第14話 農業再開。豊かな土壌を作りましょう。
大変遅くなってしまいました。申し訳ありません。
盗賊騒ぎから3日が経ち、村は既にいつもの落ち着きを取り戻していた。
いや正確には、盗賊騒ぎの翌日から各家の農作業やその他の雑務は再開されていたんだけども。
一応賊擬きの使者共の扱いとか、連中を見張ってる人間の選別とか、あとは夜には祝勝会と称した宴会が開かれていたりとか、慌ただしい非日常だったのがようやくいつもの日常に戻って来たらしい。
まぁ、俺はこの村に来てからずっとあわただしかったんで、日常も非日常も知らんのだけど。あと、俺は投石はやったけど、戦闘だの格闘だのはズブの素人なんで、賊擬きの見張りは免除されてるよ。今見張ってるのは猟師だとか屈強な体躯の農夫だとか、ちょっとどうにか出来そうには見えないタイプの村の男達らしい。危機は去ったが、冒険者は呼んでしまったし、せめて引き渡しだけでもしておきたいらしいので、律儀に捕縛して一ヵ所にまとめているのだとか。
それにしても、そんな非日常の中でも農作業は止まらないのは律儀というかなんというか……めんどうが起こった時と、祝い事がある時位休んでもいいと思うんだが……何てことを茜にこぼしたら
「農家が休みになるときはお祭りと雨が降った時。平日も休日もありません。人は待っても季節は待ってくれないよ。」
と言われてしまった。収穫するときが最高のベストタイミングになるよう、時期を逆算して種や苗を植えなきゃだし、その前にも土地の様子を見て育成環境を整えてあげなきゃいけない、とも。
俺達は妙なタイミングから作業を始めているのに、そこに盗賊騒ぎが重なったりで、他の家よりも出遅れ気味らしい。
畑の耕運は獣人となった茜の体力チートと農業知識に任せて一気にやってもらうことになったので、俺は茜に頼まれたもう一つの仕事をこなすことにした。
◇◆◇
秋也さんに森での採取を任せ、わたしはわたしで今後の作業の為の下準備を始める。
まず、日本から持ち込んだ芋類に日を当てて発育を促す所から。芋は保管する場合日光欲はご法度なんだけどね。特にジャガイモは。
ジャガイモは日光に反応して芽と表皮にソラニンていう毒素を作り出すから、保管は冷暗所にするのが鉄則。これが甘いと中毒を起こすので、消費もなるべく早めを心掛けた方がいいんだよね。
ジャガイモ食の本場であるドイツ周辺でも、年間に何人か死者が出ることもあるから、たかがジャガイモの毒って甘く見ちゃいけません。
じゃあ何でそんな物騒な芋を食べ続けているのかって言うと、それは生産性が非常に優秀だから。生産倍率はメジャーな麦よりも遥かに多いくて、麦の植生に向いていない寒冷地域や、手っ取り早く食糧を増やしたかった地域で広がって行ったんだよね。日本でも数々の飢饉を救ってきた歴史があるし。ただ、天敵もいるから、土の管理はとにかく気を使うのが難点かな。土壌のバランスや病気の予防のためにも、同じ畑で作り続けていけないのがね……ひどい場合、疫病で全滅したり……そんな歴史もあるのがね……
あれ? ホントに優秀なの? ジャガイモ……ま、まぁ、わたしはその歴史と対策も知識としては持っているし、実際にそれを防ぐ措置を取った育成実習もしているし、大丈夫。だよね? 多分……
とにかく、ジャガイモもサツマイモも、それぞれ種芋にするため、僅かに芽吹く程度に発育を促すことにする。秋也さんは信じられないものを見る目で見ていたけど。芽の出たお芋ってホームセンターでも売られているんだよ?
