。
適当に避け、攻撃を弾きながらゲートを目指す。が、すぐに勢いを止められる。
ガキィン!
重い刃同士が打ち合う音が響く。先ほどの特殊個体の攻撃を防いだのだ。
「くそっ」
強い。地に足着いた俺と同等の膂力で打ち込んでくる理不尽。しかもあちらはブンブンと気軽に飛び回り、宙返りや急旋回をしたりとアクロバティックな動きを見せてくれる。
もちろんそれらの動きは、攻撃への布石。こちらの動きを制限しながら、対応が難しい角度から急襲される。
多少無理に腕を捻りながらも剣を合わせる。あれだけ訓練し身に着けた受け流しもこれでは機能しない。どころか、続く敵の剣戟全てを剣で防ぐことさえ叶わない。
鎧に傷を付けられながらもなんとか連撃を凌ぎ切るが、足が止まってしまっている。再び駆け出しても、またすぐに攻撃が始まり進めない。
周りでも金属同士が打ち合うような音が断続的に聞こえる。各々戦っているのだろう。
俺より前に出る者がいない。サンゴですら手こずっているようだ。森で有用だと思われた魔法も、地面を動かしたところで空中にいる蜂達へは有効な手段にならない。
何とか攻撃を捌き、進もうとして、止められる。
焦る。腹が立つ。
しかしこちらから仕掛けることは許されない。特殊個体ではない普通のレイピアビー二匹が、少しだけ距離を空けながら俺を狙っている。少しでも隙を見せればこいつらにやられる。
垂れる汗が鬱陶しい。
手のひらに転がされている。
近距離戦が最も弱いヒノが心配だが、そちらを一瞬見ることも出来ない。
幾度もこちらに不利な競り合いが繰り返される。
打ち合うごとに傷が増え疲労が溜まり、神経が摩耗する。一切表情の読めない虫型モンスターであるが、こいつらも疲労するのだろうか。こちらだけ消耗しているのなら、そろそろ終わる。
終わってしまう。
――ウォオオォオォン!
突然何かが哭いた。思わずそちらに気を取られてしまい、やばいと感じたが幸い蜂共も同じだったらしく致命的なミスにはならなかった。
声の主は木人だった。
南西の森のそれとは違い、腕に該当する部分には枝葉が付き複数の根が足となっている。相変わらず目はないが口と思しき器官があり、そこから先ほどの声を発したのだろう。
ヴェルダウッディアン、緑木人――のはずだ。事前の情報では、こいつに口があるなんて聞いてない。
口があるからなんだという話だが、何か意味があるから口がある。捕食のためか、魔法のためか、あるいは今の”声”か。
捕食のためなら速やかな栄養摂取が出来る。本来植物に必要ないそれは狂暴性を示唆するものであり、また口を使うための柔軟性を持っていることになる。どんくさく可動域の限られているのが木人の欠点のはずが、それがないという事になる。
魔法だとすると何かを発射するのか。耐久性の高い木人が遠距離攻撃を可能とするのは厄介極まりない。
そしてもし声自体が目的なら、当然それを聞く存在がいる。すなわち仲間の存在。今の叫びが何を伝えたのか。
これらの憶測に意味はない。例えどれが正解であっても、どれもが間違いであっても。逃げる以外の選択肢は無いのだから。
蜂の攻撃が再開されるまで少しだけ間が開いた。おかげで少しの距離を走ることができて、いくらかゲートまでの距離が縮まっている。
さらには蜂の大部分が木人の方へ向かった。元々、緑木人は蜂を獲物としているはずだったのでその敵対関係は変わらないのだろう。
俺の相手は相変わらず特殊個体だが、鬱陶しい他二匹が消えたのでこちらからちょっかいを出したりしつつもちょっとずつゲート方向へ進む。
特殊個体を相手取らないヒノとミリリは、俺よりも遥かに楽なようで良いペースで進んでいる。既に俺より前方に進めている。だが、それ故に進むのではなく倒してしまい、こちらに加勢しようとする意志も見える。
