表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
才の無い貴族と悪魔王  作者: そんたく
弱者の王
135/139

切子硝子 Ⅵ

 それから俺たちも部屋に戻り、程なくウィロットも姿を現した。

 彼女は室内をキョロキョロと見回し、おそらくルゥがいないことを確認しているのだろう。


「ウィロット、無理を言ってごめん」

「いいえ、ぜんぜんいいです。けど、ユケイ様がおっしゃりたかったことの意味がわかりました」

「じゃあやっぱり……」

「ユケイ様のことは、アセリア様から聞いて知っていたそうです」


 アルナーグから遠く離れたこの場所で、俺のことを知る機会があるとすれば武装商隊遠征カロヴァナ・アルマークだろう。

 武装商隊遠征は行商が滞る冬の入り口にかけて、アルナーグからヴィンストラルドを経由してリュートセレンまでを往復する大規模な商隊遠征だ。

 街道は秋になれば越冬の準備のため、野生動物やゴブリンなどの妖魔が多く見られるようになる。野盗が増えるのもこの時期だ。そして冬になれば雪などで道が閉ざされ、長距離の移動には非常に高い危険が伴う。

 その結果行商人の活動は冬に向けて徐々に減り、場所によっては完全に物流が途絶えることになる。

 そうすれば大きな経済的停滞を生むだけではなく、行商人から見放された村々は冬籠(ふゆごも)りのための十分な物資を手に入れることができなくなるのだ。

 それを回避するために、アルナーグ王家、商業組合(ギルド)、物流組合(ギルド)、傭兵組合(ギルド)、冒険者組合(ギルド)、水利組合(ギルド)が出資して結成されたのが武装商隊遠征だ。

 強固に武装した護衛や豊富な経験を持つ冒険者に守られたこの商隊は人気を博し、冬季の物流と経済を支える大動脈となった。

 そして俺は、その発起人の中の一人でもある。


 商隊には毎回、アセリアやテティスも同行していた。

 特にアセリアは昔ガラスペンの開発のために長期間この街に留まっており、多くの知り合いがいても当然だろう。


「ユケイ様も美味しいっていっていた干し葡萄ありますよね?あれはエリヤザルさんのところで作ったみたいですよ」

「ああ……」


 確かにその商品に関しては記憶がある。

 ウィロットの言う通り、香り高い大粒な干し葡萄だったと記憶している。


「それで、葡萄畑のことで教会の人から嫌がらせを受けていたと言ってました」

「嫌がらせ?」

「はい。アセリア様から教えてもらったことが関係しているみたいです」

「なるほど……」


 エリヤザルはマグダラからの移住者だ。ただですら、その風当たりは強かっただろう。

 アセリアがエリヤザルに何を伝えたのかはわからないが、そもそも彼女に前世の知識に基づく技術を伝授したのは俺だ。

 それが原因であれば、俺にも事態の一端があるのかも知れない。


「ユケイ様が気に病むことではありません」


 カインが俺の考えを見透かしたのか、そう声をかけてきた。

 そうだな。それは流石に考えすぎだ。

 ザンクトカレンにはザンクトカレンの農習がある。

 余所者がそれに反することを行えば、それなりの反感を買ってもおかしくない。

 それを選択したのはエリヤザル達で、それまで俺が責任を持つ必要は全くない。

 だとしても、神明裁判は明らかにやりすぎだと思う。


「ユケイ様、神明裁判ってなんですか?」

「神明裁判っていうのは、正しいか正しくないかを神に判断してもらうっていう裁判だよ」

「神様が決めてくれるんですか?」

「火あぶりにしたり水責めにしたり、あれは到底裁判と呼べるものじゃない。神の代弁者を名乗る者が教会にとって都合のいい裁きをするだけだよ。ヴィンストラルドでもアルナーグでも、神明裁判は禁止されている」

