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ひたすらダンジョン!  作者: メテオス
《第2章 不死の亡国》
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二章 15話 呪いの夜【中】

『《山崩し》だッ! 山崩しを引きやがった――ッ!』


 凄まじく必死な叫び声は、とっくに脅威が過ぎ去り静かになっていた筈のバロンに恐ろしい程響く木霊、そして……


〔なッ! 嘘でしょう……? キリイさんッ!〕


〔た、確かに魔物が居なくなったけど……早とちりじゃないんですかッ!? や、山崩しがこのバロンに出るわけが無いっ!〕


〔はははは……遂に終わるのか……こんな形でっ、糞ッ! 国のクソッタレが!〕


〔そ、そこの嬢ちゃんならっ、あんた魔法は使えないのかっ!?〕


 感染する様に広がる混乱。

 私が感じた予兆は正しく、苦笑していた義勇兵は何処へやら、私以外の誰もが、魔力が渦巻く朱い月の下で余裕を無くした悲鳴混じりの声を飛び交わさせる。


(……山崩し、そんな名前は聞かなかったし、誰も口に出していなかった、ふふふ……つまり大物が出たってことなのかな?)


 慌てる彼らを眺めながら、私は極力、存在感を消すようにゆっくりと地面へと剣を突き立てる。


――――――パァンッ!!


 そんな慌てふためく義勇兵の中、戦闘に使えそうなほど大きな手拍子の音が響き渡り。


「っ! 落ち着けッッ!!」


 その音の主であるキリイは声を大にし注目を集める。 


「すまん、取り乱したッ、そうだな、まだ山崩しだと確定した訳じゃない、失念していた、この夜は邪悪な程に気まぐれだと云うことに!」


 キリイは大声で彼らに知らせた事を間違いだと気づいたのだろう。

 だからこそ自分が作り出した惨状を抑える為に、ゆっくりと、そして大きく息を吐き、落ち着かせる為に言葉を続ける。


「だが俺は高い確率で山崩しだと睨んでいる! その可能性がある限りは決して楽観的に動く訳には行かない! 文字通りこのバロンの全てが懸かっているからなっ!」


 それでも情報を共有する為にキリイは事実を口に出す。

 いくら楽観的に考えても、いくら恐れても、動かなければバロンは壊滅するとそんな意思を声に乗せて。


「一先ずだ、山崩しだとしても顕れるのにはまだ少し時間が掛かる、まだ油断にするにも、諦めるにも早いだろ!? ヴァンッ! リドルッ! 悪いがっレール街まで走ってくれッ! 彼処は常駐している踏破者が多い! 山崩し相手ならマジックユーザーが絶対に必要だ! 俺の名前と山崩しの事を伝えるだけで良いッ!」


 キリイの言葉に即座に返事を返し、走りさる二人の義勇兵。

 この夜に街を移動すると云う事は、幾ら魔物が魔力が集う避難所を目指していると云っても決して安全な道ではない筈だ。


「死ぬんじゃねえぞッ!」


 視線は無く声だけを手向けに、キリイはそんな彼らを見送る。

 ……そして二人の義勇兵だけじゃない、此処に残った全ての義勇兵達が黙り、命を懸ける覚悟を決めた様に指示を出し続けるキリイを見つめていた。


(……私には分からないな、戦う以外に選択肢が無いからなのか、それとも此処で逃げ出す様な人はとっくにこの国から消えたのか……)


 下らない理由の為に戦っている自分を棚に上げながらも、そんな彼らを見て不思議な気分になってしまう。


「他は誰でも良いっ! 避難所の向こう側のディッキー達と、避難所の婆にだけ今の状況を伝えてこいッ! そうしたら直ぐに戻って来てあっちの状況を知らせろッ! あり得ないと思うが山崩しが2匹なんて笑えんからな!」


 テキパキとキリイは指示を出すけれど、その言葉に少しだけ疑問を持つ。


(避難所を挟んだあっちではまだ鳴き狂いや屍兵が居るのかな? 山崩しの出る周囲だけ魔物が湧かなくなるとしたら、リコリス達の増援は望めず、マジックユーザーが来るまで、私達二人と義勇兵で山崩しとやらを止めなきゃ行けないって訳か……)


