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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
ファージンゲールとコルセット
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神の奇跡と人の奇跡 Ⅷ

「それじゃあどうしますか?あの羊皮紙でさっそく試してみます?」

「ああ、そうだね……。どうしようかな……」


 ウィロットへの返答を考えていると、そこに割り込んだのはマリーだった。


「どうして悩むのですか?早く羊皮紙に書かれた絵を確認して、ティナード様にご報告しなければいけないのではないですか?」

「え?ああ、うん。まあそうなんだけどね……。たださ、それを見てしまうと何か別の厄介ごとに巻き込まれそうな気がして」

「厄介ごと?」

「うん。これは勘なんだけどね。俺たちが読むべきじゃないことが書かれているかもしれない。もっとも、推測通り魔法で文字が浮かび上がるんだったら、俺には読めないけど

「そうですか……」

「とりあえず方法だけティナードに伝えて、俺の予測が外れていたら俺にはもうどうしようもないって理解してもらおう」


 もしあの羊皮紙に俺たちが知るべきではない内容が書かれていた場合、とても不幸な結果を招く場合がある。

 貴族である俺はともかく、ウィロット達平民の口を封じるのは容易いのだ。


「だったら放っておけばいいんじゃないですか?忙しくなったらミコリーナ様とお会いできなくなっちゃいますよ?せっかくカイン様が魔石を削ってくれたんですから。カイン様の努力を無駄にするんですか?」

「うん、まぁ……、そうだね。ウィロットのいう通りだ。とりあえず魔石顕微鏡を作ってしまおう」


 とはいっても、顕微鏡を作るのは一瞬なのだが。

 まん丸に磨かれた魔石を、穴の空いた板に取り付けて完了である。


「さて……と」


 俺はとりあえず、先に作った顕微鏡と魔石顕微鏡を二つ並べ、先ほどと同じように花粉を見比べてみた。

 魔石の透明度は十分で、二つの顕微鏡には性能差はないように思える。


 例えば文字を書いた紙の上に五円玉を置き、真ん中の穴に水を一滴垂らす。水は表面張力で丸くレンズのように浮き上がり、その下の文字が大きく見える。

 簡単にいえば、これがレーエンフック顕微鏡の仕組みだ。

  レーエンフックはこれを使って様々なものを発見した。

 生きた魚の背鰭を観察して血流というものを発見し、性液の中の精子を発見し、血液の中から赤血球を発見した。

 前世における十七世紀のことである。


 本来は使われるレンズの大きさと精密さ、透明度が倍率を決める。魔石顕微鏡は、そこに映像を拡大する魔法を組み合わせ、より倍率の高い顕微鏡ができるという理論だ。

 レンズの倍率が五十倍程度であったとしても、魔法でさらに倍の倍率を加えれば、百倍の顕微鏡ができるのではという考えである。

 レンズの屈折率をいじるだけであれば、二倍の倍率を加算しても五十二倍だ。しかし、映し出された映像に対して拡大をすれば、より効率よく拡大が行えるのだ。


「それじゃあマリー。遠目の魔法を魔石にかけて、顕微鏡の中を見比べてくれないか」

「はい、かしこまりました」


 マリーはボソボソと小さな声で魔法を詠唱すると、指先で魔石レンズにそっと触れた。


「どうだろう?上手く見えるかな?」


 マリーはレンズの奥に数秒意識を集中し、そっと顔をあげた。


「申し訳ありません、写っているものははっきりと見えるのですが、これが大きくなっているかどうかは……」

「……うん、確かにそうか。見たことがないとわからないよね」


 マリーがいうことはもっともだ。見ているのが同じ物体でも、数十倍拡大すれば全く違う姿を見せる。なんの知識もなく、それを判別するなんてことはできないだろう。


「困ったな。どうしようか……」

「ユケイ様!ユケイ様!わたしも見ていいですか!?」


 ウィロットのはしゃいだ声が聞こえる。


「うん、いいよ」


 彼女はマリーから顕微鏡を受け取ると、興味深げに二つを見比べる。


「はぇー……、わっ!」


 顕微鏡を覗き込んだまま奇妙な声を上げていたウィロットが、突然大きな声を出す。


「どうした?」

「はい。見てたらぎゅいんって急に小さくなっちゃって」

「急に小さく?ああ、多分魔法の効果が切れたのかな?」


 マリーは魔石レンズを覗き込む。


「そうみたいです。魔石が魔力を使い切っています」

「そっか。魔石の大きさを考えると、遠目の魔法はけっこう魔力の消費が激しいってことだね。けど、これで魔石顕微鏡の完成が証明できた」

「それで、どうやって刻死病を治すんですか?」

「いや、これは治すための道具じゃなくって刻死病の原因を探るための道具なんだ。それと、検査のためにはもう一つ道具を作らなきゃいけない」

「それはなんですか?」


 ふと見ると、カインが真っ青な顔をしてこちらを見ている。


「大丈夫だよ、カイン。これはそんなに重労働じゃないから。力がいるからカインにやってもらうけどね」


 俺は紙のように薄く伸ばした鉄板を三ミール(ミリ)幅ほどの短冊状にして、カインに頼んで別の鉄板に小さく開けた穴の中にそれを通して引っ張り出してもらった。

 カインの表情を見るとそれなりの力は必要だったようだが、その工程で鉄の短冊は、細い針状に姿を変える。

 指で丸を作り、その中に長細い紙を通せば紙は丸い筒状になって出てくる。

 この針も同じで、一見鉄の棒に見えるのだが、その中心には空洞ができているのだ。

 中空針の完成である。

 実際には三ミール(ミリ)の短冊では針の直径が太くなりすぎたため、幅や形状、通す穴の形状を変えて何度かトライした結果、なんとか望む太さと長さを持つ中空針を作りことができた。

 あとはこれを着火シリンジのシリンジ(ピストン)部分に刺し、接合部分を(にかわ)で接着すれば注射器の完成である。


「ユケイ様……」


 作り上げた魔石顕微鏡と注射器を机に並べ、満足気にそれらを眺めていると、ウィロットがボソリと呟いた。


「なんかよくわからないんですけど、とても邪教な感じがします……」

「邪教って……。まあ、言いたいことはわかるけどね。ただ、これからやることはもっと邪教っぽいかもしれない」

「えぇ……。いったい何をする気なんですか?」

「それは後のお楽しみだよ。ウィロット、ミコリーナと連絡をとってくれ。一日ひまを作って、俺の部屋へ来てくれ……って」


 その翌日、俺の部屋を訪れたミコリーナの表情は、決して明るいものではなかった。

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