「そうなんですね。……けど、普通の裁判だってお貴族様とか王様が都合のいいように罰を与えるだけじゃないですか?」

「それは……」


 俺は言葉を失った。

 ウィロットは俺を責めているのではなく、純粋な疑問として言っている。

 確かに聖職者が裁くか裁判者

が裁くかが違うだけで、神明裁判が駄目で人定裁判は良いと言われれば疑問に思うのは当然だろう。

 当然裁判は法によって結審されなければいけない。

 しかしそれは酷く曖昧なもので、特に被告が平民であれば尚更貴族の利益が優先されることが多い。


「神明裁判はそもそも被告に罪がなくても裁判にかけることができるんだ。異端と言い張るだけで、誰でも裁判にかけることができてしまう」

「けどカイン様だって、ユケイ様が助けてくれなければ処刑されていたと思います。あの時もカイン様には罪はなかったと思いますけど?」

「まあ……、確かに……」


 ウィロットがいうことは最もだ。実際にカインも昔、無実であるにも関わらず罪をなすりつけられ、危うく処罰を受けるところだった。

 国が神明裁判を禁止するのは、単にその権力構造を維持する為だと言われてしまえば反論ができない。

 俺の動揺を悟ったのか、カインが助け舟を出してくれた。


「……ウィロット、そんな話はいい。続きを話せ」

「はい。えっと、あと、マリアさんの髪は真っ白でした」

「真っ白?ヘリオトロープみたいに?」

「わたしはヘリオトロープさんを見たことがないです」

「あ、そっか」

「後ろの髪は普通の栗色でしたけど、前髪の一房だけが真っ白だったんです」

「ああ、なるほど……」


 ウィロットがマリアが髪を隠していると言ったが、そのせいなのかもしれない。

 おそらくワーデンブルグ症候群だろう。

 頭髪の前面に白髪が現れたり、左右の目の色が違ったり、青色の瞳を持って生まれたりするという遺伝子症候群だ。他にも難聴を併発したり体の一部に白斑が現れたりすることもあるという。

 およそ四万人に一人の割合で発生するというそれだが、前世に同じ症候群を持つ友人がいた。その友人も、小さい頃はその容姿を酷く揶揄われたと言っていた。

 中世のヨーロッパでも、先天性の異常がある人が魔女扱いをされたという話は珍しくない。


「エリヤザルの家はどこかわかる?」

「はい。けどずっと誰かが見張ってるみたいで……」


 コンコン……


 扉をノックする音が、ウィロットの言葉を遮った。

 ルゥが戻ってきたのだろうか?


「失礼します」


 そう言いながら室内に入ってきたのは、まだ成人もしていないだろうと思われる少年だった。

 肩まで伸ばした黒髪に一瞬少女かと見間違えるような顔立ち。

 服装から修道士であることはわかる。


「君は?」


 俺が問いかけると、少年は少しおどおどした態度で答えた。


「はい。修道女(シスター)ルゥに別のお勤めが入りましたので、本日はわたしが身の回りを務めさせていただきます……」


 別にルゥの代わりは必要ないのだが、いらないと言ったら立ち去ってくれるだろうか。

 当然彼も何かの命令を受けて来ているはずだ。

 彼もまた、コンストの息がかかっているに違いない。

 ただ、このように入れ替わり立ち替わりで色々な人が来られては正直落ち着かない。監視をつけられるのは仕方がないとして、できれば同じ人にしてもらいたいものだ。


「……ルゥはどうしたんだい?」

「え?はい……、修道女ルゥは……」


 俺の問いに彼は一瞬口籠った。


「……いや、いいよ」

「はい」


 どうやら余計なことを聞いてしまったようだ。

 

 「そうだ。少し聞いていいかい?」

「はい、なんなりと」

「先ほどエヴォン司祭長が到着されたみたいだけど、彼はどんなかただろう?」


 俺の問いに、修道士はパッと顔を輝かせた。


「エヴォン猊下はとても素晴らしいおかたです!信心深く僕たちにもとても親切にして下さいます。猊下が司祭長になられて、ここの修道院もとても良くなりました」


 それから彼はエヴォンがいかに素晴らしいか、彼によっていかに自分たちの待遇が改善されたかをとうとうと語り出した。

 どうやら彼は、エヴォンの信奉者らしい。

 しかし、彼が言うエヴォンと俺がイメージしていたエヴォンに乖離を感じる。

 先ほど教会の正面でコンストと話すエヴォンは、堂々と適切な距離を取って対応しているように見えた。俺は彼と多くの面識があるわけではないが、イルクナーゼから憚ることなく陰口を叩かれるような男だろうか?

 第一王子のアルベルトも、エヴォンに対しては同じような反応だったと思う。

 そんな考えを巡らす間も、修道士の言葉は止まらない。


「……エヴォン様には昔、とても美しい奥様がみえました。しかし、その愛する奥様は若くして命を落としてしまい……」

「え?」

「ど、どうされましたか!?」

「いや、すまない」


 俺がいきなり声を上げたので、修道士は言葉を詰まらせる。

 エヴォンはかつて結婚していたのか?しかし、司祭は結婚を禁止されているから、司祭になったのはその後のことなのだろう。

 しかし、血を繋ぐことが最も大切な仕事であるはずの王族が、結婚が禁止されている司祭になるだろうか?

