表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
105/270

第六十六話:ゾンビ騎兵団設立

※夜狼の群長との戦闘? ないよ。ネクリアさん十三歳が持つガントレットを握りつぶす程の圧倒的フィジカル力と握力を前にしたら夜狼なんて瞬殺だもんね。


 暗爪獣をも切り殺せる少女の肉体を用いた私からすれば、多少人を喰らって知恵を付けた程度の夜狼如きを相手にして"戦闘"が発生する事はありえない。巣に潜んでいる個体も含め、夜狼の殲滅は滞りなく完了した。


 十重二十重にも折り重なる狼の死体と、そこから流れ出るおびただしい量の血液が溜まって形作られた血の池が、此度の群の規模を物語っていた。


「はぁ……いい加減見慣れたけど、相変わらずお前が暴れると酷い光景になるな。んで、態々こんな"手の込んだ殺し方"までして集めた数十匹の夜狼共の死体をどうするつもりなんだ? ゾンヲリ」


 少女は呆れ半分といった様子で、心臓を指先で一突きして殺害した数十体の夜狼の前で溜息を吐いた。こうして極限まで肉体の損傷を抑えて夜狼を殺害した理由は単純明快。


(この者達をネクリア様の【アニメート】でゾンビにしては頂けないでしょうか?)


「さっき魔力切れで寝るって言ったばかりの私にソレをやらせるのか? まぁ、お前が殺した夜狼から多少魔力を回収できたし、魂もまだそこら辺に残ってるから出来なくはないけどさ……」


 術者が失われた魔力を回復させる方法は二通りある。一つは土地に宿った微量な魔力を吸収する事、もう一つは生命が絶命する際に放たれる生命力の残滓、魔霧(ミスト)を直接吸収する事だ。


 勿論、後者の方が魔力回復速度が圧倒的に速い。事実、先ほどまでは見られていた少女の魔力欠乏症がすっかり治っていた。


「こんな連中ゾンビにしたって一体何の役に立つんだよ。私が数十匹のゾンビ共をまとめて"操作"したって、ゾンヲリみたいなまともな戦力にはならないぞ?」


 当初は亡霊部隊が夜間作戦を遂行する為の宵闇のマントを調達するだけの予定だったが、狩った夜狼の数が思いの外多くなってしまった。だからこそ、彼らの死を余すところなく、骨の髄まで有効活用させてもらう。


(ネクリア様は私が狼の姿をしている時には背に乗られておりましたよね。アレと同じ事を亡霊部隊にもやらせて"騎兵"を作り上げるのです)


 亡霊部隊を運用する上で最重要課題となるのが"機動力"だ。


 私がグルーエルの肉体を用いて"単独で走れば"、この場所から鉱山都市まで半日とかからずに移動できる。だが、元奴隷などの非戦闘員で殆ど構成されている亡霊部隊の行軍速度に合わせてしまえば、およそ3日程の時間を要してしまうだろう。


 強行軍をさせたところで、戦場に着くころには意思の力だけではどうにもならない程に疲弊しているのがオチだ。それを解決するには、どうしても"足"が必要だった。


「ほむ。だけどそれをやるには問題があるぞ? まず、大量のゾンビを一度に動かすにはひじょーーに大雑把に"命令"するしかないんだよ。確かに、一匹にかかりっきりならお前が走ってくれるような感覚で走らす事も出来なくはないんだけどさ」


 個体に対して一つ一つ命令を与えれば精密動作も可能になるが、それでは"命令を与える"までに時間がかかり過ぎる。逆に軍や部隊という単位で一括で命令を与えれば、大勢が一斉に同じ動きをしてしまうが故に細かい融通が効かなくなる。


 つまるところ、大規模な組織になるほど動作が遅くなってしまうのはある種の宿命でもある。ゾンビ全てが私であれば高度な連携を駆使した戦術を幾らでも行使できるが、そうもいかないのが悲しい所だろう。


(ネクリア様、ゾンビに対し音や痛覚などの"特定の刺激"を与えるとそれに反応して"特定の行動"をするように命令する事は可能でしょうか?)


「それは出来なくはないけど、それとこれと一体何が関係しているのさ」


("死に物狂いで前に進め"、"いかなる理由があろうとも止まれ"、"何が起ころうと左右に曲がれ"、騎乗者から発せられるこれら三点の制御命令にだけ反応する忠実なゾンビにしてしまえば、ネクリア様から特定の個人にゾンビの指揮権を譲渡する事が可能になります。尤も、実戦に耐えられるようにするには"脇腹を蹴る"や"頭の毛を引っ張る"などの刺激に結び付ける必要がありますが……)


 馬は被捕食者であるが故に本来は非常に憶病な生物だ。故に、戦場での騎兵突撃運用に耐えられる程の軍馬の育成と調教には多大な時間を要する。一方ゾンビならば死を恐れない。例え眼前に槍衾(やりふすま)と射撃陣を組まれ、大砲の砲弾が至近に弾着しようとも、一切に怯む事なく決死の突撃を敢行するだろう。


 人馬一体とも言える程の高度な連携を、比較的短時間の騎乗訓練だけで実現できるようになる。プライドの高い魔獣を道楽で一々飼いならしていてはこうもいかない。


「なるほどなぁ。実際にはそこまで単純にはいかないけどやれなくはないぞ。……ってかゾンヲリ、死霊術師(ネクロマンサー)の私よりゾンビの使い方心得てないか? なぁ」


(なんせ私はゾンビそのものですから)


