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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
命の値段
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消えた羊皮紙 Ⅰ

 それからミコリーナの協力の元、刻死病の解明を目的とした検査が始まった。

 作成した注射器を使い、ミコリーナの採血や刻死病の痣付近の体組織を採取し、それを魔石顕微鏡での観察を繰り返す。

 まずなにより幸いだったのは、マリーの画力が非常に優れていたことだ。

 魔石顕微鏡は光学と魔法の組み合わせでできている。つまり魔法を見ることができない俺は、魔石顕微鏡を使っても拡大された映像を観察することができないのだ。だから、ウィロットかマリーに見てもらってその観察結果を口頭、もしくは絵に描いて説明してもらうことになる。

 ウィロットに魔石顕微鏡で見えた映像を書き起こしてもらった時、その絵のあまりにもな前衛芸術的ぶりに、異世界人と地球人とは別の生き物なのではと疑ったくらいだ。

 しかしその後、マリーが観察して描き上げた絵を見て、俺は胸を撫で下ろした。


 とりあえず現時点で、観察の結果二つの大きな発見があった。

 一つ目の発見は、俺の推察通り、刻死病は寄生虫によって引き起こされる病気だということだ。

 マリーが発見してスケッチしたその寄生虫は、俺の記憶にある線虫(せんちゅう)と非常によく似た姿だった。

 ミコリーナが自分の体組織内の寄生虫を目にした時、一瞬気を失ったのは仕方がないだろう。


 そしてもう一つの発見。

 それは、ミコリーナの手首の二箇所に現れた刻死病の痣、それぞれから別の外見を持った線虫が発見されたのである。


 刻死病が死に至る病変を発動する時、それは二つの痣が広がり接触した瞬間に起こる。つまり、それは二つの違う外見を持つ線虫から分泌される()()が、接触した瞬間に起こるということだ。


「ミコリーナ、申し訳ありませんがもう一度血を抜かさせて下さい」

「はい、お願いします」


 数度目の採血のため、彼女は緊張する様子もなく速やかに終わった。

 二つの痣の中心から採取した組織を混ぜ合わせ、ガラス板の上に乗せる。


「それじゃあマリー、何が見えるのか教えてほしい」

「はい」


 マリーは魔石顕微鏡を覗き込む。

 ウィロット、ミコリーナ、そしてカインまでが息をのむのがわかった。

 俺は見えないことが悔しく、思わず握りしめた拳に力が入る。


「どうだろう?」

「はい……。先程より、虫が活発に動いているような気がします。えっと……、あれ?何て言えばいいのか……虫たちがお互いを食べあっている……?」

「ああ、うん。だいたいわかったよ。気持ちの悪い物を見せて悪かったね……」


 マリーは俺の言葉に対して、黙って首を横に振った。

 彼女が共食いと表した現象、おそらくそれは、生殖活動だと予想できる。

 推測でしかないが、この外見の違う二種類の線虫は、同じ種類の寄生虫の雄と雌なのかもしれない。

 そして、その痣のように見えていたのは体組織を侵食した跡であり、痣が重なる時に雄と雌が出会い、病変が全身に至るとか……。

 先にそれぞれ個別の組織を見た時は、そんな行動は見られなかった。まだまだ推測の域をでないが、やはり痣の中心にある黒子(ほくろ)状の病変は、それぞれ雄雌のコロニーだろう。


「ミコリーナ、少なくとも病気が死に至る理由は解明できたといっていいと思います。後はこの虫に効く薬か、魔法を見つけるだけです」

「はい……」

「大丈夫です。ヒントはたくさんありました。ヴィンストラルドは賢者の塔を持つ、国中の知識が集まる場所です。知識を持ち寄れば、それを見つけるのはそう難しくないでしょう」

