双子の実と猫の呪い Ⅲ
「そこでですね、ユケイ様はわたしの手を引っ張って悪の錬金術師から取り返し、ギュッと抱きしめて言ったんです!」
「まぁ!なんておっしゃったのですか!?」
「『ウィロット、もう二度とおまえを離さないぞ!』」
「きゃーー!!」
イリュストラは自分の頬を両手で挟み、黄色い歓声をあげた。
そんなことを言った覚えは全くない。
いったい彼女たちは何処の誰の話をしているのだろうか?微かにきき覚えのあるエピソードを、見事に脚色を加えながら澱みなく話し続けるウィロット。あまりの滑らかな語り口に、俺もついつい聞き入ってしまう。それどころか、ウィロットの盛りに盛られた話の方が真実だったかのように思えてきた始末だ。
話を始めてからすでに半刻以上が経っているのに、彼女たちのおしゃべりは止む気配がない。
ウィロットが一息ついて、マリーが入れたお茶を喉に流し込む。同じタイミングでイリュストラが焼き菓子を口に放り込んだ。
「あとですね、わたしとユケイ様で、メープルシロップの偽物を作っていた悪の商会をやっつけた時の話です!」
「まぁ!?悪の商会ですか?怖いですわ!」
なんだよ、悪の商会って……。
初めのうちはウィロットの時々挟まる妄想に対して突っ込みを入れていたが、途中から付き合いきれなくて放置をしている。
まあ、イリュストラも目をキラキラさせて楽しそうに聞いているんだ。あまり水を差すのも良くないだろう。
しかし……。
その間、イリュストラを観察して分かったことがある。それは彼女のお菓子の食べっぷりのことだ。
昨日の彼女は、出されたお菓子は一応全て口にしていたのだが、それぞれほんのひとかけらを食べるくらいであった。そして、ほんのわずかな量を口に運んでお腹がいっぱいだと言っていた。
しかし今日の彼女は、こちらで用意した焼き菓子をポイポイと無造作に口へ放り込んでいく。
出されたものは、昨日のお菓子の方が段違いで高級なものだ。味も間違いなく昨日の方が美味しかったと思う。
それにも関わらず、この食欲の差はなんだろうか?
「イリュストラ姫、お菓子のお味はいかがですか?」
「はい、とても美味しいですわ!」
彼女は溢れるような笑顔を浮かべた。
なんていえばいいんだろうか。
昨日と今日のイリュストラの違い。確かにティナードの言う通り、それらを見比べれば心配になるのも納得がいく。それこそ、呪いと言っても差し支えがないかもしれない。
しかし俺が実際に目にした印象は、呪いというよりも二重人格……。いや、それも違う。根本的な性格は、どちらも変わらず「イリュストラ」なのだ。二重人格というより、躁鬱と言った方が正しいだろうか。
もし昨日のイリュストラと今日のイリュストラに別々に会っていたら、同一人物と気づかないかもしれない。
「イリュストラ姫は、これから司祭のお仕事をされるのですか?」
「はい。エヴォンお兄様が今バルボアに行かれておりますので、その間はわたくしが城の洗礼を代わりに行うのです」
「なるほど。だから今日は法衣なのですね」
「ええ、そうですわ」
彼女はスッと立ち上がると、お気に入りのドレスを披露するようにくるりとその場で回ってみせた。
上質な布が陽の光を受けながら、ふわりと広がる。
「イリュストラ様、はしたないですよ」
「あら。ごめんなさい、アン」
メイドに注意され、イリュストラは微かに肩を窄めた。
これもティナードの言うことと一致する。
彼女は司祭の仕事をする時は、呪いの影響を受けないと言っていた。
ということは、今のイリュストラの状態が本来の彼女の姿で、昨日のお茶会での彼女が呪いを受けた姿ということになる。
しかし司祭の仕事をする時に神の加護でといっていたが、今現在の彼女も司祭の仕事をしているという認識になるのだろうか?