「お前のそのつまらない冗談は全っ然っ笑えないけどなっ。生前は軍を率いていた将軍だった。とでも言ってくれた方がまだカッコイイわ」


(申し訳ございません。ネクリア様)


「そもそもさ、グルーエルの肉体を使えるお前なら、亡霊部隊(アイツら)なんていなくてもどうとでも出来る"見込み"があるんだろ?」


(はい、夜襲を仕掛けて分断し、各個撃破すれば"有象無象の大軍"など恐れるに足りません)


「なら、アイツらに痛い思い味あわせてまで戦わせる意味なんてさ……ないだろ?」


 少女は治療の際に、彼らの痛みと叫びを聞いた。無意味な殺生によって刻み込まれた傷跡は、完全に癒えることもなく、一生残り続けるものさえもある。


 確かに私が"一人"で戦えば、ニンゲンへの復讐に燃える彼らは、戦いの"痛み"を知る事も無かっただろう。


(ネクリア様は、此度の戦についてどう思われますか?)


「いきなりどうって言われてもな……、負ければ多分、大魔公の私は人間に捕まって処刑されるのがオチだし……。ま、運が良ければ毎日お尻スパンキングされるくらいの身分にはなれるかもな。とりあえず勝つ以外の事は考えたくないよ」


(では、勝った後はどうなるのでしょうか?)


 獣人達は少女に依存し、さらなる勝利を重ねて英雄と成る事を少女に求め、そうして戦の"痛み"を知らぬまま勝利を経験してしまった者達は、躊躇いもなく"勝者の権利を行使する"だろう。その先にあるのが、さらなる強者によって"今まで行ってきた仕打ち以上の事がやり返される"としてもだ。


「それは……帝国からもっと強い軍隊を送られてくるよな」


 そして、無責任にも敗北の責の全てを、英雄となった少女に押し付けるだろう。故に敗北は絶対に許されない。戦とは、勝つ事よりも"勝った後"の方が困難と災いが降りかかるものだ。


(はい。今は良くても、"いずれは"は私だけではどうにもならなくなる時がやってきます。その時に、少しでもネクリア様が使える手札を増やしておくべきだと愚考致します)


 鉱山都市を警備していた兵の練度は低い。私であれば一晩で制圧も出来る。


 だが、魔族国に侵攻していた人間の兵力はそれとは比較にもならない。魔導銃や兵器を駆使した兵士は単体でも脅威となり得る上に、ヴァイスと呼ばれた帝国の将校が最初から本気で私を殺しに来ていれば、このグルーエルの肉体をもってしても敵わない程の実力差があったくらいなのだから。


 そのヴァイスでさえも、上級魔族と真正面で戦えば苦戦は免れない。その魔族を相手に"戦争ができる"帝国の底は未だ見えない。その一端でも差し向けられれば、獣人国など巨獣が蟻の巣を踏みつぶすようにいとも容易く滅ぼされてしまうだろう。無論、少女や獣人の重役達にもそれが分からないわけがない。



 単純な話、獣人国は"害がない上に弱すぎる"が故に人間から見逃されているにすぎない。本当に滅ぼされる瀬戸際まで獣人達が無抵抗を貫いてきたのにはそういった意味がある。



 元々は獣人達の土地であったとしても、侵攻して奪い返せば人間にとっての"害"となる。度が過ぎれば脅威として対処されるようになるだろう。故に、"度が過ぎてしまう"因子を持つ亡霊部隊には戦場で死んでもらうか、痛みから戦を忌諱してもらうか、こちらの指揮下において行動を見張っておく方が都合がよい。


「なぁ、ゾンヲリ。私はさ、辛くてもあの臭くて汚い屋敷の中でピッザを食べて過ごせてた頃が懐かしく思えるよ。ただ、お前と平凡な時を過ごしたかっただけなのに、それがこんなにも難しい事だったんだなって、今さらになって思うよ」


(ネクリア様、既に賽子(サイコロ)は投げられてしまっているのです。後は賽の目に抗い続ける事でしか、血路を開く事はできないのです)


「……そういうのは、知りたくも無かったな……」


 少女は力無く蝙蝠の翼を垂らし、うな垂れていた。


 少女は何処にでもいる平凡な少女ではなく大魔公である。その肩書がいかに相応しくなく一切に向いていなかったのだとしても、少女は大魔公である事からは逃れられない。

 ゾンヲリさんの作ろうとしたゾンビ狼騎兵とは何か、いわゆる自動車みたいなモノである。


 目の前に壁があろうと騎乗者の操作次第では突っ込んでしまうので、実際のところ10日前後くらいは訓練が必要になりそうだが、その辺は強行軍する過程で慣れてもらう事にしたらしい。


 自動車教習だって2時間×20日くらいで進めていくけど、1日辺り18時間頑張れば2日で済むよね!っていう理屈である。


 一見便利なゾンビ狼さんですが致命的弱点が存在します。どうあがいても1週間もすれば腐って騎乗したくなくなってしまうという問題である。その度に狼さんを大量虐殺して調達してこないといけないので費用対効果は……ゾンヲリさんが毎晩ブラック労働しているからこそ成り立っているう~ん、このって感じである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
なんか読めば読むほどゾンビの使いにくさと、ネクリアの親父さんの愚行が仕方ないなってなってくる。そりゃ、長期保存できるゾンビ部隊作れたらもう最強だよね。
[一言] 騎兵か…… でもこれ調達がゾンオリだよりじゃ自律としてはまだまだだな、弱い軍を率いるのは辛い
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