ミハエル −殺人堕天使−
ちょっと変わった中学生ヒナコと、彼女が出会った天使ミハエルの話。
ヒナコと真っ赤な羽根を持った天使ミハエルの出会い、交流、別れ。
私はヒナコ。中学生です。
でもちょっと普通の中学生とは違うの。
私、幽霊とか妖怪とかケサラン・パサランとか、そういう不思議な物が見えるんだ。
そして、これは私が出会ったある“不思議な人”との話です―
「もう週4日塾とかありえない!ヒナコだって遊びたいのにぃ!」
夜の街を歩く少女。彼女の名はヒナコといった。
某所の中学に通う学生であり、一年後に受験を控えた彼女は塾の帰り。
強化週間中の塾、週4という過密スケジュール、そして終わる時間も遅い。
今はもう10時半。
「変態サンに襲われたらどう責任取るのよ〜!」
そんなような文句を言いながら歩くヒナコ。
彼女は駅を目指して歩く。
「マジ信じらんない!」
ヒナコは愕然とした。
時刻表に寄れば、次の電車は11時。
まだ30分もある。
ヒナコは溜息を着いた。
彼女はピンク色にカラーストーンがちりばめられた、お気に入りのケータイを取り出す。
母に連絡…ではなく、ネットサーフィンをして遊びだした。
彼女がそれに興じる中、ケータイはある変化を見せた。
液晶画面がチカチカしている。
というかフロントライトがチカチカしているのだ。
「あー、もしかして…。」
ヒナコに言わせれば、それは“例のもの”が見える合図。
彼女は幽霊、妖怪、妖精、その類の物が見える目を持っていた。
感覚的に、ヒナコは振り向く。
彼女は“例のもの”がいる位置を察知した。
小さく古い駅のプラットホーム。
トイレの近く。
何かがほんのり光っている。
ヒナコは興味をそそられ、それをじっと見つめた。
白。
白っぽくゆとりのある服、白く長い、後ろで一つしばりにされた髪。
目も白く見えた。
年齢にして17、8くらいの−
「幽霊?にしてはちょっと…。」
もっとよく見る。
何故か分からないけど、苦しそうだった。
喘息を引き起こしたように、荒い息遣い、脂汗。
「……大丈夫?」
流石に心配になったのか、ヒナコが話し掛ける。
「…君…、僕が見えるの…?」
その白いものが言う。
よく見たらその頭には、黄色く光る“輪っか”が。
「……天使…?」
ヒナコが呟いた。
しかし天使にしては一箇所だけ妙だ、と彼女は思った。
その背中に生えた大きな羽根は、血の様に真っ赤だった。
「…………!」
−ドサッ。
音を立て、天使が倒れた。
「あっ!ちょっと…大丈夫!?」
―
ヒナコはその後、電車に乗り家へ帰った。
皆には見えてないが、自分より大きい天使を支えているヒナコは、明らかに変な人である。
「つか何で助けちゃったリしたんだろ…。」
ヒナコは電車の中、先程より大きな溜息を着いた―
―
「…………ん……?」
ヒナコの部屋。
ピンク色の布団の中、彼は目を覚ます。
「…ここは…?」
「あ、起きた?」
ヒナコがそれに気付いた。
彼女は目が覚めたばかりの天使に話し掛ける。
「ここねー、私の部屋だよ。キミ倒れたから連れて来てあげたのー。」
「そう…ですか…。ありがとうございます…。」
天使が微笑んだ。
優しく、綺麗な笑顔。
それにヒナコは少し驚く。
「い…、いいの別に!それよりキミの名前は?」
「“ミハエル”です…。」
「ふぅん。私はヒナコだよ。よろしくねっ!」
明らかに人間ではない自分に対するヒナコの態度。
優しい人だ、と彼は思う。
−
「はい、よろしくお願いします!」
−
ヒナコはこの弱った天使を、自分の部屋で保護することにした。
