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暗い炎と水銀

本当に腹黒いのはどちらなのか…。今回はちょっとコーザと執事の抱える秘密に触れてみました。どちらも牙を隠した「鬼」なのです。

緋天の間を辞去した後、エレベータで一階のロビーへ降り、昴は車を表へ回す為にパーキングへ向かった。

残された光三郎は動きにくいドレスの裾を上手く捌きながら、ロビーのソファに腰掛けた。


「ふぅ……。タバコ。タバコっと」

「はい。どうぞ。コーザさん。あまり吸いすぎると元気な赤ちゃん産めなくなっちゃいますよ」

「おっと、済まないな…。つか俺が産めなくても未来に出会う予定の愛する奥さんに産んでもらうから大丈……って、お前はメルさんじゃないかっ。ここはホテルだぜ。相変わらず神出鬼没だな」

不意に出された百円ライターに、つい反射的にタバコの先を近付けた光三郎は思わずソファから転げ落ちそうになった。


「おやおや、レディーがはしたないですよ。コーザさん」

そう言って紳士のように片手を恭しく伸ばしてきたのは、糸のように目の細い年齢不詳の青年だった。

光三郎とは結構付き合いは長い方なのだが、仕事以外での付き合いが全くないのでプライベートが一切謎である。

そんな彼は「暗いダークファイヤーという妖怪専門のトラブルや仕事の斡旋や仲介をしている。

光三郎が呼んでいた「メルさん」とは、正式にはメルクリウスといって、その正体は異世界である月天の民だ。ちなみにメルクリウスとは「水銀」という意味である。

何でも過去に故郷で罪を犯し、ここに流罪になってからは鷹巳八雲たかみやくもという名を名乗っているらしい。

光三郎の裏家業である妖怪探偵の主な仕事はこのダークファイヤーから斡旋してもらっている。

どこかに店を持っているという話だが、光三郎は彼の店や自宅も知らない。いつも仕事は彼が直接光三郎を訪ねて持って来るからだ。

とにかく何から何まで謎めいた男なのだ。

年齢は二百をとうに超えているという事だが外見は二十代にも三十代にも見える。まさに年齢不詳な外見だった。

身長も長身な光三郎と同等に見えるのだが、いつも猫背なので実際の身長より小柄に見える。


鷹巳は糸のような目を更に細めると、光三郎の懐から勝手に一本タバコを拝借すると、慣れた手つきで火を灯し、美味そうにふかした。

「それで今回は何の用なんだよ」

鷹巳がかここまで出向いてきたというからには、何か差し迫った依頼があるからなのだろう。

すると鷹巳はキツネのような顔を深刻そうに近付けて頷いた。

「ええそうです。ちょうどコーザさんがお留守の時に指名が入りましてね」

そこで鷹巳はふぅっと煙を吐き出した。煙は輪っかになって頭上を漂う。鷹巳が天使のように見えて、光三郎は頭を振ってそのイメージを排除した。

「指名ねぇ……。俺はホストじゃないぞ」

「あー、じゃあホステスさん」

「………メルさん。真面目にやって」

「はいはい。もー、ちょっとした冗談じゃないですかぁ。まぁ、今回コーザさんを指名したのは、いつもの日本古来の土地神様や地霊の類じゃなくて、アタシと同じ月天の御仁なんですよ」

「へぇ。珍しいな。メルさんと同郷なんて」

月天はこの世界と同列に存在する霊的な天球層の一つで、非物質の存在。つまりアストラル体の住まう世界の事だ。

光三郎たちは日本に元々存在する妖精や精霊等、肉眼では視認する事の出来ない存在全てをひっくるめて「妖怪」と呼んでいた。

無駄に誇り高い月天の民である鷹巳にとっては些か不愉快にも感じられる呼称な筈だが、彼はそれを気にしている素振りはなかった。そういうところはちょっと他の月天の民と感覚や価値観が違うのかもしれない。


