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ひたすらダンジョン!  作者: メテオス
《第1章 蟲達の祭典》
6/42

一章 5話 彼の心は歪んでしまった、遠い過去に

「はははっ よく聖騎士と踏破者を結び(・・)つけれたね、正解だよ。おめでとう」


 目の前の男、トマスは私の答えを聞き嬉しそうに笑い出す。


「先生は私を舐め過ぎじゃないですか? いくら私が無知だとしても、この程度の事は、何の試験にもなりませんよ?」


 ドヤ顔で嘘を吐く私。

 だって本当に簡単な答えだったから少しでも評価をあげないと。


「簡単な事? その割には随分と誇った顔で質問を言った様に見えたけどね。まぁいいよ、それじゃあ行こうか!」


 意地の悪い笑顔で、私をからかいながら席を立つトマス。


 うるさいな! 夢の様な体験をしているせいで、感情が高ぶってるんだっ、ほっといてよ!

 ふぅ、しかし今日が私の人生の変わり目なのを、改めてこの人の発言で実感した。


(やばいな、鼓動が早くなってきた。ってもう行くの?)


「えっ……もう行くんですか? これだけの問答で? 本当にいいんですか? 確かに合格って行ってましたけど、これって最初の小手調べじゃなくて……まさか本当にこれだけ?」


 迷宮に行ける権利を手に入れた嬉しさと胡散臭さ、疑問が混ざり合って混乱する。


 自分で言い出した事だけど本当に上手くいくのか? この男にそんな権限があるのか? 夢の様な体験所か、本当に夢だったりしないよね?

 今更になって不安になってきた、騙されてたり、ダンジョンに付く前に捕まったり、殺されたりしないよね?

 ……そもそも全部この男の妄想だったり?


「そんな不安そうな顔しなくても大丈夫さ、言っただろう君は合格だ。じゃあ君の質問に答えようか。この腕輪を着けて、丁度これぐらいの時間に、僕の案内する場所まで行けば聖騎士に成れるよ。ほら、時間がない、行くよ」


 私が考えて、考えてやっと出した質問に、笑顔で物凄く適当に答えを返すトマス。

 けれどその笑顔はもう胡散臭い物にしか見えない。


(だって……どう考えてもおかしいよ)


 あれだけ最初に脅しといて、それこそ誰でも答えれるような物でこうも簡単に決めていいのだろうか?

 こう言ったら何だけど、私が答えた事は簡単な事だ。無知な私では無く、ちゃんと初めから知識があったらもっと簡単に辿り着けるであろう程だ。

 それこそ、まるで一般人でも、誰でも良かったような……


「……聞きたいことがあると言うよりは腑に落ちないって顔だね。今は気にしないでほしいな、君が無事帰ってこられたら全部教えてあげるからさ…。ほらコレを腕につけて」


言われるがままに、銀で出来たような無骨なデザインをした、ブカブカな腕輪に左腕を通すと、なんと自動的に大きさが調整されて私の腕にピッタリと嵌まる。


「えっ! なんですかっこれ!?」


 まさしくマジックアイテムのような存在を見たお陰で一気に期待が高まり、疑問も忘れてしまう。

 現金だな私って。


「それは踏破者の証だよ。おめでとう、これで君も本物(・・)の踏破者さ」


 まだ私は分かっていなかった、この男の言葉の本当の意味を。


 ◆◆◆◆◆



――少し時間が戻る。


『――例えば僕は今日、なんで学校に居たんだろうね?』


 言った張本人はそこまで意図していなかっただろうが、その言葉でクライナの中でピースが嵌まる。


(なんで居た? それ以前になんで私はトマスと会ったんだっけ? ……そうだ! そういえば、元々私はトマスに会いに来たわけじゃなかった!)


『――不運にもパトリク先生が今日から数日間の出張で居ないみたいで』


 私は、冒険者学校出身のパトリク先生に冒険者について聞きに来たのだ。

 そんな経歴を持ったパトリク先生が居なくて、トマスが居たのは偶然とは思えなかった。

 パトリク先生は今日から数日間だけ(・・)出張で居ないと言うのだ、恐らく、いや十中八九迷宮に関わっている! と思う。


 けど、それでは帰ってこなかったら怪しまれる。今までの説明を聞くと迷宮は確実に帰ってこれるなんて甘い物じゃないというのは私にもわかるし、あの中年がそんな強者には見えない、恐らくサポート要員なのだろうか?