あと、リンゴも。そのまま食べるのもいいんだけど、ちょっと一工夫。適当な大きさにスライスしたリンゴを鍋で煮詰めてヘラで潰す。あとは煮沸した陶器製の瓶に入れて保管。簡単なリンゴジャムを作っておく。砂糖不使用だからあんまり日持ちはしないけど味はしっかりしてるから、食卓のお供に。でも、量も少ないし、直ぐに食べ終わるかな。この世界に来てから、甘味にびっくりするほど出会えてないから、なんとか作って見たんだよね。他にもフルーツがあるなら試してみたいな。
そうそう、種は一応鉢植えに入れてみました。難しいとは思うけど育つといいな。鉢植えは今後、他にもハーブやら何やら色々植えて見ようと思っているから、幾つか用意してみました。いきなり路地栽培も異世界風味でいいんだけど、折角の種を無駄にしないために、ある程度の生産倍率が見込める作物はこの方法で行こうと思う。セルがあればもう少し省スペースで……って、あれは作ろうと思えば作れるね。
近代的な道具は動力機械以外なら大体再現出来るかも。うん。異世界農業、やって行けそう。道具と機械に頼らない、基礎からの農業実習に感謝します。いやぁ、当時はひたすらかったるかったよ? 広大な実習地をトラクターで耕さずクラス総出で鍬を振るい、作った畝に手作業でプラポットから苗を植え付け、水やりは流石に水道があったけど、これもクラスで持ち回りでやってたし。でも先生は「今の農業は機械を使うのが当たり前だ。だが、野菜は工業製品じゃない、生きているんだ。教科書やマニュアル通りに水や肥料を蒔けばいいと言う訳じゃ無い。まずは、その野菜がどうやって育ち、またはどうしたらダメになるか、それを自身の目と手で感じとれ。機械や科学に頼るのはその後だ。知識や教えだけでなく、自らの経験も身に付けろ。」だったっけ。最初に言われたのを今でもよく覚えてる。
自分で見たわけでも経験したわけでも無いのに、「これはこういうもの」って思い込んでいたら、いざ問題に直面したときになぜ問題が発生したかも分からなかったりするし。だから、歴史に学び、失敗に学び、そうして発展してきた農業を、わたしは経験で学んだ。その知識をこの世界でも使おう。わたしと秋也さん、二人で生きていくために。
◇◆◇
「で、取り敢えずは目的地に着いたんだが……そんな格好でお前は一体何を取るつもりなんだ?」
茜に採集を頼まれた俺は、必要な道具を手に村長のブルーノに森での採集について聞いてみた。すると、今の時間なら特に問題もないと言うことで、猟師のデレクに案内されて、村の外れにある森へとやって来たのだ。
俺は必要な道具を纏めて背負っておいたわけだが、その格好がどうもデレクは気になったらしい。今の俺は背中に大きめの背負子を背負い、そこにスコップを挟んでいる。逆に弓とかナイフ類は持っていないので、山菜取りとか狩猟とかが目的で無いことは一目瞭然なのだが、そのせいで何を目的にしているのかが判りにくくなっているらしい。
「茜から頼まれたんだ。多分何度も往復することになるが……これも畑の為らしい。」
「う~ん、よくわからんが……まぁいいか。」
いまひとつ腑に落ちないといった感じのデレクだったが、理由は作業しながら説明することにして、俺は移動を始める。で、俺が茜に頼まれて取りに来たのは……
「ん~と……多分この辺なら良さげか。」
少し辺りを歩いてみて、足元の感触を確かめながら目的のものを探すと、それはあっさり見つかる。朽ち果てた枯れ葉のたまった地面。俺はおもむろにスコップを地面に突き立てて土を掘り起こす。フカフカとした感触の地面にあるものは……
「……? 何を掘っているんだ?」
「これが欲しかったのさ。」
俺は掘り起こした土を指でほぐしてデレクに見せる。それは少し黒ずんだ葉っぱのかけらが混じった土。つまり腐葉土だ。動植物の屍骸なんかが分解された後の土は、その後の植物の発育に大きな影響を与える。これくらいは俺でも知っている。小学生の頃の自由研究で鉢植えを作ったときに鉢の中に入れて栄養にしたあの土のことだ。
「こんな土が何に使えるんだ?」
しかしデレクはそんな腐葉土に馴染みがないらしく、掘り起こされた土を怪訝そうに眺めていた。
「茜が言うには俺たちに割り当てられた死んではいないが、収穫を増やすには畑は栄養が足りていないらしい。で、それを補う為にこの土が必要なんだとさ。」
実際には他にも色々欲しいのだが、今からやっていたんじゃこれからの種植えやらには間に合わないらしいので、今回限定の非常措置らしい。
「う~ん、こんな土がねぇ……」
が、いまひとつ意味が飲み込めないらしいデレクは首をかしげるばかりだ。まぁこの辺りは食物連鎖とか生態系の話しだし、俺にも説明できるか。
「たとえば生き物が死ぬと土に還るだろう? それ自体は細菌による分解現象でしかないんだが、その分解の過程で幾つかの地中成分が変異再構築されて、植物の植生に適した形に変っていくんだ。それは植物でも同じ現象が起きるんだが、それがこの腐葉土だな。これも地中の微生物に分解されて……」
