一章 13話 束の間の休息に
――《……此処からは先の見えない持久戦だ、覚悟はいいな?》
そんな言葉とは裏腹に、ガレムは不敵に頬を釣り上げて笑う。
その間にも蜘蛛達の悍ましい包囲網は、再び踏破者達に迫ろうと、先と変わらない前進を続ける。
《お前らっ! 当然覚えてんだろうなぁ? 俺のさっきの命令をっ!》
そんな包囲網を全く見ようともせずに、踏破者達を見渡すガレム。
《あぁっ!? 覚えてねぇのかっ!? もう二度は言わねえぞっ! 迎撃し続けるだけでいいッ! 相手は雑魚で、間抜けで単細胞だッ!》
ガレムはまるで蜘蛛達を馬鹿にするように、ゴミか何かを投げつける。
《だがッ! 1匹、1匹はだッ! この見渡す限りの闇……この闇の数だけ相手がいると思えッ!》
ガレムは途端に表情変え、忌々しげに闇を睨みつける。
《……最初の様なぶつかり合いはもうしねえッ! 敵の力量はもう分かったはずだッ! ただ殺せッ! 来るものを、殺しまくれッ!》
次第に踏破者達の顔から恐怖が消え、まるでガレムの様に自身に満ちた顔になってゆく。
《無駄な事は考えるなッ! 自分から動くなッ! ただ来るものを殺せッ! 過剰に力むなッ! 恐れるなッ! 体力を温存しろッ! さっき死にやがった考えなしも駄目だがっ! 無駄な考えは死を招くぞッ!》
蜘蛛達はもう目の前だと言うのに、蜘蛛に背中を向け、踏破者達を見ながら笑うガレム。
《くくくっ、奴さん遅すぎやしねえかぁ? もう話すことがぁっ! 無くなっちまったじゃねえかぁっ!》
と振り向き様に蜘蛛を斬り殺すガレムと、それに合わせるかの様に蜘蛛と激突する踏破者達。
先の見えない戦いの幕が切って降ろされた。
◆◆◆◆◆
――また1人 休息を取る為に陣形の中心へ来る。それに伴い入れ替わる様に前に出る踏破者。
休息を取るのは見覚えのある者、厳つい禿頭の大男の踏破者、べオルグだった。
「手前らはいいよな、楽そうでよ、涙が出そうなほど羨ましいぜ」
べオルグは不満げにそうぼやく、けれどべオルグがそう思うのも無理はなかった。
戦いの始まりからかなりの時が経ったと云うのに拘らず、未だに蜘蛛の物量に任せたような戦いにはまだまだ終りが見えなく、誰も彼もが疲労していると云うのに、聖騎士は唯の一度も戦わずに安全地帯にいたからだ。
だからべオルグのその言葉に、聖騎士達は何も言えずに暗い顔になる。
「おいおい……どうしたんだぁ、最初の下らねえ意地はよ」
そんな聖騎士達を見て、眉間に皺を寄せながら、べオルグはルミナを挑発するように声を飛ばす。
「……仕方ないでしょ、貴方達のリーダー、ガレムの言う通りなんだから」
ガレムの采配を見てから、更に自身を無くしたルミナが俯きながら声を絞り出す。
「……それでいいのかよ、お前は」
べオルグは本当に驚いた様な顔をしてから、気まずそうに顔を背ける。
「……」
何も答えないルミナ。
「そこの紫髪だけじゃねえ、お前らもだっ、この腰抜け野郎共が」
私達を見渡しながら、べオルグは心底つまらなさそうに吐き捨てる。
その言葉に、悔しそうに手を握りしめる聖騎士達。
「これじゃ本当に死体と変わらねえなっ! 足手まといにすらならんっ、てめえらは迷宮に何しに来やがった!」
べオルグはルミナを怒らせた言葉を再び吐くが、ルミナはただ俯くだけだった。
「おいおいおいっ、最初の意地はどうしたっ! もう怒りさえ無くなって、ただの言いなりになっちまったのかっ!?」
「……好き勝手言いやがって、禿爺ッ! 仕方ねえじゃねえかッ!」
泣きそうな顔でルインは叫ぶ。
「っあぁ? 誰が禿爺だッ! 何が仕方無えんだッ! 目の前に敵が溢れてんだぞッ! 実力を証明するんじゃねえのかよッ!」
まるで聖騎士達を鼓舞する様にべオルグは、怒鳴る。
「今この場が、活躍できる機会なんじゃねえのかッ!? この場に5人、戦える奴が増えたらどうなるッ! 馬鹿にされた奴らに守られっぱなしで恥ずかしくねえのかっ! 手前らはッ!」
先の見えない戦いで、どんどんと疲弊する周囲の者達を見渡しながらべオルグは声を出す。
