赤毛の少女 Ⅷ
「ウィロット、みんなを集めてくれないか?」
「は、はい……」
深刻そうな俺の表情にウィロットは何かを感じたのか、少し不安そうな顔を浮かべる。
やがて俺の元に、ウィロット、アゼル、カイン、そしてマリーがやってきた。
「ユケイ様、マリーもですか?」
アゼルが少し不満そうな声をあげる。
「うん、マリーもいてくれて構わない。もしかしたら今回マリーが被害にあっていたかもしれないんだ……」
「被害……ですか?」
「俺のお茶に毒を入れられた件だよ。今回マリーはカインに助けられたことになるね」
「毒の件……。要するに、リットが犯人ではないということでしょうか?」
アゼルの表情が微かに曇る。
「それを今から確かめていく。カイン、少し思い出して欲しいんだけど」
「はい、ユケイ様」
カインはウィロットと目を合わせた
「カイン、あの日のリットに、何か感じたことはあるか?」
「......いいえ、特にございません。非常に優秀な侍従だと思いました」
「何か困ってそうなことはなかったかい?」
「無かったと……、思いますが……?」
カインは首を捻りそう答えた。
「アゼルはどう思う?」
「はい。カインと同感です」
「うん、そうだね。リットは優秀で、初めて入った部屋にも関わらず手際も良かった。じゃあウィロット、きみが例えば明日からアゼルの家へ行って働いてくれと言われたらどうだい?」
「は、はい......」
ウィロットは口元に指を当て、上を向きながら何かを考える。
「大丈夫だと思いますが、最初は戸惑うと思います」
「なぜ?」
「はい、先ほどのマリーと同じです。仕事の内容が変わらなくても、どこに何があるか聞かないとわかりません。掃除をするにもお茶を入れるにも、道具の置き場所がわからないと……」
「そうだね。けど、あの日のリットは全く戸惑う様子は無かった。なぜだと思う?」
「それはおっしゃってました。部屋の作りも、物の配置も、ほとんどイザベラ姫のお部屋と一緒だって」
そうだ。同じ建物内で用意された、隣り合う同じ目的の部屋。つまり、二つの部屋の間取りは全く一緒なのだろう。しかし、間取りだけではなく物の配置も一緒なのはなぜか。
それは先日侍従の面接を行う時、ローザが部屋の配置や調度品を整えてくれたのだ。
ウィロットもそのおかげで、部屋が使いやすくなったと喜んでいた。
つまりその時、ローザは俺の部屋を整えたのでは無く、正確に言うとイザベラの部屋と物の配置を同じように置き換えたのである。
「じゃあ、俺の離宮とアゼルの屋敷が、全て全く同じだったら?」
「はい。アゼル様のお屋敷とユケイ様のお屋敷が何もかも同じでしたら、問題なくお仕事ができると思います」
「そうだね。けど、ほんとうにそれだけで問題なく仕事ができるかい?」
俺からの追撃に、ウィロットは少し狼狽えた。
「は、はい……。そうですね……、やっぱり少し戸惑うことはあるかも知れません。王子様のユケイ様とお貴族様のアゼル様の家では、決まりごとが色々違うかもしれません。それを教えてもらわないと、お仕事ができません」
「そう、その通りだね。それじゃあ、この部屋とイザベラ姫の部屋が間取りから何から全て一緒で、決まりごとも一緒だって言われたら。ウィロットは向こうへ言っても仕事ができるな?」
「はい、できると思います!」
彼女は自身に満ち溢れそう答える。
「それじゃあ、もしおイザベラ姫の部屋で茶を入れて欲しいと言われたら、お茶の葉はどこから出す?」
「はい、竈の上の戸棚の中から出します」
「そうだ……。これが今回のトリックだよ……」
この世界でお茶の葉は貴重品なので、外から見える場所には置かれない。
だから、場所を知らされていなければそれをすぐに見つけることはできないだろう。
「イザベラ姫の部屋とこの部屋の物は、ローザによって全て同じように配置されていた。しかし一つだけ、違うものがあったんだ。それは、お茶の場所だ。いや、正確に言えば、お茶の場所も同じだったとも言える」
「……どういうことですか?」
ウィロットが不思議そうに聞き返す。
つまりあの時、この部屋にはお茶の葉を入れる箱が2箇所に用意されていた。
一つは普段からウィロットが使っている場所で、もう一つはイザベラの部屋で普段置かれている場所。
そこに罠が仕掛けられていたのだ。
もしウィロットが普段使っている場所に普通の茶葉、そしてイザベラの部屋で普段使っている場所に毒入りの茶葉が置かれてあるとする。
その状態でリットがお茶を入れるとどうなるか?
