お見合い当日
「昴さんっ、キツイっ!キツイって」
そして日曜日。正午を回った頃。
壬生邸の離れにある光三郎の屋敷では、ヒキガエルを潰したような毒々しい声が響き渡った。
ドレスアップルームでは、光三郎と光三郎の腰に片足を立てて、コルセットをぐいぐい締め付ける昴の姿があった。
光三郎の男性にしては細身の腰に、昴の硬い革靴がめり込み、見るからに痛々しい。
これには光三郎の顔色は赤くなったり青くなったりと忙しい。
柔らかな金色の前髪にかかる額からは脂汗が滲み、形の良い唇は苦悶に歪んで、亡者の叫びに似た悲鳴が零れる。
それはそれはおぞましい光景が広がっていた。
「もう少しです。後少しの辛抱です。コーザっ」
「無理無理、無理だって。大体コルセットって男の身体に使う物じゃないって」
「でもこれがないと女性らしいラインでドレスを着られませんから、我慢して下さい」
「…………ラインなんてどうでもいいし」
今日は源一郎に言われていた見合いの日だ。
見合いの準備を進める昴も朝から気合いが入っていた。
早朝からドレスを整え、アクセサリーを選び、片端から着付けていく。
元々整った顔立ちの光三郎は、実際何を着せてもそれなりに着こなすのだが、女性的なラインを生かすタイプのドレスを着るにはややボリュームが足りない。
それを矯正下着で誤魔化すのだが、それを着付けるまでが一苦労なのだ。
昴は主の為に最高の準備をしていた。
「さて、仕上げをしましょうか」
そう言って昴がピンク色の乙女チックな小箱から取り出したものに光三郎はすぐに反応した。
「あーっ、これすげー欲しかったブランドの限定コスメじゃん」
それは最近銀座に出店した海外ブランドの記念コスメだった。それも日本進出を記念した銀座店だけでしか販売されない限定品だ。
開店日当日は店の周辺は大変な行列となり、ニュースに取り上げられて一躍社会現象になったくらいだった。
それをこの執事はどのようにして入手したというのだろうか。
「ど…どどどどど…どうしてこれを昴さんが?」
興奮を抑えきれない様子の光三郎に昴は穏やかな笑みを向けて答える。
「蛇の道は蛇……と言いますから」
そうあったりと言葉を濁して昴はコンパクトを開き、手早く光三郎の頬にパフを数回叩く。
「うっわ。これ、すっごい欲しかったんだよね。本当にいいの?」
「はい。コーザの為に用意したものですから。それとも私に使えとでも?」
昴が急に真顔でこちにら顔を近付けてきた。冷たいくらいに整った顔立ちは威圧感がある。
「……いいや。うん。とにかく有り難う。昴さん。大切に使うよ」
そう言いつつ、光三郎は本当に嬉しかったのだろう。実に嬉しそうにコンパクトを眺めた。
そんな主人の様子を見て昴は肩を竦める。
そもそも自分の命を守る為、嫌々している女装ではあったが、これで結構流行やオシャレには敏感で、化粧品やアクセサリーを集めるのは結構好きだったりするのでよく分からないものだ。
「それではもう少ししたらホテルに向かいましょう。あ、その前に何か軽く摘みますか?」
「いや。この締め付けで飯なんか食ったら胃が飛び出すからいい」
すると昴は声をあげて笑い出した。そして軽く一礼をして部屋を出て行った。
「ふぅ……。しかし誰の見合いだっての…………」
見合い相手の為に上等なドレスを着て綺麗に磨き立てる男性というのもおかしな話である。
光三郎は鏡の前のドレス姿で情けない顔をしている自分の姿を見てため息を吐いた。