「待て待て待て、何のことだかさっぱり判らんぞ!? 死体が土に還るってのは判るが……スマンがもう少し判りやすく頼む……」
うん。ダメだった。身近な例えが思いつかん……
「……とりあえず畑にまけば作物がよく育つんだ。」
「……お前、いまオレのことを馬鹿にしなかったか?」
そんなことはないんだ。俺の説明が下手なだけだ。
「……他の農家は藁とかを畑に混ぜたりしてなかったか? あれと同じような物らしい。」
食物連作とか生態系とか、そう言う単語を使わずに説明出来る気がしない。なので、これはこういうものだってことにしておこう。いつか茜に説明してもらうか……
「そんなことしてたかぁ? 覚えがあるような、無いような……」
って、農家の動向に興味無しかよ! もしくはそう言うのが元から無かったか……さて、どう説明したものか……
「……森の木々を育んだ土だから、畑にも使えるんだよ。」
もうこれくらい曖昧で詩的な事しか言えない……我ながら言ってて恥ずかしくなるな。
「ほう、つまり畑をよくするために森の精の力を借りるってことか。」
って通じてるし!? ……あぁ、そうか。ここは異世界なんだし、精霊とかそう言うのが信じられているのか。理屈云々よりもフィーリングでいいのかね……
そんなやり取りをしつつ、俺は土を掘り起こして背負子へと入れていく。しかし、いくら元は葉っぱとはいえ土は土。あんまり詰めすぎると重くて運べなくなる。……予想はしていたが、これは何往復もする必要がありそうだな……
◇◆◇
土を背負子に詰めて、一度村に戻る道中、俺とデレクは雑談に興じつつ道を歩む。デレクの種族は獣人だと思っていたが、実は半獣人ということらしい。生粋の獣人族はもっと獣としての特性を色濃く持っていて、身体能力なんかは更に補正がかかるのだとか。このデレクのように茜も人としての特性が大きいので、恐らくは半獣人なんだろうか。まぁ、彼女の両親は普通の人間だったし、彼女の特性はこの世界に来てからのものだから、正確なものがどうとかそういうのは気にしても仕方が無いな。
ちなみにデレクは今年で23になるらしい。改めて自己紹介したらお互いに年齢で驚いたわけだが。妙に貫禄があるからてっきり年上だと思っていたら、以外にもまだまだ若くてびっくりだ。向こうは向こうで、俺が子供に見えていたって言うんだからそれはそれで驚きだが。もしかしたら他の村人達にも俺と茜のやり取りがほほえましく見えていたんだろうな。
そんなデレクの奥さんは、一つ上の24で茜と同い年なのもわかった。育った文化が違うから話が合うかは微妙だが、茜とは友達として夫婦同士で仲良くやっていけたらありがたいな。
「しかし、森の土にそんな使い方があるとはねぇ。村の連中がそんなこしてるのなんて見たこと無かったから、他の村の知恵なのか? アンタらは一体どこでそんな知識を得たんだ?」
そんな雑談の内容はデレクの身の上から俺達の素性に移っていく。
「俺もあまり詳しくはないさ。茜の家の親戚が結構な農家でさ。」
茜の実家は正確には農家じゃない。農家だったのは彼女の父方の祖父母や叔父の家だったと聞いたことがある。しかし、茜とその家族も繁忙期には手伝いに駆り出されていたため、彼女にとって農作業は身近な仕事だったと聞く。そこから農業に興味を持ち、気付いたら農業高校に進学していたと。
普段、当たり前に食べている食品の成り立ちを知り、その苦労を身をもって学び、改めて食材とその作り手、加工者に感謝の気持ちを持ったとも。
「彼女には沢山の恩師がいると聞いた。親に祖父母に親戚に……そういう人達から教えられ、培った知識なんじゃないかな。」
「へぇ~、それで土を他から持ってくる何てことを思い付いたわけか。」
まぁ、茜が思い付いたことではないだろうけど……あ、でも、森に腐葉土があることに気が付いたのは流石か。ちょっと考えたら分かることなのに、俺には森と腐葉土を結びつけることが出来なかったからな。
「お前さんの女房は本当よく働くんだろうな。お前さんも頑張らんと、その内尻に敷かれちまうぞ?」
「デレクみたいにか?」
「うるせえ。」
デレクからの指摘に、彼の奥さんとのやり取りを思い出して、俺も反撃する。お互い、笑いつつ小突き合いながら。
「ホント、俺には勿体ない嫁だよ。」
最後にそんなことを呟いて。
◇◆◇
「お疲れさま~。持ってきた土は畑の隅に積んでおいてね~」
秋也さんが持ってきてくれた土の置く場所を指示して、それを鋤で散らしながら畑の土へと鋤きこんでいく。思ったとおり、森の土はしっかりと腐葉土になっていてくれたみたいで一安心かな。
遠目から見た感じだと、広葉樹が多そうだったからもしやとは思っていたけど、予想は当たっていたみたい。何往復もしてもらうことを考えるとちょっと大変そうだけど……わたしが行った方が良かったかなぁ……?
