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「失礼します⋯⋯音無先輩は⋯⋯」

「あぁ、黒澤さん!待ってたよぉ」


恐る恐る視聴覚室の扉を開けると、音無先輩が座っていた。

今日も鼻につくような甲高い声をしている。


「あ、あなたが黒澤さん?」

「いらっしゃい〜!」

「わあ、一年生だぁ」

「こっち来て来て!ホラ、お菓子あるよ」


視聴覚室には他にも女子生徒がいた。

そういえば「私のお友達」と手紙にも書いてあったなあ。


視聴覚室は予想に反して明るく、窓から太陽光が降り注いでいた。てっきり視聴覚室だから、暗幕を張って占いの館みたいな雰囲気で怪しい会をしているのだと思ったのに。


「ごめんねぇ、いきなり呼び出して」


音無先輩はしょんぼりした顔で言った。


「いえ⋯⋯あの、私こういうの興味ないので、一言お断りしに来ただけなんです」

「あはは、いきなりあんな手紙が来たら驚くよねえ」


音無先輩が苦笑いをすると、周りの女子もそれに同調するみたいに笑いながら話しかけてくる。


「大丈夫だよ、実際には難しいことないもん」

「ただお菓子食べておしゃべりしてるだけって日もあるし、ゆるい集まりなの」

「そーそー、むしろそっちメイン?」

「やーだぁ」


あはは、うふふ、と戯れるのは、音無先輩を筆頭に美人ばかりだ。みんな二年か三年の先輩だろうか、発育もとてもよろしい。

私は寂しい自分の胸元を見つめてちょっと凹んだ。


「いえ、昼休み、お弁当食べる友達もいまして⋯⋯ほんと、興味ないんです!」


私がそう言うと、笑い声は一斉にぴたりと止んだ。


「⋯⋯それって、あの悪魔の使徒のこと?」

「悪魔⁉ 物騒な」

「鰐淵綾平のことよ」

「鰐淵先輩が何をしたって言うんですか⋯⋯」

「私の⋯⋯私たちの琴乃様。そしてその高位天使を傷つけた罪は重いわ」

「可哀想に、あの悪魔の元に沢山の石が寄せ集められて苦しんでいる」

「我欲に塗れたステージの低い魂の分際で、あんな分不相応な石を持つなんて」


よく分からないけど酷い言われようだ。

あと話が通じそうにない。

何これ怖い。

芝居がかった女子たちの話を静観していた音無先輩は、にこやかに笑いながら私に近付き頬を触った。


「黒澤さん」

「ふぇぇい⁉」


近い、ものすごく近い。吐息が鼻にかかる。

甘い桃の香料の匂いだ。


「綾平はね、沢山の石を持っているの」

「先輩の趣味ですぅぅぅ!人の趣味にとやかく言っちゃ駄目ですよぉぉぉ!」

「ううん。綾平の持つ石は呪われてる。きっと浄化せずに邪気を溜めているんだわ」

「何言ってるか分かりません、ほんと分かりません」

「その石を浄化して、正しい持ち主の元に導くのが私たちの使命の一つよ。お願い、苦しんでいる石を、本来の持ち主の未来を助けてあげて」

「無理です無理です!そんな大それたこと名も無き一般市民に出来るわけないです!ていうか普通に泥棒ですよ‼」


「貴女なら出来るわ、黒澤さん。その高潔な魂の色、純粋な瞳。貴女も⋯⋯この試練を乗り越えたら、ハートチャクラを開ける。一緒にアセンションしましょう」




宇宙人ですかこの人‼


伊勢君が引いてた意味が今なら分かる‼

どうして日本語話してるのに会話出来ないんだ、そうか日本語じゃないからだ‼

音無先輩は私の手首を握ってきた。


「勇気を出して。琴乃のエネルギーを分けてあげるから」


背筋に鳥肌がぞわっと立った。

エネルギーっていうか、変なもの入れてませんか。

音無先輩の目は、興奮気味に瞳孔が開かれている。


「ああ、ほら動かないで」

「大丈夫、気持ちよくなってくるよ⋯⋯琴乃様の体温を感じて、同調するの」


いつの間にか横に来ていたお姉さま方も、私の両肩をがしっと掴んできた。


⋯⋯動けない。

軽く身をよじると、横の二人は手に力を込めてきた。


「ちょ、何するんですか!」

「大丈夫、ちょっと私のエネルギーを分けてあげるだけ⋯⋯痛くしないから」

「その言葉が不穏ですぅぅぅぅ!」


何を言っても通じない、何これ。

会話が出来ないことがこんなにストレスだなんて。

私は壁の上の時計をちらっと見た。昼休みの始まりからもう十五分は経っている。

