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婚約を解消していただいても構いませんと言ったら、第二王子が「どれだけ好きだと思ってる」とキレました  作者: 只野 唯


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【番外編】特別は、当たり前になる


「……まだ見てるのか」


 低い声が、すぐ隣から落ちてくる。


「はい」


 アリアナは素直に頷いた。

 目の前にいるのは、アルベルト。


 ——の、横顔。


 いつもより少しだけ近い距離で、じっと見つめている。


「……何がそんなに珍しい」

「珍しいのではありません」


 即答する。


「見慣れていないだけです」

「同じだろうが」


 呆れたように言われる。

 けれど。

 その耳が、ほんの少しだけ赤いことに、アリアナは気づいていた。


「殿下」

「何だ」

「こちらを向いてくださいませ」

「嫌だ」


 即答だった。

 思わず、小さく笑う。


「どうしてですの」

「……お前が、変な顔してるからだ」

「変な顔ではありません」

「してる」

「しておりません」


 やり取りが、自然に続く。

 以前なら考えられなかったことだった。

 少しだけ間を置いて。

 アルベルトが、ため息をついた。


「……ほら」


 渋々、といった様子で顔を向ける。

 その瞬間。

 アリアナの視線と、ぴたりと合った。


「……っ」


 わずかに、目を逸らそうとする。

 けれど、アリアナは逃がさなかった。


「やはり」


 じっと見つめる。


「格好良いですわね」

「……は?」


 完全に固まる。


「何を突然」

「事実を申し上げただけです」

「そういうのは……」


 言いかけて、止まる。


「……やめろ」


 小さく、呟く。

 けれど。

 その声には、いつもの棘がなかった。


「どうしてですの」

「どうしてもだ」

「理由になっておりません」


 一歩、近づく。


「殿下は、私の婚約者で——」

「それは分かってる」


 被せるように言う。


「だから余計にだ」

「?」


 意味が分からず、首を傾げる。

 アルベルトは、少しだけ視線を逸らして。

 それから、観念したように口を開いた。


「……慣れてないんだよ」


 ぽつりと、零れる。


「そういうのに」

「そういうの、とは?」

「褒められるとか」


 言いづらそうに言う。


「好きだとか言われるのも」


 その言葉に。

 アリアナは、ほんの少し目を見開いた。


(……ああ)


同じだ、と。


「私もです」


 静かに、言う。

 アルベルトが、こちらを見る。


「殿下に“好き”と言われた時」


 思い出すだけで、胸が熱くなる。


「どうしていいか、分かりませんでした」

「……今は?」

「今も、少し分かりません」


 正直に答える。


「ですが」


 一歩、さらに近づく。


「嬉しい、ということだけは分かります」


 その言葉に。

 アルベルトの喉が、小さく動く。


「……そうかよ」


 ぶっきらぼうに言う。

 けれど。

 その目は、どこか柔らかかった。


「殿下」


 そっと、手を伸ばす。

 躊躇いは、もうない。

 アルベルトの手に、自分の手を重ねる。


「……何だ」

「触れても、よろしいのですよね」

「今さら何言ってる」

「確認です」


 小さく、笑う。

 アルベルトは、一瞬だけ言葉を失って。

 それから。


「……好きにしろ」


 ぼそりと、呟いた。

 その瞬間。

 アリアナは、少しだけ強く手を握る。


「……っ」


 アルベルトの肩が、わずかに揺れる。


「……お前な」

「はい」

「そういうの、反則だろ」

「どういう意味ですの」

「分かってないならいい」


 視線を逸らす。

 けれど。

 手は、離さなかった。

 むしろ。

 ぎゅっと、握り返してくる。


「……離すなよ」


 小さく、呟かれる。


「はい」


 迷いなく、頷く。


「離しません」


 少しだけ、間があって。

 アルベルトが、こちらを見る。


「……本当に、分かってるのか」

「何をですか?」

「俺がどれだけ——」


 言いかけて、止まる。


「……いや、いい」

「よくありません」


 すぐに言い返す。


「最後まで仰ってくださいませ」

「……面倒なやつだな」


 呆れたように言いながら。

 それでも。

 逃げなかった。


「……どれだけ好きか、分かってるのかって話だ」


 まっすぐに、言う。

 その言葉に。

 アリアナは、少しだけ考える。

 それから。


「分かりません」


 正直に答えた。


「ですが」


 一歩、距離を詰める。

 そのまま、そっと——

 アルベルトの胸に額を預ける。


「これから、知っていきたいと思います」


 静かに、言う。


「殿下が教えてくださいませ」

「……っ」


 息を呑む音がした。

 次の瞬間。

 腕が、回る。

 強く、引き寄せられる。


「……言ったな」


 低い声が、耳元に落ちる。


「後悔しても知らないぞ」

「いたしません」


 即答する。

 その答えに。

 アルベルトは、小さく笑った。


「……ならいい」


 ぎゅっと、抱きしめられる。

 あの日とは違う。

 迷いのない、強さで。


「特別だからな」


 ぽつりと、呟かれる。

 その言葉に。

 アリアナは、目を閉じた。


「はい」


 静かに、頷く。


「私にとっても、殿下は特別です」


 もう。

 迷うことはない。

 選ばれる必要もない。

 ただ。

 隣にいる。

 それだけで。


「……当たり前になっていくんだな」


 アルベルトが、小さく呟く。


「何がですか?」

「こういうのが」


 少しだけ、照れたように言う。


「当たり前に」


 その言葉に。

 アリアナは、微笑んだ。


「ええ」


 そっと、抱き返す。


「特別は、当たり前になります」


 ——だからこそ。


 失わないように。

 二人は、もう迷わない。


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