一章 9話 迷宮は目前に
――頭の中で情報を整理していたのか、暫く考え込んでいたカイルが声を上げた。
「よしっ じゃあ説明するよ」
やっとか! 私は期待感を込めて食い入るようにカイルを見つめる……。
カイルの頬に一筋の汗が走った。
「その最初はまず僕らの目的、迷宮について話そうか……。クライナ君、何か近くないかな? ははは……うん、それで迷宮は、分かっていると思うけれど、とても危険な物だ。命の危険がある、僕達は死ぬつもりはないんだが……聖騎士は一人を除いて皆亡くなっている」
覚悟を感じさせられる、そんな眼差しで忠告する様にこちらを見るカイル。
私は死んでも構わないと思っているけれど、彼らは違う、本当に私みたいな神器持ちでぬか喜びさせてごめん。
「迷宮で何故死ぬのか、それは殆ど魔物と呼ばれる存在の所為だ。魔物とは迷宮に棲み人を襲う邪神の手先で、簡単に言えば、人食い熊や狼が襲いかかってくる。みたいな物だと想像してほしい」
説明しづらそうなカイル、そりゃそうだ、表だと怪物や不思議な生物の概念すらないんだから。
……邪神の手先か、そう言えば迷宮って邪神が残した地獄の穴だったね。
待っているカインに相槌をして話の先を求める。
「想像できたかな? けど実際に熊や狼が襲ってくるわけではないよ、これから行く迷宮の魔物がどんな物なのかは分かっていない。何故なら魔物は迷宮によって種類が違うらしいんだ、その上に魔物は迷宮から出てこないからね」
やっぱり魔物は迷宮から出てこないのか、なんとなく分かっていたけど……。
でもだとしたら何で放置しないでわざわざ人を送るんだろうか? 確かいずれ厄災をばら撒くんだっけ?
「だから本当に迷宮については基本的な事しか僕らもわからない、だが僕達がやるべきことは決まっている。魔物を倒し奥に進み、迷宮の主と呼ばれる強力な魔物を倒し踏破する事だ! それだけが僕達の生き残る唯一の道だ!」
これもやっぱりって感じだ。絶対見たい! そこに行くまでは絶対に死にたくない!
「これで迷宮の説明は終わりだよ。次は僕らが魔物に対抗する為、生き残る為、踏破する為の武器について説明しよう」
これから話すことが迷宮踏破に関する肝なのか、やけに芝居じみた喋りをするカイル。
「まず人は称号、技能、加護、3つ合わせて恩寵と言われる物を持っている、それがまさに迷宮を攻略する武器さ。これはさっきルインが言ったように迷宮に入らないと見れない、逆に言えば迷宮に入りさえすれば自分の恩寵は確認できるよ」
おおおおおっ! すごく異世界っぽい! ファンタジーらしい!
前世の記憶によると恩寵がステータスで、称号がそのままの意味で、技能がレベルや能力値、加護がスキルって言った所だろうか?
恩寵って名前にステータスに値する様な物があるって事は、それを管理する上位者、つまり神様が存在しているのかな?
私はやっぱり神様に記憶を蘇らせられたんだろうか? つまり凄まじい加護とかを持っててもおかしくない筈だ!
「見る方法は迷宮に入って神に祈る様に念じればいいと、僕らは学んだ。恩寵は名前通り神が人間に贈られた物だからね」
神に祈る様に念じれば見れるなんて、もう神様がいるのは確定……?
「これで全体的な恩寵の話は終わりだね。じゃあ次は詳しく説明していくよ。まずは称号、これは神から授けられる物で資格や一定の条件を満たせば獲得できる。そしてソレは人間の様々な能力に影響を与える、殆どは良い影響が出るみたいだから、ある方がいいみたいだ」
大体予想通りだ。ふふふ……期待できそうだなぁ。
私には初っ端から凄い称号とかありそうだ。
(異世界からの踏破者とか!)
「じゃあ次は技能だね、文字通りの意味さ。これは神の授けた物で修練する事によって初めて恩寵に表面化されるらしいんだ自身の努力や才能で大きく左右されて成長もする、君が気になっている魔法は技能でもある」
何故かカイルは、期待に満ちた顔で話を続ける。
「そうだな、君はもしかしたら凄まじい魔法の技能なども持ってたりするかもね、けど僕らも君には負けるけど、何年も戦闘に関する事など色んな事を学ばされたから、それなりに自信はあるさ」
剣術は王国一番の自信はある。と自信満々の顔で語るカイル。
カイルが話した内容を頭で反芻する。
技能ってレベルじゃないのかな? 聞いている感じだとスキルっぽい、だとしたら加護がレベルかな?
