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田舎騎士の縁談  作者: 大橋和代
田舎騎士の縁談
9/9

後話

騎士爵家当主マンフレート、無事嫁(狼)を貰う




 十数年振りに村人総出で行われた祝宴は、盛況を極めた。


 ベアルの蒸し焼きに加えて、誰が持ち込んだのかこのあたりでは滅多とお目にかかれない海魚の油漬けまで振る舞われ、私も先々代かその前あたりから秘蔵されていたと思われる『我が子孫達へ、大いに飲み大いに歌え』と書かれた蒸留酒の樽を、領主館の酒蔵から持ち出した。



「いざ行け若人よ」

「その身に纏うは腰の剣一つ!」


「いざ行け若人よ」

「その内に秘めるは情熱の炎!」


 村長が音頭をとり、土地に伝わる言祝ぎを皆が唱和する。

 歌ですらないが、一千年どころではない昔から伝わっているもので、古式に則っているらしい。


「いざ行け若人よ」

「荒れた野も雪深き森も!」


「そして手にせよ」

「新しきもの! 古きもの! 良きもの! 尊きもの!」



 慣例として早めに宴席を追い出されたが、その頃には新妻どころか私も少々足下がふらついていた。皆にさんざん冷やかされながらも宴会場となった館の中庭から寝室まで彼女を抱え、ベッドにそっと寝かせたのは覚えている。

 一つのカップに冷たい水を交互に注いで、酔い醒ましにもしただろうか。


 窓越しに見える満月が綺麗で。

 ……その手前で私を見上げる彼女が綺麗で。

 

「今日からよろしく」


「……はい、あなた」


 私は実にいい気分で、彼女を抱き寄せた。




 ▽▽▽




 そのまま寝落ちた翌朝、腕の中にある何やらごわごわとしたなかにも柔らかい感触に、毛布を抱き込んだにしては暖かいなと、何やら思い出しかける。


 ……くー。


 私の腕の中には大型犬、ではなく小柄な雌狼が寝息を立てていた。


 ああ、そう言えば。


 彼女がとても可愛く見えたもので、頑張ったのが良かったのか悪かったのか───行為の最中、彼女が狼になったのは何となく覚えている。


 彼女は人狼の血筋が濃いと聞いていた。満月だったし、変化の力が強く働いたのだろう。知らなければ驚きもするが、私には狼人どころか虎人竜人の知り合いもいたし、慣れてしまえばああそういうものかと受け入れてしまってよい類の問題である。獣体に変身したからと、とって食われるわけではない。


 ようやく私も眠気が消えてきた。

 陽光は割と高くなっているが宴会の翌日だ、主役二人が寝過ごすのは良くあることとしておこう。

 但し、そろそろ起きないと、二人とも朝食抜きにされてしまう。

 私はともかく、彼女には可哀想だろう。


「……おはよう、ヴィルヘルミーナ」


 私が声を掛けると耳先がぴくりと動き、目が半開きになって顔がこちらを向いた。

 そのままぺろりと舐められる。


 きゅうん。


「えーっと、ヴィルヘルミーナ?」


 まだ寝ぼけているのか、毛布の下で尻尾が揺れていた。


 四半刻ほどそのままで寝転がっていたが、家人の起きている気配はなんとなくわかったので、ぽんぽんとヴィルヘルミーナの頭を撫でて起こす。


 くうん。


「うん、おはよう?」


 前脚が伸びて、私の頬に押しつけられた。

 もう一度、今度は顎から鼻にかけてぺろり。


 しばらく待っていると、ようやく彼女はぱっちりと目を見開いた。


 がうっ!?