「はい……、ありがとうございます」


 これで終わりではないが、回復への大きな一歩を踏み出したことは間違いない。

 ミコリーナの目には、うっすらと涙が浮かんでいるようだ。


「あと、もう一つ。残念ながらミコリーナには使えませんが、今後この病気で人が亡くなるのを防ぐ方法を思いつきました」

「えっ!?」


 刻死病の痣は、一つの体に二つまでしか現れないという。

 これは一人の宿主、つまり寄生する人間を、複数のコロニーが取り合わないようにという虫の習性なのだろう。

 要するに、一人の身体に雄のコロニー、雌のコロニーがそれぞれ一つずつしか寄生しないということだ。

 体内に寄生した線虫は、数日で寿命を迎える。しかし刻死病の場合、痣を治すための癒しの奇跡が、線虫の寿命を伸ばす原因になっていたのかもしれない。

 つまり、どこかに刻死病の痣が現れた場合、それが最大限に広がった時でも絶対に重なり合わない場所に、別の性別の虫を寄生させてやればいいのだ。

 そうすれば、二つのコロニーは決して出会うことなく、数日で寿命を迎えて消えて行くことになる。

 つまり、感染した虫と別の性別の虫自体が、ワクチンに似た役目を果たすのだ。


「まだまだ研究しなければいけないことはあります。けど、ミコリーナの勇気のおかげで、いずれこの病気に苦しむ人は居なくなるでしょう」


 全ては予測ではある。しかし、この予測と観察の繰り返しだけが、病を克服するための唯一の手段なのだ。

 幸い俺の脳内には、日本住血吸虫が克服に至った経緯が全て残っている。そして、ミコリーナの住んでいたムジカ村の周りでも、鉱山業を生業としていた村からは刻死病が発生していない。手がかりは沢山あるのだ。そう遠くない未来、この刻死病は不治の病ではなくなる時がくるだろう。


「それでは……、ムジカ村の母も、刻死病に怯えなくてもよくなるということでしょうか……?」

「はい。いずれきっとそうなります」


 ミコリーナの瞳から、大粒の涙がぼろぼろと流れ落ちる。


「ユケイ王子殿下、ありがとうございます……。お手を取るのをお許し下さい……」

「えっ?それはどういう……」


 困惑する俺に、カインはわざとらしく咳払いをして一歩後ろへと控えた。

 ミコリーナは俺の前に跪き、両手で俺の右手にそっと触れた。


「王子殿下はわたしや、わたしの家族の恩人です……」

「い、いえ、それはまだ……」

「もしかしたら何も役に立つことは出来ないかも知れません。それでも、わたしの一生の忠誠をお受け取りいただけないでしょうか……?」


 突然のことに、俺は戸惑うことしか出来なかった。

 カインに助け船を求めるが、我関せずの態度だ。


「ミ、ミコリーナ、あなたの気持ちは有り難く頂きます。しかし、まだ病気が治ったわけではありません」

「はい、わかっています。ですが……」

「ミコリーナ、あなたはまず病気を治すことが先決です。もしかしたらこれから先の方が大変かもしれません。それに、病気が治ったなら最初にやらなければいけないことがあるのではないですか?」


 そうだ。彼女は自分の後悔を、ムジカ村に置いてきたままなのだ。


「……はい、ユケイ王子殿下。おっしゃる通りです。ですが、わたしの気持ちは変わりません」

「とりあえず、今日はもう休みましょう。あなたも実験で多くの血を失っています。本来でしたら神官様に同席してもらい検査を行うべきでした。消毒は行いましたが、体に悪い気が侵入しているかもしれません。どのみち血の気が戻るまでは次の治療は行えませんので、今日はたくさん食事をとって、ゆっくりとお休みになって下さい」


 そしてミコリーナは深々と頭を下げ、自分の部屋へと戻っていった。


「お受けすればよかったではないですか」


 カインは興味無さそうに言い、ウィロットは目を輝かせながら首をうんうんと縦に振る。


「……感謝されるなら病気が全て治ってからだろ」

「ま、それはお好きにすればいいのですが……」

「これから先は、俺にはどうすることもできないことが沢山あるからね。実際にムジカ村や、他の刻死病が発生した村に行って調査もしなければいけないし。実験の規模ももっと大きくして色々と試行錯誤しなければいけない。そうすれば、国を上げての事業になるはずだ」

「では、その仕事をユケイ様が行えばよろしいのではないですか?謁見が済めば今よりは自由が許されるはずです。仕事を与えられるのなら、それに志願すればよろしいでしょう」

「……うん、それはいいかもしれないね。もしそれが聞き入れられたら、この街から出られるかもしれないし。謁見が終わったとして、その結果が幽閉される部屋が変わるだけっていうのは遠慮したいからね」


 室内の空気が、ふわっと緩むのを感じる。


「それじゃあユケイ様、羊皮紙のことはどうするんですか?」

「とりあえず今日はもう遅いし、明日の朝ティナードに報告しよう。ミコリーナの件も報告したいしね」

「はい、それはいいんですけど。羊皮紙の文字が本当に魔法で出てくるかどうか、確認したほうがいいんじゃないですか?もし違っていたら、王様が謁見してくれなくなるんじゃないでしょうか?」


 ウィロットの視線が、心配そうに俺に向けられた。

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