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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
ファージンゲールとコルセット
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双子の実と猫の呪い Ⅴ

 ミコリーナと名乗った女性、年は俺より少し上くらいだろうか?

 簡素な黄緑色のドレスを着ているが、張り出しの少ないファージンゲールはヴィンストラルドの城内では珍しい。

 ファージンゲールとは、スカートの下につけて布に膨らみを持たせるための骨組みだ。

 名前のみを名乗ったということは、おそらく彼女は貴族ではないのだろう。 


「えっと、あなたは……」

「はい。わたしはこの城で司書を務めております。ティナード様の命により参りました」

「ああ、なるほど!司書殿ですか」


 アルナーグの図書室にはそれを管理する者はいたが、常駐の司書などはいなかった。さすが大国ヴィンストラルドの図書室、おそらくその規模もアルナーグと比べるまでもないのだろう。

 俺も昔は毎日のように図書室へ通っていた。魔法について理解を深めるため、転生したこの世界のことを学ぶため。理由は様々だが、娯楽の少ない生活の中で、それはかけがえのない時間潰しになった。

 もっとも、離宮に幽閉された後はそれすら許されなかったのだが。


「司書殿が来られたということは、図書室へ行くのは……」

「申し訳ありません。ティナード様からそれは許可ができないということです。しかし、希望の書物を言いつけていただければわたしが用意させていただきます」

「えっ?では、蔵書持ってきて頂けるということですか?」

「はい。許可を取らなければいけないので全ての本ではありませんが、可能な限りわたくしが用意をいたします」

「ほ、本当ですか!?」


 元々本の虫と呼ばれていたのだ。部屋から出ることが出来なくても見たことのない本を読めればそれだけでだいぶ気が晴れる。

 この世界の本は大変貴重で、美術品や宝と数えられる物もある。

 全ての本が持ち出せないのは当然だろう。


「蔵書目録とかもありますか?」

「ありますが……、申し訳ありません。それはお見せすることは出来ません......」


 確かに目録だけでも大きな情報になる。

 他国の要人にあたる俺には、見せ辛いののだろう。


「それではどうやって本を選べばいいのでしょうか?」

「一般に閲覧可能な書物は、全てわたしが目を通してあります。ご希望の内容を申し付けいただければ、わたくしが探してお持ちいたします」

「全てですか!?」

「はい」

「本のタイトルと内容は、だいたい頭に入っていますので」

「それはすごい!!」


 一般に閲覧可能といっても、アルナーグの図書室に比べれば蔵書は格段に多いはずだ。

 それの全てに目を通すとは、仕事だとはいえ好きでなければできないだろう。ひさしぶりに趣味が合いそうな人物に出会えた。

 さらにそのほとんどが頭に残っているというのは、到底常人の頭でできることだとは思えない。

 努力の後に身についた能力なのか、それとも天から授かったものなのか、もしかしたらそれも魔法や何かの類なのだろうか?