俺に構わず先に行け、なんて言えたら格好良いだろうが言わない。万一、二人を諦めた蜂がこちらに加勢するなんてことがあると、先ほどと同じく一切進めなくなっていずれ死ぬ。
サンゴも相当苦戦しているようだった。一瞬見えただけだが、恐らく武器の長棒が両断されている。木製ではあるが相当丈夫で金属製の剣と打ち合える代物だったはずだが、特殊個体相手には力不足だったようだ。
少しずつ進めているだけにこの状態を維持しようとしてしまうが、不味い。
未だにヒノとミリリは通常のレイピアビーを倒せていない。もともと一対一でも倒せる相手だと思っていた。最初に出会った個体は魔法一発で倒せたのがその証拠。
特殊個体でなくともあの爪兎がそうであったように、強い個体なのだろう。さらに、あの蜂共は防御を優先していると感じた。時間を稼ぐことを目的としている。
こちらがゲートに辿り着くことを目的としているとは知らず、ただ時間と体力を消費させようとしているだけならまだ良いのだが、今更そんな過小評価は出来ない。
いい加減、腹をくくる。
大丈夫だ。俺は今最高に調子が良い。爪兎も倒せた。気配にも敏感だった。今も戦いながら皆の状況を良く把握できている。
――集中
元々集中していたはずだが、それでもなお集中する。おかしな感覚。脳みそがグルンと動いたような。目と脳の感覚が一致しない。
相手の動きが分かる。アクロバティックな動きをしていても、目的が分かれば同じこと。でも動きが分かっていても体は追い付かない。
やりたい動き、理想の動きに追い付かないことに腹が立つ。この剣が追い付けば、ぶち殺してやれるのに。追い付けない。追い付きたい。くそが。
ゴリッと、自分の体から音がした。
関節が外れたのか、それ以外の何かが壊れたのか。
不自然な動きをしながら突発的に加速した剣は、打ち合うかと思えた相手の武器を無視しその先にある胴体へ向かう。
蜂はなんとか挙動に反応し避けたが、背に付く羽の位置まではコントロールし切れずその片方が裂かれる。いかに強力な個体であっても、片羽で飛べるはずもなくそのまま地に落ちる。
常ならば追い打ちをかけ確実に命を奪うが、今その意味はない。
痛み、だらんと垂れ下がる右腕をそのままにサンゴの方へ駆ける。先ほどのような半ば不意打ちのようなものでない以上、例え二対一になったとしても易々と倒せる相手ではない。
それでも止まらず駆ける。
力なく垂れ下がっていても、右手は確かに剣を掴んでいる。無理やり動かそうとすると見た目通りの痛みがやってくることが分かる。分かるだけで、実際にそう感じていない気もする。ともかく、動かすことに支障はない。
伸びたままになり、いつもより長い気がする右腕を、そのまま遠心力を乗せ振り回す。雑な動きは当然蜂に避けられるが、それで良い。
続けて振ろうとする腕に、敵の刃が迫る。
――もちろん、避ける術も防ぐ手立てもない。
ザシュッ
伸びきった腕の肘。鎧の可動部であり最も弱い位置を的確にやられた。この鎧は信頼に足る防御力を保有しているはずだが、それでも弱い関節部を狙われたからか単純にこいつの威力が高いからか、一撃で見事に持ってかれた。
俺から離れた腕は剣を落とし、勢いで回転して篭手から抜けた生身の部分だけが、射出されたかのように飛ぶ。
――何故こんなにも気持ちよく、俺の腕は飛んで行くのだろうか。いやにクリアな頭で考える。
断面は綺麗に見えるが、相応に篭手の方へ力が分散した結果飛んだのだろうか。それとも切断された後に力が加わり飛ばされたのだろうか。だとしたら随分無駄な力が加わったのだな。
いずれにせよ、ケツの剣を振り切った蜂は隙だらけだ。




