ショコラ −猫の視点−
ある人間の飼い猫、ショコラの話。
世間に捨てられたショコラの主人は、“かくせー剤”を始める。
僕の名前はショコラ。
生まれて4年の猫だ。
色は茶色っぽい黒。
だからショコラという名前をご主人サマが付けてくれた。
ちなみに僕の仕事は独り暮しのご主人サマを癒すこと。
僕のご主人サマは、25歳くらいのニンゲンの男の人。
真っ黒の髪、眼鏡。
テレビで見た“アキバ系”にちょっと似ているよーな気がする。
そんな人だけど、僕の事は大切にしてくれた。
大切な家族だと言ってくれた。
だからご主人サマと僕はいつも一緒にいた。
今も一緒にいる。
ご主人サマと僕は今病院って場所にいる。
病院はニンゲンの怪我や病気を治す場所らしいんだけど、ご主人サマはどちらにも当て嵌まらない。
ご主人サマは包丁とか銃とかを持って、この病院に来た。
そして病院を占領した。
いわゆる“立て篭もり”ってヤツだ。
ご主人サマは、“かくせー剤”っていう薬を飲んで狂っていた。
それでご主人サマはさっき、別の場所で人を殺して来た。
そして病院に立て篭もった。
病院でも人を2人くらい殺していた。
僕はご主人サマと一緒にいたかったから来てみたけど、来ない方が良かったと後悔した。
−『大人しく出てきなさい。悪いようにはしないから!』
警察が拡声器を使って叫ぶ。
病院はかなりの数の警察に囲まれていた。
かなりの数のパトカーやヘリもあった。
テレビの人も沢山来ていた。
僕は窓に飛び乗って、外を見る。
人が沢山いて面白かった。
『みゃあ〜』
僕はそれをご主人サマに伝えようと鳴いてみた。
「ショコラ、お腹が空いたのかい?
ちょっと待ってるんだよ。コイツ等を全員ぶち殺したら御飯にしてあげるね。」
軽くあしらわれてしまった。
かくせー剤の効き目が凄いのだろうか。
人質になっている医者と看護士が、“ぶち殺したら”の言葉に怯えていた−
−僕は捨て猫だった。
生まれてちょっとしか経ってないとき、ダンボールに入れられて、そのまま放置された。
そのときに出会ったのがご主人サマだった。
『にゃおぅ…』
お腹が空いていた僕は、エサをくれないかとねだってみた。
「可哀相に…。親がいなくて寂しいんだね。」
コミュニケーションは通じなかった。
でも、ご主人サマは僕を抱き上げてくれた。
抱きしめてくれた。
そのまま僕を連れて帰ってくれた。
ご主人サマも捨て人だったんだ。
勤めていた会社も辞めて、カノジョにフラれて、家族から離縁されて、
だからかくせー剤を始めた―
−プルルルルル…
警察からの電話。
警察はご主人サマと交渉しようと思っているらしい。
『君の要求はなんだい?』
「仕事と彼女と家族を返してください。」
まるで会話が成り立っていない。
『…こんなことをしてもそれらは帰ってこないよ。』
「あ、食事の時間です。
マクドナルドでチーズバーガーセットを買ってきてください。飲み物は烏龍茶で。
ショコラに餌をやるからキャットフードも。
30分以内に持ってこなければ看護士を二人殺します。」
『…分かった。』
ご主人サマは完璧に可笑しくなっていると思った。
でも僕にしては助かった。
実はお腹が空いていたんだ。
それに僕は猫。
ニンゲンの生活に関わっているようで、実はそんなこともない。
今回の騒ぎだって、言ってしまえばどーでもいいかも知れないし−
−僕とご主人サマは狭いアパートで一人と一匹暮し。
ホントはここでは猫飼っちゃいけないんだけどね。
僕が来てしばらくしてから、ご主人サマはかくせー剤に手を付け始めた。
僕はご主人サマの疲れを解してあげようと頑張った。
けど無駄だった。
ご主人サマは狂っていた。
必要な買い物以外で、部屋から出なくなった。
「ショコラ…、お前だけが頼りだよ…。
僕の家族はショコラだけだ…。」
『みゃ〜…』
ニンゲンは裏切る。
ニンゲンはずる賢い。
ニンゲンは信用できない。
捨てられ猫と捨てられ人の僕たちだけが知ってる、事実。