 そこではたと気がついた。

 おそらく控えめなファージンゲールは、本棚の置かれた図書室で、無理なく動けるようにそうしているのだ。

 張り出したファージンゲールのせいで、書見台に載せた本に手が届かず、ページが捲れなかったという話も、笑い話で聞いたことがある。


「ユケイ王子。それでは、わざわざ本を持ってきてもらわなくてもミコリーナ様に聞いたらよろしいのではないですか?お調べになりたいのはあの花と……」

「マリー!ちょっとまった!」

「は、はい?」


 いや、せっかく本を貸してくれるというのだから質問で済ませてしまうのは勿体無いではないか。

 ウィロットは俺の心を察したのか、やれやれと言わんばかりに首を振っている。


「わたしにわかることであればお答えしますが……」

「すいません、ぜひ、本を貸して下さい!」

「は、はい。わかりました。一度にお貸しできるのは二冊まででお願いします」


 ミコリーナは俺の食い気味の反応に一瞬たじろぐ。この世界の本の価値を考えれば、一度に二冊も借りれるというのは奇跡的な待遇だと言ってもいい。


「えっと、それでは……。あ……、質問に答えてくれるということですよね?」

「え?はい。わかることでしたら。しかし、間違って覚えていることもあるかも知れませんので……」

「いいえ、本の内容ではなくて、イリュストラ姫のことはよくご存知でしょうか?」

「イリュストラ姫殿下ですか?姫殿下は図書室で読書をされることはあまりありませんので、わたしは姫殿下のことをよく知りません」

「ああ、そうですか……」

「……あ、でも、プリオストラ王子殿下でしたらよくお話をします」

「プリオストラ王子殿下ですか?」

「はい」


 そういえばプリオストラ王子は聡明という話だ。図書室に頻繁に現れるのも頷ける。


「私にプリオストラ王子殿下のことを話して頂くことはできますか?」

「はい。ティナード様から、ユケイ王子殿下にはできる限り協力するように言われております……」


 そしてミコリーナは、俺に知る限りの情報を話してくれた。


 プリオストラはイリュストラの双子の弟にあたるという。

 俺はこの時点で違和感を覚える。双子であったとしたら、なぜ男児の方を兄にしなかったのだろうか?この世界では、やはり男子尊重の気配は高い。

 もしかしたら、出生時に何かがあったのかも知れない。


「プリオストラ王子殿下は最近特に体調が良くないそうです。頻繁に熱を出されて、起き上がっている姿をお見かけすることの方が少ないと聞きました……」


 ミコリーナは心配気な表情を浮かべる。

 俺はここで一つ思い当たることがあった。

 先日イリュストラが部屋に現れた時、紹介したい人がいると言っていた。

 それはプリオストラのことではないだろうか?


 ミコリーナの話によると、彼は幼い頃から読み書きを覚え多くの書物を嗜んだという。しかしその知能を引き換えにするように、幼少の頃から何度も体調を崩し、時には命を危ぶまれたこともあったらしい。

 その結果城から外出することは許されず、人生のほとんどを自室と図書室で過ごしたということだ……。


「……なんだか、ユケイ様と似てますね」


 ウィロットがしんみりとした口調でそう言った。

 彼女の言う通りだ。理由の違いはあれ、外出が許されないプリオストラと俺は同じような時を過ごしたのだろう。

 彼は図書室くらいしか、行ける所がなかったのだ。

 それはもしかしたら、俺よりも辛い人生だったのかもしれない。


「プリオストラ王子殿下は何処が悪いのですか?」

「わたしはそこまでは存じ上げませんが、時折呼吸が苦しそうにされていました……」

「呼吸が……。王子殿下の顔色はいかがでしょうか?」

「顔色ですか?……そうですね、いつもあまり良いとはいえないと思います」

「そうですか……」


 慢性的に顔色から血色が引いているのであれば、それは呼吸不全を起こしている可能性がある。

 原因にもよるが、この世界の医療では回復は難しいだろう……。


「プリオストラ王子殿下とイリュストラ姫殿下の関係はいかがでしょうか?」

「はい。二人はとても仲がよろしいと思います。プリオストラ王子殿下の戻りが遅いと、すぐにイリュストラ姫殿下が図書室まで迎えに来られてました」

「えっと……、他に何か気になることはありませんか?例えば……、猫に関することとか呪いに関することとか……」

「猫……?えっと……、そういえば猫はふわふわで温かくて、とても好きだとおっしゃっていました。それ以外は特にはなにもなかったかと思います」


 それから俺はミコリーナに呪いに関して参考になりそうな本、そしてヴィンストラルド周辺の植物に関する本を持ってきてもらうように依頼をした。


「それでは後ほど本はお持ちいたします」


 ミコリーナはそう言い残し、部屋を後にした。


「プリオストラ王子様、かわいそうですね……」

「かわいそう……。うん、そうだよね」


 ウィロットはミコリーナが立ち去った扉の方をじっと見つめ、そう呟いた。

 確かにプリオストラは気の毒ではあるが、ウィロットの生い立ちも十分不幸だと言える。

 しかし、ミコリーナの話を聞いて知った事実。


「まるで、プリオストラ王子殿下の方が呪いにかかっているみたいですね」


 マリーがそう呟く。

 そう思う気持ちは理解できる。

 しかし、プリオストラの身に起こっていることはおそらく健康上の不幸だと思われる。

 前世と比べて医療が未発達なこの世界、魔法という特別な奇跡が存在するとはいえ、双子の出産は簡単ではない。

 プリオストラの病弱さは生まれつきのもので、それもあって男児でもあるのに関わらず彼が弟とされているのかも知れない。

 となれば、プリオストラとイリュストラの呪いは無関係ということだろうか……。




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