消えた羊皮紙 Ⅴ
俺、何かやらかしたのか?
口には出さなかったものの、まさしくそんな気分だ。
いきなり国王との謁見……、いや、これをいきなりと考えること自体がおかしい。
謁見自体、もう何ヶ月も前から願い出ていたのだ。
そもそも俺は国賓である。本来であれば、ヴィンストラルドに到着したその場で謁見が行われるべきじゃないだろうか。
「マリーのことを庇うのですね」
「庇う……。まあ、結果的にそうなるのかな……」
カインの言葉は、俺を非難しているわけでなさそうだ。
「とりあえずさ、彼女の真意がわからないからね。羊皮紙に関しては、確実にわかっていることだけ伝えただけだよ」
取り敢えずティナードには、羊皮紙とマリーの関わりに関しては伏せておこう。
それはマリーに対してスパイ的な容疑がかからないようにするためというより、俺たちにその片棒を担いだという疑いがかからないよう配慮をしたつもりだった。
しかし、それは俺自身を言いくるめるための言い訳で、本当は心の奥底でマリーを信じ、これらの出来事全てが俺のために起こしたのではないかという甘い期待が合ったのかもしれない。
「それで、マリーが置いていったものは何があるんだい?」
「置いていったものですか?」
「うん。マリーは自分の荷物を全部持っていったんじゃないだろ?それを調べてほしい」
「はい、わかりました」
ウィロットは返事をすると、彼女とマリーの自室として使っていた部屋へと戻っていった。
「ユケイ様、アゼル様にも報告をしなければなりません」
「うん……、まぁ……そうだな……。いっそのこと黙っておこうか?」
「それは……、いえ、そういうわけにはいきません」
「そうだよね……」
カインはそうは答えたものの、俺は一瞬だけ彼が返答を迷っていたことを見逃さなかった。
「アゼルは今、どれくらいまで回復しているんだろう?」
「先日ウィロットが様子を見に行った時は、ベッドから立ち上がる訓練をしていたそうです」
「そうか。順調に回復しているならいいよ。俺は部屋を出られないから、お見舞いにもいけないしね」
「はい……。あの、ユケイ様……」
「なに?」
「マリーとは、結局何者なのでしょうか?」
「それはわからないよ……。けど、マリーが商家の娘っていうのは嘘だろうね」
「はい」
そうだ。商家の娘にしては、多才すぎるのだ。
読み書きも完璧にこなし、様々な知識を持っている。魔法も人並み以上に使いこなすし、身のこなしも尋常ではない。
ローザと対峙した時、迷いなく隣のバルコニーに飛び移ったり、素手で相手の急所を殴りつけたり、商家の娘がすることじゃない。カインの渾身の一撃をかわしたこともあった。
そんなことがただの街娘にできるはずがない。
しかし、商業ギルドの審査をすり抜けて城に仕えるというのも簡単ではないはずだ。
「どちらにせよ、お金を持っていくのはやめて欲しかったな。テティスに金の無心をしなきゃいけないじゃないか……」
テティスとはアルナーグにある俺の商会の、金庫番をしている人物だ。
非常に機転がきき、この封建社会的な世界で女性ながら商隊ギルドのギルド長の職についている。
ここに居る限り部屋の代金はかからないし、食事も日用品もヴィンストラルドから提供してもらっている。
しかし、それでも買わなければいけない物は多々あるのだ。
テティスは俺のことを一切貴族扱いしない。それが彼女が俺の商会に雇われる条件だったのだが、金を取られたなんて言ったらどんな仕打ちにあうことだろう。
カインも彼女をとても苦手に思っており、俺とカインは同時に苦笑いを浮かべた。
「あの、ユケイ様。よろしいですか?」
部屋から小走りで現れたウィロットは、何か小さな袋を持っていた。
「それは?」
「えっと、多分マリーのものだと思います」
「多分?」
「はい。マリーの荷物の中から出てきたのではないですけど、わたしのでもカイン様のでもないのでマリーのだと思います。カイン様のじゃないですよね?」
「ああ、違う」
ウィロットはそっと袋を俺に手渡した。
「えっ?」
手にした瞬間、中に入った硬貨の感触と微かな重さが伝わってくる。
「これは……、お金が入っているのか?ウィロットは中身を確認したのか?」
「はい、見ました」
「そっか……。俺が見てもいいのかな?」
俺の言葉を聞いて、ウィロットから冷ややかな視線が飛ぶ。
「バカなこと言ってないで早く確認して下さい」
「ウィロット、不敬だぞ……」
指摘するカインの声に、覇気はない。
「うん、まあそうだよな」
まったく、我ながら何を遠慮しているのだろうか。
しかし手にした感触から、少なくとも数枚は中に硬貨が入っているのがわかる。
俺は袋の口紐を解くと、中身を机の上に全て広げた。
「……これはマリーので間違いないんだよね?」
「アゼル様のものでもないと思うので、たぶん間違いありません」
「そうか……。なんでこれを持って行かなかったんだろう?それに……なんでこれが入ってるんだ?」
布袋の中からは、数枚の銀貨が現れた。これだけあれば、切り詰めれば一ヶ月は生活できる。彼女は自分の財布を持って行かなかったということか?
