第六十五話:狩る者と狩られる者
「ク、クソ、どうしてこうなった!」
四方八方を夜狼達に囲まれ、恨み節をこぼすのはミグル。
「不味いよミグル。逃げ場が……」
獣人娘のサリサと青年獣人のフランクは互いに背中合わせになるようにして竹槍を振るって夜狼達を威嚇するが、夜狼達は一切怯む様子も見せずに死角へ回り込む。
隙を伺う夜狼達とミグル隊の間合いはジリジリと詰められていく。
「そうだ、狼煙を……」
「よせ、今からそんな物を上げてる暇なんてない! とにかく前方を正面突破して包囲を破るぞ!」
かつて、ミグルは鉱山都市の警備隊だった。そこで暴徒と魔獣を鎮圧する事で培ってきた戦闘経験が、薄い包囲に対して正面突破が有効である事を導き出し、突貫した。しかし――
「あ、ミグル。待って!」
人並みに戦闘経験を得ている分隊長のミグルとは違い、フランクとサリサは幼馴染の元奴隷でしかない。竹槍を手に持つのも、魔獣という存在と相対するのも今夜が初めてなのだ。
獰猛な夜狼の群れに自分から突っ込む。それが、最も生存確率の高い方法だと頭で分かっていたとしても、身体が動くわけがなかった。そして、足並み揃わず乱れている陣形を夜狼達が見逃すわけもなかった。
「う、うわあああ! 来るな!」
「いやあああ!」
前に勇み出たミグルを避けるようにして、夜狼達は獲物に一斉に群がった。
多人数同士の戦いで有利をとる方法はとにかく相手の数を減らす事である。故に、夜狼達は弱者を先に仕留め、強者は孤立させてから仕留めるという手順を踏んだのだ。
「う、サリサーッ! フランクーッ! うおおおおおお!」
ミグルが振り返った頃には既に時間切れである。サリサとフランクは夜狼達によって地べたに引きずり倒されていた。
「痛い! 痛い! やめてぇぇえ!」
夜狼の剣牙で柔肌を抉られ痛々しい悲鳴をあげるサリサ。尚も夜狼達の勢いは留まる事を知らず、娘の柔肌や四肢を引き裂かんと牙を突き立て、好き放題に肉を引っ張り上げていく。成すがままの娘の血で、土の色は赤く染まる。
「ぐわあああああ!」
フランクは首元に牙を立てられるのは間に腕を挟んで辛うじて凌いでいた。しかし、餌となるにはもはや時間の問題と言えよう。
「クソ、二人を離せ!」
ミグルは餌に群がる夜狼の群れに目掛けて竹槍を投擲しようと破れかぶれに振りかぶると、それまで木上で戦況を眺めていただけの群長が、一際甲高い遠吠えを放ったのだ。
すると、夜狼達は一斉に散開し、放り投げられた竹槍は空を穿ち地に落ちた。そして、地に降り立った夜狼達が次に獲物として定めたのは、丸腰と化して呆然としている分隊長ミグルであった。
「あ、ああ……。すまない、サリサ、フランク……」
横たわる仲間達を見て、これからの抵抗は無意味である事を悟ったミグルは、後悔と自責の言葉を漏らした。それを好機と見て飛び掛かる夜狼は、大口から鋭い剣牙を覗かせながら無防備なミグルの喉元を無情にも引き千切らんとしていた。
次にくるであろう痛みに備え、ミグルは静かに目を閉じた。
「……? なんだ!?」
一瞬、何かが凄まじい風圧を伴いながらミグルの前を横切り、その後すぐに大木がべきべきとへし折れる豪快な音が周囲に轟いた。やって来るはずの痛みが何時まで経ってもやって来ず、不審に思ったミグルが再び目を開けると、そこには――。
「ミグル、何時まで呆けているつもりだ。さっさとソレを拾って寝ている馬鹿共を引きずって離脱しろ」
背中に蝙蝠の翼を生やし、精巧な人形のように整い過ぎた愛くるしい姿とは不釣り合い過ぎる程にギラついた瞳を覗かせる少女。
「ね、ネクリア隊長、ど、どうし……いや、今はそんな事重要ではありませんねっ」