 これだけじゃ確証があると言えないので、私は薄い記憶を探し回る。


(きっと他にも何かある筈、今日、昨日、もしくは明日……あっ!)


『――だって明日が聖騎士様の門出、もうそろそろ学園スピーチの代表者が選ばれててもおかしくない時期だわ』


 聖騎士の門出。そんな大イベントが丁度明日あると言うことだ。これは迷宮についての動きから、大衆の目を逸らさせる為だろう。偶然とは絶対に思えない。


(そうだ、きっと今日、もしくは明日、確実に何かがある!)


 信じられない程、心臓が高鳴る。記憶が戻ってすぐにそんな何かがあるとは。


(落ち着け私……きっと私はこの男に試されているんだ)


 私は考えを巡らせる為に、高鳴る感情を必死で押さえつける。


――そして私は第一の質問をする。


『――その地獄の穴に行く事に、参加するのには何か条件はありますか?』


 我ながら素晴らしいと質問だと思った。

 私だって馬鹿じゃない、いずれは一人で行くかも知れないが、初迷宮を一人なんて自殺行為するつもりはあまりなかった。だから参加と言う言葉を選んだ。


 トマスは意味深な表情をし、参加と言う言葉を否定しなかった。つまりなんらかの地獄の穴を攻略する目的を持つ集まり、組織があると言うことだ。


(確か、それが冒険者学校の役目……だっけか)


 そしてトマスの質問の答えは。


『――簡単に言えば才能的には誰でも参加できる、特に君はね。立場的には誰でもは無理だね。けど僕がある方法でねじ込んであげよう。』


 才能的には私に向いているらしく、立場的には誰でもは無理らしい。

 最悪私はトマスの指示に従い、忍び混んだり、一人で参加せざるを得ないと思っていたが、トマスは参加にねじ込めると言った。

 つまり恐らく今日、地獄の穴を攻略する目的を持つ集まりに動きがあり、そこに私を入れれると言うことじゃないかと思えた。


――そして私は第二の質問を考える。


 私は考えていた、質問の残りの数は自分の評価でもあり、私の唯一使える手段だ、この質問で決着を付けたいと。

 最初に言葉を濁しながら説明された冒険者育成学校の活動を質問しようとするが途中でやめる。

 もう説明しているように、表向きか裏向きどちらかの説明しかしないだろうし、実は質問途中に殆どわかったからだ。


『――だからこそ、そんな危険な穴を放置しない為に冒険者学校と言う物あるんだ』


 表向きの活動はきっとどうでもいい事で、裏の活動は地獄の穴、つまり迷宮を放置しない事。

 トマスは言葉を濁していたが、実は私には迷宮をどう放置しないかなんて分かりきっていた。

 そんな物決まっている、迷宮と言えば、即ち探索、攻略であるはずだ!


 きっとそうだ、質問をしなくても解決した事にとってもスッキリした私は代わりの質問を考える。


(あれ……どうしよう、これ以上いい質問が思い浮かばないんだけど……)


 何でも質問をしていい、そんな制限の無さが私の思考を奪う。

 これが私じゃなくて頭の切れる人だったら、直ぐに核心の突いた質問しているのだろうけど、私はこんな初っ端の小手試しで挫けそうだ。


(初心に戻ろう、私がパトリクに、トマスに、会いに来たのは何故だったか、確か冒険者について聞きにだよね……あ!)


『――それに冒険者という職業がないとしたら! 冒険者学校を卒業した人は一体何をするんですかっ!?』


 ……そうだ、冒険者だ。結局私の思っていた冒険者なんて者は居なかったんだ。

 じゃあ冒険者学校を卒業したものは結局どうなるのか、何になるのか。

 私はトマスの言葉を思い出す為に記憶を探る。


『――そうしてそこを卒業してそれでやっと一人前になれるかどうかなんだ』

 

 一体何の一人前になれるのか? パトリクは教師だけれど、それは違うと思う。


(冒険者学校の役目、卒業者……一体何になるんだ?)