 バロンの置かれた状況……いや私が置かれたそんな状況に思わず「ううむ」と声が漏れる。

 そんな悩ましげな私へと近づくキリイ。


「どうしたクライナ嬢? あぁ……俺としては少(・)し(・)困る話だが、あんたが付き合う必要性は無い、十分に良くやってくれたからな、別に避難所に居てくれてもいいし、何なら他の街に行ってもいいぞ」


 こんな危険な夜に何処へ行けと云うのやら、彼曰くお(・)上(・)品(・)な私を煽る様にキリイは絶妙な表情を浮かべる。


「ふふふ、ご冗談を、ただ強力な魔物を足止めをするだけ……それだけですよねキリイさん?」


 やはり夜を見てから高揚しているからか、私もキリイへと煽る様に言葉を返す。


「ほぉ……有り難い事だが随分と簡単に言ってくれるな……」


 キリイはまるで興味が薄れた言わんばかりの言葉を私へとぶつける、その言葉には怒りも何も無く……しかし『呪いの夜を知らない癖に』なんて感情がありありと見え透いていた。


「えぇ簡単な事ですよ、私の周りには事を難しく語る大人が多いようで」


 先程から妙に遠慮無く……もう私に対して気遣いと云う物を感じられないキリイの瞳を真っ直ぐと見つめ返す。


「簡単だと語る割には何か悩んでいた様に見えるが……? それに何事も1か0なんて単純な物じゃないぞクライナ嬢、戦いもそうだ……そんな戦い方をしていたら何時かは死ッ―――」


 唐突に頭上の気配が強まるッ……恐ろしい程の圧力が始まり膨らみ暴れだす。その変わった空気に誰もが気づき硬直する中。


 私だけが咄嗟に空を見上げた。


「――――――――。」


 全ての視界が霞む、靄がかかった様に、夜空に散らばる無数の星空がボヤけ、爛々と輝く赤い月すらも滲んだ様に震えていた。

 だがそんな視界の中にそれは居た、手の届かない蠱惑的な星空の中にそれは居た、前世の記憶がある私だからこそ、受け入れがたい夜空の光景に私の焦点が歪んでいた。

 やがて目の乾かぬ内にそのナニカは朱い月を隠す。……まるで雲が満月を覆うように、自分の物だと私に語るように、私から美しい月の光を奪う。


 バロンから朱い光が消え、黒い黒い影が私達を平等に覆い尽くす。


――――――ォオオオオオォォン!!


 声も光も全ては平等に乱される。

 空が叫び、月が叫ぶ、否、朱い月から直接顕れかけたナニカが悍ましい程の産声を上げていた、その悲鳴は確かな不協和音で、何かを引っ掻く様な悍ましい音……声とすら言い難い悪夢の呻き。


〔あぁ……本当に山崩しだッ、空に山崩しがッ! 山崩しがいやがるんだッ!〕


〔ぅぅう、神よ……! ク(・)ル(・)ア(・)神(・)ッよ! どうかご加護をッ!〕


〔くぅうう……逃げねえぞ、俺は……やってやる! やってやるんだ!〕


――――――嗚呼嗚呼ア゛ォオオオオオォォン!!


 そんな祈りも決意も何もかもを侮辱するかの如く悲鳴が全てを歪ませる、その化物が自身の骸の塊を月から引き摺り出す度に圧力が強まる。


「……クライナ嬢、そうか、あんたには見えるのか、いや見(・)れ(・)る(・)の(・)か(・)」


 誰もが悲鳴の元凶を……この呪いの夜の朱い元凶(満月)すら見上げられない中で、私だけがその光景をジッと、ジッと見上げていた。


「あれが……山崩しですか」


 興味がありげのキリイへと、少しだけ冷や汗を掻きながら言葉を返す。

 少し遠い宙に漂う朱い月、それを覆うように、へばりつく様に、ナニカの塊が月から湧き出し、今、産まれ落ちようとしていた。


(かなり大きい……やっぱりこの世界の魔物は私が思っているものとは違うの……?)


