王女の報告
あの日、ベティは言っていた。
――ゼローナの能力目当てでなければ、貴女なんかお兄様の花嫁に選ばれなかった、と。
「お兄様」というのは、もちろんベティの兄・イーサンだ。エキドナの自称王族の末裔たちの主張がそれぞれ異なる点は、もちろん洗い出されているだろう。今、この時点で。
さしあたって、自分がすべきことは。
「……仕方ないわね」
「? どうしました。姫さん」
もはやお付きの者と化した魔王の忠実なる将軍・ザグラフが問う。
渡った橋をすたすたと戻りながら、ロザリンドは迷いなく答えた。
「会談の場へ。安心なさい。べつに、国同士の話し合いを邪魔するつもりはないわ」
* * *
最初に谷に着いたとき、馬車が停まった広場を見下ろす高台に長の館が建つ。ちょうど休憩のために庭へ出ていたゼローナ王国の一行は、坂を登るロザリンドを見咎め、ただちに彼女を長兄の元へ連れて行った。
なお、サジェスは控室でユウェンとともにいた。
おかげでロザリンドは両方から軽率さを責められ、同時に、二度同じことを説明する手間を省けたわけだが。
はあ、とため息をついた赤髪の王太子が額を押さえ、じろりと妹を睨む。
「お前は、どうしてそう勝手を……」
「あらかじめ外を歩いてもいいと言われていたわ。旧エキドナ人との接触も偶然で、長の孫のイーサンだけ。ほかには何もやっちゃいないわよ」
「たしかに許可は与えたが。向こうへは近づくなと言ったはずだ。王女――」
「『ロザリンド』よ。いいかげん名前を覚えて、ユウェン」
「もちろん、覚えてはいるさ。王女」
「っ」
黒蜜色の頬にフッと大人びた笑みを浮かべるユウェンに意表を突かれ、ロザリンドはたじろいだ。
――いや、相手はこう見えて千歳を越える魔王。
おそらくはこの世界の誰よりも長寿であり、大人そのものだ。
ただ、褪せない記憶のゲームスチルの『彼』と重なり、外見年齢がどうあれ反応してしまう。
…………つまり、激しく好みで。
(あああ! だめよ、集中しなきゃ。ここで丸め込まれたら、また、言いたいことの半分も言えやしないわ。昨日みたいに!!)
顔を背けてじたばたと懊悩するロザリンドに、サジェスは怪訝顔になりつつ、咳払いをした。
「それはさておき。協議そのものは順調だ。お前が来る少し前に、今後の交易や国境沿いの治安維持に関しても正式な条約が結ばれた」
「そ、そうなの」
「あとは罪人の扱いでな」
「……ベティと共犯のふたりね」
(まさか死罪)
ちらりといやな予感が脳裏を掠めたが、サジェスは未来の君主ならではの風格で、椅子に掛けた脚を悠然と組み直した。
「そっちは、これ以上の禍根は残したくないという我が国の意図を最大限に汲んでもらった。竜の谷ではなく魔都に連行し、魔王城で生涯無償労働させるかたちに落ち着きそうだ。――ですね? ユウェン殿」
「ああ。監督は当方で行う。万が一にも目こぼしはない」
「? 問題なくない? いったい何が難航してるの」
「それが、旧エキドナの長とやらがな……」
パキ、ポキ、と億劫そうに首を鳴らしながらサジェスがぼやく。
それを横目に、ユウェンは淡々と言葉を継いだ。
「一族の恥だからと、猛烈に死罪を訴えてきた」
「!! 孫娘でしょ。どうして」
「さあ? しかも、どうしても魔都で無期労働をさせるならイーサンを監督人にせよと言って聞かない」
「は???」
今度こそぽかんと口を開け、ロザリンドが呆ける。「なぜ」
「重罪人だからこそ身内が責任を負うべきとの主張だ。些事に魔王陛下の手を煩わせるのが忍びないと。自分が老い先短いのが口惜しいとまで嘆いていた」
「ちょっと、その理屈はわからないわ」
「同感だ――――問題は」
「「!」」
瞬間、ぞくりと震える覇気のような陽炎がたちのぼり、ユウェンの黒髪と衣服を盛大になぶる。
袖に縫い付けられた細かな黒玉が幾粒も擦れ合い、チャリチャリと音を鳴らした。
とたんに、ロザリンドの背後で息を呑んだザグラフが制止をかける。
「陛下、お鎮まりを。お姿が」
「……あぁ」
気だるげな相槌を打ち、魔王はスン、と気炎を収めた。その両方のこめかみの上には捻じくれた銀の角が生え、背に黒翼が現れている。しかも。
「陛下……驚いた。また『成長』を?」
「どうだろうな」
「いや、服が縮んだし。髪だって」
「うるさい。黙れ」
「ぐっ」
魔王ユーグラシルは邪険そうに片手を振り、文字通りザグラフを黙らせた。
サジェスとロザリンドがこれを見るのは二度目だ。
一度目はゼローナ王国北公領、公都アクアジェイルで。いきなり翔んできたロザリンドが、公衆の面前で少年魔王に求婚まがいの告白を叩きつけたときだった。
あのときは、十二、三歳くらいから十五歳ほどに変化した。いまはつややかな髪が肩につき、色気が増して十六過ぎに見える。ゆったりとしていたはずの長衣がぴったりだ。
「……」
度肝を抜かれたロザリンドに代わり、サジェスが咳払いをしてから尋ねた。
「ユーグラシル王。『問題は』?」
「サジェス殿。律儀に追い詰めるのはやめていただけないか」
「いいえ。どうやら不肖の妹が原因のようなので。外交的にもはっきりさせておいたほうが良いかと」
「……妹御のせいではない。俺の問題だ。気にするな」
血赤の瞳を揺らがせ、青年と少年のはざまの容姿になった魔王が嘆息する。
いっぽう、ロザリンドは。
(〜〜む、無理!! 声変わりはじめの破壊力、異形の尊顔っ、しぬぅぅう!!!!)
――――――
何食わぬ顔を維持するので精一杯。
画面を通さない推しが惜しげもなく長く伸びた前髪をかきあげる仕草に、卒倒しそうになっていた。