「あっ……」
「なるほど……」
マリーとカインが口々に声を上げる。
「どうなるんですか?」
ウィロットは二人の顔をきょろきょろと見回してそう言った。
「ちょっとは考えろよ……」
カインはそう言いながらため息を吐いた。
「考えるのはウィロットの仕事じゃないからいいさ。……リットは全て同じ場所に配置されていると思い込んでいるから、当然イザベラ姫の部屋で保管されている茶葉の場所を探す。そこにはいつも通りに茶葉がある。しかし、そこに置いてあるのは毒入りの茶葉だ」
そんなことは知らずに、リットはお茶を入れる。
そして事件後、リットはいつも通りの場所に置いてあったお茶を使ったと証言する。
その時俺たちが確認するのは、俺たちにとってのいつも通りの場所、つまり竈の上であり、それは毒が含まれていない茶葉だ。
「つまり、俺たちが考えるいつも通りとリットが言ういつも通りは、全く別の場所なんだよ」
そして事件後部屋に入る機会を作り、その時に毒入りの茶葉を回収すれば、証拠は一切残らない。
俺の部屋の配置を変えた者、そして騒ぎの後部屋の片付けに駆けつけた者、それは同一人物だ。
「そんな......それじゃあ......」
それが真実であれば、ウィロットにとっては慕っていた者が恐ろしい企てをしたことになる。
「でも、毒見はどうなのですか?毒を知らずにお茶を入れたなら、リットは知らずに毒見をするはずでは?」
「それはさっきウィロットが言った、家毎の決まりというやつだよ。前にイザベラ姫がお茶会の話しをした時、自分とローザは胡桃が食べられないと言っていた」
それはおそらく、アレルギーのことだろう。
この世界ではまだ原因は解明されていないが、経験則的にそういう事態は確認されている。
「一般的に食べても問題ないと言われている食べ物でも、特定の体質の人にとっては毒になってしまうことがある。それはミルクだったり小麦だったり、そして胡桃だったり……。本人以外が食べてもなんの反応も出ないので、同じ体質同士じゃないと毒見にならない。つまり、イザベラ姫にとって毒になる胡桃に関しては、ローザじゃないと毒見ができないんだ」
おそらくリットは、イザベラの毒見を常にローザがしていたため、毒見自体をしていなかったのだろう。
毒見は特定の侍従がするものだと教育されていたのかも知れないし、それこそ、一言毒見に関して同じルールだと伝えればそれで済む。
だからあの時、自分では毒見をせずにお茶を用意し、俺は普段通り出された時点で毒見が済んでいると思い込んで、そのままお茶を飲んでしまった。
あの時の「......あっ」という言葉は、まさしく先程のウィロットと同じく、毒見のために俺を制止しようとする声だったのだ。
重い空気が部屋を包む。
「ウィロット、市場にメープルシロップは売ってなかったと言ったね?」
「……はい」
「イザベラ姫に市場にメープルシロップがあると話を持ち掛ければ、イザベラ姫はきっとローザに買いに行くように頼む。それは長い付き合いがあれば予測できるだろう。あとは、俺たちが知っている通りだ……」
「なぜ……そんな恐ろしいことを......」
その答えはもう、本人にしかわからない……。




