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Five Knives  作者: 直弥
第四章(甲)「師承の代償」
31/47

その0

 地球で最も広い海のど真ん中を、全長約一六〇メートル、幅二五メートルの巨大な鉄の塊が突き進んでいた。新世紀を戦うために造られた新しき戦艦は、どんな旧型と比べてもその規格を凌駕していた。王者の風格を存分に見せつけていた。その甲板で海を眺める海兵たちの中の一人が、艦の正面を指して叫ぶ。


「おい、あれはなんだ」

 見れば、小さな渦。

「ははっ、おいおい、あんなちびっ子に何を声上げてるんだよ」


 先の海兵よりも一回り年上で、腹回りも立派な海兵が言う。確かに戦艦の前に出来た渦は、ボート一つ呑み込めないであろう小ささで、双眼鏡を使わないと見えないようなもの。無視して突き進もうと、突き進めると、誰もが思っていた。


直後に、その渦から一人の男が飛び出してくるまでは。


「あーっ、長かった。まさかこんなに長いこと閉じ込められるとはな。丈夫に造り過ぎだぞ、アイツら。って、うお! なんじゃこりゃ!」


 洋上に飛び出し、宙に浮いている男――ワイズネルラは、目の前の戦艦に気付くと目を丸くして叫んだ。


 一方で、甲板上の海兵たちは突然現れたこの怪人に言葉を失っていた。彼らも海の男であるから、海に伝わる魔物や妖精、海神の話は色々と聞き知っている。クラーケンなどは魔物の最たるものであるし、人間に近い姿の妖精でいえばマーメイドがいる。しかし、二十年ほど前に彼らの故国で流行りだった服装を来た男の怪人などは聞いたことがなかった。


「ふ、副艦長、どうしますか? 攻撃しますか?」

「待て、どうやら言葉は話せるようだ。まずは話し合ってみようじゃないか」

 老成した白髪の副艦長は、この状況下においてもなお冷静を保っている。

「おい、貴様、英語は話せるか!」 

 

 彼の声に呼応したか。甲板へ降り立ったワイズは、鬼気迫る顔で自分を見つめていた青年を、裏拳で海へと突き落とした。もっとも青年の身体は海に落ちるより早く破裂していたが。復活後最初の殺人を行ったワイズネルラは、高笑いをしながら再び宙へと浮かんでいく。


「っ、なんなんだあの化物は!! 撃て! 撃ち落とせ!!」


 副艦長は、冷静沈着という以上に軽率であった自身の行動を悔やみ恥じながら怒号を飛ばした。六門の十二インチ砲が、連続して火を噴く。一撃一撃が、小舟ぐらい容易く海の藻屑に出来る砲弾。その内の二つが、空中のワイズネルラに直撃した。白煙が上がる。


「撃ち方止めい!」「撃ち方止めえい!」


 副艦長から第三艦長、各砲台手へと命令が伝わって行く。固唾を呑んで見守る海兵たち。徐々に晴れていく煙。


「せめて髪の一本ぐらい焼けないものか。これじゃあ正面からやり合っても面白みがないな」


 身勝手な言い分を吐き捨てて。火傷ひとつ負っていないワイズネルラが現れる。甲板の眼前までやって来る。艦の縁を掴み。あろうことか持ち上げた。浮遊するワイズネルラの上昇運動に従って、艦が大きく傾きながら浮上する。


「ぐおっ、皆……っ、落ちるんじゃないぞ! どこかへ掴まれ!」


 副艦長に言われるまでもなく、甲板に出ていた海兵たちは、滑り落とされないよう各々引っ掛かりを見つけ全身をそこへ預け捕まっている。だがその間にも、まだ砲弾の残った主砲副砲を撃ち続けている猛者もいた。


 自棄に近い数弾の内二発が、至近距離でワイズに直撃したが、当然のように効果はなかった。弾が切れ、数人の海兵たちが甲板から落ちてしまっても、まだ浮上を続けていた艦が、唐突に一時停止する。そこでワイズネルラは、あたかも盆をひっくり返すような気軽さで戦艦をひっくり返し、手を離した。


 高さ五十メートルの上空で転覆した船は、引力やら重力やらにしたがって海へと落ちていく。落ちて、叩き付けられて、だが折れることのない鉄の艇は、本来と天地逆向きのままで暫く浮かんでいたが、やがてゆっくりと沈み始めた。


 十七年という歳月の間に恐ろしいまでの発展を遂げた人間の軍事力、兵器。その最新鋭であり頂点は、一人の殺人狂鬼の前に、文字通り轟沈した。

「少しやり過ぎたかな」

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