赤毛の少女 Ⅶ
「ウィロット!?」
急に声をかけられ、ウィロットはぴくりと肩を震わせる。
「は、はい!」
訳がわからず、ウィロットの視線が宙を泳ぐ。
「今のはいったいどうしたんだ!?」
「い、今のですか?」
彼女はなんのことか、全く理解ができていない様子だ。
しかし間違いなく、ウィロットはあの時のリットと同じタイミングで「あっ」と言った。
「今何か言いかけなかったか?小さく『あっ』って言ったように聞こえたんだけど……」
「ああ!それですね。すいません、大した事じゃないんです......」
「いや、なにか切っ掛けになりそうな気がするんだ。説明してくれないか?」
ウィロットは少し首を傾げると、はいと答えた。
「そんな大した事ではないです。カイン様が毒見をされるかも知れないと思ったので、お声をかけた方がいいか迷ったのです」
「カインが毒見を?」
「はい。わたしやアセリア様の時はそんなことされませんが、あまり良く知らない者が入れたお茶は、毒見の後にカイン様がもう一度毒見されることがあると聞きました。あんなことがあったので、もしかしたらカイン様にもお勧めした方がユケイ様が安心されるかなと思って……」
そういえば、最近もそんなことがあったような気がする。
リセッシュの砦で砦の侍従が毒見をして出したお茶を、侍従の目の前で再度毒見をしたのだ。
態度が良くないと、注意した記憶がある。
もしかしたら、あの時のリットも毒見について何か言おうとしていたのか?
リットが言葉を発したのは、今回ウィロットが言葉を発したのと同じタイミングだった。
だとしたらリットも同じ目的……、つまりは誰かに毒見を薦めようと、声を上げたのではないだろうか?
俺の立場を考えれば、どんな状況でも毒見をするのは当然だ。それはもちろんイザベラも同じで、ローザが毒見をしていない物をイザベラの口に入れるなんてことは絶対にありえない。
つまり、リットが毒見を知らずにお茶を出したという可能性はないだろう。
思い返せば、あの時のリットは何か困ったような表情をしていた。
もしリットが犯人ではなかった場合、なぜ毒見がされなかったのだろうか?
毒見は当然侍従が行い、お茶の場合はそのお茶を入れた者が行う。
もしリットが犯人では無く、お茶に毒が入っていないと思っていたら、自分で毒見を行なっていたはずだ......。
何か解りそうな気がする。
もしリットが嘘を言っていなくて、その証言が全て本当のことだとしたら浮かび上がる齟齬。
「リットはいつも通りお茶を入れただけだと言っていた。いつも通りとは何をもっていつも通りなんだろうか……」
その時、視線の端に何かが映った。
それは、部屋の中で何かを探すようにキョロキョロと見回しながら歩く、マリーの姿だ。
「マリー、どうしたのだ」
カインが彼女の動きを不審に思い、声をかける。
多少関係は改善されたとはいえ、言葉にはまだ棘が含まれている。
「はい、インクがなくなりましたので、詰め替えようと思いまして。インクの在庫がどこにあるか分かりません」
それを聞いて、ウィロットが答える。
「マリー、そちらではありません。奥の棚の上です」
「あ、はい。ありがとうございます」
マリーはウィロットにぺこりと頭を下げると、言われた所を漁り、無事目的の物を手に入れた様だ。
「......ウィロットは、部屋のどこに何があるかは全部把握しているのか?」
「もちろんです。覚えていなければ滞りなくお仕事をすることができません。わたしは目を瞑っていてもお仕事ができます!」
そう答えると、ウィロットはえっへんと言わんばかりに胸を張った。
しかし……。
「けど、今はちょっと迷うこともあります」
「どうして?」
「はい。先日ローザ様が模様替えをされましたので、以前と置き場所が変わっている物が少しあります。けど、だいたいもう大丈夫です!覚えてしまえば、前よりとても使いやすくなりましたから!」
そうだ。先日ローザに部屋を整理してもらったので、それでウィロットはだいぶ仕事がしやすくなったらしい。
「いろいろな物の置き場所が変わったということか?」
「はい。その通りです」
「変わってない物もあった?」
「そうですね。変わってない物もありました。なんでそんなことを聞くんですか?」
「……それじゃあ、お茶の葉が置いてあった場所はどうだった?」
「お茶の葉ですか?えっと……。お茶の葉は以前と変わらない場所にありました」
その瞬間、俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。
そして事件の前日、バルコニーで最後に見た彼女の姿が思い出される。
「......そうか。そういうことだったのか」
俺は一つの結論へ辿りついた。
全ての状況に齟齬が無く、リット以外が今回の犯行を行える方法。
俺の推理に間違いがなければ、それは綿密に計画され、そして実行された悪意。
しかしもしそうだとしたら、いったい何故そんな事件を起こさなければならなかったのだろうか。
何故あの人に、俺が狙われなければいけなかったのか......。




