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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
命の値段
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消えた羊皮紙 Ⅵ

「ユケイ・アルナーグ王子殿下、ご機嫌麗しゅうございます」

「ありがとう。ミコリーナもご機嫌よう」


 俺の言葉に、ミコリーナはにっこりと笑顔を見せた。

 見慣れた彼女のドレス姿だが、今日は心なしか華やかにみえる。いつもより少し張り出しの大きいファージンゲールをつけているからだろか。


「体調はいかがですか?昨日はしっかりと眠ることができましたか?」

「は、はい!ユケイ王子殿下のおかげで、ぐっすりと眠ることができました」


 彼女はそう答えると、頬を微かに赤く染めた。

 俺のおかげって、昨日の時点ではよく眠れるような要因はないのだが、もしかしたら心のつかえで今までよく寝れていなかったのだろうか?


「そうですか、それはよかった。ただ、失った血は一日や二日で戻るものではありません。何より、昨日も言いましたが採血は体の中に良くない気を引き込む可能性があります。今日はゆっくりした方がいいと思いますよ」


 当然蒸留したアルコールにより消毒をしてから採血を行ったが、それ以外の面でこの世界の衛生環境は決していいとはいえない。

 採血も生活に支障が出るレベルで行っていないはずだが、俺にその分野の専門知識があるわけではないのだ。何事も用心するに越したことはない。


「ユケイ王子殿下はお優しい方です」

「いえ、決してそんなことは……」

「……あの、少しよろしいでしょうか?」

「はい。どうしましたか?」

「わたしよりも、ユケイ王子殿下の方が何か体調が優れないように見えるのですが……?」


 俺たちの浮かない顔に何かを察知したミコリーナが、申し訳なさそうに聞いてきた。

 ミコリーナの耳にはマリーの件は入っていないのだろう。

 わざわざ知らせる必要もないが、ミコリーナの検査にはマリーも多く関わっている。

 特に、魔法顕微鏡に必須である遠目の魔法は、俺たちの中で彼女しか使えない。それは、今後この中だけで検査や研究を続行するのが難しくなったことを意味している。

 とりあえず、羊皮紙のことは伏せてマリーが金品を持って部屋から消えたとだけ説明をした。


「えっ!?マリーさんが!?」


 彼女が驚くのは無理ないだろう。


「はい……」

「使用人が盗みを働くということはよく聞きます。ただ、多くは主人に不満を持っている場合にそういうことは起こります。マリーさんはユケイ王子殿下に、とても良くして頂いてたはずなのに……。そんなこと……おかしいです!」


 ミコリーナはそういうと、僅かに怒りの表情を表した。

 今まで見たことのない彼女の一面に、俺は少し驚く。

 この場合は、ミコリーナのような反応が一般的だろう。

 マリーとずっと一緒にいた俺は、どうしても怒るような気分にはなれなかった。


「あの、ユケイ王子殿下。マリーさんがいなくなったということは、もしかして身の回りのお手伝いをする者が足りないのではないですか?もともと王子様なのに、身の回りがお二人しかいなくて大変では?と、思っていました」


 言われてみれば、それも大きな問題ではある。マリーが来る前に逆戻りしたわけだから、当然人では足りなくなったわけだ。


「ユケイ王子殿下。よろしければわたしが空いてる時間だけでも、身の回りのお世話をさせていただけないでしょうか?」

「ええっ!?」


 突然の申し出に、俺は奇妙な声を上げてしまった。

 確かに人手は足りていないが、彼女は彼女で図書館司書という大切な仕事がある。それに、今後は刻死病の解明に向けてやらなければいけないことがたくさん出てくるはずだ。ここに来て給仕をしている時間はない。


「ミコリーナ、気持ちはありがたいですが、あなたはヴィンストラルドに雇われている身ですよ?それに、やらなければいけないことが沢山あるはずです」

「はい。ユケイ王子殿下に雇っていただきたいと思ってるわけではありません。空いてる時間に少しお手伝いさせていただきたいだけです。もちろんお給金はいりませんので」

「そんなわけにはいきません!それに、忙しいあなたにそんな時間の余裕はないんじゃないですか?」

「もしよかったら、マリーさんが使っていたお部屋を貸していただけないでしょうか?そうすればユケイ王子殿下のお世話をする時間も作れますし、お側にいた方が刻死病の研究にも便利なのではないでしょうか?」


 まるで人が変わったかのような彼女の態度に、俺は思わずたじろいてしまう。

 

