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【完結】旅好き辺境伯令嬢の気まま紀行録  作者: りっく
【第1章】春の旅:パルメール領

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35.報われない努力

※動物たちの痛そうな描写があります。お気をつけください。

「え、」


 思わぬ衝撃と浮遊感に、ナターシャはうっすらと目を開ける。

 一瞬で勢いよく飛んだナターシャの体は、三階建ての建物を越えるくらいだろうか、かなりの高さを飛んでいた。


 体に痛みはない。何かにぶつかられて吹っ飛んだわけでもなければ、もちろん幽体離脱の類でもない。ただ、服の襟を掴まれて宙に浮いているせいで首が詰まるくらいだろうか。


 ナターシャの体を浮かせているのは、頭上で小さな翼を懸命にぱたぱたと羽ばたかせるトラだ。ここに来る道中でナターシャに飛びかかってきたあのトラで間違いないだろう。

 どういう風の吹き回しかわからないが助かった。そう考えてナターシャはハッとする。


 自分が助かっている場合ではない。真に危険なことをしているのはナターシャではなかったはずだ。

 そう思った次の瞬間に、獣の群れは目的地にたどりついたようだった。


 作りかけの建造物に背を向けて、首元を掴まれて空を飛ぶナターシャの視界にはその光景は見えない。

 しかし、確かに音が聞こえた。


 ――ガシャーーーン!!!


 動物たちがバリケードに体当たりをする音。一度ではなく何度も繰り返されるその音は、何も見えなくても痛々しかった。

 

「やめて……そんな、無駄なこと――」

 

 一刻も早く止めに行かなくては。


 しかし、ナターシャの首元を掴むトラはその場を動く気配がない。暴れればこの爪から抜け出すことはできるだろうが、飛び降りるには高度がありすぎる。

 やるせない気持ちをぶつけるようにナターシャは頭上に向かって叫ぶ。


「降ろして! あなたもわかるでしょう、あんなことすぐやめさせなくちゃ!」


 しかしトラはそっぽを向いてナターシャの言葉を黙殺した。降ろす代わりにその場で器用に旋回し、ナターシャに動物たちの群れがおりなす惨状を見せつける。


 ガシャン、ガシャンと音は続いている。


 トゲで羽を裂かれた鳥が苦しそうに高い声を上げながら、かろうじて体勢を立て直しまたバリケードに突進するのが見えた。ぞわりと背筋を嫌な寒気が這い上がる。

 たまたま高いところを飛んでいたからその鳥が目に入っただけで、他にもっとたくさんの動物がああやって傷つきながらも体当たりを繰り返しているのだろう。群れが塊になっているせいで、上空から個々の様子は見えない。


 わかるのは、それだけ多くの動物が捨て身で体当たりをしても、高くそびえる鉄柵はびくりともしていないことだ。


「……やめて…………」


 それ以外に言葉が出てこない。

 上空で宙吊りにされながら、悄然としてナターシャは「やめて」を繰り返し続ける。


 今に始まったことではないのだろう。


 偶然この数の動物が集合するはずもないしこんなに息を合わせて動くはずもない。何かまずきっかけとなる動きがあって……だんだん数が増えて、だんだん習慣化したのだと思う。


 バリケードの有刺鉄線にこびりついていた血の痕が動かぬ証拠である。


 自然の底力だ、同じ山に棲む動物たちの絆だと言えば、あるいは美談になるのかもしれない。


 だけどこんなのはただの自傷行為だ。だって無駄なのだ。

 何度繰り返してもどれだけ痛い思いをしても、このバリケードが壊れる見込みはないだろう。ガシャンガシャンと騒音を立てながら、1つの歪みもない頑丈なバリケードはそこに立っている。

