第2話Fランクの俺と第二王女(前編)
Fランクだと告げられた後、何をしていたのか、正直よく覚えていない。
気づけば、俺はぼんやりと前を見つめていた。
目の前では、金髪の女性が次々とクラスメイトの役割を決めている。
いかにも王女様といった風貌の彼女は、ヤメロヤ王国の第一王女、カレン・ハ・ヤメロヤ。
整った顔立ちに気品のある立ち振る舞い。まさに、物語に登場する王女そのものといった人物だった。
そして、ついに俺の番が回ってきた。
「あなたは……冒険者でもやって頑張ってください」
「……え?」
あまりにもあっさりと告げられた言葉に、思わず聞き返しそうになった。
冒険者でもやって頑張ってください。
つまり、ここから先は自分たちで何とかしろということだろう。
事実上の追放勧告だった。
王女の言葉を聞いた途端、教室内がざわめき始めた。
「おいおい、マジかよ。俺たちは剣聖だなんだって持ち上げられてたのに、こいつらはお払い箱ってわけか?」
そう言って笑ったのは、クラスメイトの一人、皆月蓮斗だった。
クラスでも成績がよく、運動神経にも優れている。召喚された際に与えられた能力も強力だったらしく、本人はすでに、自分が特別な存在であることを疑っていないようだった。
「まあ、仕方ないんじゃねえの? 戦闘向きのスキルもない奴がいたって、足手まといになるだけだろ」
蓮斗は俺に視線を向けると、わざとらしく肩をすくめた。
「なあ、お前。冒険者って、魔物を倒して金を稼ぐんだよな?」
「……それがどうした?」
「いや、だってお前、まともに戦えるのか? まさか薬草採取でもして小銭を稼ぐつもりか?」
周囲から小さな笑い声が上がった。
……こいつ、絶対に楽しんでいるだろ。
言い返してやりたい気持ちはあった。だが、口を開こうとしても、うまい言葉が出てこない。
何しろ、俺には何もなかった。
王女の判断を覆せるだけの実力も、蓮斗を黙らせられるだけの実績もない。
ここで何を言ったところで、負け犬の遠吠えにしかならないのだろう。
そんな俺の様子を見て、蓮斗はさらに口元を歪めた。
「まあ、安心しろよ。お前みたいなのでも、仕事を選ばなきゃ生きてはいけるだろ。俺たちが魔王を倒して英雄になってる間、せいぜい頑張ってくれよ」
「皆月、言い過ぎじゃないか?」
「そうだよ、皆月君。言い過ぎだよ」
見かねた功補と心音さんが口を挟んだ。
「は? 事実を言っただけだろ。王女様だって、こいつらに期待してないから冒険者でもやれって言ったんじゃねえの?」
蓮斗は第一王女へと顔を向け、同意を求めるように笑った。
「そうですよね、王女様?」
カレン王女はわずかに眉を動かしたものの、蓮斗を咎めようとはしなかった。
「……皆さんの今後については、各自で判断してください。こちらとしても、全員の面倒を見ることはできませんので」
その言葉を聞いた蓮斗は、満足そうに頷いた。
「ほらな。そういうことだ」
蓮斗は俺の肩を軽く叩いた。
「じゃあな。道端で野垂れ死ぬなよ?」
そう言い残し、蓮斗は笑いながら去っていった。
俺は、その背中を黙って見送ることしかできなかった。
腹が立たないわけじゃない。
悔しくないわけでもない。
だが、今の俺には何もできなかった。
こうして、異世界に召喚された俺の新生活は、始まる前から盛大につまずくことになったのだった。
◇王城内のどこか
翌日には、この城を出ていかなければならないらしい。
もっとも、持ち物らしい持ち物など何もないため、準備といってもやることがなかった。
着の身着のままで放り出されるようなものだ。
……いや、せめて当面の生活費くらいは用意してくれてもいいんじゃないか?