 あり得ない光景に、あまりの光景にズレていた焦点がやっと定まる。


 けれど上空で起きている事は阻止することの出来ない現実で、前世の記憶があろうが、幾ら異世界を望んでいようが、例え迷宮を踏破していようが、見えているからこそ……とても平常心で居られない程に受け入れがたい光景でもあった。


「あれが……と言われても俺には答えようが無いな、聞こうと思ってたんだが、あんたが月を見れるのはどんな加護の効果なんだ?」


 まぁ山崩しだろうな、と肩を竦めながらキリイは私へと疑問を向ける。

 キリイの言葉は私の恩寵を聞く物で、逆に言えば恩寵さえあればあの邪悪な月を見れて、恩寵が無ければ見れないと云う言葉でもあった。


(今は分からないけど恩寵にはそれらしき物はなかった……そもそも私がイルオレーネの結界の干渉を受けなかった時点ですら、資質の恩寵しか無かったよね? 恩寵がこの世界のスキル的な物の全てだとしたら……これは私自身に……ううん)


 恩寵を非常に確認したいけれど、今この場でアレから目を逸らし、意識を逸らすなんて出来る訳が無かった。

 そもそも記憶が戻った事自体が異常なのだ、と横道に逸れそうになる思考を無駄だと押さえ込み、無理矢理断ち切る。


「秘密です……それよりも山崩しと云うのはどんな魔物なんです? 説明は受けていない筈ですけど?」


 未だにディッキーの様に無駄話をしようとするキリイをジッと見つめる。


「……悪かった、本来はこのバロンに出る訳が無い魔物だって云うのは……もはや言い訳にしかならないな」


 眉を顰めながらキリイは忌々しげに語る……その様子を見るに先程からの皮肉げな言動は決して自暴自棄になったと云う訳では無いようだ。


「山崩し……それは本来、呪いの夜において屍兵よりも厄介な魔物だ、だが対策は容易だった、人が多い街ほど、避難所に人が多い所ほど、山崩しが顕れる確率は上がる」


「……だから本来バロンに出る事はあり得ないと?」


 疑問げな私へと語り始めたキリイの結論を私は奪う、何故ならきっともう余裕はない、月を見つめる私だからこそ山崩しがもう直ぐバロンへと生まれ落ちると分かっていた。


(私はやっぱりツイてる……これはチャンスだ、迷宮までに何回も呪いの夜に参加しないと行けないと思っていたけれど、この山崩しを私が倒せば……)


 思い得ぬイレギュラー、劇的なデビューには相応しい舞台じゃないか。

 それは自分でも思うほど余りに甘い思考だけれど……初めから私の目的はあくまで迷宮に過ぎないのだ。


「クライナ嬢……何を急いでいる? 焦ろうが、急ごうが、やる事は変わらない、それは分かっているだろ?」


 話を急かす私へと、キリイは少し怪し気に言葉をぶつける。

 それは私の目的をや(・)っ(・)と(・)少しだけ見透かした様な物で、ソレが私への遠慮を無くした事に繋がっていたのかもしれない。


(キリイの言葉は正しい……けどマジックユーザーなんかにせっかく湧き出たチャンスを……)


 湧き出た大物を相手に、私は待つつもりも、もはや共闘するつもりさえ無いのだ……巻き込むのも悪いしね。

 ……だが情報だけはどうしても聞いておきたい。


「えぇ……分かってます、マジックユーザーが来るまで足止めをすれば良いだけですよね?」


 だから私は正しいことを語る……脳裏では分かっている故に私の口は迂闊にもそんな言葉を吐いてしまう。


「……」


(……失敗した?)


 そんな言葉を吐いた刹那、何かを……致命的な失敗をしたと悟る。脳裏に警鐘を響き渡り……既にキリイは武器を抜いていた。

 そんな正(・)し(・)い(・)私を、キリイは静かに警戒心剥き出しながら睨みつけていた。


「……やめましょうよ、今はそんな場合じゃ無いですよね?」


 何が彼の心に触れたか分からない、だが先程の僅か一瞬でキリイが私に抱いた感情は泥のように彼の信頼を汚し、払拭しきれない物だと静かに理解する。

 どんな言葉も……きっともう意味がないだろうと。


「……やはり賢いな、なら話は早い、分かってくれたなら投降してくれ、神に誓ってこの夜が終れば解放しよう……出来る筈だろ? あんたにはバロンで戦う理由も、山崩しと戦う理由も無い、安全……とは言い難いがここで戦うよりも遥かに安全だ」