だから僕たちは誰も信用しなかった―
−キャットフードを食べる僕。
いつものと違うので少し不味かった。
助かったことに警察は水も用意してくれていた。
僕はそれらでその場をやり過ごした。
ご主人サマもハンバーガーを食べ終えたようだ。
『みゃー』
暇だよ。遊んでよご主人サマ。
「ショコラ、ごめんね。
忙しいからまた後でね。」
でも駄目だった。
相変わらず外は五月蝿い。
警察が五月蝿い。
テレビの人が五月蝿い。
でも病院の中の人はみんな静かだった。
プルルルルルル…
また警察からの電話かな。
ご主人サマが電話に出る。
「もしもし?」
『警察だ。そろそろ出てくる気にはなったかい?』
「嫌です。」
警察が溜息をついているのが聞こえた。
『これ以上罪を重ねてどうするんだ。』
「罪?何を言ってるんですか?」
笑うご主人サマ。
自嘲的な、自虐的な笑い。
「この世に人間が存在する事自体が罪なんですよ。」
ご主人サマは続けた。
「だからアンタ達も罪人だ。
ケーサツなんて言っときながら、殺人事件の一つも防げやしない。」
『…………。』
警察は何も言わなかった。
いい言葉が見つからなかったんだろう。
『…、もう一度だけ聞こう。君の要求は何だい?』
「仕事と彼女と家族を返してください。」
警察はそろそろ怒るんじゃないかと思ってたんだ。
案の定だった。
『いい加減にしろ。そんなものは無理だ。』
「ならここにいる奴を皆殺しにします。」
…最悪の展開だ。
そしてご主人サマは武器を取って…―
−今日の夕方、ご主人サマは突然でかけた。
僕は当然のようにご主人サマについていった。
来たのはいつも買い物に行くスーパー。
僕は食料を買うのだと思った。
『みゃあ!みゃお!』
僕は、前テレビで見た、肉を使用した高級キャットフードに興味があった。
今日はそれを買ってほしくて、要求しようと頑張って鳴いた。
でもご主人サマはペット商品売場を通過していった。
お肉が売ってるあたりの場所で、ご主人サマは鞄から包丁を取り出した。
そのまま、その辺にいた女の人を、刺した。
―きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!
色んな方向から色んな人の悲鳴が聞こえた。
ご主人サマを止めようとして男が来た。
男も斬られた。
ご主人サマは僕を抱え逃げた。
駐車場につき、車を一台盗んだ。
そのまま例の病院へ行った。
病院で医者を一人刺し、夜勤で来ていた全員を談話室に集め、立て篭もった。
僕はご主人サマとずっと一緒にいて、ずっとそれを見ていた―
“皆殺しにします”
警察は、それに反応してかなり慌ただしくなったようだった。
僕は窓から外を見てそう思った。
外を見るという行為には、今中で起こっていることから目を背けたいという意図もあったけど。
『にゃあぁ…』
僕は何となく鳴いてみた。
するとまるでそれが合図であるかのように、
警察がドアから沢山入ってきた。
突入だ。
ご主人サマは驚いた。
警察がご主人サマを囲み、銃を向ける。
ご主人サマは近くにいた看護士を人質に取った。
「今自首すればまだ間に合う!」
警察が言った。
「嫌です。」
ご主人サマが答えた。
「動かないでくださいよ。今からこの女性をブッ殺すんだから。」
看護士の顔が恐怖で形を変えた。
警察達の表情も重くなる。
僕はそれを他人事のように見ていた。
ご主人サマが女性に刃物を突き立てようとする。
同時に警察たちが発砲した。
玉はご主人サマを貫通した。
女性にもちょっと当たった。
ご主人サマが倒れた。
体から赤い液体を流している。
死んでいた。
『ぅみゃあ…』―
あれから、僕は居場所を失った。
元は捨て猫だったんだし。
ご主人サマは死んじゃったし。
僕は今もご主人サマが死んだ街で暮らしている。
そして新しいご主人サマを捜してさ迷っている。
しばらくはあの高級キャットフードは食べられそうにないな…―
−fin−