やばい、お昼食べる時間ないじゃん。

山梨さん待たせてるし、鰐淵先輩の悪口言ってるし。


「くろさわ、さん」


音無先輩は可愛らしく微笑みながら、制服のポケットに手をかけた。

あああ何だかもう‼

私は平穏なオタライフを楽しみたいだけなのに‼


「⋯⋯こぉの」

「?」




「ほでくてねぇごどばり言ってんでねぇっこのほでなしぇ‼」





私は腹の底に溜まる濁りきった苛立ちを放出するかのように、腹筋を使い大声で叫んだ。


「え、何語!?」

「なになになに⁉」


「このほいッだがり!おだっでんでねぇぞ‼」


「く⋯⋯黒澤さん?」


私は我を忘れてまくし立てた。

横の二人の力が緩んだので身じろぎをしてその場を離れ、音無先輩の手も振り解いた。


「あの⋯⋯」

「もう帰ります、ぜっっったいに音無先輩のお話はお受けしませんから‼」


私はくらくらする程に、頭に血が上った。

意味不明な言葉を使うのも、話を聞いてくれないのも、意識高めの雰囲気出しておいて盗みをさせようとしてるのも、何もかも腹が立つ。言語道断だ。

あー気持ち悪い。

気分が悪い。

視聴覚室の扉を開けて足早に教室に向かおうとしていると、廊下の角で誰かとぶつかってしまった。


「わぁ!ごめんなさい」

「黒澤さん⁉ ⋯⋯大丈夫だった?」

「あれ、伊勢君⋯⋯と、鰐淵先輩?」


ぶつかったのは伊勢君だった。その後ろには、安定のもしゃもしゃ頭の先輩がいた。


「⋯⋯やっぱり心配だったから、先輩に相談したんだ⋯⋯本当は円先生も呼びたかったんだけど、見つからなくて」

「何された?」


何かされるの前提なんですね先輩。


「手首握られただけですけどっ⋯⋯異文化に触れすぎて混乱しました⋯⋯」

「⋯⋯分かるよ、言葉通じない時があるよね⋯⋯」

「そう!そうなんですよぉぉぉ!なに? 魂のステージってなに? アセンションってなに? 宇宙人に連れ去られる奴⁉」

「それはアブダクトだ」

「そっちか‼ああ、私がアブダクトされた気分です⋯⋯異文化っていうか異世界です。怖い。もう関わりたくない」

「⋯⋯それが良いよ。彼女たち、人の話を聞かないから。話してると疲れるんだ」

「そうですね⋯⋯ごめんね伊勢君。折角忠告してくれたのに」

「⋯⋯気にしないで。目をつけられたのが災難だったね」

「そんなことより黒澤」


鰐淵先輩は興味深そうな顔で私を注視していた。

地図を見てる時の顔と一緒だ。


「そんなこと⁉」

「お前どこ出身だ? 海外だったか?」

「何でですか。岩手ですよ」

「オダッデン? ホデクデ? なんの言語だ」

「あああ!聞いてたんですか⁉」

「⋯⋯聞こえてたんだ。黒澤さん、かなり叫んでたし」


⋯⋯恥ずかしい‼

私は顔に熱が集まるのを感じて手に頬を当てた。


「⋯⋯普通に、岩手の方言ですよう⋯⋯南部地方の」

「マジか」

「⋯⋯外国語じゃなかったんだ⋯⋯」

「日本語です‼興奮した時とか、気が緩んだときに出ちゃうんですよ⋯⋯だからいつも気を付けてたのに、ああ」

「⋯⋯それで皆に敬語だったの?」

「気が緩むと訛っちゃって⋯⋯私、岩手の中でもド田舎で育ったんです。盛岡の学校に通ってたとき、訛りがきつすぎて友達あんまり出来なくって⋯⋯!東京に出てきたら、きっと尚更通じないじゃないですか。だから東京に来る前に、頑張って標準語マスターしたのに」


やはり落ち着いている時じゃないと標準語は話せない。

いつかやるだろうとは思っていたが、ついにやってしまった。


「あ、あの!山梨さん待たせてるので私失礼します‼ お二人ともご心配かけてすみませんでした、ありがとうございました‼」


きっと二人とも、変な言葉を話す奴と思って呆れているに違いない。

鰐淵先輩なんか、口に手を当てて「ん゛ッ」って言ってるし。

絶対笑いをこらえてるんだ。


私は話を無理やり切り上げて教室に駆けていった。

補足説明いたします


ほでくてねぇごどばり言ってんでねぇっこのほでなしぇ

訳「ごちゃごちゃぬかすなこの馬鹿野郎!」


このほいッだがり!おだっでんでねぇぞ‼

訳「この盗人!ふざけんじゃねえぞ‼」


大体こんなニュアンスです。

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