(多分、カイル達は私が、手ぶらで年下の弱そうな少女だから、魔法を使って迷宮踏破をしたって思ってるのかなぁ……)
……。
……迷宮入ったらとんでもない能力がありますように!
「次は加護だね、これは少し説明しずらいなぁ……。これは素質や才能や本当に色々な物を網羅しているみたいなんだ。人によって結構違う物で、そもそも持ってない人もいるから、あんまり良くわかってないらしいんだ。僕達もこれしか説明できないな」
ん~レベルなんて物はないのかな? 加護は多分、ユニークスキルって所かな?
加護かぁ……。凄くワクワクする響きだ、ない人もいるみたいだけど、私はきっとある筈。
「ふぅ、伝えるべき事はこんな物かな? けれど今僕が教えた事は全て冒険者学校で学んだ事にすぎない、これが全てとは限らないしあまり鵜呑みにしないで欲しいな、何か質問はあるかい?」
一仕事終えた様に姿勢を崩すカイル。
拗ねているルインは兎も角、ルミナもクリルも何も言わないみたいだし、これで情報は全部って事かな?
ん~それにしても質問かぁ……。オークやゴブリンとか、ドロップアイテムなど色々聞きたい事があるけど、どうせもう直ぐ分かる事だし、いいかな。
あっそういえばカイルの話で気になった事があった。
「ん、カイルは説明の最初に聖騎士は一人を除いて全滅してるって言ってたけど、その一人ってアベル・ワグナー?」
それは物事に関心が無さすぎた私の記憶にも残っている名前だ。
何故なら彼は唯一かつ最初に修行を成功させた人物で、国の英雄だからだ。
と言うことはやはり迷宮の生き残り、踏破経験者なのだろうか? どんな人物だったのか、ご存命なのか気になるな。
そんな私の言葉で馬車内の空気が変わる。
カイルは目をギラつかせ、ルミナとクリル、隅にいるルインすらもギョッとした顔をする。
「ふっふっふっふ、記憶喪失でもアベル・ワグナーの名前は覚えているのかい? 流石、かの英雄だと言うべきか、もしかしたら君も記憶喪失になる前は彼のファンだったりして? いや彼に関係者だったり? 君は……彼と名前も似ているし!」
嬉々とした表情をしながら言葉を捲し立てるカイル、その目には少しだけ狂信すら感じさせられる。
カイルの夢って英雄だっけか、アベル・ワグナーがきっかけなんだろうなぁ……確実に。
「……頑張ってねクライナ、あと1刻とその半分程で着くだろうし」
「か、カイルの布教話は長いし、ウザいし、早口だし、短い癖にしつこいし繰り返すしで拷問ですぅ」
「ちっ、余計な事言いやがって……」
他の3人の反応は酷かった……助けを求める私の視線に、全員が関わりませんよと言わんばかりに隅っこへ逃げ出したのだ。
必然的に一人になった私にカイルは近づいてくる。
「じゃあ語ろうか! アベル・ワグナーについて、っとその前に! なんと僕は幼い頃彼に出会った事があるんだ! その衝撃的な出会いとその時の僕の思いと、今の僕の見解を語るよ!――」
…………。
◆◆◆◆◆
――馬車は森と岩場の不自然な境界に停まっている、時刻はもう鳥の声すら聞こえないほどの真夜中だ。
周りにはランプの光すら無く、あるのは月の光だけだった。
(星が綺麗だなぁ……)
あの後、パトリクが到着したと言い馬車が停止するまでカイルはずっと語っていた。似たような話をだ。
……途中から無視して他の3人と少し打ち合わせをした、カイルも聞いていたと思うから大丈夫だろう、多分。
「……その新しいの元気がなさそうだな? 大丈夫なのか?」
心配そうなと言うよりは頼りなさげな目で私を見るパトリク。
ちなみに私はトマスの上着を付けているから、正体はバレていない。
私が神器持ちだと、パトリクにさえバラさない方針でみんな納得してくれたのだ。
「いえ彼女は平気です、それより着いたんですよね、あとは此処を進んだら迷宮ですか?」
緊張した様子ながら敬語でパトリクに問いかけるルミナ。
やっと、迷宮に……。
まだここは迷宮じゃないだろうけど、森の中、辺り一面に木が生い茂ってる中、まるで境目があるように、木一本すら存在しない岩場になっているのは、少しだけ不思議な何かを感じる。