 気になる、思考がループする、そして思わず口から質問が漏れる。

 私はとっさに質問を加える。


『――冒険者学校の卒業者達が呼ばれる、名称を教えてください。卒業者全員の共通名称だけで良いです』


 そして私は返ってきたその答えに思わず驚き、衝撃を受けた。

 ……そう、自分のバカさ加減に。


(何がピースが嵌まるだよ! 私の馬鹿!)


『――大勢の人達からは王国聖騎士、通称聖騎士。一部の人達からは【踏破者】と呼ばれているね』


 なんで気づかなかったんだろう……。

 よくよく思い出せば推測できる事はたくさんあったのだ。

 さっきまで私は聖騎士の役割を陽動程度と思っていたが……。


――『国外の神聖な場所で信仰を捧げる為に命の危険のある厳しい修行している、1年に一度あるかどうかで』――


 国外の神聖な場所で命の危険のある修行、そんなの怪しすぎる。


『――冒険者学校の授業ですか?タイムリーな話題ですねぇ。授業の内容は厳しい修行や鍛錬やクルア教についてよく学ぶのでは? 一般の方じゃ入れないので、あくまでも憶測程度の情報ですけど』


 今朝、一緒に登校したカリーナの言葉だ。

 推測程度、つまり卒業者した者の立場から、逆に授業の内容を推測していたのだろう。

 それにタイムリーな話題、本当になんで気づかなかったんだろう!


『――王国聖騎士は~この王国出身の騎士であるが~この国の騎士ではなく~クルア神の騎士であり~』


 今日の授業でふと耳に入った言葉だ。

 そう言えば聖騎士の授業だった、ちゃんと聞いていれば、先にわかっていた事だったかもしれない。


『――聖騎士は帰ってこない、それはもう常識と化している』


 パトリクの事は帰ってこなかったら、怪しまれるから違うと思ったのだが、帰ってこなくても怪しまれない、堂々と国からの支援が受けれる集団……。


『――聖騎士の門出。そんな大イベントが丁度明日あると言うことだ。これは迷宮についての動きから、大衆の目を逸らさせる為だろう。偶然とは絶対に思えない。』


 さっきまでの私の馬鹿な考えだ、怪しいと思ってた日にちと重なっているのに、私って……。


――つまり以上の情報をまとめると!


 帰って来なくても、もはや当然と思われてる存在で、丁度怪しい日に活動し、一国の騎士ではなく、絶対的な権力を持っている聖クルア教のクルア神の騎士で、そして迷宮は邪神が残した最悪の置き土産だ。


(正に 御誂え向きの集団じゃん! 気づかなかったなんて!……)


 けどだってさ、冒険者学校なんて名前なのにそこから騎士になるなんて思う!? しかも聖騎士だよ?聖騎士! うーわ、前世の記憶に足引っ張られたなぁ。

 あぁ、気づけてよかった……。


――そして私の中で迷宮と聖騎士が繋がることによって様々な情報が浮かんでくる。


 聖騎士は帰ってこないのが常識だ。きっとこの世界の迷宮はとてつもなく、難易度が高いのだろう。

 途中で撤退する事すらできないのだろうか?

 ……そもそも自分が想像しているような物じゃないのかもしれない、とてもワクワクする。


――そして裏の存在【踏破者】


 迷宮を踏破する秘密組織、国単位ではない、世界単位の存在であろう。

 そして【迷宮(ダンジョン)】と【魔物(モンスター)】を秘匿した、凄まじい影響力を持つ聖クルア教の目的そのものかも知れない……。

 何しろ、いずれ災厄をばら撒く地獄の穴を食い止めるための組織なのだから。

 今はこのぐらいしかわからない。


――後は私は聖騎士と踏破者どちらを選べばいいか。


 どちらも同じ存在じゃないのかと最初は思ったけど……。

 違う、聖騎士が踏破者であっても、踏破者が聖騎士であるわけではないのだ。

 多分ね。


『――そこを卒業してやっとそれで一人前になれるかどうかなんだ』


 何と比べて一人前なのか……。他の踏破者だろう。

 聖騎士の門出だが1年に1回やるかどうかのペースで行い、毎回全滅しているのだ、恐らく人材不足だ。

 なのに何故やるのか、分からない、私には分からないことだらけだ、けど分かることはある。


『――僕はね君の自殺の手伝いをしているに過ぎない、君を試しているのも、いかに周りに迷惑、被害を出せずに死ねる人間か見てあげてるだけだ』


 きっと答えは生存率も0%に近く、それは私にとって、とてつもなく険しい道なんだろう。


(……望むところだ!)