「背負子一つで大体20kgくらいかな。これで畝一列分にはなるから……」
「……怖いことをボソッと言わんでくれ……」
今の土をあとどのくらい持ってくることになるのか、それを想像したらしい秋也さんから突っ込みが入る。
「いや、日本でも肥料に関しては結構豪快に撒くよ? 『あいらぶ有機』が一袋20kgあるけど、それを大量に撒いたことあるし……」
袋の底を切って、あとは袋を引っ張りながら走る。楽しいよね、あれ。切れ目から溢れた肥料が一直線に線を作るのも中々壮観だし。
「……なんだ、その妙な名前の……」
「有機肥料の商品名です。」
でも秋也さんが更に気になったのは肥料の名前でした。
「あいらぶ有機。植物の必須栄養素である窒素、リン酸、カリウムを絶妙バランスで配合された理想的な有機肥料。農業始めるならあいらぶ有機、取り敢えず困ったらあいらぶ有機、何はなくともあいらぶ有機。これさえあればなんとかなる!」
実際、学校で沢山扱ったし、親戚の家にも山と積まれてた馴染みのある肥料でした。有機肥料だから、土にもやさしい優れものなんです。……あれがあったら、この世界に農業革命起こせちゃうよ。
「そ、それはわかった。だが、俺が持ってきたのはただの腐葉土だぞ? そこまで劇的な効果は無いような……」
うん。それはそうなんだけどね。ただ、見た感じと前情報からすると多分……
「そんなことも無いと思うよ~。」
この腐葉土はただ堆積してただけじゃ無いからね~。
「秋也さんが持ってきてくれた腐葉土だけど、これは多分葉っぱだけじゃないんだよね~。」
おじいちゃんの家では毎年秋になると山へ落ち葉を拾いに行っていた。これは畑の一角に作った囲いに集めて寝かせて腐葉土を作るためだ。だけど、それだけじゃ足りないから、市販の有機肥料も併用していたんだよね。
「あの森には木だけじゃなく、沢山の動物もいるはずだから……」
区切られた場所で作られた腐葉土とは違う、更なる要素。
「動物がいるってことは、その排泄物もその土に混ざるでしょ?」
現代農業にはもはや必須の肥料。
「この土は天然の堆肥でもあるの。」
若干のバランス違いはあるだろうけど、それでも元気を無くした畑には有難い救世主。
「つまり、代替の有機肥料と言っても過言じゃ無いんだよね~。」
畑を作るなはまずは土。土さえ作れれば、あとはなんだってできちゃいます。
「畑を更によくするために、一緒に頑張りましょ~。」
「……結局、今は体を動かすしかないということか……」
農業といえば畑を耕すシーンが浮かぶ。そんな人も多いと思うけど、実際に種や苗を植えてそれらを育てていくより、その為の土作りの方が圧倒的に労力を使うから、あながち間違ってはいないんだよね。もちろん、作物を植えてからのことも大切なんだけどさ。
で、今はその土を作る時期。ひたすら体を使う時期でもあるのです。
観念したのか、これから何度も森と畑を往復する事に対する絶望感を顔に出しつつ、秋也さんは再び背負子を背負う。
「そんなに嫌そうな顔しないでよ。今度はわたしも行くからさ。」
わたしは手も空いたので、今度は一緒に森に向かうことにした。それを聞いた秋也さんの顔からも絶望の色が消える。
「夫婦なんだから、ね。」
苦労を分かち合ってこそ、かな。一緒に背負子を背負って、わたし達は森へと向かって歩き出した。
GWが思いの外忙しく、中々執筆ができませんでした。
大変遅くなってしまい、ご迷惑をおかけして申し訳なく思います。
あいらぶ有機。
元ネタは「あいのう有機」でした。本当、困ったら取り敢えずこれって感じでガンガン使っていましたね。
腐葉土と天然の堆肥ですが、実際はそこまで都合よくはいかない気がします。ただ、そこまで動物が多く集まる森も私は知らないので、案外いい土があるような気もしたり。どうなんでしょうかね?
物語の都合上、こんな展開になりました。
今回は茜さん覚醒。農業知識を語ります。その一方で秋也が空気。
ままなりませんねぇ。
2016/05/28 話数ずれていたので直しました。