善意からか……違う、少しでも戦力が欲しいからだろう、けどそれでも、戦力として数えられた事が聖騎士達に伝わって行き、ルミナも少しだけ顔を上げる。
「はっ、餓鬼共が、世話焼かせやがって……。ッガレムさんッ! こんな雑魚相手なら、こいつらも戦力として使えますぜッ! 使ってもいいですかッ!?」
大声で許可を取るように、ガレムへ問いかけるべオルグ。
《駄目に決まってんだろッ! 馬鹿な事言ってる暇があるんなら戦えッ!》
しかし即座に怒鳴り返されるべオルグ。
「…………すまん」
そう呟くと、なんとも気まずそうにべオルグは前線へ行ってしまう。
そんなべオルグに思わず私は笑ってしまう。
「ふふふ」「くくく」「あはは」「ふひひ」
それはルミナもルインもカイルもクリルも一緒だったみたいで、思わず顔を見合わせて、更に笑ってしまう。
「くっくっく、聞いたかルミナ、あの禿、戦ってくれだってよ」
嬉しそうに喉を鳴らすルイン。
「……そこまでは言ってなかったけれど、それでもまさかあいつに、元気づけられるなんてね」
まぁ全然許したわけじゃないけれど、と付け足すルミナ。
「る、ルイン、禿頭なんて、ふひひひ、ひ、酷いですよぉ」
ツボに入ったのかプルプルと涙目で笑うクリル。
「はっはっは、そりゃ傑作だっ!」
そんなクリルの笑い声に野太い声が混ざる。
いつの間にか、陣形の中心に来ていたガレムが、私達に混ざって笑いだす。
「ひ、ひぃいいいい、ごめんなさぁあいい」
「おいおい、謝る必要はねぇさ、元気なのはいい事だ」
謝るクリルを見て、更に機嫌よく笑うガレム。
この場所に来たガレムを見て、ルインが疑問をぶつける。
「なんであんたが此処に?……まさか俺達を戦わしてくれる訳じゃないよな」
「悪いが、それはないな、それに俺だって人間さ、ちぃとばかしぐらいの休憩ぐらいとってもバチは当たらんだろ?」
そんなルインの言葉をバッサリと切り捨てるガレム。
その言葉通り、流石のガレムも息が乱れ、疲労の色が見える。
「しっかしなぁ、べオルグの奴、余計な事を吹き込みやがって……おい、お前ら勝手な事すんなよ?」
下らないことをするなと言わんばかりに、ガレムは吐き捨てる。
そんなガレムの言葉に、思わず怒りを表そうとするルミナ。
しかしそれは中断されてしまう。
〔ガレムさんッ! 魔物共に動きがッ!〕
はぁ、はぁ、と急いでガレムに報告する踏破者。
「わざわざ勿体つけんじゃねえよ、どんな動きだ? 早く言えッ」
息を整える踏破者にガレムは苛ついた様に問い詰める。
〔っま、魔物共が、ッどんどんと撤退して行きますっ!〕
「……今更撤退だぁ? 奴さん、そんな知能が在るようには見えんが、数もまだまだ居るように見える」
まぁあくまでも見えるだけだが、とイマイチ納得ができない様に、ガレムは眉間に皺を寄せる。
(ガレムの言う通りだ……あんだけ無謀な突撃をしていたのに今更引いて行くなんて)
けれど踏破者の言葉は真実の様で、蜘蛛達はどんどんと闇の中へ溶ける様に逃げだして行く。
そんな蜘蛛達を見て、踏破者達はやっと、やっと先の見えない戦いが終わったからか、露骨に気を緩めるが……。
《……おいおいッ! お前らッ! 安心するにはまだ早すぎねぇかッ! まだだ、まだ警戒を解くなっ! 奴さんが全て引いても、警戒を解くんじゃねえぞッ!》
そんな気を緩めた踏破者達にガレムが怒号を飛ばし、喝を入れる。
ガレムの怒号に、踏破者達はぴしりと背筋を伸ばす。
(気持ちはわかるよ、思わず戦ってすら無い私が、もう安堵してしちゃってるし)
いくら切っても、切っても、切り刻んでも、全く数を減らす様子を見せないかった蜘蛛達が、どんどんと逃げる様に消えてゆく。
1匹、1匹は弱くても、闇の中からいくらでも湧いてくる様に、ただひたすらに突撃を繰り返す、そんな終わりの見えない相手とずっとずっと戦い続け、やっと掴んだ勝利なのだ。
「……俺も、もう少ししたら前に戻る、悪いが被害の程を頼む」
引いてゆく蜘蛛達を、胡散臭そうな目で見つめるガレム。
ガレムの指示を受けた踏破者は、急いでこの場から離脱する。
そんなガレムを見て、クリルは不思議そうな顔をする