 夜へと向け戦意が高まった義勇兵達が居る仲、キリイはじんわりと警告する様に殺気を滲み出す。

 それは義勇兵達へと伝わる事は無いけれど、事が終れば彼らは必ず気付いてしまう、けれどそれを躊躇する様子を見せない程……キリイは本気だった。


「……なんでこんな今更に? それに責任を持つと言いませんでした? その割に随分と虫が良い話なんですね」


 キリイの言葉は正論だ……だが私は決して投降なんて出来ない、迷宮が私を待っているから。

 だから出来るだけ時間を稼ぐ為に返答を濁す、考える時間が足りない。


「……何とでも言ってくれ、悪いがバロンの為なんだ、それにだ……死ねと言ってるわけじゃない、ただ野放しに出来ないってだけだ、もう一度云う、白だって云うのなら大人しく投降してくれ」


 チリチリと背筋が灼ける様な殺気が私を見つめる、耳障りな鳴き声が私を追い詰める、僅かな猶予の中、どうすればいいと頭を回す。

 キリイは明らか、何かを確信した様に私へと敵意をぶつけていた。そもそも幾ら怪しいと云っても、この局面でこんな疑惑を掛ける意味があるのだろうか?


「私から見たらそちらこそ信用できませんよ……私そんな怪しまれる様な事をしましたか?」


 だが私の言葉にキリイは、少しだけ驚いた様に私を見つめ、大きな笑い声を上げる。


「はははっ! 随分と面白いことを言うんだな、クライナ嬢? 思わず殺気をしまい込みそうになった……怪しい所だらけじゃないか、バロンに来た事、朱い月を見上げた事、その他にも色々……だがそれでも確かに間違いなくさっきまで俺はあんたを信用していた」


 笑いながらも視線を強めるキリイに少しだけ間合いを取る。

 リコリスの所へ向かうべきか、どうするべきか、思いがけない状況に玉のような汗が刻まれていく。


「それはあんたが凄く真っ直ぐだと思ったからだ、だがそれは俺の勘違いだった、あんたはさっき嘘を付いたな、明確な嘘を吐いたのに……俺の加護が発動しなかった、今までずっとか?」


 1歩ずつキリイが私へと迫る、何気なく前へと進む、それは私に猶予を与える様な仕草にも見えた。


「はっ! そんな事が……こうする理由になる訳がない!」


 そんなキリイに抵抗の意思を見せて言葉を返す、敬語すら忘れて睨みつける。


「なるんだ、これまでの言葉全てが嘘か真か分からない、あんたを信用していた要素が無くなった、そして現にクライナ嬢、あんたは投降をしない、出来ないだろう?」


 それだけで十分だと言わんばかりにキリイは殺気を研ぎ澄ます。

 そんなキリイにジリジリと闇へと追い詰められる、どんどんと離れていく私達に流石の義勇兵達もざわつき、視線を強める。


(キリイは本当にやる気だ……ッ)


 足裏に何か硬い物を、通りへと埋められた魔含石を感じる、もうそこまで追い詰められていた、キリイの意思によって意図的に義勇兵達と離されていた。

 ……駆け引きを支配しているのもキリイで、全ての優位もキリイだった。


「随分と下らない理由ですね、それが警戒する理由になりますか? 確かに私は怪しいですけど、その結果、一体何が起きると言うんです? 貴方達を背後から斬り殺して魔物と心中するとでも?」


 故に私は空を見上げる……。


「あぁ、よく分かってるじゃないか、居るんだよッ、そういう奴(・)ら(・)がっ! それでクライナ嬢、最後の答えを聞かせてもらおうかッ!」


 そんな私の答えに明確な殺意が具現化する……幾多の不死を殺したであろう、年季の入った鉈の切っ先が完全に私へと向けられた。

 キリイの戦いは既に見た、その戦いぶりはガレムよりも数段も劣る物だった……しかし私が勝てる物なのだろうか? 何より勝ったとしても意味は無く、それは迷宮へと繋がる道では絶対に無い。


「……降参ですよ、私の負けです」


 だから私は剣を鞘にしまう……今度はバレない様に薄っぺらい言葉を吐く。

 不思議な私の体質によってこんな状況へと追いつめられた、だからこそキリイは私の言葉を嘘を暴くとやらの加護で判断出来ない。


(……どうせなら鑑定も効かなかったら良かったのに!)