 アルナーグやヴィンストラルドは、教会組織より賢者の塔や魔術師組合(ギルド)の方が影響力は強い。とはいえ、王族の中にも宗教組織を管轄する者が必要だ。

 例えば俺の産まれたアルナーグでは父が国王と枢機卿を兼任しており、ヴィンストラルドにおいてはエヴォンが枢機卿である。

 枢機卿とは教皇選挙への参加権と投票権を持つ立場の人間で、教会個々の組織体系からは外れるものの教会への影響力は極めて強い。

 王族の枢機卿は結婚が容認されているので、単に教会を管轄するのが目的であればわざわざ司祭長を兼務する必要はないはずだ。

 宗教国家でなければ、王子が聖職者になるということは歓迎されない。しかしおそらく彼は、自ら進んで教会の一員に加わったのだろう。

 イルクナーゼのエヴォンを小馬鹿にした態度が何処からきているのか、その原因が少しわかった気がした。


「申し訳ありません、少しお話が過ぎました……」

「いや、なんでもないんだ。今日はもういいから、部屋へ戻って休みなさい」

「いえ、今日は、あの、よ、夜番をするように言われております……」

「いや、ルゥにも言ったけど、夜番は必要ないんだ。部屋へ帰りなさい」

「いえ、夜番をさせて下さい。そうしないと司教様に叱られてしまいます……」


 彼はそれでもなおすがって夜番を申し出る。

 やはり彼もコンストから直接言われてここに来ているのだろう。

 しかしここでは、夜番を立てるのが一般的なんだろうか?

 信頼していない者が夜番などしたら、カインは必ず徹夜で警護をすると言い出すに決まっている。

 それにエリヤザルに関しての話も聞きたい。エヴォンに関する情報が聞けたのは有意義だったが、彼にはなるべく早く退室を願いたい。


「わかった。司教には直接夜番の件は伝えておくから。きみは気にせずに休みなさい」

「あ、あの、僕ではお気に召しませんでしょうか?」

「え?どういう意味?」


 修道士はぱくぱくと何かを言いたげに口を開くが、すぐに諦めて頭を下げる。


「い、いえ、申し訳ありませんでした。それでは失礼します……」


 そう言うと、そそくさと部屋を後にした。

 ふとカインが何か言いたげな表情でこちらを見ている。


「……なんだよ」

「いえ……、なんでもありません」

「ユケイ王子殿下、()()()はきっと神殿娼婦だと思います」

「ティファニー、余計なことを言わなくていい」


 ティファニーの言葉をカインが止める。


「神殿娼婦?……それはそうなのかも知れないけど……」


 神殿娼婦というのは、娼婦という言葉が入っているものの性的な接待をする女性のことではない。

 一般的に神へ身を捧げた修道女のことを指し、生涯未婚と純潔を誓った女性のことを指す。


「いや、けど、彼は修道士だよ?」

「さっきの人、たぶん女の子ですよ」


 俺の言葉にウィロットが返す。

 女の子?声の感じも見た目も、少年のように思えたが。

 何より彼が着ていたのは修道士服だ。修道女の格好とは異なる。

 しかし今までの経験から、ウィロットの見る目は確かだ。


「そうなのか?なんで女の子が修道士の格好をしているんだ?」

「夜番なんていって、ユケイ様の夜のお相手をするように言われたに決まってるじゃないですか」

「ええっ!?なんで!?」

「そんなのわたしが知るわけないです」


 ウィロットは呆れ顔でため息をつく。


「だったらなんで修道士の格好をしてるのさ」

「そっちの方がユケイ様の()()だと思われたんじゃないですか?ユケイ様はおっぱいのおっきいルゥがお気に召さなかったみたいですから」

「ルゥが夜番をするって言ったのも、そうだっていうのか?」

「残念でしたね、気づくのが遅くって」


 ウィロットはぷくっと頬を膨らませる。


「そ、そんなわけないだろ」

「おっぱい好きなくせに。ときどきルゥのおっぱい見てるじゃないですか」

「別に見てないよ!」

「嫌いなんですか?」

「そ、それは……。そんなおっぱいおっぱい言うなよ……」


 彼女は背筋を伸ばし、自分の控えめな胸を強調してみせた。


「ウィロット、神殿娼婦って()()()()意味じゃないぞ?」

「分かってないのはユケイ様です」

「……そうなのか?」

「もう知りません」


 ウィロットはぷいっとそっぽを向き、パタパタと部屋を出ていってしまった。

 彼女が立ち去った後、静寂が部屋を包む。


「……俺はなんで怒られたんだ?」


 カインに視線を向けると、彼は黙って首を左右に振った。

 ティファニーの表情は、心底どうでもいいと語っていた。


 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
シリアスからのラブコメのテンポが良い 一話が丁度良い感じ
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