「なぁ、お前らはどう思う……?」
ニヤリと笑みを浮かべ、そんなクリルに視線を浮かべるガレム。
「えっ! えぇ、わ、私ですかぁ!? ど、どう思うって、か、勝ったんじゃないですか?」
ガレムに怯えながらも、嬉しそうに撤退してゆく魔物達を見るクリル。
「……はぁ、そこの緑髪、お前は?」
ガレムは露骨に大きな溜め息を付き、ルインへと視線を動かす。
少しだけ不満げな顔をしたクリルだったが、ガレムの視線から逃れた事で露骨に安心する。
「……念には念を入れることは悪い事じゃないと思う」
ガレムを褒める様で嫌なのか、抑えめにルインがそう返す。
「はっ、戦わせはしてやれんが、意見ぐらいは聞いてやろうと思ったが、こりゃ駄目だな」
ま、最初から期待はしてねぇけどな、とガレムは寝転ぶ。
「なんだとっ、じゃあ何だって言うんだよッ! 蜘蛛共はもうどんどん引いて行って、もうほんの僅かしか残ってないぞっ」
そんなルインの声に反応して、ガレムはすぐに起き上がり、周りを見渡す。
「俺だって分かんねえさ、だからお前らに聞いたんだよ、だが毒にも薬にもならねぇことしか言わねえ」
これじゃ馬鹿のべオルグの方がマシだ、と肩をすくめるガレム。
「ま、しかし……俺の考えすぎだったか? 」
少なくとも視認できる所からは、完璧に消え去った魔物達を確認すると、そう呟き、私達を見ようともせずにガレムは前方へ戻って行く。
「……なんなんだよ、あの男」
まるで嵐が通り過ぎたかの如く、呆気に取られるルインはポツリと口からそう零した。
◆◆◆◆◆
――警戒を解くな。
そんな指示が出されてから、それほど時が経っていない筈なのに、勝ったはずなのに、踏破者達の心にはどうしようもない不安が渦巻き、その時間は何倍にも、何十倍にも感じられた。
もし、闇の中からまたあいつらが出てきたらどうしよう、と闇を凝視する者。
もし、また囲まれていたらどうしよう、と耳を澄ませる者。
もし、闇の中からもっと恐ろしい者が出たらどうしよう、と怯える者。
先程の襲撃で死者は出なかった、あれ程の数が来ようが1人もだ。
しかし先程の永遠の様に続いた戦いは、着実に踏破者達の体力を、精神を、心を削っていた。
だが……。
《おいおい、お前らっ、上出来じゃねえかッ! よく生き残ったッ! 一先ずは大丈夫そうだっ! 楽にしていいぞッ!》
永遠とも思えた長く辛い時間の中、まるで勝鬨を上げる様なガレムの怒号。
その怒号を聞いた踏破者達は、彼の言葉を飲み込む前に理解する、勝ったんだと、生き残ったんだと。
《本当によくやったよッ、お前らはッ! 俺達はッ、1人も死なずに、あの糞ったれ共を何匹殺してやったッ!?》
そんなガレムの怒号に応じる様に、迷宮の中だと言うのに、踏破者達は競うように声を上げる。
〔俺は20は殺してやったッ!〕〔俺は30だッ!〕〔俺なんて数え切れんほど、切り刻んでやったぞッ!〕〔勝ったんだッ! 生き残った!〕
まだここは迷宮の中で、これはただの束の間の休息だ、そう思いながらも戦い抜いた彼らは、誇らしげに嬉しそうに、この一時を噛みしめる。
何と戦っているか、分からなくなるぐらいに、まるでただ闇を斬る様な拷問の中、人より体力が無いその踏破者は必死に戦った、そしてまだ荒い息の中で生き残ったのだと、誇らしげな踏破者達を見てやっと確信する。
〔っはぁ、はぁ、生き残ったんだ、生き残ってやったぞッ!〕
荒い息を整えながら、周りを見渡す、疲れ知らずな怒号を上げる者、自分と同じ様に息を整える者、そして緊張の糸が途切れた様に、突然倒れ込む者。
〔っかっははは、どうやら一番疲れてたのは俺じゃなかったみたいだな〕
下らない事だが、少しだけ嬉しくなってしまう、そしてそれを真似するかの様に、また地面に倒れ込む者が現れる。
〔……くそっ、俺も真似して寝転びてぇな、いいやっ、最後まで立っといてやる!〕
きっと休息は取るだろう、それまで下らない見栄だけれど立っておこうと誓う男。
〔――――あっ?〕
しかしそんな彼の気持ちとは裏腹に、彼の視界一杯に硬い地面が迫っていた。