「あぁそうだ、カイルがリーダーだろ、なら俺よりカイルの方が詳しい筈だ。俺は此処までだから任せたぞカイル! っお前ら絶対に死ぬなよ!」
応援するかの様にも、祈るかのようにも感じる声を上げるパトリク。
どうやらパトリクは此処までみたいだ、手を振りながら私達を見送る姿勢に入る。
馬車前のでのトマスとの問答を知っているからか、そんなパトリクの様子を見ると何とも言えない感情が湧き上がってしまう。
(いけない、人のことなんて考えている余裕なんてないだろ私! 迷宮に集中しないと)
そんな事を考えていたら、緊張した様に何やらボソボソと愚痴を呟いていたカイルが、覚悟を決めたのか前へ進む。
「くっ……。3年前から思ってたけどなんで僕がリーダーなんだ。……分かりました!」
歩き始めるカイルに他の3人は、思い思いに言葉を吐き出しながら後に続く。
「もう直ぐ迷宮か……。生き残ってやる、必ず……」
「活躍して生き残って、かつての様に聖騎士を見直させるわ!」
「魔法ぉおおおお……!」
勿論私もだ。
「カイル、もっと早く進んでほしい!」
早いに越した事はないはず!
「ははは……もうすぐ着くから我慢してほしいな、他の踏破者もいるしね」
そう言えば他の踏破者もいるんだったか。
じゃあ着くまでの間、私の現状について振り返ろうかな。
まず武器はカイルがくれた大きめのナイフの様な物。と言うよりは小さな剣って表現のほうが似合う武器。ダガーって物なのかな。
これを渡す時、カイルは凄く申し訳なさそうな顔をしていたので、きっと予備の武器の様な物で戦いには余り向かない物なんだろうな。
そして防具はなんとなし、防具がなかったわけではない、少しだけ予備などは有ったけど敢えて着けなかった。
私は運動神経はかなりいい方だと自分でも思う。身軽さならそれなりの自信がある、それとは逆に力には自信がないし、慣れていない私が鎧を着ても余り動けない気がして自分の長所を潰しそうなので付けなかったのだ。
他の4人も軽装備だし、あながち間違いでは無い選択の気がする、私の装備はこれだけだ。
けれどやっぱり他の4人の装備を見ると少し不安になる。
――カイルの武器は、王道の、正に剣って感じの鋭い剣に、防具は動きやすそうな革鎧に小さな盾。
――ルインの武器は短い槍。槍の利点を潰しているような気がするけど迷宮内を見越した取り回し重視なのだろうか?
防具はカイルと似たような革鎧だが所々金属が目立つ。
――ルミナの武器は、レイピアみたいな細い剣で、防具は胸の部分だけ金属で、前世の記憶にもありそうな防具だ。
――クリルの武器は、魔法使いらしく鈍器にもなりそうな杖で、防具はとても軽そうな革鎧だ。
(羨ましいけど、私じゃ今の装備が最善の気がする。装備を貸してくれただけでも、ありがたいしね)
以上が私の現状だ。
ちなみに食料や光源は持っていない、誰も持ってる気配がないし、いらない感じみたいだ。
(正直、あとは恩寵に期待するしかない……)
考え事をしていたら結構進んでいたみたいで、誰かが立っている。
「だ、誰か立ってますよぉ! 踏破者ですかぁ!?」
「ルミナ抑えてくれ、あれは門番だ。踏破者ではないよ、もう迷宮はすぐそこみたいだ」
驚くクリルに反応して、警戒する様に武器を向けるルミナをカイルが直ぐ様咎める。
そして何故か残念そうに武器を収めるルミナを見て、安心したカイルが足を進める。
――道を塞ぐ様に立っている門番に近づく。
大きな体格、それに見合った大きな剣を背に担ぎ、重鎧や盾と言った堅牢そうな重装備をしている。
その装備には統一性があり、武器を始めとした全身に紋章等の意匠が凝らされており、私は論外として聖騎士であるカイル達よりも遥かに騎士っぽく、この場の誰よりも強そうだ。
……それはもうこの人が迷宮踏破に参加したらいいんじゃないかな、って程に。
「おっと、止まれ。貴様ら聖騎士だな。……確か今回は4人だった筈だが?」
ガシャンと傲慢さを微塵も隠そうとせずに、こちらへ話しかけてくる門番。
色々言いたいことがあるけど、あえて言うなら……やっぱりすごく騎士っぽい!