 両手を上げ、目の前へと迫る銀の切っ先を見つめなら、あの城での記憶を噛みしめる。


「殊勝な心構えだな、さて、武器を預けてもらおうか……」


 剣の切っ先を首へと当てながらも、キリイは未だに最大限の警戒をしていた。


「……キリイさん、イカロスの翼を知ってます?」


 喉元に冷たい刃を感じながらも私は必死に喋る。


「……」


 キリイは黙って、私の喉へと刃を強める。


「……蝋で出来た羽で飛んだイカロスは結果を知りながら、傲慢にも太陽に近づき墜落死をしたのです」


 知ってるわけが無い……首を伝う血を感じながらも、時間を稼ぐ為に私はただ語り切る。


「……そいつは随分と馬鹿な話だ、何がしたかったんだ?」


 律儀にも私の妄言へと付き合うキリイ、その感想は果たしてイカロスに言っているのか。


「さぁ……だけど私は馬鹿だとは思いません、誰にだってそんな側面があると思いませんか? イカロスが太陽を目指した時、彼が抱いた感情は、その後平穏に生き続けていたら決して味わえない物だったかも知れない」


 キリイが腕の力が少しだけ緩む……まだ武器を渡すわけには行かない。


「きっとイカロスは……生まれ変わったとしても再び太陽を目指すと思うんです、そうでもしないときっとメルガルドは前へと進めないから」


 意味深な私の言葉に、本当に大きな、大きな、隙を見せて硬直するキリイ。


 ……それが酷く面白く……滑稽だった。


「……何が言いたい?」


「ふふ……そうですね、今の話と全く関係無くて申し訳ないんですが」


 刃に命を脅かされながらも、美しい星空を見て一呼吸を置く、空には悍ましい流れ星がバロンへと駆けていた。


「――――空から山崩しが落ちてきますよっ!」


 そう短く叫び、思い切り地面を蹴るッ! 正面を向きながらも、踵は加速し、渡す事は無かった剣を鞘から引き抜くっ。


「~ッ、加減は出来ないぞッ――!」


 その直後に煌めき迫る剣閃。キリイはそんな私の声を無視して、もはや躊躇無く斬撃を手向けに私へと本気で迫り駆ける。

 そんな事は分かっていた、どうせ私以外誰も空を見上げられない、注目なんて端から期待はして居ない。


 ぶつかる刃、鋼と鋼の衝突に火花が散り、夜を僅かに照らしながらも私の腕に厳しい負担を掛ける。


(……強いっ! やっぱりそう簡単には影の偽装は使わしてくれないかッ! くっ、消耗したく無いって云うのにッ!)


 剣戟が交わされるに腕が痺れる、無理やり一閃を合わせる度にキリイが驚きに顔を歪めるがしかし……ッ。

 やはり簡単には逃してはくれない、そのまま身を捻り、ならば両手でと言わんばかりにキリイの両腕から重苦しい一閃が放たれる。

 それは必殺の一撃と云っても過言では無い物で、振り抜かれた刃は防戦一方の私へと喰らいつくが如く、喉元を屠らんとしていた。


(――《感覚強化》)


 その刃から解き放たれんとする力は、間違いなく蟲(・)の(・)迷(・)宮(・)を(・)踏(・)破(・)す(・)る(・)前(・)の(・)私(・)なら簡単に息絶えたであろう驚異で、もはや時間が無いからかキリイは本気で私を殺そうとする意思が見えた。

 死が見える程余裕が無くなる、だからこそ使いたくなかった切り札を想い刻む、久々に味わう魔力が抜ける感覚が全身を包み……遅くなる世界、そしてやってくるであろう苦痛を覚悟する……けれど。


(前よりは痛くはないっ……?)


 耳が詰まる様に音が遠く、遅くなる。

 視線が恐ろしく固定され、瞳の動きすらもどかしく感じられる。

 制御できない触覚が全身を包み邪魔する。

 匂いが……妙に懐かしく恐ろしい甘い匂いがする。

 噛み締めた歯の味が酷く甘く感じた。


 月を見上げるまでに死ぬ程の苦痛を味わったからか、それとも月を見上げてから脳が蕩ける程の高揚感を味わってしまったからか、前よりも相当に温く感じる……。


(……大凡のタイミングは完璧)


 増幅された聴覚が遠い風切り音を掴む、増幅された嗅覚が遠くに魔力の匂いを感じる、増幅された触覚が遠く巨大な空気の揺れを……僅かな地面の振動を捉える。

 遅くなった視界で何故か酷く驚いた表情のキリイを捉える、けれどそれでも刃は決して鈍る事無く、暴風の如く私へと迫る。


(……あとはこの一撃を捌くだけっ!)


