ロイド −鉛の中の温かさ−
マッドサイエンティストに作られたアンドロイド、ロイドの話。
人間になりたい彼は、主人にある事を言われ、それを実行する。
−…ピッ
起動―
−僕は目を開けた。
自分の周りの物を見た。
知らない物が、いっぱいだ。
僕は腕を動かす。腕が動く。
僕は足を動かす。足が動く。
僕は首を動かす。目が動いた先には人がいた。
−
「おはよう。ロイド。」
?
誰だろう。この人は。
白い服を着て眼鏡を掛けているその人を、僕はじっと眺めた。
「私は君の主人だ。“マスター”と呼んでくれ。
そしてお前の名前はロイド。」
『ロ・イ・ド』
僕は音声を繰り返す。
「そう、君は殺人用アンドロイドの“ロイド”だ。」
……
さつじんよう?
『それは、なんですか?』
意味を理解できなかった。だから僕はマスターに尋ねた。
「“人殺しをする為の”という意味だ。」
マスターはそう言って僕の方に何かを投げた。
それは黒い布切れ。
「服だ。人間は皆服を着るんだ。」
僕の今の体は、素材の肌色が丸見えな状態。
僕はマスターと同じように、“服”という物を着てみる。
そして近くにあった鏡の前に立ってみた。
真っ黒い髪、真っ黒い眼、真っ黒い服、全部真っ黒だ。
これが僕。
ロ・イ・ド。
「じゃあロイド、早速君には仕事のやり方を教えよう。」
立ち上がるマスター。僕はそれについて歩いた。
―僕が連れてこられたのはどこかの街の裏路地。
「ロイド、右腕を出してごらん。」
僕は言われた通りにする。
その時ちょうど、僕は何かの生体反応を見つけた。
人間だった。フラフラしながら歩いている。
人間はこの症状を“酔ってる”と呼ぶらしい。
「右腕をあの人に向かって突き立てるんだ。」
やはり僕は言われた通りにする。
僕はその人に向かって走って、勢いよく右腕を突き立てた。
目の前で赤い花が咲いた。
酔っていた人は僕の足元に倒れていた。生体反応を感じなかった。
その人は真っ赤になっていた。僕の手も真っ赤になっていた。
『マスター、次はどうすればいいですか?』
「もう終わりだよロイド。その人は死んだから。」
死ぬという物はよく解らないけど、死んだら“終わり”なんだ。
僕はまた学習した。
僕はマスターに連れられて家に帰った。
それから、マスターに僕の仕事の内容を聞いた。
「この道具は“パソコン”と言ってね、」
マスターが何かの機械を取り出す。
カタカタとそれを動かし、
「これは電子メール。ここに来るメールを開く。
ここに仕事の内容が書かれているから、それを読んで仕事を行う。操作方法は覚えたかい?」
『はい、大丈夫です。』
僕は答えた。自分も機械だからパコソンの使い方もすぐ分かった。
パコソンは中々面白い物だった。
パコソンを使えば色んな人間と交流が出来た。
面白かった。
でも、僕はあることに気がついた。
僕と、パコソンの人達は、何かが違う。
そして思い出す。
僕は人間ではない。アンドロイドだ。
『………。』
人間、か―
−『マスター、人間って何ですか?』
ある日僕は尋ねた。
「君が殺すべきモノ。この世のゴミだよ。」
マスターは答えた。
ゴミ?
