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75,魔法の言葉…うやむや。

 


「お姉さま。邪神というものは、眷属にするものではありません。そんなことになっては、この世の秩序が崩れます」


「ところがどっこいだよ、ユリシアちゃん。邪神を眷属にしても、問題ないみたいなんだよねこれが。それにヨグは、クッキー職人になるというんで、それなら私が協力しようという、この友情」


「お姉さまのお友達は、薄情を絵にえがいたアンバーで我慢してくださいませ。まぁこの件はあとで話し合いましょう。いまは事後処理をすませてまいりますので」


 そう言うと、ユリシアは判事の席へと歩いていく。よそでは知らないが、軍法会議で弁護士以外がこんなに近づくのは、ダメなのだろう。で、それを見とがめた廷吏がとめようとするが、いつのまにか現れていた(おそらく影を移動して)ガリーナが、廷吏の頸筋をつかんで放り投げる。廷吏をポイ捨てしてはいけないと、こんど教えてあげないとだよね。


「おーい、ガリーナも無事だったんだねっ!」


「冥王ちゃーん、元気そうで良かったわぁ」


 一方のユリシアは判事に向かって、何か話していた。はじめは不遜そうに聞いていた判事だが、やがて顔が青ざめていく。それから震える手で木槌をつかんで、力なく叩いてから閉廷を告げる。これに驚いたのは検察側で、判事に抗議に向かおうとした。だがその前にユリシアが検察官を手招きし、これまた何やら話しかける。とたん検察官は、信じられないという顔で凍り付いた。


 ユリシアが戻ってきて、私の隣の席に座った。


「なにをしたの?」


「わたくし、もっと温和な方法も準備していたのですのよ。ただ判事が〈王の右手〉の駒として揺るぎないと分かってしまっては致し方ありません。お姉さまは、あんまり喜ばない手を使わせていただきました」


「え、どんな?」


「単純なことです。判事には、一人娘がいま通学路のどこを歩いているか告げ、しかし人狼というものは、時には王都にも出現し、小さな子供のハラワタを引きずり出すものだ、と語ったのです。もちろん、そういう悲劇が必ず起こるわけではないとも。検察官のほうは、あなたの浮気相手を奥さんに紹介してもよろしいですかと」


「……………容赦なき、ユリシアちゃん。とくに小さな子供のハラワタとは、地獄の発想」


「妄想にすぎませんのよ、お姉さま。そんな悲劇が現実に起こりはしませんわ。ただわたくしは、その妄想を判事に話してみただけで」


 しかし判事と検察官を脅迫パンチで黙らせても、肝心の〈王の右手〉をどうしたものか。どうやら私がクラウス殿下の味方になったことで、すっかり怒らせたようだ。


「ひとまず、〈王の右手〉は次なる軍法会議を開きはしないでしょう。すっかり手駒となっていた判事と検察官を黙らされた以上は、次なる準備にも手間取ります。ですので、まずは先んじて手をうちましょう。すでにこちらの準備は進めさせていますので」


 軍事裁判を行う施設を出ると、リスダンとヨグが待っていた。〈探索迷宮(ダンジョン)〉には戻らなかったようだ。


「ユリシアちゃん、こちら邪神ヨグ。ヨグちゃん、こちら参謀のユリシア」


 ユリシアは、ヨグを凝視してから、こほんと咳ばらいして挨拶する。


「わたくしは、お姉さまの参謀であり、この死霊軍のナンバー2です。わたくしの命令に従っていたたげますね?」


 対してヨグは淡々として、


「私は誰の命令も受けない」


「……なるほど。分かりましたわ。お姉さま、ちょっとよろしいですの?」


 ユリシアが離れていくので、私もついていった。そういえば四天王が〔冥王七人衆〕に進化したことを、まだ話していなかった。


「お姉さま。今度でよいので、ちゃんとヨグには言い聞かせてほしいのですのよ。この組織の指揮系統というものを。わたくしが『三回まわってワンと言え』と命じたら、三回まわってワンと言うのですわ」


「うーん。ユリシアちゃんが『三回まわってワンと言え』と命じても、それに従うのはヨーナスくらいな気がするんだけども?」


「いまのはもののたとえですので。では王城に行きましょう」


「憲兵に逮捕されたのが、王城だったんだけど。また戻るの?」


「そうですわ。式典が待っていますので」


「式典? 美味しいごはんが食べられる」


 しかしながら、この式典は簡素なもので、ご馳走もなければ招待客もいなかった。だがクラウス殿下と、式典組織委員の人たちだけが待っていた。そしてクラウス殿下は、私に国防功労勲章を授けたのだった。


「また勲章をもらってしまった……しかしながら殿下、こちらの勲章はいかなるもので?」


「それはわたくしから説明いたしますわ、お姉さま。その勲章は間違いなく、この国を脅威から救った者、すなわち、国防貢献者に対して、王族のみが与えることのできる勲章なのですのよ。そしてお姉さまは、魔神を討伐したのことにより、こちらの勲章を授かったのです」


 なるほど。魔神討伐の件で、先に王太子殿下より勲章を授けてもらうことで、『功労』という既存事実を作ってしまうわけか。これでは、この件で軍法会議を開くことはできないよね。


 私は小声で尋ねた。


「だけどさ、ユリシアちゃん。魔神が出る前、サラマンダーがけっこうな兵たちを火達磨にしちゃった件は?」


「それは四つの魔法の言葉で表現できます。『うやむや』ですのよ。そもそも、すべては魔神の暴走の前では、お話にならないことですもの」



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