そんな不満はあったが、今さら文句を言ったところでどうにもならない。
そこで俺は、せっかくならと王宮の中をぶらついてみることにした。
こんな場所に二度と来られるとは思えない。
人生で一度あるかないかの異世界召喚を経験したのだから、せめて王宮見学くらいはしておきたい。
……我ながら、ずいぶんと呑気なものだ。
そんなことを考えながら廊下を歩いていると、不意に向こうからやってきた人物と目が合った。
金色の髪に、翡翠色の瞳。
第一王女のカレンとはまた違った雰囲気を持つ、どこか目を引く女性だった。
彼女は俺の姿を見ると、不思議そうに首を傾げた。
「あなたは?」
「あ、ええと……異世界から召喚された、先見未来と申します」
女性は俺の名前を聞いて、ふむ、と小さく頷いた。
「先見未来……。珍しいお名前ですわね」
「よく言われます」
実際、元の世界でも珍しい名前だった。
まさか異世界に来てまで、名前について説明することになるとは思わなかった。
「あなたが名乗ったのですし、私も名乗るのが礼儀かしら?」
彼女は上品に微笑み、胸に手を当てた。
「私はヤメロヤ王国第二王女の、ネタバレ……」
そこで、彼女は一度言葉を切った。
そして、改めてこちらに向き直る。
「ネタバレ・ハ・ヤメロヤですわ」
「…………はい?」
思わず、間の抜けた声が出た。
ネタバレ・ハ・ヤメロヤ。
……いや、待て。
第一王女の名前も相当だったが、第二王女までその路線なのか。
そもそも、ヤメロヤ王国という国名からしてツッコミどころしかない。
俺はこの世界の命名規則について、真剣に考え直す必要があるのかもしれなかった。
「何かおかしなところでも?」
「い、いえ! とても素敵なお名前だと思います!」
反射的にそう答えた。
初対面の王族に向かって、名前がおかしいなどと言えるはずがない。
俺の返答を聞いた彼女は、満足そうに微笑んだ。
「そうでしょう? お母様にも、よく似合っていると言われますの」
どうやら本気らしい。
この世界の命名規則は、俺の理解が及ぶ範囲を超えているようだった。
「それで、先見未来さん……でしたわね?」
「はい。先見未来です」
「珍しいお名前ですこと。まるで、未来を見通せそうな名前ですわね」
「……よく言われます」
実際には、未来を見通すどころか、明日の生活すら見通せない状況なのだが。
Fランクと判定された俺に、王族の知り合いができるとは思わなかった。
もっとも、相手は第二王女だ。第一王女のように俺を追放する側の人間かもしれない。
余計な期待はしない方がいい。
「ところで、未来さんはどうしてこんなところに?」
「明日、この城を出ていくことになりまして。その前に、少し歩いておこうと思ったんです」
「あら……」
ネタバレ王女の表情が、わずかに曇った。
「それは、カレンお姉様に言われたのですか?」
「はい。冒険者でもやって頑張ってください、と」
自分で口にしてみると、改めてひどい扱いだと思う。
だが、彼女はすぐには何も言わなかった。
翡翠色の瞳が、じっと俺を見つめている。
「……そうですか」
やがて、彼女は小さく息を吐いた。
「それなら、少しだけ私に付き合っていただけませんか?」
「え?」
「せっかくお会いしたのですもの。あなたに、ひとつお話ししておきたいことがありますの」
そう言って、ネタバレ王女は意味ありげに微笑んだ。
……なんだろう。
嫌な予感がする。
異世界に来てからというもの、俺の人生は嫌な予感がしたときほど、ろくでもない方向へ転がっていくのだから。
「ネタバレはやめなさい」
「へ?」
突然の言葉に、俺は思わず聞き返した。
「ネタバレはやめなさい」
……やべぇ。
もしかして、俺はとんでもない王女に目をつけられてしまったのかもしれない。
作品を気に入っていただけましたら、ブックマークや評価、いいねなどで応援していただけると作者が喜びます。