だったら何であの人達は、あんなに輝いて見えるんだろう。
僕とは明らかに違う何か。
生体反応。一種の温かさ。
『マスター、僕はどうしたら人間になれるんですか?』
マスターは驚いていた。
「変わった事を言うんだな。人間になりたいのかい?」
『はい。』
僕は、出来るかぎり真っ直ぐマスターを見た。
それが人間の意思の疎通方法だということも学んでいた。
−
「そうだな。
…じゃあお前が、100人の人間を殺したら人間にしてやろう。」
100人。
多い、けど少ない。
僕は人間になりたい。
頑張ろう、明日から。
100人の人間を殺そう―
パコソンを開いてでんしメールを見れば、絶対に仕事が入って来ていた。
1人。
2人。
3人。
4人。
僕はどんどん人間に近づいていく。
12人。
13人。
14人。
15人―
仕事をしない日は、マスターの生活の手伝いをした。
人間は御飯を食べなきゃ生きれない。僕は御飯を作った。
人間は綺麗好き。僕は掃除と洗濯をした。
人間は寝る。僕はマスターが寝られるため最善の状況を作った。
26人。
27人。
28人。
29人―
マスターは変わった人だった。
人間達は“マッドサイエンティスト”という言葉を使うが、マスターはそれに値する人間だった。
33人。
34人。
35人。
36人―
この殺人の仕事は、お金が沢山手に入る仕事のようで、僕が仕事をする度に、マスターの御飯が豪華になったり、僕のパーツを変えて貰ったり、一緒に遊びに出掛けたりした。
マスターは只の気まぐれで僕を作ったと言った。
だから“ロイド”という名前を付けたと言った。
今ではいいお金儲けの道具になったと言った。
僕が人間になったら、
マスターは僕を大切だと言ってくれるだろうか―
47人。
48人。
49人。
50人。
遂に半分になった。
僕の右腕は真っ赤になった。
それで元に戻らなくなった。
赤くて、綺麗だと思った。
でも人間の手は赤くない。
僕は黒い手袋を付けて行動するようになった。
全身黒だらけになった。
でも僕は黒が好きだから、いいや。
そんな事よりも早く人間になりたい。
輝いて見える存在。
眩しい存在。
愛されている存在。
僕はそんな存在を殺していき、そんな存在になる。
一種の矛盾―
59人。
60人。
61人。
62人―
あるとき僕はマスターと二人で出掛けた。
人間の街。
繁栄の跡。感情の流出。
そういうものを見るのは楽しかった。
「ここには要らない人間はどのくらい居るのだろうね、ロイド。」
マスターはやはり普通の人とは少し違っていた。
でも僕にとって大切な人には変わりない。
人間はこういうのを“家族”と言うらしい。
僕もマスターの家族になりたい…―
ある場所に通り掛かった。
それは僕が人を殺した場所だった。
青くてきちんとした服を着た人が3人くらいいた。
あの人たちは“けーさつ”と言うんだとマスターが教えてくれた。
けーさつの近くには女の人がいた。
変な声を出しながら、目から水を出していた。
『マスター、あれは?』
「あの人は泣いているんだ。家族を失って辛いから。」
意味が分からなかった。
僕は、あの人はマスターと同じで狂ってるんだと思った。
僕達はその場所を後にした―
75人。
76人。
77人。
78人。
前の女の人を思い出した。
何でこんなに気になるんだろう。
82人。
83人。
84人。
85人。
駄目だ。
忘れよう。
僕はもうすぐ人間になれるんだ。
余計なことは考えずに早く仕事を―
95人。
96人。
97人。
98人。
あと少し。
あと少しで僕は人間になれる。
あと少しで―
僕はパコソンを開いた。
でんしメールを見た。
一通だけ届いていたメールを見た。
そこにはマスターの名前が書いてあった。
−もう少しで僕は人間になれる。
やっとマスターの家族になれる。
僕はマスターの所に向かった。
−『マスター。』
僕は手袋を外した。
「何だ…私を殺すのか。」
『人間になるためです。』
マスターは逃げようとした。
僕はマスターにすぐ追い付いた。
マスターが呟いた。
“これは、報いか…”
僕の前で、見慣れた赤い花が咲いた。
僕は、赤くなって横たわったマスターを見た。すると映像がぼやけてきた。
バグかな?と思った。
違った。
僕の目から水が出ていた。
視界確保のために目を擦った。
水は止まらなかった。
前の女の人を思い出した。
あぁ、そうか。
人間は悲しいと目から水が出るのか。
心の臓が痛くなる事を、人間は“悲しい”と言うらしい。
僕の心の臓は凄く痛かった。
目の水も止まらなかった。
僕は既に人間になっていたのか―
でも、マスターがいなくなったのに、人間になっても意味はない。
マスターを殺したらマスターの家族にはなれない。今気がついた。
僕は、本当の意味で人間になろう。
100人目は、僕だ―
僕はマスターの血が、99人の人間の血が着いた手で、自分の体を貫いた。
赤い花は咲かなかった―
−ジジ……ジ…
ガーッ、ガーッ、ピーー
緊急停止、緊急停止、緊急テ―
僕は人間になった。
−fin−