何故プラットホームにいたのか等の諸理由は聞かなかった。
彼女は世の中には聞いていいことと悪いことがあるのを知っていたからだ。
「ヒナコさんは、宿題はなさらないのですか?」
「だってやっても意味ないし。」
「ですが受験生なのでしょう?」
ミハエルは中々口うるさく、ヒナコのダラけた態度をよく注意した。
ヒナコ自身は自分の生活を縛られたくなく、少し不快だったが。
「うるさいなー、助けられたクセに文句言わないでよー!」
「……………。」
それを言われるとミハエルは抵抗できないのだ―
同時期、彼女の住む街で殺人事件が起こった。
一件だけでなく、手口も共通なことから、それは連続殺人といわれる。
そして被害者は子供から年寄りまで様々。無差別なのだ。
警察はこの凶悪な殺人事件を解決しようと躍起になっているが、一切の証拠がない。
街中の殺人だが怪しい人物の情報は何もない。
全く歯が立たない状態だった。
そのうち新聞やらテレビやらのマスコミで騒がれるようになり、ヒナコの街は一躍有名になった。
「ヒナコさんは宿題はやらないのに学校は行くんですね。」
「だって楽しいんだもん。」
「勉強ですか?」
「部活。」
既に当たり前になったやり取り。
ヒナコの答えにミハエルは苦笑い。
「もうすぐ大会近いんだよーバトミントンの!ミハエルも見に来てよ!」
笑顔のヒナコ。
ミハエルの目にそれが眩しく映る。
「わかりました。」
「うん!約束だよ!」
そして彼女はおもむろに鞄を掴み、
「行ってきまーす!!!」
叫んだ。
「最近街は物騒ですから、気をつけてくださいよ!」
ミハエルはドアを閉めようとするヒナコに声を掛けた。
ヒナコは笑って、手を降ることでそれに答えた。
彼女が去り、困ったような、しかし嬉しそうな顔をしながら天使が呟く。
「仕様のない人だ―」
学校に来れば、皆例の殺人事件の噂。
男子も女子もどのクラスの人も皆、その話で持ち切りだった。
先生達は生徒をいかに安全に帰すかを職員会議で検討したりもしていた。
「この街呪われてるんじゃないの?」
「やだー!引っ越そうかなぁ…。」
「いいよな金持ちはぁ。」
笑う女子。
ヒナコもその中で笑っていた。
「でもやっぱり怖いよねぇ。次は自分の番かなぁとか思っちゃうもん。」
「無差別なんでしょー?しかも犯人分かってないし…。」
「怖いね…。」
女子達の会話を遮り、授業開始のチャイムがなった。
生徒たちは慌てて席につく。
だが、いつまで経っても先生は来なかった。
学級委員が呼びにいったが、職員室にもどこにもいないという。
大嫌いな数学が潰れたと、ヒナコは内心嬉しかった。
だが、それは嬉しいでは済まされないことだった。
先生は―殺されていた。
−
「お帰りなさいヒナコさん。…どうしました?顔色が悪いですが…。」
今日は学校は登校禁止となり、ヒナコ達は家に帰らされた。
「学校で、殺人事件があったの…。
私、凄い怖くて…。」
自分が狙われたわけじゃないのに、怖くて怖くて涙が溢れた。
「…ひ、…ヒナコさん…?」
ミハエルは慌てて近くにあったタオルを掴み、ヒナコの涙を拭おうとした。
「ミハエルぅ…怖いよォ……。」
ポロポロ涙を流すヒナコを見て、ミハエルは思った。
人間も、死ぬのは怖いんだな。
でも他人が死んだだけでこんなに恐怖を感じられるものだろうか。
…どっちにしろ、僕は、ヒナコさんを…―
バトミントン大会当日。
「今日は私の活躍ぶりを見せ付けてあげるからね!」
やる気満々のヒナコ。
ミハエルは笑顔で彼女を見る。