「ちゃんと王国からは許可をもらっている
………………筈だ」
リーダーとしてカイルが前に出る。
ボソッと付け足す辺りカイルは嘘が苦手のようだ、ごめん。
「ほぅ? どうやら貴様らは問題なさそうだな。……おい、そこのマントの貴様、顔を見せろ」
門番は威圧する様に、声を上げる。
私は指示通りに、顔だけ見える様にマントを外す。
(緊張する、神器は隠さない方がよかったのかな……)
すると門番は、まるで値踏みをする様に私を視る。
……なぜか少しだけ背中に、変な感覚が走る。
「……なる程なぁ、面白い、貴様も問題ないぞ。しかし全く、王国も無駄な事をする、くく、哀れだなぁ小娘、だがそんな貴様に免じて、この私に武器を向けた不敬を許してやろう。さぁさっさと行け」
くっくっく……。と隠さずこちらを嘲笑う門番。
態度が悪すぎないかな? しかも私だけ名指しで馬鹿にされてない?
……神器を見せてビビらせてやろうか?
「……分かりました、ほら行こう」
カイルは堪える様にして先へ進む、そんなカイルを見たからか、皆、黙ってついて行く。
そしてある程度進んでから各々が喋りだす。
「何なのよ、あの門番! 聖騎士を舐めてるのね! 全員で生還して思い知らせてやりましょ!」
「まぁまぁ、ルミナ、先に武器を向けたのはこっちだしね。説明が遅れた僕が悪いよ、ごめんね、みんな……」
「カイルが気にする必要はねぇよ! ちっ 急に笑い出しやがって、頭おかしいんじゃねえのか? あいつ」
「と、踏破経験者を馬鹿にするなんて、見る目なさすぎですぅ!」
「あはははは……」
他の3人を抑えようとしていたカイルだったが、諦めてしまった様だ。
背後から少しだけ殺気の様な物を感じる気がするけど、まさかさっきの門番に聞こえてないよね?
……まぁいっか、ざまぁみろ!
暫くするとカイルの足が止まる……どうやら着いたようだ。
「わぁ……」
誰かの、言葉にならない様な、そんな声が響く。
さっきまでの門番の記憶が洗い流されるかの様に、会話が無くなる。
――私達の目の前にはポッカリと空いた大きな穴。
幻想的な光を放つ、巨人すら入れそうな巨大な洞窟があった。
(すごく綺麗だ。地獄の穴ってよりは……)
「……天国への入口みたい」
漠然とそう口から漏れてしまうほどその洞窟は美しかった。
他の4人も声には出さないが全員が見惚れていると思う。
それぐらい幻想的な光景で。
(これこそが……)
「はははっ、見惚れる気持ちもわかるけど、でも此処を降りたらもう迷宮に転移するんだ。……心の準備はできたかい?」
ゴクリと唾を飲み込み、緊張を誤魔化す様に笑うカイル。
転移か……。撤退できないらしいし、転移なのはなんとなく予想してたけど、他の踏破者達は?
まさか迷宮内で合流するのかな、広間みたいな所があるんだろうか?
(そんな疑問もういいや……。どうせもう直ぐ分かることだしね!)
余計な考えを振り払う。
口の中が乾く……拳を握りしめ、じっとりと汗をかき、心臓が高鳴り、そして思い切り息を吸う。
興奮、緊張、死への恐怖。色んな物がごちゃ混ぜになる。
……そうこれこそが。
(――私が望んでた異世界なんだ!)
そんな思いを胸に秘めて、肺に溜まっていた空気を、余らす事無く全て吐く。
しかしどうやら私以外の全員はもう心構えが終わっていたみたいで、そんな様子を全員に見られていた。
どうやら私待ちだったみたいだ……。
「ふふ、どうやら準備は終わったみたいだね。クライナ君、じゃあ行こうか!」
それを合図に私達は迷宮に踏み込んだ。




