冒険者の塔 二層3
蜂は間違いなく有効な攻撃をした。
分かりやすく俺の隙であったし、その腕により仲間がやられたことを把握し危険視もしていた。だから簡単にその危険を取り除けるなら、当然する。
突然舞い降りた甘いエサに釣られた蜂は、サンゴの相手をしていたことを思い出す。お互い防御優先で消極的に動いていた今までとは既に状況が違う。
一転攻勢。
腕の痛みはあるが然程影響はない。興奮状態により感覚が麻痺しているのだろう。
切断面は魔法で塞いでいるので出血の影響も最小限。折角か細いながらも物理的な影響を及ぼす迄に至った能力が、こんな形で実戦投入になるとは。
チャンスをものにする為二人で畳みかける……ことはなかった。
サンゴの持つ切断された棒の片方が、振り向くことさえ間に合わなかった蜂の横っ面へ既に刺さっている。
自身の足元を魔法で隆起させ、助走無しでいきなり跳んだのだ。
千載一遇の機会を確実に活かす意思。
勢い付いたサンゴは空中の蜂を刺すだけでは到底止まらず、宙に浮く。空中で動くことは出来ず、対する蜂共はそれを得意とする。致命的な隙だ。
ヒノの相手をしていた蜂が素早く反応し、サンゴへ迫る。
――させない。
蜂に対し一時的に無力になることを分かっていたから、ずっとこの手段を躊躇していたのだ。今、それを承知の上で特殊個体を速殺することを選んだ。時間を優先するこちらの意図をこれ以上なく読み取ったのだ。俺も応えなくては。
失った片腕を無視し、飛んで行った腕とは違い近場に落ちた剣に飛びつき、振り向きながら渾身の力を込めて投げる。
狙い通りとはいかず、蜂に当たることもなければ回避動作をさせることも出来ない。それでも、サンゴとの間を一瞬遮り勢いを緩めた。
さらにサンゴの方も棒の片割れを投げる。不安定な体勢で投げても大した威力は出ずダメージを入れることは望めない。
適当にあしらいながら迫ろうとするレイピアビー。
そこに、本来相手をしていたヒノの魔法が追いつく。
背後からの攻撃にも蜂は気付き避けようとするが、投擲物に注意が行き反応が遅れている。足の一つにあえなく着弾し炎に包まれながら落下。殺せた確証はないが、すぐには動けないだろう。
あとはミリリ。そう思い姿を探すと、いたるところから血を流しながらも蜂の死骸を捨ておきこちらに走ってきているところだった。
「走るぞ!」
負傷した蜂共に止めを刺すなどは一切考えない。まだ飛べたところで、追い付かれなければ問題ない。
蜂側の増援が来る前に何としてでもゲートへ辿り着く。
――駆け出そうとして、カクンッと情けなく力が抜け、倒れる。
体が一瞬浮いたかと思うと、肩に担がれる。こちらへ向かっていたミリリがそのまま俺を持ち上げたのだ。
思わぬ衝撃に呻き声が漏れるが、助かった。
急速に意識が薄れて行く。酷使した肉体への反動がやって来たのだろうか。
曖昧になってきたが、ゲートへ真っすぐ進み始めている。かと思うと「ジュッ」と何かが焼ける音が響く。続けて激痛。
「ッ!!!」
あまりの痛みに息が詰まる。何とか息を吐き、吸い、もう一呼吸したところで理解する。
ヒノが腕の切断面を焼いたのだ。倒れたタイミングで魔法も解けていたのだろう。
放っておけば血が無くなり死ぬ。正しい対処だ。むしろ今まで良く持っていた。そうか、そういえば腕を失ったのだった。
痛みでハッキリとした意識も、続く事なく微睡む。
それまで気絶していたのかすらハッキリしないが、朦朧とした中、気配を察する。
それが何なのか。数はどれくらいか。伝えようと口を開き、光が目の前に迫っていることに気が付いた。
――ゲートだ。
安心した俺は、完全に意識を手放した。
◇
目が覚めると、そこはいつもの宿。
すぐに激痛を感じ呻き声が出る。
歯を食いしばり、耐える。
少し慣れてから、なんとかベッドから起き上がろうとして……失敗した。
肘から先のない右腕。
普段自分がどうやって起き上がっているか気に留めたことなどなかったが、どうやらまず右手を使っていたらしい。
「良かった!おはようございますっ!」
心配してくれていたのだろうヒノが、手元の魔法を消しながら寄って来る。
最低限の確認をしながら、水や食料を要求する。どうやら丸一日寝ていたらしく、相応に体が栄養を求めている。
ヒノは魔法の修練をしながら付き添っていてくれたみたいだが、残り二人はダンジョンに行ったらしい。