無手のまま夜狼達の前に立ちはだかる少女を前にして、夜狼達は全身の毛を逆立てて唸り声を上げるのみ。地べたに伏した首無しの夜狼を見て、ミグルはようやく自分がおびただしい量の返り血を被っている事を理解した。
ミグルは少女が投げ捨てた医療品が入ってあるポーチを拾い、夜狼達によって食い散らかされて虫の息になっている仲間達の元へと駆け寄ったのだ。
〇
「ヴォウッ。グゥゥ……ヴァウッォウッ、グゥゥ……ヴォウッガルァ!」
木上で傍観していた群長は降り立つと、人によっては単なる鳴声の羅列にしか聞こえない"言葉"を告げた。
「なるほど……。お前は見た所、優秀な人喰いだな」
逆毛立てた漆黒の毛並は夜狼ではあるが、通常の種を二倍三倍はするであろうその体躯は、群れを統率する優秀な個体として見比べても一際大きい。暗爪獣とも比肩する程凶悪に発達した牙、血に飢えていながらも食欲と本能に抗い、獲物を"観察する"冷静さを持ち、それを生かす戦術眼も兼ね揃えている。
「ヴォウ、ヴァウ、グゥヴァゥッヴォ。ヴォゥグァ。グルゥ…グゥ……グゥ…… ヴォウアウッガルァッヴォウッ」
夜狼の言葉で返事をしてやれば、一層に警戒を強めた様子で群長は身構えた。
何度も"観察"すれば、魔獣の用いる言語程度理解できる。それはつまるところ、"お互い様"でしかない。尤も、ヒトの声帯で魔獣の声を態々真似るのは案外骨だ。大量の呼気を喉に通す都合上、この言語を使い続けていると少女の喉を傷めてしまう。
「グゥグゥゥ……ヴォウッ」
「ハッ、馬鹿馬鹿しい」
群長の問いには思わず嘆息せざるを得ない。
この後に及んで"交渉"や"対話"などと何の意味も成さない。作物を荒らす害虫の巣一つ踏み潰すのに一々躊躇いを覚えないように、どうあろうと互いに"有害"でしかない者達同士が対面して取り得る手段などただ一つ。
「お前達は獲物を狩って糧を得るのに、一々狩られる側に対話を求めるのか? まぁいい。それでも理由を求めるならば臆病なお前達に教えてやる。ヴォウァヴォウグル…、ガルゥア、ガルグゥルア!」
勝てば全てを得て勢力を広げ、負ければ全てを失って淘汰される。その弱肉強食の世を生き抜いてきたのが魔獣ではなかったのか。ならば言葉を繰る前に牙を剥けるべきだ。
「グゥゥ……ヴォウッウォウ!? ウォーーーンッ!」
「ウォウッ」
それまで群長の横でこちらの隙をじっと見計らっていた若い個体が、挑発で余程腹に据えかねたのか、群長の制止を振り切って怒気を交えた咆哮と共に飛び掛かってくる。それは、喉笛を噛み切って一撃必殺を狙うという個人技任せの単調な攻撃である。
飛び掛かりの着地点から軸をずらし、大口を開ける夜狼を横から優しく抱きかかえてやるのは難しい事ではない。
「あはっ。ネクリア様が仰る通り、こう見れば夜狼も案外可愛いモノだな」
抱きかかえられた一匹は、暴れるでもなくお人形のようにぐったりとしながら絶命してしまったので、そっと地面の上に放してやる。その後、群長に見えるように一指し指に付着した狼血を舐めとって見せてやる。
「……ヴォウッ、オゥ……」
これからこの場の夜狼達には、肉体が完全に腐り落ちるその瞬間までネクリア様に仕えてもらう事にするのだから。可能な限り、欠損も痛みもない慈悲のある死を与えてやらねばなるまい。
(ウゲッ! ゾンヲリお前なぁ! 私に一体何を飲ませたんだ!)
……少女が目を覚ましてしまった責は後で受けるとしておいてだが。
なお、今回は夜狼=サンの気持ちが描写されているが、実の所ゾンヲリさんが毎晩やってる事でもある。
肉しか食わん社会性魔獣を武力で恫喝して飼いならすにしても、色々問題が生じるわけであり、結局ゾンヲリさんの武力には従うけど獣人達には従わないというオチが待っている……。散々毛皮にしといて今更恨みを抱かないわけもなし。
皆痛い思いするだけの経験値稼ぎって悲しいことなの。




