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「終わっ⋯⋯た⋯⋯!」

「本当に、終わったのですな⋯⋯」

「⋯⋯壮観だね」


今日も部活の制作活動をさくさくと進めていると、いつの間にか立体地図は形をなしていた。

部活終了十分前のことだった。


「まだ接着してねえだろー。あと、肉付け残ってるからな」


円先生は頭を掻きながら、波摩丘陵の模型を見下ろした。片眉を上げてにやりと笑う。

だからそれ、ちょっとイラッとするってば。


「まあ⋯⋯予定よりは大幅に早い進み具合だがな」


「肉付けや彩色など、我々にとってはご褒美にも近いものですぞ」

「⋯⋯うん、楽しみ」

「あ!俺、色塗りやりてぇ!」


珍しく長谷部君が乗り気なのは、腐っても地学部だったということだろう。


「凄いですねえ。⋯⋯私は、もう手を付けてはいけない気がします」

「おう、下手に恥部が手を出すとオタクどもが黙ってねぇからな。ホイ、帰った帰った。ご苦労さん」


先生は私の背中を軽く叩いた。


「なんですか先生、人を部外者みたいに!便利に使ったあとはポイですか、人としてどうかと思います」

「アホ‼もう帰る時間だろうが」

「うー⋯⋯先生、私に対して辛辣ですよね。もしや女嫌いですか?」

「俺、結婚してるって言ったよな? 言ったよな?」

「あの、今どきの東京では同性婚もOKと聞いていますが⋯⋯」

「お前本当何なの? 俺、妻がいる。娘もいる。娘、血のつながった実子。理解出来てる?」

「大丈夫です、現実を受け止めきれないだけです」

「何でだよ⋯⋯お前、まさかもしや、鰐淵に似てるからって⋯⋯」


円先生は身を守るように両腕で自分の身体を抱きしめた。

自意識過剰もいいところである。


「似てねぇっつっただろ。そろそろ帰るぞ」


鰐淵先輩は帰り支度を始めた。皆もハサミやノリを片付け終えて、鞄に手を掛けている。


「わー!私も帰りますー」


鰐淵先輩を追いかけると、後ろから円先生の声が聞こえた。


「気を付けろよー」







夕暮れの街並みを、私達はてくてくと歩いた。

このところ、先輩はゆっくりめに歩いてくれるのでお喋りがはかどる。


「もうすぐ立体地図、完成ですねえ」

「あー」

「楽しみです!うちの辺りはどこでしょうかねぇ」

「あぁ」

「先輩、上の空ですねぇ」

「あー」

「聞いてないですねぇ⋯⋯じゃあ私、テキトーにスチプリトークしてますね!」

「⋯⋯え、何だそれ」

「あれ、話を聞いていた⁉」

「耳には入っていた」

「えー、やだなぁ。これから神田龍人くんの良いところ百選を上げていこうと思ってたのに。恥ずかしいじゃないですか」

「お前の恥ずかしさってどこにあるんだ?」

「一般人の常識の範囲内にはありますよう」

「ある気がしねぇ⋯⋯じゃあ、方言で話すのは?」

「がぁぁぁ‼あれは!恥ずかしいとかそういう次元じゃないんです!」


鰐淵先輩は口元を手で覆って震えていた。やっぱり笑ってる。

ひどい。

けどそんな先輩の楽しそうな顔もいい。


「そういや結局、ホデクテってどんな意味だ」

「えー? わけ分かんないとか、意味わかんない⋯⋯ですかねぇ。ううん、でも微妙に違う気がします」

「じゃあ、オダッデンは?」

「ふざけんじゃねえ、みたいな」


先輩はぎょっとした顔をした。


「結構乱暴な意味合いだな」

「そりゃ、怒ってるときですもん。怒りながら「意味の分からないことばかり仰ってますのね、もしかして私をからかってらっしゃるの?」とか言えませんよ、咄嗟に」

「咄嗟に出てくる奴、現代にいねぇと思うぞ」

「生粋のお嬢様ならあるいは⋯⋯」

「そういう類の連中は、怒る前にやるな」

「やる⋯⋯?」

「殺る」

「や、殺るっ⋯⋯‼怖い、お嬢様怖い!」