確かに法衣は着ているが、ウィロットとはしゃいで雑談を繰り広げる彼女は決して司祭の仕事をしているとは思えないのだが。
「あら、ユケイ王子。そちらのお花、飾っていただいてますのね」
「え?ああ、こちらですか」
俺は机の上に置いてあった花瓶を手に取った。
それは昨日彼女が持ち込んだ二つの紋章が刻まれた花瓶で、そこに生けられた花は昨日のままだった。
「こちらの花、お好きなんですか?」
「ええ。甘くて良い匂いがするでしょう?」
「ええ、そうですね。これはなんという花ですか?」
「えっと、ごめんなさい。わたくし花の名前には詳しくないのです。中庭の格子に付く蔦に咲く花なんです。いつもはもう少し後に咲くのですが、少し早く咲いているのを見つけたので摘んできましたの」
「それではこれはイリュストラ姫がご自分で摘まれたのですか?」
「ええ、そうですわ。秋になると二種類の実を付けますの。同じ時に同じ木から産まれたのに姿形が違う、まるで双子みたいでしょ?」
イリュストラはそう言うと、愛おしそうに花を見つめた。
「同じ花に二種類の実をつけるのですか?とても珍しい花ですね」
「まあ、それは珍しいことなのですね。わたくし知りませんでしたわ。とても甘くて美味しいんですわよ」
「イリュストラ様。あれほど召し上がってはいけませんと申しましたのに、まだ食べているのですか?」
イリュストラの発言に、アンと呼ばれたメイドが止めに入る。流石に姫とあろう者が中庭の木の実を食べるというのは、問題があったのだろう。
イリュストラは悪戯っぽい笑顔を浮かべ、肩をすくめた。
二人を見ていると、アセリアのことを思い出す。おそらく彼女も、幼少の頃からイリュストラのことを見守ってきたのだろう。
一つの木に二種類の実を付けるといえば、イヌマキの木が思い浮かぶ。確かにイヌマキの実は二種類あり、そのうちの一つは食べることもできるのだがもう一つには毒がある。しかしイヌマキはこのような花は咲かせないので、おそらく別の花なのだろう。
「そういえば、イリュストラ姫は猫がお好きだと聞いたのですが……」
「ね、猫ですか?」
俺が問いかけた瞬間、イリュストラの視線がアンの方へ泳いだ。
アンはイリュストラの視線を受け、じっとりとした眼差しを返す。
「えっと、そうですわね。猫は……可愛いですわ。けど、好きというほど好きではないかもしれませんわ」
やたらとあたふたするイリュストラ。
二人の様子を見て察するに、おそらくイリュストラは猫と戯れることもアンに止められているのだろう。
アンは小さくため息をつくと、優しく微笑みイリュストラに言った。
「さあ、イリュストラ様。そろそろお時間ですよ?」
「まあ、そうですの?ユケイ王子とお話をしていますと、あっという間に時間が過ぎてしまいますわ……」
イリュストラは寂しそうな表情を浮かべる。
まあ、今回はほとんど話をしているのはウィロットなわけだが。
「ユケイ王子、ウィロットさん、またお話をお聞かせいただいてよろしいでしょうか?」
「はい、もちろんです!またお姫様とお話がしたいです!」
俺の前に割り込み、それに答えたのはウィロットだった。
彼女はにっこり笑い、イリュストラの手を両手で握る。
衛兵の前でそれをやると大変なことになる。後で注意をしておこう。
イリュストラは気にする様子もなく、ウィロットの手を強く握り返す。
「約束ですわ、ウィロットさん!」
そしてイリュストラは去り際にウィロットに何か耳打ちをすると、真っ赤になったウィロットを見てクスリと笑い、俺の部屋を出ていった。
「イリュストラ姫はなんて言ったんだ?」
ウィロットの顔は真っ赤なままだ。
「いくらユケイ様でも、乙女の秘密に踏み込むのはいけないと思います」
彼女はそう言うと、ほほを膨らませてプイと首を振った。