「頑張ってください。応援します!」
「まっかせなさぁ〜い!」
そして2人は会場の体育館へ向かう―
その道の途中だった。
ヒナコの後をちょこちょこついて歩くミハエルが、突然地面に膝をついた。
「……っ………うっ…。」
「ミハエル?…どうしたの!?」
苦しそうな顔をしている。
前と同じ。
「大丈夫!?」
「…はい……大丈夫です…。」
ミハエルは笑顔を作る。
ヒナコがその顔を覗き込む。
「辛かったら先帰ってもいいよ。休んでたほうが…。」
「大丈夫ですよ。ヒナコさんのバトミントン、是非みたいですし。」
「…なら、いいけど…。」
―
会場につく。
ヒナコの出番がやってくる。
体育館の後ろのほう、他の応援団に混ざり申し訳なさそうに立つミハエル。
ヒナコは彼に手を振ってみた。
手を振り返すミハエルの顔色は、少しだけ悪く見えた。
試合開始。
得意のヘアピンで先制点を取る。
観客が騒ぐ。
ミハエルが拍手をしていた。
スマッシュを打ったり打たれたり、そんな接戦が続く。
―チャンス球。
ふわりと飛んでくる相手の羽。
ヒナコはスマッシュを打つため飛び上がる。
そして、
コンっ
それはフェイントだった。
羽は相手コートのかなりネットに近いところに落ちた。
試合終了。
ヒナコの勝ち。
観客がまた騒いだ。
ヒナコはその観客のほうを見た。
ミハエルの姿は無かった。
「…ミハエル?」
−
彼女はミハエルを捜しに出た。
体育館を出て中庭をうろつきながら、
あれだけ体調が悪そうだったから、帰ったのだろう。
そう思った。
彼女が体育館へ戻ろうとしたときだった。
彼女の目はミハエルを見つけた。
体育館の角の、壁の隅。
こそこそと何かをやっていた。
「ミハエ―」
ヒナコは彼に話し掛けようとして、硬直した。
真っ赤になった剣を持って佇むミハエル。
その脇には真っ赤になって倒れている人間。
「…見られて、しまいましたか…。」
絶句するヒナコにミハエルは言う。
「貴女にだけは知られたくなかった…。」
それでヒナコは悟った。
彼は人を殺した。
街で起きてた殺人事件も、
「街で起きてた殺人事件も、全て僕の仕業です。」
ミハエルが彼女の心を見透かしたように言った。
「なんで…?」
震えるヒナコ。
声がうまく出なかった。
「…僕は、人の命を糧にして生きる天使なんです。
人を殺しその魂を奪わなければ生きることが出来ない…。」
何て、返事をしていいか解らないよ…。
「…僕は、ホントはこんな自分の運命が嫌だった。あの時駅で死ぬつもりだった。
でも、貴女に助けられて、貴女ともっと一緒にいたくて…。
だから人を殺したんです。」
天使が浮かべる、自嘲的な笑い。
彼は、持っていた剣を自分に向ける。
「怖い思いをさせてすみませんでした。
あと、今までありがとうございます。」
僕はもう充分だ。
人を殺してまで生き延びるほど大切な命じゃない。
それに、ヒナコさんに出会えてよかったから…。
ヒナコさんが最後に楽しい思い出を沢山作ってくれたから…
もう生きたいなんて我が儘は言えません。
ミハエルは自分の体に、剣を突き刺す。
血の代わりに赤い羽が、ぶわっと舞って世界を赤く変えた。
さようなら。
彼の言葉。
そして彼は光の塊になり、
消えていった。
残されたのは、少女と死体と赤い羽。
彼女は赤い羽を一枚広い上げ、そっと両手で包む。
「…ミハエル……」
―
その日を境に、私は不思議なものを見なくなった。
本当に夢みたいな話だけど、本当にあった話。
私もキミに会えてよかった。
あ、今ではちゃんと勉強もやってるよ―
−fin−