決戦前の戦闘
ー悲しみの怪ー
何百年か前までそう呼ばれていた。
そう恐れられていた。同族にも眷属にも自分を恐れられていた。
『天正悲残』
通称、悲しみの怪。
そのものに悲しみを残す力を持った馬に似た形の妖怪。
この世に生まれてからあの日までずっと孤独に生きていた。友達を作らなかったのでは無い。怪異も人間にはも寄り添ってはくれない。だからあの時まで自分は孤独だった。
春、
まだ迎えたばかりの春。自分は妖怪として、いや。怪異としての道を外れた。自ら望んで人間の道に移った。移り、修行をして、いつの間にか人の体を手に入れいつの間にか『一にする能力』を持っていた。
怪異が人の道に進むことは単なる自殺行為だと言うことは知っていた。
人の道に進むことで自分が自分でいられなくなり、体に異変が起きてそれが2、3百年続きやがて死んでしまう。
それを承知の上でやった結果、運良く成功し人間の道に進むことができたが、やはりそんなに甘くは無く、現実はもっと苦しい話であった。
いつの間にか手にしていた力『能力』を恐れられる。人から、神から、超人から…妖怪から人間になった事も含め、軽蔑の視線を送られる。
ある者が言った言葉
「己は自分の立場を理解しろ。所詮、怪異である妖怪が人間の類に入るとは、無礼にも程がある。恥を知れ」
目の前、自分のやった事全てが本当に痛々しく耐えられなかった。
あの時は結構苦しかった。死にたいくらい辛かった。本当は死んでも良かった。
あの高い高い建物から飛び降りたり、首を吊るでもいい。
とにかく死にたかった。
だけど死ねなかった。死ねる場所はどこにでもあったのに死ねなかった。
あの、周りが見えない暗闇に彷徨っていた僕を助けてくれたのは入山導 再古真だった。
彼はあの時、廃墟でずっと死んだ様に動かなかった僕に、生きる意味がなくなった僕に生きる意味を作ってくれたのだ。
『仙人』
と、
いう続編に就いてからこの数百年間。
彼とその仲間たちと色々な事が数え切れないほどあった。
あの日、あの時に起こったあの戦いで僕たちの仲間が死に思いっきり長い間悲しんだ。
時に彼らの墓の前に膝を着き、入山導とカタリーナと共に泣き叫んだ事もあった。
ある日の事、いつものように部屋の掃除をしている頃だった。
入山導が本当に嬉しそうな顔で僕にこう言った。
『死んだあいつらを生き返らせよう』
入山導は大きな紙をいくつか抱えて持っていて、それを机に広げ、まるで
『これは可能だ。絶対成功する』
と言っているような感じだった。
そして、それが実行された。その影響として、
『夢化無限』
と言う現象が発生した。
そして、今に至る…
「身体技、マリ・アルア」
「刀技、衝動斬り」
悲雄残は優多が振りかぶった気力刀にめがけ、黒く硬くなった拳を、
優多は、悲雄残の爆発的な威力を誇る拳に向かって青白く光った刀を、
二つの『強力』がぶつかり合い、
優多たちがいた広場の大部分が破壊された。
煙は立ったものの、優多と悲雄残によって吹き飛ばされ、双方の全身が見えた途端に離れていた距離を詰める。
体力、集中力、頭のキレ、力など体内能力は優多の方が悲雄残より上であるが、今の優多にはその力はあまり使いこなせていない。
唯一自然と使えているのは、爆発的な回復力のみ。
優多は香花刀と気力刀の二刀流、悲雄残は修行で日々鍛え上げ、ボロボロになった左右の拳。
互いにぶつかり合い、優多たちが元いた広場は荒地となり、跡形もなく消えていた。
だが、優多は本気モードとはいえこれはまだ序の口。これに対して、悲雄残は本気の中の本気。いわゆる真剣である。
しかしどうだろうか、
完全に悲雄残の方が押されている。
明らかに、動きに対応しきれていない…
優多の素早い動きについていけず、ほとんどが“見てからの動き”と、なっている。読めていないのだ。
結果、悲雄残が先に膝を着いた。
両手を上げ、
「認める。僕の負けだ」
優多は気力刀を消し、悲雄残の方に向き直り一礼して言った。
「ありがとうございます」
「優多、ここで打ち明けるつもりはなかったのだが、変わった。
聞いてくれぬだろうか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとう」
優多の良さそうで悪い所。頼み事は、自分ができる範囲ならば、受け入れてしまうこと。
なぜ、優多が敵である悲雄残の話を聞くのか?
なぜ、優多がここまでお人好しなのか?
答えは、いたって簡単。彼は言っていた。
『“疑い、信じない”のは簡単だけども、“信じ、受け入れる”のは最も難しいこと。
疑いながらも信じるのと疑いながらも受け入れるのじゃ結局は、本当の意味で信じてることにはならないんだから』
良く聞く言葉だ。
そんなのみんな当たり前のようにやってるような気がする。
疑い、信じなかったり。信じ、受け入れたり。疑いながらも信じたり、疑いながらも受け入れたり…
結局の所、皆。もとい人間は最も難しいことと最も簡単なことを好きと嫌いで自然と使い分けている。
しかし、そうではない。
皆が皆本当の意味で。真の意味で、最も難しいことをしているのではない。
どれも形は違えど、結局元をたどれば同じ“最も簡単な事”をしているのだ。
でも、例外はいる。最も難しい事だけをしている人もいれば最も簡単な事と最も難しい事だけを兼ね合わせて使っている人もいる。でもそれはごく少数。
悲雄残は全てを話した。
優多はそれをまるで自分の事かのように聞いていた。話す度に頷き、決して表情を変えたりしなかった。真剣に聞いていたのだ。
「それは、それは…大分辛い思いをしてきたんですね…」
「ああ…辛い思いをしてきた。語りきれないほど沢山…」
話は、案外短く終わった。
辛い思い出を人に吐けば気が楽になるというが、それは一部の人だ。
辛い思い出を吐いたとしても、心に深く根付いた物を吐いたって決して消えたりしないんだから。
だから多分、悲雄残の辛い過去の話が早く終わったのはそういう事があるからだろう。
悲雄残は目についていた涙を拭きながら、僕に別れを告げた




