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【完結】旅好き辺境伯令嬢の気まま紀行録  作者: りっく
【第1章】春の旅:パルメール領

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36.失望するにはまだ早い

 一歩歩くたび目の前の小さな翼がゆらゆら揺れる。


 ナターシャたちを道案内してくれているそのトラは、ときどき振り返って人間たちが問題なく後ろをついてきているか確かめる。

 向かうは森の奥、ルーガクックの棲み処である。

 

 道中で飛びかかってこられたときはひたすら恐ろしかったが、ナターシャの蛮勇とも呼べる行動に感化されてか従順になったその姿は、もはやかわいらしく思える。

 かしこい子だ、と一行はあたたかい笑顔でトラの後ろをついていくのだった。


 工事中の人工物からさらに奥に進んだ道には、先ほどまでナターシャたちがいた素寒貧の山道とは違って、草木が生い茂っている。

 ここまで王家関係者とやらの自然破壊の手は及んでいないらしい。

 きっと、動物たちは木々の残る場所を探して隠れるように棲み処にしているのだろう。


 下り坂を数分下ると、すぐにその場所にたどりついた。


 木々が円を描くように生え、中心には倒れた大木。木漏れ日がきらきらと光るその真ん中に、倒木の上に真っ赤な体を横たえて鳥が眠っている。

 ナターシャたちがふもとで見かけた、血を流していたルーガクックだ。

 鋭いクチバシは半分開きっぱなしになって寝息を立てている。頭の上についたトサカから流れるように生えた長い羽根や、同じく流れるように伸びる優雅な尾羽が特徴的だ。


 全身が鮮やかな朱色に彩られていることもあってか、そのシルエットはおとぎ話や伝説にも出てきそうな神々しさをはらんでいる。


「あれ……」

 

 間違いなくこの鳥を探していたのだが、違和感をおぼえてナターシャは首を傾げる。


「思っていたより小さくありませんか? 私だけでしょうか」


 ナターシャの疑問にテオドアも頷いた。


「いえ、私もそう思います。少なくとも、昨日夕方に見た個体と比べると明らかに小さいかと」

「つまり、我々は昨日と今日で別のルーガクックを目撃していたということかな」


 アルバート王子がそう結論づける。


 ルーガクックは怪鳥と呼ばれ、人里にはめったに姿を見せない鳥である。

 このあたりの山に入り浸っているナターシャですら初めて見たというのに、この短期間で2羽別々の個体に出会うとは。にわかには信じられないが、目の前に昨日とは大きさの違うルーガクックがいるのが確固たる証拠だろう。


 ますますこの鳥がここにいるのが不思議だ。

 そう思いながら、ナターシャは眠るルーガクックに近寄ろうとする。その足取りをトラが止めた。


 ――ガウ!ギャガ―ッ!!


 ――……クウ? キュルル……


 トラが咆えてルーガクックを起こし、目を覚ましたところに何か声をかけている。何が何やらわからないが、会話は成立しているのだろうか。

 おそらくナターシャたちのことをルーガクックに紹介してくれているらしく、トラはときどきこちらを振り返る。


 しばらくそうして会話らしき鳴き声の応酬が続いたあと、ルーガクックはナターシャの方を見た。

 そして、うやうやしく頭を下げる。


「あ、ええと……はじめまして……?」


 ナターシャもつられて頭を下げた。すると満足そうにルーガクックは喉を鳴らす。

 心を許されたように感じて、ナターシャはそうっとルーガクックのそばまで近寄る。


 近くで見ると、やはりその鳥の体にはあちこち傷があった。羽毛が赤いから気づきにくいだけで、痛々しい傷を負ってしまっている。

 なかでもひどいのは、右の翼についたえぐれたような傷だ。

 先ほど見た山の中の建設地を思い出して、ナターシャの内心にまたやるせないむかむかが戻ってくる。もしかしたらこの鳥も、あのバリケードを壊そうと体を張って傷を負ったのかもしれない。


 傷を看ている間も、ルーガクックは首を傾げながらも穏やかに待っていた。

 ナターシャが自らのことを慮っているとこの子はわかっているのだろう。人と交わることのない種族の生き物だが、人のことを思い感じ取るだけの知性がある。

 それを感じれば感じるほど、ナターシャのやるせない思いは大きくなる。


 人間のエゴのせいで、この高潔な鳥は傷ついてしまったのだ。


 テオドアが持っていた回復薬つきのガーゼを使い、ルーガクックの傷口を覆う。

 王子たちの準備したものを大量に使ってしまうことになるが、ナターシャの持ってきた何の変哲もない滅菌ガーゼや包帯よりずっとよく効くだろう。アルバート王子もテオドアも、文句ひとつ言わず譲ってくれた。


 まずは翼の傷を優先して、残った分のガーゼで他の場所の傷も覆う。

 その上から包帯を巻いて固定すると、ルーガクックの体は半分くらい覆われてしまった。


「紅白模様の鳥になったね」


 後ろに控えていたアルバート王子がくすくすと笑いながらナターシャの隣まで歩いてきて、ルーガクックに向けてお辞儀をする。社交の場で見るような貴族間の挨拶と同じ、胸の前に手を当てて深く頭を下げる、敬意のこもった礼だ。

 ルーガクックは満足げにキュウ、と鳴いて王子に礼を返した。

 

「ありがとう、人間を見限らないでいてくれて。彼女のような優しい人もいるって、君はわかっているんだね」


 アルバート王子がそう言うと、ルーガクックも同意するように首を縦に振りながらキュルキュルと喉を鳴らした。


 それを言うならアルバート王子の方だ、とナターシャは思う。


 幼いころから辺境の自然の中で暮らし、自然に育てられてきたナターシャと違って、アルバート王子は王都生まれ王都育ちの言わば都会っ子。

 それが、花を見て喜び、傷ついた動物を思いやり、ときには彼らのために怒り。そして、どんな山道にも弱音を吐かず旅を楽しむ。


 自分の趣味など貴族のほとんどには理解されないのだ、と社交の場から心を背けていたナターシャにとって、アルバート王子の存在は驚きだった。

 

 どれだけ心の綺麗なひとなのだろう、と思う。


 まあ、そんなことは口が裂けても言ってやらないが。

 素直に褒めたら負けだと思うのは、ナターシャの羞恥心と反骨心、それから何よりアルバート王子が『旅好き娘』に向ける大っぴらな好意のせいだろう。

 ()()()()()が褒めたくらいで心から喜ばれそうで。


「どうか、王家にも失望しないでやってくださいね。彼のように話の分かる王族もいますから」


 照れ隠しに呟いた不敬な皮肉はルーガクックにはあまり響かず、隣のアルバート王子だけが気に入ったようでけらけら笑っていた。

アルバートがいなければ、山奥の人工物に吊られた王家の紋章を見たナターシャは王家アンチになっていたことでしょう。ナターシャがいなければトラくんやルーガクックも人間に対してそうだったのかもしれません。

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