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才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
弱者の王
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切子硝子 Ⅶ

 その後夕食はコンストから誘われ、エヴォン同席の下三人で食事をとることになった。

 毒見役であるウィロットも不機嫌ながら姿を現し、とりあえず俺はほっと胸を撫で下ろす。

 教会には毒見という風習がなく、俺もそれに合わせようかと提案した。しかしウィロットとカインの強固な反対に合い、結局いつも通りとなる。

 会食に現れたエヴォンはルゥを伴っており、彼女の用事というのはエヴォンの身の回りの世話をするということだったのだろうか?

 ウィロットが言った「夜番」がどんな意味なのかはわからないが、ルゥは今晩エヴォンにそれを申し出るのだろうか……。


 会食は終わり、俺たちは自室へと戻る。

 食事の内容はとても豪華で、俺が普段賢者の塔でしているそれよりも手段ランクが高いものだった。

 ウィロットの味見もいつもよりさらに箸が進み、そのおかげなのか彼女の機嫌も少し良くなったような気がする。

 それがエヴォンをもてなす為の特別なものだったのかはわからないが、上位の聖職者がどのような暮らしをしているかの一端を見たような気がした。


「何かお考えですか?」


 カインが俺に話しかける。


「……いや、なんでもないよ。思ったより普通に食事だったから、拍子抜けしたくらいだ」


 コンスト、エヴォン、俺の三人が集まるのだから、それなりの重要な話がされるものだと思っていた。場合によっては、二人に俺が責め立てられる可能性もあったと思う。しかしそれは全くの杞憂だった。

 食後にワインを飲みながら刻死病に関する話も交わされたが、先日の俺とコンストのやり取り以上の内容に踏み込むことはなかった。

 当然エリヤザルのことも話題に上らないし、エヴォンが俺が刻死病の研究に関わっていることも触れない。もしかしたらエヴォンは、本当にそのことを知らないのだろうか?

 後は収穫祭について少し話をしたくらいで、なぜ俺はここにいるのだろうと疑問を抱くほどだった。


 コンストとエヴォンの力関係は、エヴォンの方が上位に振舞っていたように見える。まあ、当然と言えば当然だろう。しかしザンクトカレン大聖堂の一才はコンストが取り仕切り、エヴォンもそこへ口出しするような様子はなかった。

 エリヤザルはコンストが神明裁判や魔女狩りを復活させようとしていると言っていた。あの時エヴォンはそれに対して難色を示していたように思えたのだが、少なくとも今の二人をみれば対立しているようには見えなかった。


 日はすっかり暮れ、廊下に灯された燭台の明かりが、古く趣のある石造りの壁を温かく照らす。

 古くはあるがよく手入れされている調度の数々は、この教会に勤めている人々の誠実な性格をそのまま表しているようだ。


「ここってなんだか、ユケイ様がいたアルナーグの離宮に似てますね」


 前を歩くウィロットが、振り向きながらそういう。


「うん、そうだね。作りはぜんぜん違うけど……。ウィロットが言いたいことはわかる」


 教会は皮肉にも、俺には居心地がいい場所だった。

 なぜなら、魔法組織と反する立場にいるため、魔法を使うことがあまり推奨されていないのだ。魔法の灯りが主に使われている賢者の塔とは違い、魔力の目を持たない俺にとっては不便に感じることがとても少ない。それを目的に作られた、アルナーグの離宮と同じように。


