31,吸血姫と、やばい聖女さまと、殺人ピエロ。
「副校長の奥さんー?? つまり副校長が、ガートン市を攻撃した可能性があるの?? ああ、眩暈がしてきた」
「あ、お姉さまが気絶されます。ドラゴ、お姉さまが倒れるまえに抱きかかえなさい。
ほかの者たちは──とにかく、副校長ことシュタン少将をとらえてくるのですわ。地位などは、このさい関係がありません。わたくしのお姉さまだけが、真の意味で王といえるお方なのですから」
ユリシアのそんな言葉を聞きながら、私はすっかり気絶した。これは『もうこれ以上の面倒ごとは嫌だよ!』という自己防衛的なる意識喪失。人はそれをさまざまな呼び名で語ってきた。たとえが、五月病とか。
ハッとして目覚める。まだ私は、〈探索迷宮〉内にいるようだ。そうそう、ここで気絶して──
「あ」
廊下に、手足を拘束された副校長ことシュタン少将が転がされている。そのまわりには、ビリーロスト、ガリーナ、アンジェラが立っている。で、三人で何やら会話していた。
「赤毛の女の悲鳴以外に興味はないが、これも冥王陛下のためですな。わが肉斬り包丁〈人民の,人民による,人民のための政治〉によって、この男の四肢をバラバラにしていきましょう」
と、仕事人づらのビリーロスト。
「あんた、ばぁーか? それじゃ、すぐに死んじゃうでしょう? 拷問って、そーいうものじゃないのよん。できるだけ苦しめつつも、できるだけ生かしておかないと」
と、あきれた様子のガリーナ。
「吸血鬼さんの言うとおりだよね~。あとさ、被拷問者がいきなり手足切断とかくらうと、逆に口を閉ざすというよー。つまりさ、『おれはもう手足を切断されたので、何も失うものはない』という、自棄の覚悟みたいなものが発動して、逆になんも聞き出せなくなるわけー」
と、知識を披露するアンジェラ。
「では、どうするってんですかい?」
と、不満そうなビリーロスト。
「だーから、この男の痛覚を、うち愛用の針でつきまくるの。死ぬほど痛いのに、ぜんぜん肉体はダメージを受けないから、食事だけ与えれば、それこそ何年でも生かせるってわけ。まぁ、その前に発狂すること請け合いだけどねー」
と、やる気に満ちた様子のアンジェラ。
「あなた、〔ヒーラー〕よねぇ? それもレジェンド級の。なんで伝説の〔ヒーラー〕たる聖女さまが、拷問の知識豊富なのよぉ?」
と、不思議そうなガリーナ。
「人を癒すことと、人を壊すことは、ある意味では、同じものだからだよねー」
と、無茶苦茶なことを言うアンジェラ。
ちなみに、この会話を聞かされていたシュタン少将は、いまにも泣き出しそうだった。上級士官といっても、拷問の訓練は受けないものなのか。もしくは上級士官なので、敵勢力に捕虜としてとられることは想定していなかった? まぁ吸血姫と、やばい聖女さまと、殺人ピエロにかこまれたら、並みの拷問耐性訓練じゃぁ、どうしようもないことだろうけども。
私はなんとか立ち上がって、ガリーナたちの間に割って入った。
「こらこら。誰が拷問をオーケーしたの?」
「き、貴様! 許さんぞ! 上官にこのような暴虐を働くとは! 貴様、退学処分だけで済むと思うなよ! 王国の地下監獄にぶち込んでやる!! 必ずだ!! そして貴様が、二度と陽の目を見ることができぬようにしてくれる!!!」
ガリーナを押しやりながら、ドラゴが前に出てきた。拳の指関節を鳴らしながら、いまにもワンパンチ繰り出しそうな勢い。
「姐さんに対して、なんて口のききかただ。よーし、お望みどおり、いますぐてめぇを肉塊にかえてやるぜ」
「はいはい、ドラゴも落ち着いて。もう暴力では何も解決しないよ──うーん。まあ解決することもあるかもしれないけども、一般的には解決しないよね。ユリシアちゃん。ちょっと、うちの血の気の多い人たちを、どうにかして」
ユリシアがチョークを取り出して、床に線を引いた。
「ドラゴ、ガリーナ、アンジェラ、ビリーロスト、それと『歩く病原菌のでかい毛玉』は、この白線の向こう側に行きなさい。決して、この白線よりこちら側に来てはいけませんのよ。リスダン、ローレライ王女だけは、こちらに来なさい。それとアンバー。そっちで隠れていても、すでにシュタン少将に見つかっていますわよ」
というわけで、ぞろぞろとみんなが移動する。ドラゴたちは不満そうだったが、なかでも『歩く病原菌のでかい毛玉』あつかいされた、魔鼠族のチキータの怒りたるや。拳を振り回して、
「このチキータを『歩く病原菌のでかい毛玉』あつかいとは、いい度胸だな!!」
私は、わが死霊戦士たちを眺めながら思った。
みんな、趣味でももったほうがいいんじゃないの。
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