「おほん!」


 突然の大きな咳払いが、俺とミコリーナの間に割って入る。隣でじっと話を聞いていた、ウィロットだった。


「それでミコリーナさん、今日はどのような用件でお越しになったのですか?何か急な用事でも?」


 心なしかウィロットの言葉は、目に見えない小さな棘でささくれ立っているようだった。

 しかしミコリーナは、ウィロットの言葉を聞いてぽかんと不思議そうな顔を見せる。


「ティナード様から何も聞いていませんか?」

「ティナード殿から?特に何も……」

「バイゼル国王陛下とユケイ王子殿下が謁見される時、わたしも一緒に立ち合うように申し受けました」

「えっ!?そんなことは全く聞いていません!」

「そうなんですか?今までわたしが読んだ本も含めて、今回の刻死病のことをまとめておくようにと……」

「ええっ!?」


 もちろんそんな話は聞いていない。

 寝耳に水とはまさしくこのことだ。

 朝の彼の様子を見る限り、そんなことに気を回しておく余裕が無かったのだろうか?いや、なんとなくだが彼はわかっていて黙ってたような気がする。


「急に謁見が決まったからどうしたのかと思っていたけど、その件が関係してたんですね。けど昨日今日で、国王陛下の耳にまで話が届くなんて……」

「ティナード様には昨日一日司書の仕事を空けていただきましたので、刻死病の治療の件は報告いたしました」

「ああ、なるほど」

「黙っていた方がよかったでしょうか……?」

「いえ、そんなことありませんよ。治療に向けてこれから沢山の人の協力が必要になりますから。もしかしたらそのおかげでマリーの件は見逃されたのかもしれないですね。何かご褒美でももらえるのかな?ははは」


 軽い冗談のように言った俺の言葉に、ミコリーナは机に乗り出さんとする勢いで答えた。


「ご褒美どころじゃないですよ!わたしと同じ境遇でお城で働いている人もたくさんいますし、お貴族様の中にも刻死病にかかられている方もいると聞きます。ティナード様からこの話は誰にもしないように言われましたが、それでも今日の朝だけで何人もの方が話を聞きに来られました。今お城の中は、この話題で持ちきりです」

「そ、そうなんだ。けど、考えてみれば確かにそうかもしれない」

「来られたお貴族様は、ヴィンストラルド百年の偉業だと言っていました」


 ミコリーナは、まるで自分が褒められたかのように誇らしげに微笑む。

 部屋からずっと出ることのない俺は、そんなことになっているなんて知るよしもなかった。

 そもそもアルナーグには刻死病など無いのだ。自分がしたことが、どれほどインパクトのあることなのか分かっていなかったらしい。


「そんな気の早い……。ミコリーナだって、まだ刻死病が治ったわけでは無いのですよ?」

「はい、それはわかっています。けど、少しでも早くこの病気で苦しむ人を無くしたいんです。ムジカ村のみんなは、もしかしたら明日にでも自分の命を奪う病気にかかるかもしれないと怯えて生活しています。皆それで亡くなった人を、何人も見ていますから。ムジカ村だけではありません。そんな村や人が、たくさんいるんです……!」

「そうですね。ミコリーナの考えは立派だと思います。ただ、決して無理はしないで下さいね?刻死病の治療に関する本には、腕を切り落としたり不確かな薬品を使ったり、やってはいけない実験も多数記されていましたから」

「はい、ユケイ王子殿下。殿下はほんとうにお優しいです。お貴族様は、平民の命などなんとも思わない方もいるのに……」


 おほん!


 再びウィロットの咳払いが、俺たちの会話を中断させた。


「ユケイ様、ミコリーナさん、そんなお話をしてる場合じゃないんじゃないですか?」


 じっとりと湿度を含んだ言葉が、ウィロットから投げかけられた。


「……うん、そうだね。とりあえず謁見の準備をしないとね。ティナード殿はどういう風にまとめるとか言ってなかったかい?」

「はい、刻死病の原因と治療に向けての見通しが知りたいとおっしゃっていました」

「そうか。彼から謁見のことを聞いた時は、そんなこと一言も言ってなかったのに」

「あの、わたしの勘違いかもしれないんですけど……。ティナード様は刻死病の治療のことをあまり歓迎していないような気がしました……」

「えっ?そうなの?」

「はい……。なんとなく口ぶりでそう感じただけなんですけど……」


 しかし、不治の病に治療の兆しが見えることに、いったいどんな不利益があるというのだろう。

 そういえば、ティナードは俺に羊皮紙の件を()()()()()と言っていた。つまり、それを些細にする何かが起きたということだ。

 ティナードが歓迎していないのは、刻死病の件ではなくて謁見が行われることを歓迎していないという意味なのだろうか?


「ユケイ様、またお話が脱線していませんか?」

「あ、ああ、そうだね。ごめん」


 ウィロットの指摘はもっともだ。


「まったく、ちゃんとして下さいよ?時間がないんですから。わたしはアゼル様のところにいって、謁見をどうやってやればいいか聞いて来ます。ミコリーナさんも、ちゃんとユケイ様を見張ってて下さいね」

「は、はい」


 こうして謁見までの時間は慌ただしく過ぎていった。

 そして次の日、俺は自分がとんでもないことをしてしまっていたことを理解するのだった……。

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