俺の意識があっても同じ様な行動を促すだろうから、良いことだ。三人部屋にいたところで意味がない。
ヒノによると、やはりあの時の二層は普通じゃない状態だったらしい。
原因は分からないが、モンスターの縄張り争いが激化していたと。
長い間利用されてきたダンジョンは通常、ゲート付近のモンスターは弱くなる。多くの冒険者が出入りする為、モンスター目線で危険な場所となるからだ。
賢いモンスターは危険な場所を避け、安全で扱い易い土地に根を張る。結果的に、ゲート付近は知能が低かったり他の強いモンスターから逃げてきた個体になり、俺たちのようなレベルの低い冒険者にうってつけの狩場となる。
それが崩れていた。
因みにこの状況は既に解決したらしい。
上級冒険者がゲート付近のモンスターを殺戮して周り、あえて生き残らせる個体も残しておく。そうして恐怖を植え付け、ゲート付近は近付いてはならない場所だと再認識させたそうだ。
原因が分からない以上再発するだろうし、そもそも今回が初めてのことじゃない。数ヶ月に一度程は起こるそうだ。
つまり、運が悪かった。
いや、命を落としていないのだから幸運かもしれない。死ななきゃ安い、なんてゲームではよく言ったものだ。
……失った右腕をボンヤリと眺めながら、溜め息を一つ。
当たり前だが、このままじゃ戦力にならない。
身体欠損による引退は、冒険者を辞める理由の上位に位置するだろう。
こんな世界だからこそ、腕を取り戻す方法はそれなりにある。
再生、接続、義肢。
再生は、最も分かりやすく、最も難易度が高い。
完全に失った部位を治せる者なんて、この世界に数人しかいないという話だ。エリクサーのようなものもあるかもしれないが、底辺冒険者に縁があるわけがない。
この手段を摂るなら、最高位の冒険者に頼むことになり相応のコネと金が必要になる。つまり実質不可能という訳だ。
接続というのは少しわかりにくいかも知れないが、そのままの意味だ。
勿論接続先は切断された自身の腕が良いし、通常はそれを用いた治癒を指す。
しかし俺の腕はどこにあるか分からないし、恐らくあの蜂に食われているだろう。そうでなくとも木人の養分にでもなってる。
仮にこの方法を採用するなら自身以外の腕ということになり、その場合は様々な問題が生じる。
その問題の大半は冒険者として活動しなければ表出しないものであり、逆を言えば冒険者として致命的である。
多くはこの方法を採用して引退するという訳だ。基本的には健康な体を取り戻す事ができるので、心理的にも一番良いのだろう。
最後に義肢。
四肢を失いながらも冒険者を続ける場合、多くの者がこれに頼っている。
高位の冒険者にも義肢を使っている者がおり、諦める必要がないと思わせてくれる。が、それは勘違いとも言える。
当たり前の話だが、高性能の義肢は価格も高い。低性能の義肢は他者の腕を接続するより弱い。
つまり金次第。そして俺にその金は無い。
蓄えを消費した後というのが悪かった。
もし闘技場を見る直前の最も潤っていたタイミングなら、最低限の義手なら買えていたかもしれない。
まあ、今となっては意味のない想像だ。
結局のところじゃあどうするのかというと、金が無いからどうしようもない。
どうしようも、ないのだ。
この世界は俺にとって少し都合の良いものだったが、俺に対して優しい訳ではない。
パーティは解散することとした。
残りの三人で俺のために稼いでくれ、なんて言わない。俺ならその時点でパーティを抜ける。足手まといなんていらない。当たり前だ。
その際、残っていた資金は四等分。せめて俺の治療費に当ててくれと皆は言ってくれたが、それは非効率的だと諭した。
多くの装備を買い直さなければならない有り様であり、装備さえあれば俺以外は狩りができる。言わば金が増やせるのだ。
俺がその金を全て貰ったところで増えはしない。中途半端な金があっても、使い道なんて何もない。
片腕でできる仕事は何があるだろうか。
結局信用はないままだから、ヴォーヨンで働き先は見つからないだろう。幸いコーメンツに戻る程度の金はあるから、そこでやり直し。
一番簡単な荷運びも不可能となると、事務系か。
なんだ、前の世界と変わらないじゃないか。
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