奇妙な点はまだある。それは、その銀貨の種類だ。
「えっと……、三カ国銀貨と聖バルボア教皇銀貨に、フラムヘイド銀貨……、こ、これは!?黒銀貨に羊蹄銀貨?なんでマリーがこんな銀貨を持っているんだ?」
マリーの財布の中から現れたのは、様々な種類の銀貨だった。
一般的にヴィンストラルド周辺で使われているのは、ヴィンストラルド、リュートセレン、アルナーグの三国で発行している三カ国銀貨だ。マリーやウィロットの給金もこの銀貨を使って支払われている。そして、教会が発行している聖バルボア教皇銀貨も、白龍山脈から北側で広く使われているから、これらを持っていても不自然ではない。
不自然でないとはいえ、ウィロットはおそらく三カ国銀貨しか持ってないだろう。
しかし、白龍山脈を超えてアルナーグよりさらに南、フラムヘイドで主に使われているフラムヘイド銀貨は持っていることすら珍しく、何より黒銀貨と羊蹄銀貨である。
黒銀貨というのは通称で、正式な名前はライハルト連合銀貨、つまりはヴィンストラルドと敵対する鉄の国ライハルトの銀貨だ。
そしてもう一つの羊蹄銀貨。それはライハルトに侵略され、地図の上から名前を消した、地の国グラステップで使われていた銀貨である。
「マリーの持ち物の中にはなかったって、これはどこにあったの?」
「えっと、ユケイ様のお荷物がしまってあるチェストの中にありました」
「俺のチェスト?隠してあったってこと?」
「えっと、少しわかりにくいところにはありましたけど、隠すってほどではなかったと思います」
「そうか……」
「あの、この黒銀貨っていうのは、持っていたら怒られるようなものなんですか?」
「いいや、そういうことじゃないよ。ここら辺ではあまり使われないから、他の銀貨に比べて価値が低いんだ。持ってることが悪いことじゃない」
「そうなんですね……」
ウィロットはほっとっした表情を見せる。
「けど、羊蹄銀貨は発行元がもう存在しないから、硬貨としての価値はほとんどない」
「へー、そうなんですか」
「へーって、ウィロットの実家だって商売をやっているだろ?そんなことで大丈夫なのか?」
「そこら辺は全部家族にまかせていますから」
「まったく……」
硬貨の価値は発行元の信頼によって担保されている。だから、羊蹄銀貨のように亡くなった国の銀貨は、貴金属としての価値しか持っていない。
複数の種類の金貨を持っているのは、例えばその人が商人であれば当たり前だ。
取引は主に銀貨で行われ、場合によっては銀貨を指定されることもある。それに、納税はその国が発行している銀貨によってのみ受け付けられる。アルナーグで納税する場合は三ヶ国銀貨、ライハルトで納税する場合は黒銀貨といった感じだ。
「けど、なんで羊蹄銀貨なんて持ってたんだろう?」
「羊蹄銀貨ってこれですか?」
「うん、そうだよ」
ウィロットは並べられた銀貨の中から、羊と追い鞭が意匠化されたコインを指で選り分けた。
羊蹄銀貨は、商会を持っている俺でも見本程度しか目にしたことがない。
ウィロットが知らないのも当然だ。
「これだけ二個ありますね」
「うん……。もしかしたら、マリーが何かを伝えるためにわざと置いていったのかもしれない」
「なんでそう思うんですか?」
「だってさ、中身が不自然だろ?」
「……そうですね。わたしのお財布にはこんないろんな銀貨が入ってないですから」
「それもそうだけど、銀貨しかないなんておかしいだろ?銅貨が一枚もないんだよ?」
「あ、確かにそうですね」
先ほどいったように銀貨しか使えない場合もあるが、露天などでは逆に銅貨しか使えない場合もある。
「それに、マリーへの給金は三カ国銀貨で払っていたんだ。なのに三ヶ国銀貨が一枚しか入ってない。きっと意味があってこの枚数を財布に残したんじゃないかな?」
「意味って、どんな意味ですか?」
「それは……わからないけど……」
銀貨の意味はわからないが、少なくとも一つわかったことがある。
それは、マリーが普通の人ではないということだ。
そして、何か目的があってこの場所にいたのではないだろうか?
羊皮紙を持ち出すことがその目的だったとは考え難い。
おそらくそれは偶発的な理由でそうしなければいけなくなり、その理由を俺に伝えるためにこの様々な銀貨を残していったのではないだろうか?
手紙を残さなかったのは、それが他の者に知られることを防ぐためなのかもしれない。
他の者とは一体誰か?
それは、盗難があったこの部屋を調査する可能性があるヴィンストラルド側の人間だろうか。
硬貨が入っただけの袋であれば、特に気に止められない可能性が高い。
それが俺のチェストに入っていたのなら尚更だ。
「あの、ユケイ様。一つよろしいでしょうか?」
カインが恐る恐る声をかけてくる。
「どうした?何か心当たりがあるのか?」
「いえ、その、謁見の準備をした方がよろしいのではないでしょうか?」
「……あっ!それはそうだ!」
そうだ、よく考えたら明日には謁見をおこなわなければいけないのだ。
急なことなので、当然なんの準備もできていない。
ただ国王に会って、挨拶をして終わりというわけではない。その一度の面会の中で、俺は自分の立場を最大限有利に保証してもらえるようにしなければいけないのである。
「けど、なんで急に謁見を用意してくれたのか、それがわからないと何を話せばいいのかもわからないな……」
一番有り得そうなのは、世界情勢の変化だ。
何か俺を放置しておけない事情ができたのか、もしかしたらまた鉄の国ライハルトに不穏な動きがあったのかもしれない。
それとも……
コンコンコン……
俺の思考を遮るように、部屋の扉がノックされる。
扉を開けるとそこに現れたのは、ミコリーナだった。
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