 私の顔をじっと見つめているが、非常に驚いている様子である。

 彼女は毛布ごと床に飛び退き、尻尾を追いかけるようにしてぐるぐると回りだした。


「あー、ヴィルヘルミーナ?」


 声を掛けると、毛布を被った狼はびくっとなって回るのをやめた。

 今度はおろおろとして、続いて毛布の下に全身を潜り込ませようとする。


 彼女は何をしたいんだろうと考えに考え、しばらくして私はあることに思い至った。


 新婚。

 初夜の翌朝。


 そう、彼女は単に恥ずかしがっていただけなのだ。




 彼女を伴って食堂に出向き、新しく我が家の住人となったレティーツィアも含めた家人と挨拶を交わして、私たちも朝食を摂ることにした。

 先ほどまでは何度も吼えたり唸ったり部屋をぐるぐると回ったりしていたヴィルヘルミーナも、今は椅子の上に行儀良く『四つ足を揃えて』テーブルに着いている。


 レティーツィアが用意した皿からオオツノ山羊のミルクを舐めている様子は、実に和むのだが……。


 困ったことに、昼を過ぎても彼女は人に戻らなかった。


「私もお嬢……失礼、若奥様が完全な狼に変化されることは存じておりましたが、いつもすぐに戻られていましたので……」


「騎士団にいた虎人族の同僚も、酔っぱらった翌日によく獣化していたか……。

 基本的には自由に変化出来るが、酔う、疲れる、荒ぶる……そのあたりが限界になると、意志に反して獣化するとは聞いていた」


 口には出さないが、初夜の翌朝だからと言う理由も含まれるかもしれない。

 本人には痛みも苦しみもない様子なので私たちも落ち着いたものであるが、このままというのも困りものである。


「ご本人が戻りたいと念ずれば戻る……としか、わたくしめも存じませんな。

 わたくしがお仕えする以前には竜人の身であられたご当主様もおられたそうですが、先代執事から何かを伝えられたと言うこともございませぬ」


「旦那様、山猫人族のルーカスか、彼が駄目でもアルベルタさまなら良い知恵をお持ちかも知れませんわ。

 それに猟師衆にも若奥様をお見せして、お触れを出しておきませんと……」


「ああ、その方がいいか」


 執事夫妻───ハルトヴィヒとヨハンナの言葉に頷き、虎人族の同僚もやはり自由に変化していたなあと思い返しつつ、ヴィルヘルミーナの頭を撫でる。


 わふ?


「ああ、心配ないよ、ヴィルヘルミーナ。

 触れというか……この狼は私のお嫁さんだから狩らないようにって、頼むだけ。

 ハルトヴィヒ、私はこの後彼女を連れて散歩ついでに村まで行くことにする」


「畏まりました」


 こくんと頷いたヴィルヘルミーナにも笑顔を向け、私も朝食を再開した。




 散歩には丁度いいだろうか。見事な秋晴れだ。

 食事を終えた私は厩舎のアウドラに鞍を付け、前庭に出た。

 昨日の宴会は跡形もなく片付けられていたが、僅かに酒精臭が残っている。


 にゃあ。

 わふ。


 愛猫エリーゼはヴィルヘルミーナとケンカする事もなく、門前で大人しく私を待っていた。

 昨日ヴィルヘルミーナはエリーゼを抱き上げて撫でていたから大丈夫だろう……とは思っていたが、犬族猫族は性格が合わないことも多いので少し心配していたのだ。……無論、エリーゼはただの猫である。


「じゃあ、行こうか」


 さてさてこの一行は一人と三匹か、はたまた二人と二匹か。

 それはともかく、私はアウドラに歩みを任せて館を後にした。




 宴会の翌日とあって、村は静かだが人いきれに満ちている。

 畑に狩りに鍛冶仕事、皆休んでいるはずだ。山羊飼いのヴァルターだけはいつも通りかも知れないが、そこはハルトヴィヒ同様ご苦労様と言うしかない。


 広場に到着するとエリーゼはいつもの如くどこかへと走り出し、アウドラは大人しく停まった。


「ヴィルヘルミーナ、おいで」


 わうっ。


 私はアウドラの背を叩いて休めの合図を送り、新妻を伴って五軒ほど向こうの家の玄関まで歩いた。


「ルーカス! ルーカス!

 起きてるか?」


「……はいよー」


 雪深い冬に合わせて壁と扉は分厚くとも、けして大きくはない家のこと、ルーカスはすぐに出てきた。

 幼なじみというか、子供どころか人が少ないシリングスでは私たち世代───とは言っても私とエリンしかいない───の兄貴分である。虎縞の髪に飾り毛のついた猫耳は普段なら凛々しいが、今日のところはぼさぼさで寝癖がついていた。


「どったの、若様?