「社会的な意味合いだぞ。しかも直接手は下さない」

「十分怖いですよ‼あ、そうだ」

「なんだ」


私はふと、鉱物について思い出した。お嬢様→美少女→音無先輩→パワーストーンという一連の連想である。


「伊勢君と話してたんですけど、ローズクォーツって石英なんですね」


私がそういうと、先輩は呆れたような顔をした。


「そりゃそうだ。クォーツだぞ」

「クォーツ⋯⋯」

「めんどくせぇからあとで辞書引いとけ」

「分かりました!石英って、いっぱい種類があるんですねぇ。初めて知りました」

「ああ。ローズクォーツはチタンやマンガン、鉄などの不純物が含有していると言われている。アベンチュリンはこの間話したな。含有物の他にも放射線、高圧といった条件で区別されていて、かなり種類がある」

「へええ!⋯⋯ってあれ、不純物が含有されると「言われている」? 断定できないんですか?」

「ああ、よく分かっていない部分がある⋯⋯詳しく聞くか?」

「理解できる気がしないので大丈夫です!」

「だろうな」

「不純物って、きっと他にも色んな種類がありますよね。それによって色の違いがあるんですか?」

「あるぞ。ローズクォーツの他にも、黄色やオレンジや紫、灰色や黒の水晶がある。水晶とは少し違うが、玉髄や瑪瑙も石英から出来ている鉱物だ」

「本当に沢山あるんですねえ⋯⋯あ、紫のは知ってますよ、アメジストですよね」

「そうだ」

「灰色の石英はなんて言うんですか?」

「煙水晶、英名ではスモーキークォーツだな。その名の通り、煙がかった色をしている。ケイ素がアルミニウムイオンと置換し⋯⋯」


先輩はスイッチが入ったようで、急に饒舌になった。

分かる分かる、好きなものについては喋りたくなるよね。


「あはは、魔除けの水晶も、スモーキークォーツって名前あったんですねえ。私とお母さん、勝手にお化け水晶って言ってました」

「だから人為的な放射線照射⋯⋯今、なんて言った⁉」

「ぎゃっ⁉」


鰐淵先輩は、顔を近付けてきた。吐息すら届きそうだ。

至近距離に推しの顔があり、大層心臓に悪い。

待ってください、心の準備が出来ていないから一旦二次元に戻っていただけませんでしょうか。


「お、お化け水晶って⋯⋯」

「ファントムクォーツなら別の種類である、そんなことは良い。あの水晶がスモーキークォーツだと?」

「スモーキークォーツじゃないんですか⁉ だって、灰色のもやが水晶の中に⋯⋯」

「俺が渡したのは、普通の水晶だ。不純物も何も混じっていない」

「え⁉ 嘘っ」


私は鰐淵先輩から水晶を貰った時のことを思い浮かべた。

夕焼けの赤い光に透かして、透明な水晶がきらめいていて⋯⋯


「⋯⋯本当だ‼渡されたとき、透き通ってた‼」


いくら夕焼けだったからと言って、見間違えるはずもない。

あの水晶を透かして、私は鰐淵先輩の顔を見たのだ。 

家にあるあの水晶は、遠目にはっきり分かるほどくすんでいた。きっと今なら向こう側は見通せない。


「⋯⋯確認したい。今からお前の家に行っていいか」

「へぇ⁉」


せせせ先輩が家に来る!!?

どうしよう、絶対絶対散らかってる。いや散らかしている。

部屋まではこないよね? 龍人くんの祭壇見られたら軽く終わりそう。


「駄目か?」

「いいいいえ!私の部屋に入らなければなんとかっ⋯⋯」

「入らねぇ。水晶を確認するだけだ、玄関先でいい」

「それなら!それなら何とか!今からですか、時間大丈夫ですか?」


私はスマホの画面を見た。時刻は18:46を指している。


「ああ。悪いな、いきなり」

「いえいえ!うわぁぁぁ、推しが⋯⋯推しが三次元になって、家に来るって⋯⋯現実? 現実ですか? 私夢見てますか?」

「待て、普段の俺は虚像か」




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