 次の日の朝、目覚めと共にルゥが部屋へと現れた。


「おはよう、ルゥ。今日はどうしたんだい?」


 俺の言葉に、ルゥは不思議そうな顔をする。


「ユケイ王子の身の回りの世話を申しつかっているのですが……」

「あ、ああ、そうか。あのままエヴォン猊下の担当をするのかと思ったから」

「いえ。昨日は人手が足りなくて」

「何かあったのかい?」

「はい。湖の畔に氷の花が咲いたのです」

「氷の花?」


 氷の花とは、要するにこの時期に降る局所的な雹のことらしい。

 ザンクトカレンの北方には大きな湖がある。そこには近隣の川から湧いた温泉が流れ込み、一年を通して比較的水温が高いそうだ。

 冬になると、この地方には寒波が流れ込む。それと湖から立ち上る水蒸気がぶつかり、湖の周りに大量の雹を降らせるという。

 それはこの街の秋の風物詩で、一面に広がる雹の粒はまるで氷の花のように見えるそうだ。

 その光景はとても幻想的ではあるが、近いうちに激しい雷雨と暴風が訪れる兆しでもあり、昨日はその対応に多くの人が駆り出されていたということだ。


「雹が降ったんだ。ぜんぜん気づかなかった。そう言えば昨日の夜はすごく冷えたからね」


 ウィロットの目が輝く。


「ユケイ様、わたし氷の花見てみたいです!」

「いえ、氷の花はすぐに溶けてしまいますから。もうないと思います」

「えぇー、そうなんですね……」


 ガックリと肩を落とすウィロット。

 彼女が産まれたオルバート領は雪深い地域だが、寒冷地ほど雹が降るのは珍しい。


「人手が足りないならルゥも無理に俺の世話に来なくても大丈夫だよ?」

「いいえ、用事はもう済みましたので。油を採るために向日葵(ひまわり)や葡萄の種を干してあったんです。天候が崩れる前にそれを片付けなければいけなかったので。作業はもう終わりましたから」

「ひまわり油に葡萄種子油(グレープシードオイル)か。ここら辺には向日葵畑もあるの?」

「はい、油の採取は教会の貴重な収入源ですから。街の南側は葡萄畑で、北側は向日葵畑です。少し外れにサフラン畑もありますよ」

「サフラン?そうなんだ」

「ちょうど今、花が綺麗に咲いている頃ではないでしょうか」


 サフランは秋から冬にかけて、薄紫の小さな杯のような花を咲かす。

 ハーブの一種で、精神を安定させたり血行を良くしたり、様々な効果を持っていた。ただ少しだが毒性もあり、大量に摂取するのは推奨されない。食用以外にも染色剤にも使われると聞いたことがある。

 なるほど、向日葵の種に葡萄の収穫、その後にサフランを収穫しているのか。

 ザンクトカレンといえばガラス工芸が真っ先に浮かぶが、きてみれば色々な産業があることがわかる。

 そしてそれらの組み合わせが、時には新たな産業を生み出す可能性もあるのだ。

 

