第2話:【エラー:未完のハッピーエンド】 〜原作者の離脱とシステムへの問い〜
ふと、目を開けた。
視界に広がっていた自販機の明かりも、コンクリートの冷たさも、すべてがすうっと遠ざかっていく。代わりに、自宅のベッドの柔らかい感触と、見慣れた天井が視界に飛び込んできた。
「……あぁ、戻ってきたんだ」
胸の奥のトキメキは、現実に戻ってもなお、トクン、トクンと激しく脈打ったままだ。あれは決してただの夢なんかじゃない。大好きな物語を、自分のこの手と、原作への熱い愛で最高の未来へと導いたんだ。
俺は飛び起きるようにして、枕元に置かれた大好きな単行本の最新巻を手に取った。
私は単行本を開いた。どうしてって……二人が、幸せになっているはずだから。
期待と祈りを込めて、物語の最終ページをめくる。
そこには、俺がダイブする前には無かった『新しい結末』が、美しい極上の作画で描き込まれていた。深夜二時の路地裏。自販機の緑色の光に照らされながら、二人が互いの手を優しく、だけど離さないようにぎゅっと握りしめ合っている、あの奇跡のハッピーエンドが、そこに確かに存在していた。
「……よかった。本当によかった……っ」
ページの上を指先でそっと撫でる。俺の原作への愛は、本当に二人を救い出したんだ――そう、満足していた。
しかし、視線をページの最下部に落とした瞬間、俺の思考は凍りついた。
(……え?)
完結してないっ……!?
白紙の余白にぽつんと、無機質な文字が印刷されていた。
――『つづく』。
とある。つづく?
ハッピーエンド……じゃないのかっ!?
「システムっ! どうなってる!?」
俺は自室のベッドの上で、取り乱したように叫んだ。
「この物語はこれで終わり。ハッピーエンド!じゃないのかよっ!?」
脳内に、静かに、そして冷徹な電子音が響き渡る。
【システム:干渉者へ回答します】
【判定:この物語は、あなたが干渉したことにより、二人は結ばれました】
【警告:しかし――この先は原作者の手から離れてしまった以上、プロットは存在しません。今後の展開は『予測不能』です】
「予測不能、だと……?」
背筋にドッと冷や汗が流れる。
俺は、ハッピーエンドへと導いたこの物語を、ひとり歩きさせてしまったのかっ?
俺が干渉した時点で既に、原作者の手から物語は完全に外れてしまっている。
俺は焦りの中で、ずっと胸に引っかかっていた恐怖をシステムに問いかけた。
「なぁシステム……俺が物語にダイブして干渉し、俺が新たな物語内でトラブルに巻き込まれたら……いやっ、違う、もし死んだら……俺はどうなる?」
【システム警告:最重要機密事項に関する質問を検知しました】
淡々とした機械音声が、どこか緊迫感を帯びたトーンに変わる。
【判定:干渉者が物語内で『死亡』した場合、あなたの意識は現実の肉体へと戻ることができなくなります。現実の肉体は医学的に永続的な植物状態(目覚めない眠り)となり、干渉者を失った物語の世界線は完全に崩壊、消滅します。もちろん、敷島もほのかも、二度とハッピーエンドを迎えることはできません】
一瞬、身体の芯まで冷え切るような恐怖が襲った。ただの安全な読者としての特等席じゃない。俺は本当に、命がけでこの本のページの中に飛び込んでいるんだ。
【追記:ただし、生存確率を跳ね上げる唯一のバグが存在します。それは、あなたの『原作愛の深さ』と『登場人物たちからの好意(絆)』です】
「……なるほどな。命がけ、ってわけだ」
俺は握りしめた単行本の『つづく』の文字を睨みつけ、脳内で不敵に笑ってやった。
原作者の手から離れたなら、俺がこの物語の神様(作者)になるしかない。俺がプロットを書き、俺が命を賭けて、あの二人の『つづく』のその先を、本当のハッピーエンドへ導いてみせる。
リスクなんて最初から承知の上だ。推しが救われる未来のためなら、自分の魂くらい賭けてやる。
「……上等だ。ダイブの準備をしろ、システム。俺は何度だって、二人を幸せにして、現実のベッドの上で最高の気分で目を覚ましてやるさ」
俺は覚悟を決め、もう一度ゆっくりと目を閉じた。




