表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/270

第六十四話:夜狼の狩り

 未明も過ぎれば、亡霊部隊の過半数が焚火を囲んで夜狼の解体作業を始めていた。解体用ナイフを亡霊部隊全員分用意出来るわけもないので、夜狼の鋭い犬歯を引き抜いては短刀代わりにしているのだが。


 各々が物言わぬ夜狼の躯に牙を突き立てては、皮を肉から引き裂いていく。中には夜狼に仲間を噛まれた腹いせに、毛皮を剥いだ後に必要以上の暴力を加える者も見える。余程実力差がついていない限り、死に物狂いで反撃してくる魔獣を相手に"一方的に勝利"するのは困難極まる。


 当然、それなりの数の怪我人が生まれてしまう。


「……痛い、痛いよ……」

「大丈夫か? 【リジェネレート】はかけたから一日も経てば傷は塞がるとは思うけど……」


 血の滲んだ包帯で患部を気にし、苦痛を訴える獣人の子供。


 少女が予め用意してくれていた消毒薬と傷薬で応急処置を済ませているので、傷口から腐り出すような惨事には至らない。とはいえ、肉を容易く抉りとる夜狼の剣牙で噛みちぎられれば、戦を生業としていない者達にとっては耐え難い激痛となる。


 幸い、死傷者は今の所出ていないのが救いではあるが、戦う事の"痛み"を知っても尚、前に進む意思を保てるかまではその人次第だろう。


(ネクリア様、そろそろ私に変わりましょう。足元がふらついてます)


 大方の怪我人達の治療を終えた少女は、魔力枯渇時特有の疲労からくる眠気に襲われていた。


「ん……後は頼んだよゾンヲリ。私はちょっと眠る事にするよ……」


 倦怠感の残る身体を借り受けると、少女との【ソウルコネクト】が途切れるのを感じた。少女の意識は完全なる深い眠りへと沈んでしまったのだ。


 周囲を見渡す、"無事に戻って来た"亡霊部隊員は四十二名、およそ二分隊がまだ森林の中に残っている。


「お前達が最も奥深くまで森に潜ってた隊だな、ミグル隊とアントノフ隊の向かった先は知らないか?」


 最後に救難狼煙を上げた隊の元へと尋ねる。この部隊は十匹の夜狼に囲まれつつあったが、ゾンビ魔獣を盾にして事なきを得た。


「ミグル達は一番張り切ってたから、俺達よりも随分先に行ってた。多分"巣"まで向かったんだと思う」


 夜狼の群れは規模にもよるが、多ければ三十頭以上で固まっている事もあり得る。今の私であればものの数分とかからずに斬殺できる相手だが、満足な武装や外壁もない小さな農村程度なら容易く滅ぼしてしまえる程度には脅威を持つ魔獣でもある。


「馬鹿げた事を……。報告ご苦労、では私はこれより"馬鹿者共"の回収に向かう。お前達はこの場所からの離脱の準備を進めておいてくれ」


 さらなる戦果と名声を求めて作戦を無視し、敵を過小評価して多数を相手に少数で挑む。まったくもって馬鹿げた話だが、"個"の戦闘能力の優秀さを誇示するには有効な方法だろう。そうやって後世で語られる程度に名声を得てしまう愚か者がこの場にいる位なのだから。


 尤も、今回の演習目的を踏まえるならば、個人の戦闘能力など全くもって"評価に値しない"。


「ネクリア隊長、せめて何人か連れて……。いや、俺達では隊長の足を引っ張るのがオチでしたね。ここで怪我人達の面倒を見てます」


 この場で解体されている夜狼のうち、約半数以上が私が単独で作り上げたものだ。夜狼の集団を発見し、狼煙を上げ、そこに私が直接向かう事で効率よく夜狼狩りを実現している。


 また、魔獣は賢く、本能的に火を畏れ嫌う。火はヒトを集め、火器火薬や魔術といった破壊が行われた跡に発生しやすい。故に、火や狼煙には亡霊部隊の戦闘能力を魔獣に"警戒"させる効果があり、襲われるまでの"猶予"を作っている。


「それでいい。私がお前達に求めるのは戦闘の上手さや勇猛さではない。今の自分に為せる最善を自ら判断し、行動する事だ」


 亡霊部隊に戦場で担ってもらう役目はあくまで索敵。それを肌で覚えてもらう事がこの演習最大の目的であり、戦を知る人間を相手にする戦闘員としては"一切使い物にならない"彼らの使い道だ。