 答えがどちらであれ、聖騎士と踏破者の二択を聞いた最初から、私はどんな理由があろうと聖騎士を選ぼうと思っていたのだ。


(これが私のせめてもの償い……なのかなぁ?)



 ◆◆◆◆◆



「おっ着いたね」


――それなり日が落ちてきている、もう夜と言っても差し支えない時間だろう。

 トマスに言われるがままたどり着いた場所は、城壁の近くで人気無い所だ。遠目に見える馬車を覗いては。


「はぁはぁ……っ馬車? あっ!……何も言わずに言われるがまま走った私も私ですけど、はぁはぁ……っ聖騎士様の門出は明日ですよねっ、こんなに急ぐ必要ありましたっ?」


 かなり走らされたので、恨めしい目でトマスを睨みつける。


「あれ……? 君も急がなきゃまずいみたいな感じで言ってたから、分かってると思ってたんだけど」


 同じ様に走って来たのに息一つ乱さず余裕な表情のトマス、少し癪に障る。


 確かにトマスの言う通りそんな雰囲気は出していたが、それはもっと何かこう、私を聖騎士にねじ込むとしても、明日までに手続きや何かしらを遂げないと行けないと思ってたからだ!

 もしかして私は正規の聖騎士じゃないから、私だけ先に出発する感じなんだろうか?


「だってあんな腕輪1個で準備完了なんて想定してないですもん。もしかして私だけ先に出発する感じですかね?」


 そっちのほうがありがたいけど……。

 何故なら、どれぐらい乗るかわからない馬車で怪しい余所者の私が、正規の聖騎士と相乗りなんて正直厳しい。


「いーや逆だ、君が最後かな。残念なお知らせだけど、恐らく今回参加する聖騎士全員もう乗車してると思うよ」


 ……嘘でしょ、気まずいじゃん。


「嘘ですよね? だって聖騎士の門出って明日じゃないですかっ。あっ毎回フルプレートの鎧着てますが、まさかあれって影武者だったり?」


 私の陽動説、もしかして間違っていない可能性がある?


「なんで僕が一々そんな嘘をつかなきゃならないんだ……。その通り、アレは影武者の様な役割でもあり陽動でもある。聖騎士の門出に注目を集め、迷宮と言うより地獄の穴方向に向かう踏破者達から目をそらさせる為にね」


 僕が嘘なんかつくわけないだろ、と言わんばかりのトマス。この男は鶏頭なのか?


 それよりやっぱり陽動だったのか……ふふふ。

 どうやら基本的に踏破者は現地集合のようだ、それなら私も一人で現地集合させて欲しいんだけど。


「聖騎士は毎回死ぬ、だから毎回新人つまり子供しかいない、君よりは年上だけどね。そんな子供達を大っぴらに送り出すなんて外聞が良くないとして、陽動の方はフルプレートで姿を隠しているんだ。それがフルプレートの理由さ。おっと、本物はフルプレートではないから、いきなりフルプレートの騎士達と相乗り、なんて事にはならないから安心してくれていいんだよ」

 

 得意げに下らない事を言うトマス、そういう所だよ……。


 つまり若い人が殆ど死んでしまう修行に出発するのを大勢で応援するのだ、中には若い人の姿形を見て可哀想だと思う人がいるのだろう……一応門出は祝い事だしね。


 なら最初からややこしい事をせずに、聖騎士と陽動を完全に分けといたらと思う所もあるけど、きっと聖騎士達が踏破に成功して帰還したら、表向きに報酬や名誉を受け取れる様の建前にする為なんだろう、多分。