「それでですね。その月天の方がどうしても妖怪探偵であるコーザさんにお目通りをとおっしゃってるので、今日の夜にでも事務所の方へご案内してもいいですか?」

「えっ、レメゲトンに来るの?」

レメゲトンとは、光三郎が祖父から生前分与として与えられた銀座の一等地に立つ喫茶店の事だ。

従業員は四人で、光三郎はオーナーという形だけの役職を持っている。その裏に鷹巳の持ってくる依頼を捌くもう一つの窓口があるのだ。

「ええ。もうそういう事でお話はまとまっています」

「早いな。おい。俺の意向とか無視ですかい」

「ええ。それがうちのウリですから」

鷹巳はゲラゲラと笑い出した。

その時だった。ホテルの入り口に執事の姿が見えた。

「それでは従者さんが戻られたようなので、アタシはこれで」

その姿を見るやいなや、鷹巳は猫背気味の背を一層丸めて立ち上がる。

「昴さんには会っていかなくてもいいのか?」

すると鷹巳は珍しく苦い顔をした。

「ええ。アタシ、あの方はどうも苦手でして」

光三郎はやや意地の悪い笑みを浮かべてからかう。

「へぇ。メルさんにもそういう人間がいるんだ」

基本的に人間好きな鷹巳が誰かに対して苦手意識を持つ事はないと思っていたのでこれはかなり意外だった。

鷹巳はポリポリと顎の下を掻きながら、決まり悪そうに言葉を選ぶ。

「あのお人の背には、その……何て言いますか、黒く不吉なものが見えるんです。コーザさんも気を付けた方がいいですよ」

「ははは。まぁ、昴さんは腹黒執事だからなぁ」

コーザは暢気に笑っていたが、鷹巳の方は硬い表情を崩す事はなかった。

「コーザさんがそう思っているなら今はそれでいいですが、あのお人の前で気を緩めたりする事は禁物ですよ」

「はいはい。昴さんは俺の少ない持ち駒の中では最高にして最強の番犬だからね。手綱はきちっと握っているつもりだよ」

鷹巳は光三郎の言葉を聞いて静かに頷くと。あっという間に姿を消した。

そのあまりに自然な消え方に、周囲の客たちも気付かなかっただろう。

そう、昴でさえも。


そしてすぐに昴がやって来た。

「お待たせしました。コーザ。さぁ、行きましょう」

「ああ。悪いね」

光三郎は立ち上がり、タバコを始末して昴と共に外へ出た。

「昴さん……」

咄嗟に先ほどの鷹巳の言葉が気になって、光三郎は思わず昴を呼び止めていた。

「はい?どうかされましたか」

昴の表情は能面のようで何の感情も読みとる事は出来なかった。

表情は窺えなかったが、綺麗な額にはらりと一筋かかった髪が艶っぽく映えていた。

「いや。昴さんは腹黒だってさ」

昴は虚をつかれたように固まった。

「それはどういう意味ですか?それに一体どなたがそのような事を……」

すると光三郎は長い前髪の下から人が変わったように酷薄な瞳を覗かせた。

その瞳はいつもの深い青ではなく、草木が萌えるような薄い黄緑色に見えた。

昴は過去に一度だけこのような瞳の状態の光三郎を見た事がある。

それは昴が初めて光三郎を見た時の事だ。

あの日、昴はある目的の為に初めて壬生の本邸に忍び込んだ。あの時不審者が屋敷の壁にへばりついているというのに光三郎は平然と読書をしていた。

昴の姿が目に入っているのは間違いないはずなのに。

その時一瞬視線がかち合った。彼の瞳はその時と同じ色をしていた。

あの時彼は窓越しに何か言葉を発していたように思えたのだが、生憎昴には読唇術は使えない。

結局彼があの時何を伝えたのかは分からなかったが、昴は彼の瞳に屈服させられたのだ。

だがその日以来、彼の瞳に異変は無かった。それが今になって一体何故……。

昴の背筋に冷たいものが降りてくる。


「さぁ。誰だろうね。少なくとも俺ではないよ。俺は昴さんを「信頼」しているから」


「………………」

背筋が冷えた。

その時、昴は目が覚めたような気がした。

どんなにのほほんとしたぼんくらな三男坊に見えても、この男はやはり壬生源一郎の血を引いている。それも三人いる孫の中で彼が一番その血が濃く流れているのだろう。

はっきりいって油断ならない相手である。

この美しい仮面の下には自分が抱える闇よりももっと恐ろしいものを飼っているのだ。

それを半ば二十年以上も飼い殺し同然にしている源一郎の真意はどこにあるのだろうか。

だが昴はそれ以上光三郎に踏み込んではいけないと直感的に悟っていた。

小さな好奇心で大願を果たす前に身を滅ぼす事だけは避けたい。

だから今は光三郎の演じる「道化」に歩調を合わせて共存していかないとならない。

賢い執事はそう胸に誓い、再び表情を殺した。


「どうしたの?昴さん」

気付けば光三郎はもういつもの状態に戻っていた。瞳もいつもの穏やかな青色に戻っている。

「いいえ。何でもありません」

「そうなの?んじゃ戻ろうか」

「ええ。畏まりました」

たった一瞬の事だったのだが、執事にとっては激しい殺し合いをした時と同じくらい精神をすり減らしていた。

次回はまたヒロインの夜泉パートに戻ります。そしていよいよコーザとのお見合いへと繋がっていく予定です。

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