 殺しは殺しが得意な輩だけがやればいいのだから。


「では私は行く」


 地面に突き刺してある血濡れの大剣を引き抜き、茂る森林の中へと突き進む。肌寒い夜風を切りながら、少女の白い肌が木の葉で擦れて傷つかないようにするのは案外骨だ。


 〇


 月明りすらも満足に射しこまない森の奥深く、その中でとりわけて目立つ光源と言えば、琥珀色にギラついて光る双玉。夜狼の目玉だった。


 一匹の夜狼は獣道をゆっくりと踏みしめ、森の奥深くへと進んでいた。その背後で木影に隠れながら隙を伺っているのは3人の勇者様。


「……アイツで三匹目だ」


 一匹狼程度恐れるに足りない。獲物を前にして小声を漏らすのはミグル。これは二度も夜狼を狩る事で裏打ちされた自信から来る言葉でもある。


 一匹目は即座に飛びかかって来たのを竹槍で叩き落として数人掛かりで串刺しにして殺し、二匹目は数的不利を悟っては即座に逃走を図った所を密かに持ち込んだスリンガーで投石して撃ち殺している。


 そして、今度の獲物は多少音を立てて言葉を吐いた所で気づく素振りも見せない。野生の感すらも衰えてしまっている大間抜けだった。


「ねぇミグル……私達はちょっと深い所まで来すぎじゃ……」


「サリサ、他の連中はすぐに狼煙上げて脱落したみたいだが、せめて俺達位は優秀さを示さないといけない。わかるな?」


「アイツで丁度三匹目だし、アレ倒したら一旦戻ろう」


 捕らぬ狸の皮算用を繰り広げる三人を尻目に、のこのこと獣道を進んでいた夜狼が、視界の開けた場所に出ると突如足を止めた。


「チャンスだ。いくぞ」


 二人はミグルの号令に無言で頷き、竹槍を構えた。最初と同じように一人が夜狼の注意を引き付け、他の二名が真横から竹槍で突き刺すという集団戦法をとる必要すらないと判断し、三人は同時に一匹の夜狼目掛けて一気に距離を詰める。


 そして、竹槍の間合いに後一歩という所で、夜狼は振り向きもせずに木の枝に飛び乗った。


「な!?」


 夜狼の逃げ込んだ先をミグルが見上げた時、既に自分達が取り返しのつかない状況に追い込まれていた事に気づいてしまった。


 木々の上には爛々と輝く琥珀が沢山実っていた。それら全ての視線が、じっと息を殺して三人を注視していたのだ。


「まさか……私達誘い込まれていたの!?」


 夜狼達は気がついていなかったのではなく、あえて気がついていないフリをしていた。一匹目の斥候が殺されて獲物の実力を見誤り、敵を発見したら即座退却を命じた二匹目の斥候も狩られている事から夜狼の戦術も読まれている事に気づいた。第一、今まで送り込んだ精鋭達が(ことごと)く帰って来ない。


 だから、今度の夜狼達は"囮"を用意したのだ。群れの存亡をかけた戦いに向け、自分達が最も優位に立てるこの場所に得物を誘き出す為に。


「アォーーーーン」


 一際大きな群長が遠吠えを上げると、それまで静寂に包まれていた暗い森中に潜んでいた狼達が一斉に牙を剥き出しにして殺気立つ。その遠吠えの成した意味とは、「我らの領域を荒し度も弁えられぬ愚か者共に、今宵、夜狼の狩りを知らしめるがいい」である。


 眼前の獲物は囮を見分ける程度の能力もなく、今の状況に明らかに狼狽(うろた)えている。即ち恐れる理由など何一つもない。一斉攻撃の号令が発せられるのは、至極当然だった。

(ゲールマンの狩りを知るがいい……)


ヒトの味を知り、戦闘経験を何度も積んでいる魔獣は割と狡猾だったりする。また、同じ夜狼でも実力はピンキリだったりする。前回廃村でゾンヲリさんにぶった切られた連中は飢えている上に森中での生存競争から逃げて来た群れだったりするわけなのだが、今回は森で堂々と大規模な群れを作れるだけの実力を持っている。


ヒトから見ればゴキブリの姿形は皆一緒でも、ゴキブリ同士での個体認識は全然違うんです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