「あはは、そんな微妙な顔しなくても大丈夫さ、ソレを付けていたら絶対に怪しまれないとは言い切れないけど認めざるを得ないからね」


 心配するな、と言った様子のトマス。

 この腕輪はきっと、そういった証の類なんだろう。

 トマスは言葉を続ける。


「……それに、これから迷宮に潜る事と比べたら些細な事だろう。君にとっては迷宮に潜れる事と比べたらと言ったほうがいいかな?」


 そうだ。もうすぐだ、あとほんの少し。

 あの馬車に乗れば、夢にまで見た、迷宮へ行けるのだ。


「行きたい……」


――かつて無いほど、クライナは興奮していた、前世の記憶ですら感じたほどのない、この高揚感……。


 前世の記憶が目覚め、隠されていた魔物の存在を暴き、丁度すぐに行われる迷宮攻略の片道切符を手に入れ、やっと、やっと今から【迷宮(ダンジョン)】で【魔物(モンスター)】と戦える。

 これら全てが今日1日の事である、もはや胡散臭い物を感じざるを得ないほど凄く都合の良さ、がそんな事はもはやどうでもよかった。


「……もう僕に何も聞かなくていいのかい?」


 魔物と同じで無いと思ってたスキルやレベルや魔法のような存在はあるのかだとか、そもそも目的は何なのか? 何をしたら迷宮を踏破できるのかとか、オークやゴブリンはいるのかとか。

 聞きたいことはたくさんあるが、私は何も聞かない、もう直ぐ行けるんだ! 現地で確かめたらいい!

 この疑問もこの興奮も誰にも渡さない!



 ◆◆◆◆◆



――もう僕に何も聞かなくていいのかい。

 この男、トマス・エルガーは言ったが、眼の前の少女は何も聞かなかった。何となくそうなると分かったすらいた。


 いっその事、根掘り葉掘り全部聞いてくれた方が、或いは此処で怖気づいてくれた方がよかったと。

 そう思ってしまうぐらい、何も教えずに迷宮に送り込む事は馬鹿らしく、間接的に自分がこの少女の命を奪うような物だと分かっているからだ。


(はっ……今更僕は何を考えてるんだ。彼女にアレを渡したその時点で、違う、それよりもずっと前から……)


 元々は聖騎士自体が許せなかった。


 英雄の再現を目指す、そんな建前だけで、この土地と彼の願いと想いを愚弄する制度だったからだ。

 だからこそ、もう終わらせる為に、見込みある聖騎士に情報とアレを託すつもりだった。

 そうしてやっと、ほんの僅かな可能性が芽生えるかもしれない程度だった。


(僕は、僕は何をしているんだろう。何をやっているんだろう。何の為に生きてるんだろう。きっと彼女は死ぬ、僕の我儘の為に)


 けどそれがどうだ、僕は当日になって聖騎士ですら無い、冒険者学校に通ってすら無い、唯の一般人であろう少女に賭けたのだ。


 決して思いを託したわけでも無く、信頼したわけでも無く、その能力に期待したわけでも無い、そこには、その少女には何も無かった。


(情報の方は託さず……か、結局僕もくだらないジンクスを信じているって事だな。やってる事が上の連中と変わらないな、はは)


 しかし、トマスから見て少女には一つだけあった、それは特異性、いやある意味では彼女は正常だ。

 だがそれは、ここではありえない存在(イレギュラー)

 ……それがよりによって今日、この日に自分の元へ来たのだ。

 怪しさすら感じさせられる程の運命の采配……。

 まさしく、只、運命に賭けただけ。


(くくく、我ながらなんて都合のいい言い訳なんだ。ただ、逃げただけじゃないか)


 本当は、何故、自分があの少女にアレを渡したのかは分からない、本当に彼女の可能性を信じたのかも自分ですらわからない。

 

(ああ、彼に似ていたからか……)


 そんな下らない理由に、言葉に出来ないぐらいに悲しくなってしまい、ふと昔を思い出してしまう。


(ああ……アベル、君は…君たちは最後に僕に生きろと言ってくれたけれど、だけどっ……! 一人で生きるのがこんなにも、辛く、苦しい、なんて誰も教えてくれなかったじゃないか)


 彼は絶望していた。死にたかった。死に場所を求めていた。彼の遺言と、彼らの思い、託された物に縛られていた。けれどやっとソレももう無くなる。やっと死ねる。

 

(クライナ、僕の心中に付き合わせて、すまない……)




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