 王家の紋章旗が優雅にゆらゆら揺れている。


 最悪だ。


 あまりに報われないその光景から目を背けたくて、ナターシャは目を閉じた。

 いつの間にか両目いっぱいに溜まっていた涙が睫毛を伝い、風に乗って落ちる。


 その瞬間、叫び声が聞こえた。


「止まれ!!!」


 ナターシャは思わず目を見開く。


 声の主がどこにいて何をしているか、ナターシャのところから真っ直ぐに見えた。

 ここ3日間で聞いたこともなければ想像もしなかった、アルバート王子の取り繕わない心からの怒号。


 そして、それよりもさらに予想外の行動に、ナターシャの涙は引っ込んだ。


「テオドア!」


 まるで想いを託すように王子は従者の名を呼んだ。


 呼ばれたテオドアは、自信ありげにバリケードに対峙した。動物の群れが体当たりを仕掛けているのとは逆側、四角形の対辺にあたる部分だ。

 そこに、テオドアは思いっきり拳を打ち込む。

 腰を落として全身の力を込めて、握りこんだ手の先にはありあわせの頑丈そうな装備をできるだけつけて、思いきり。


 ――ドガッシャーーーン!!!


 動物たちの体当たりの勢いと共鳴して、一際大きな音が鳴る。

 壊れこそしないものの、バリケードが大きく揺れた。


 急な衝撃と音に驚いた動物たちは蜘蛛の子を散らすようにその場から逃げていく。やり方はともかく、アルバート王子とテオドアが動物たちの捨て身の行動を止めてくれたのだ。


 そう安堵したのもつかの間、ナターシャはまた急な浮遊感に襲われる。

 驚いて逃げたのは群れの動物たちだけではない。ナターシャの襟元を掴んで飛んでいたトラもまた、肩を跳ねさせて驚いていた。その拍子にナターシャから手を離してしまったのだ。


「え、ちょっと――」

 

 確かに降ろしてとは言ったが落とせとは言っていない。

 落下しながら非難の声をあげると、トラは慌ててナターシャの方へ高度を下げて向かってくる。彼自身も手を離したことに気づいていなかったらしい。

 地面に体を打ちつけるすんでのところで、トラはナターシャの体を再び掴み、減速しながら着地した。


「わ、っと……ありがとう」


 尻もちをついたものの、無事だ。ナターシャはトラに礼を言う。彼がいなくてはそもそもナターシャは今や動物の群れに踏みつけられてぺたんこになっていたところだ。


 ナターシャの言葉を受けて、トラは得意げだ。ぐるぐると喉を鳴らし、甘えるように体を擦り付けてくる。その姿はトラというよりは猫のようだった。


 すぐにバリケードの向こう側にいたアルバート王子とテオドアがナターシャの落下地点まで駆け寄ってくる。

 二人はトラにじゃれつかれているナターシャを見て安心したような表情を浮かべた。

 それもそうだろう。心配をかけてしまったことをナターシャは反省する。そして動物たちを止めてくれたことにもお礼を言わないと――そう思ったが、アルバート王子に先手を越される。

 

「ずいぶん懐いたね。君の必死の想いが効いたのかな」


 アルバート王子はそう言って、ナターシャとトラを交互に見ながら眩しそうに目を細めて微笑む。ナターシャにはそんな自覚はなかったが、トラは肯定するようにガウガウ鳴いた。


 続いてテオドアがトラに向かって丁寧な口調で尋ねる。


 「ちょうどよかった。私たち、傷ついたルーガクックを心配してここまできたのです。居場所を知っていたら案内していただけませんか?」


 しかし、トラはぷいとそっぽを向いた。もしかしたら、最初に会ったとき手刀を浴びせられたことを恨んでいるのかもしれない。ナターシャは呆れながらトラを叱る。

 

「こら、テオドア様の言うことを聞きなさい」


 ――ガウ~……


 しかたないなあ、と言わんばかりの声音でトラは頷いて歩きはじめた。向かうのは先ほど無数の動物たちが登ってきた、森林部へ続く道だ。


 もうすっかり動物たちの群れは離散し、ほとんど影も見えない。

 本来の目的を達成するため、鬱蒼とした森に向かってナターシャたちは歩きはじめた。

 

拳はすべてを解決する。それでも壊れないバリケード……どうやら力ではなく別の手段でここからどかすしかなさそうです。ナターシャにとっては力よりもっと不得意な分野でしょう。

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