 歯を噛み締める、地面を蹴っていた踵を足跡が残る程、地面へと踏み込み固定してやる。

 もう逃げる事は止めだ、この一撃は確実に私を捉えていた、だからこそ次の右足は前へと突き進んでいた。


(さようならっ……!)


 風の如く凄まじい踏み込み、流れる様に溜め込んでいた力を解き放つ、地面に線が遺る程に低く、疾く、私は剣を掬い上げる。


「……」


 二つの刃が拮抗するまでの一瞬、神器の魔法を発動してからずっと慎重だったキリイから警戒の色が消える。

 当然だ、次の一撃で勝負が決まるから……相対する振り下ろす刃と掬い上げる刃、大人の力と少女の力、そのどちらも私に敗北を伝えていた。


「悪いなッ……」


 勝利を確信して……眼(・)の(・)前(・)の(・)勝(・)利(・)だ(・)け(・)を(・)見(・)て(・)、キリイは哀しそうに声を出す。

 

「こちらこそぉッ……!」


 だからこそ私は嗤いながら頭の中で《加速》と呟く、体を包む緑の光と凄まじい身軽さ、そして魔力不足なのだろうか、少しだけ痛む頭。

 そのまま重量軽減と筋力強化によって実現する凄まじい身軽さをもって、剣を強引に戻しそのまま背中へと駆け抜け逃げるっ!


「……やはりだッ! 魔(・)眼(・)にその現(・)象(・)速(・)度(・)ッ! やはり捨て置けには出来ないッ!」


 武器を振り下ろし、負け惜しみの様な物を口にするキリイを置き去りにする、十分だ、十分に距離は稼げた。


(……さぁ追いかけてくるか?)


 だが……だがしかし不敵に追う事無く立ち止まるキリイ、その様子に高揚感を突き抜ける危機感が悲鳴を上げる、キリイの全身が幻想的な光に包まれ輝き始める。


「――我、神の前で望む口上を述べる」


(魔法使えない、みたいなこと言ってたじゃん! 嘘つきはどっちだッ!)


 それは負け惜しみとして捨て置くにはあまりに危険な声、閉ざさなければいけない異世界の詠唱。

 クリルのあの炎を思い出せば、この程度の距離などきっと首の皮一枚すら無いだろう。


(魔法は予想外だっ、早くッ、早く落ちてきてッ! くッ保険の保険だよッ!)


 感覚強化が途切れた今、空を墜ちるソレを感知する事が出来ないのだ。

 左手を自らの前へと突き出す、神器を付けた左腕、そして加護とやらの影響を受けにくい自身の体、それを保険として、足を止めたキリイからただひたすらに距離を離す。


「迸れッ!いかずッァ」


 キリイの周りへと膨らむ魔力の匂い、あと僅かで詠唱が完了し、完成した口上は私へと向けられる筈だった。

 だがそれを朱い月が赦さない、もはや感覚強化が無くとも直接耳へと伝わる恐ろしい風切り音、やっと宙から邪悪な怪物がやってくる。


――――――ド゛ア゛ォオオオォォン!!


 幻聴だと思えるほど何の脈絡も無くバロンの町に凄まじい破壊の轟音が響き渡る、まるで空から巨大な隕石が落ちた様な恐ろしい程巨大な音の塊。


 その轟音は私へと完全に意識を集中させていたキリイには予想外に過ぎる物で、何とか望み通りに詠唱は中断される。


「――ッ」


 それを追撃する様に、第二の衝撃が続く、地面へと衝突した余波が……伝言など要らなかったのではと思うほどの振動が私達を襲う。

 その轟々と広がる衝撃は僅か一瞬キリイを完全に怯ませ、彼の意識から私への注意を強引に引き剥がす。


(《影の偽装》……ふぅ、キリイ達は避難所の範囲からは出ない、ならあとは私一人で山崩しを斃せばいいだけの事……あはは、行けるのか?)


 それを予測していた私は怯む事無く、その一瞬を利用して神器を発動し、そのまま姿を眩ませ先を目指す。

 目指す先は遥かに匂う強大な魔物の香り、或いは迷宮へと続く道。


 どんどんと離れていく避難所の方向を見つめると、『上手くやった』とそんな昏く抗し難い高揚感が全身に奔った気がした。




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