「……向日葵の種と葡萄種子油があったら、チョコレートが作れるな……」


 チョコレートを作るには、本来ならカカオが不可欠だ。

 しかし向日葵の種はそれに劣らないほどの油分を含み、焙煎してして擦り潰すことによってチョコレートの主原料であるカカオマスにとてもよく似た物を作ることができる。

 それに植物性の油を足し砂糖やカラメルと混ぜ合わせれば、代替チョコレートを作ることができるのだ。

 もしそれを増産することができれば、この街に新たな特産品を作れるかもしれない。


「ちこれーと?なんですかそれ?」


 ぼそっと呟いた言葉に、ウィロットが目を輝かせて飛びついてきた。


「えっと、まあお菓子の一種かな?栄養価も高いから、非常食にもなる」

「なんか、すごく美味しそうな響きですね。パンケーキと同じ匂いがします」

「ああ、パンケーキにつけて食べるのも美味しいかもしれない」

「ほんとですか!?」


 ウィロットはぐいっと身を乗り出す。

 パンケーキは彼女の大好物である。

 名前だけしか言っていないのに、口からよだれを流しそうな勢いだ。

 その食いつきっぷりに驚いたが、少し機嫌を直してくれたみたいで安心する。


「ユケイ様、また余計なことをはじめないで下さい。今はそんな余裕はないはずです」

「いや、カイン、そんなたいしたことじゃないよ。ルゥ、後で向日葵の種と葡萄種子油を少し分けてもらえないかな?」

「はい、わかりました」

「やったぁ!」


 ウィロットがおこぼれに預かれることを確信したのか、小さく歓声を上げる。

 これで彼女が機嫌を直してくれるなら安いものだ。


「それでルゥ。せっかくザンクトカレンに来たんだから、少しガラス製品のお店を見て周りたいんだけどどうだろうか?」

「……申し訳ありませんが、ユケイ王子にはしばらくは外出を控えて頂きたいです。エヴォン様が到着されたので、なるべく教会内にいて欲しいと言われてます」

「ああ……、そうか……」


 ルゥがいうことも理解できる。

 元々エヴォンが来るまでしか自由はないと思っていた。到着はもっと遅くなると予想していたが、思いの外彼が早く到着してしまったのは誤算だった。

 このザンクトカレンでやらなければいけないことが、まだまだ溜まっているというのに。


 一つはイルクナーゼから言い渡された、草刈の魔導書グリモア・デゼルバメントを最後に持っていたという王女警護隊(プリンセスガード)のアレックスを探すということ。アレックスはティファニーの兄でもある。

 もう一つはエルデンリードの体温計を開発すること。これはガラスペン作製における技術と切子硝子職人の技術を合わせれば、おそらく達成できるのではないかと考えている。

 そのためにはまず、切子硝子職人を探さないといけない。

 そしてもう一つはエリヤザルとマリアの件だ。

 もしマリアが魔女狩りに遭おうとしているのであれば、彼女が魔女ではないということを証明しなければならない。

 そのためには、なぜ魔女であるという嫌疑がかけられたのかを確認する必要がある。

 このまま教会に足止めをされたら、当然その目的を達することは難しい。


「それじゃあわたしとティファニーで、ユケイ様になにかいいものを買ってきましょうか?ユケイ様はそのちこれーとを作っておいてください!」


 ウィロットはそう言いながら、ティファニーの手を取った。


「おい、ウィロット!ユケイ様に料理をさせるのか!」


 カインが声を荒げる。


「なにいってるんですか?ルゥがいるじゃないですか。せっかく身の回りを手伝ってくれるって言ってるんですから。ルゥ、いいですよね?」


 もしかしてルゥをここに足止めして、俺の代わりに街へ行ってくれるというつもりだろうか?

 ティファニーも一緒に行けば、冒険者組合(ギルド)に頼んでおいたアレックスの情報が何か入っているかもしれない。


「……わかりました。それでは誰か代わりに、街を案内をさせましょう」

「いいえ、それは大丈夫です」

「ザンクトカレンは広いですよ?治安のいい街ですが、裏路地に入れば危ない場所もあります」

「オルゼンさんのお弟子さんが、街を案内してくれるって言ってくれているので」

「……そうなのか?」


 反射的に口を出してしまった。

 いつのまにそんな約束を取り付けたんだ?確かに食事の準備の時や、それなりに誘われるタイミングはあっただろうが……


「はい。行ってきてもいいですよね?」

「ナンパされてるんじゃないか?」

「なんですか?なんぱって」

「いや、何でもない。……少し危険じゃないか?やっぱりカインも一緒に行ったほうが……」

「カイン様がユケイ様を置いて出かけるわけないじゃないですか。大丈夫ですよ。ティファニーも一緒ですし」


 確かに二人とも簡単な護身術は習っているし、ティファニーは賢者の塔の魔術師だ。よっぽどのことがなければ大丈夫だろうが……。

 決めあぐねている俺に代わって、カインが答えた。


「ウィロット、行っていいぞ」

「……カイン」

「反対ですか?ウィロットたちにも息抜きは必要です」

「いや、反対はしないけど……」

「やった!」


 ウィロットは小さくぴょこんと飛び上がる。


「先ほども言いましたが、氷の花が咲いた後は天候が崩れやすいです。気をつけて行かれた方がいいと思います」

「はい、わかりました!ユケイ様、おでかけの準備をしますので、お買い物やご用の目録を書いておいてくださいね!」


 そう言うと、彼女は鼻歌混じりに準備を始めた。


「なんだよ……。楽しそうだな」

「何か言いましたか?」

「……なんでもない」


 とりあえず、彼女の機嫌はすっかりと良くなったようだ。

 そして二人は、意気揚々と街へ繰り出していった。

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