 そっちは……においからすると若奥様か?」

「ああ。

 昨日はありがとう。

 礼を言いに来たのもあるんだが……今朝から戻らなくてな」

「……だろうなあ」


「えっ!?」


 わうっ!?


 大して動じず納得すらしているルーカスに、私とヴィルヘルミーナの驚きが重なった。




 まあ、立ち話もなんだからと家に上げて貰い、私は椅子に、彼女は暖炉近くの床に座り込んだ。

 母親が老齢でなくなって以来ルーカスは一人暮らしだが、子はいると聞いていた。村人ではないから私も会ったことはない。結婚の習慣を持たない山猫人族としては、そちらの方が正しいとのことだった。


「……で?」

「原因は簡単。

 館に集まる魔力が強すぎんだわ」

「……ああ」


 ……わふ。


 あっさりと納得の行く答えが見つかり、私はやれやれと肩の力を抜いた。

 我が家は魔力の集まりやすい特別な丘の上にあり、私も魔法の細工物を作るときにはそれを実感している。


「昔は『月の丘』って呼ばれてたらしいが、聞いてるか?」

「家史を習ったときに、軽くはな」

「東の山の頂と北の湖と……なんだっけかよく知らねえが、お前んちは月の魔力が集まりやすい。

 俺達獣人族にゃ身体も休まって気持ちいいぐらいだが、蒸し風呂と一緒で慣れてねえとちょっと強すぎらあ。

 魔力酔いみたいなもんで、一晩寝りゃ抜けるけどよ」

「……もちろん、館で休んじゃ意味がないんだな?」

「そりゃそうだ。

 魔力が溢れてんのに足してどうするよ」


 くうん……。


「……うん」


 新婚二日目にして、夫婦生活の危機である。


 害は……あるなと、ヴィルヘルミーナと私は目を見交わした。

 これほど滑稽な理由で別居など、とんでもない。


「だがな、若様よ」

「ルーカス?」

「若奥様が魔力に慣れるまでは、ちいっと不便でもそのままの方がいいと思うぞ」

「うん?」


 わう?


「若様は知らんだろうが、俺もちっこい時はちょくちょく館の側まで母親に連れてかれてたらしいぜ。

 ……館の西に楓の木があるだろ?」

「ああ。

 しばらくは登ってないが懐かしいな」

「あの木の根本で、母子揃って昼寝してたんだそうだ。

 母は産後の回復、俺は魔力慣れ。

 おかげで俺は病気知らずに育ったんだがな……」

「初耳だな」

「だろうなあ。

 俺や若様の下はエリン嬢ちゃんしかいなかったし、彼女はエルフだからな」


 エルフにゃあんまり影響ねえしと、ルーカスは訳知り顔で頷いた。


「まあ、客人が来てどうしても人に戻らにゃいかんとかいう時でも村で一晩過ごせばいいだけの話だ、心配するこたあねえよ。

 どうせひと月やそこらの話だから、『しばらく』は我慢するんだな」

「……ルーカスに相談して良かったよ。

 気だけはずいぶん楽になった」

「そりゃそうだ。

 なんてったって、俺は若様とエリンの兄貴分だしな」


 わうん。


 にやっと笑ったルーカスに礼を言い、私はヴィルヘルミーナを促した。

 彼は気のいい兄貴分だが、それだけに歯に絹着せないのである。


 ……ヨハンナでなくともハルトヴィヒあたりは知っていても良さそうなものだが、西にある楓の木は子供の遊び場、あるいはちょっとした散歩の目印になっているので、獣人族でなくとも村人は足を向ける。


 ついでに言えばそこは見晴らしもよく、逢い引きの目印でもあった。




 原因が分かれば、心配することもない。

 後は彼女の身体が魔力慣れするのを待てばいいだけだ。


「のんびり、慣れようか」


 わうん。


「……うん」


 夜は少し寂しい気もするが、無論、それを口にせぬだけの分別はある。

 いや、狼でも……いいのか?


 私はくだらないようでいて真剣な悩みを表に出さぬようにしながら、彼女を連れて散歩の続きを楽しむことにした。


連作短編形式で追加していきたいと思います

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