53,和平交渉。
着任早々、和平交渉の使者役を命じられた。命じたのは、討伐軍を率いるネイサン少将。和平交渉とはいうけど、どうも本質はこちらの降伏要求を突き付けてこい、ということのようだ。
このネイサン少将は、話していると、口のところのドジョウ髭が、ひくひくと動く。なーんか毛虫がのたくっているみたいだなぁ。
「オブリビオン中尉、聞いているのかね?」
「はい、少将。ドジョウは嫌いではありません」
「なんだと? 誰がドジョウの話をした?
いいか、もう一度いうぞ。この国家反逆者たちは、現在、取り壊し予定だった古い要塞を乗っ取り、そこにたてこもっている。わが軍10万が、このラン要塞を包囲している。要塞攻略をはじめても構わないが、取り壊し予定だったとはいえ、わが軍が使用していた要塞だ。それを利用されれば、敵方もそれなりの防衛作戦を展開してくるだろう。
わが軍にも、少なからず被害ができる。それを防ぐために、オブリビオン中尉には和平交渉におもむいていただきたい。我々が要求するのは、国家反逆者たちのリーダーと幹部たちの身柄だ。それ以外の者は、この要塞から立ち退くであれば、罪には問わない。これが身柄を要求する者たちのリストだ」
そのリストが、異様に長かった。せいぜい3、4人かと思ったら50人近くはいる。うーむ。これって、ようはちょっとでも名前の挙がったものは、片っ端から捕縛してやろうということだよね。
しかも国家反逆罪とすでに決定されているので、その末路は公開処刑。いやぁ、こんな条件を向こうが飲むとは思えないなぁ。まぁしかし軍というのは、基本的に上からの命令は「了解であります」というほど良い敬礼とともに受け入れるものだ。
ネイサン少将の執務室を出て、ユリシアたちと合流。ところで、はじめ私はユリシアくらいは同席させようと思った。私の参謀だしねー。ところがユリシアを連れて執務室に入ったとたん、まるで悪霊でも入ってきたかのようにネイサン少将が慌てふためき、ユリシアを指さして、「その化け物を外に出せ!」と叫んだので、ユリシアには外で待機してもらっていたわけ。
ネイサン少将からのさっそくの命令を話すと、ユリシアが不愉快そうに言った。
「それは、お姉さまを利用しつくすつもりのようですね。そしてどちらに転んでも、ネイサン少将は美味しいということですのよ」
「ふむふむ。どういうこと?」
「まずネイサン少将は、お姉さまがお嫌いのようです。すなわち、反ネクロマンサー派ですわね。そういう勢力が、すでに王国軍内にできあがっていることは事実です。喜ばしいことに」
「喜ばしいの?」
「敵がひとまとめに徒党を組んでくれたほうが、排除しやすいものですわよ」
「うーん。別に排除する予定はないんだけども。で、その反ネクロマンサーのネイサン少将としては、どうなの? 私に嫌がらせができて、ニマニマなの?」
「ニマニマですわね。まずラン要塞を不法占拠している、ネイサン少将のいうところの国家反逆者たち。すなわち、かつてのケルゴ国の民たちのことですが。彼らが、この無茶な降伏要求を呑むことはないでしょう。お姉さまが言うように、リストが長すぎます。これは逆効果。そしてそれがネイサン少将の狙いでしょう。
ケルゴ国の民たち──便宜上、ケルゴ軍としますが、彼らが激高し、使者であるお姉さまを襲撃してくれることこそが、ネイサン少将の狙い。お姉さまを殺してくれれば、安全にネクロマンサーを軍から排除できます。しかも、ラン要塞を取り戻すさい、ケルゴ軍を皆殺しにする大義名分がたちます。王国軍の使者──しかも士官を殺したのですからね」
「やだなぁ。クック少将みたいな、『冥王さま万歳!』も落ち着かないから困るけども。こういう、嫌がらせ精神満点なネイサン少将も、いやだなぁ。もっとこう、自然体な人はいないものかなぁ」
「いずれにせよお姉さま、命令には従われるのでしょう?」
「まぁね。ところでケルゴ軍側は、使者として要塞内に入れるのは、一人までというんだよ。私だけで行くしかないよ」
「そうですの。いざとなれば骸骨魔導士が召喚されるでしょうが。念のため、ガリーナとローレライを連れて行ってくださいませ。またリスダンとドラゴが、いつでも要塞内へ突入できるよう待機させておきます」
「けど、私一人じゃないと、向こうは要塞内に入れてくれないよ。ガリーナとローレライを、どうやって連れていくの?」
「ガリーナ、ローレライ、大丈夫ですわね?」
まず真祖ガリーナが、妖艶に微笑んで、
「冥王ちゃん。ちょっと失礼するわねぇ~」
と言って、私の影の中に沈み込み、すっかり同化してしまった。なるほど。『影に入る』特殊技を使えばいいわけだ。だけどローレライには、こんな吸血鬼の固有技は使えないはずだけど?
するとローレライは、空の水筒を出した。
「あの、ライラ様、この水筒を持っていてください」
「はい、持ったよ」
ローレライが虚空に印を結ぶ。
「人魚族に伝わる秘技《我が身は水の民》!!」
瞬間、ローレライの肉体が水と化し、空中を流れて、水筒の中へと入っていく。元の華奢な肉体からしても、少なく感じる水量であり、水筒を満杯にしたところで終わった。これを持っていけば、ローレライを護衛につけているのと同じことなわけだね。
「わぁ、すごいっ!」




