ep.7
【医務室】
「そこのベッドでいい?」
「ああ」
ハイゼは一番隅のベッドに俺を座らせ、そそくさとカーテンを閉めた。
俺は右手だけでなんとかパワードスーツを外し、インナー姿になる。
「えっと、ルドガーさんですね。 いま治療しますから」
「お願いします」
そしてすぐに医師がやって来る。
どうやら、俺が最後の患者だったらしい。
「――骨や臓器に大きな損傷は見られませんね。
治療用ナノマシンを投与しておけば、一晩で治るから」
そう言いながら、医師は注射器を俺の右腕に刺し、ナノマシンを投与する。
「……」
ナノマシンで治療されるのは苦手だ。
ナノマシンによる治療が始まると、全身を這いずり回るような違和感が襲って、膝が成長痛みたいにじわじわと痛くなってくる。
「じゃあ、ぼくは防衛隊の方に行くから。 あとは大丈夫だね?」
「大丈夫。 ありがとう」
パワードスーツを脱いでいたハイゼは、医務室を出て行くドクターを見送った。
「なあ、ハイゼ。 立ってないで隣に座ったらどうだ?」
「良いの?」
「別に、隣なんて俺の土地じゃないしな」
「じゃあ座る」
そう言ったあと、ハイゼはあくびをしながら俺の隣に座った。
俺は、こっそりと右腕を回し、華奢なハイゼの肩をさり気なく抱く。
「ねえ、ルドガー」
「ん?」
「ルドガーの左腕ってさ、まさか――」
やっぱり気付いていたか。 ハイゼは"目"が良いんだな。
「――擬似生体を使った最新鋭の義手だ。
コイツは、本物の腕と同じ質感をしているし、感覚だってある。
反応速度もパワーも、生身の腕と変わらないんだぜ。 すごいだろ?」
俺は、笑いながらハイゼに左腕を見せた。
「あ――」
槍が貫通した傷から、いつもは義手の内部で循環している青白いオイルが滴り落ち、リノリウムの床を汚す。
「おかしいな……。 血流は止めたはずなんだが」
「平気だよ。 ここにタオルあるし」
ハイゼは、すぐそばの引き出しからタオルを取って、俺の左腕にあてがってくれた。
「なんで義手になったの?」
少し間を置いてから、ハイゼは訊いてきた。
「――ガキの頃の話さ。
昔、エイリアンが俺の町を襲ってな。
その時、俺は崩壊した建物に巻き込まれて、左腕を潰されたんだよ」
傷だらけの義手を撫でながら、俺は答える。
「そのあと、新開発の義肢のモニターに選ばれて、色々と仕様を変えながら義手を装着してきたんだよ。
今は、生身の人間と全く同じのタイプに落ち着いたがね」
話し終わったあと、俺は微笑んだ。
――ハイゼに余計な心配をさせないために。
「そうだったんだ……」
呟きながら、ハイゼは俺の左腕に触る。
ハイゼの手は、ほんの少しだけ冷たかった。
「――ハイゼ」
「なに?」
俺を見ながら、ハイゼは首を傾げる。
その姿は、まるで幼い子供のよう。
「お前とプライベートな話をしたことがなかったな」
「色々と忙しかったからね。 仕方ないよ」
――だから、ハイゼに色々と教えたいんだ。 "俺"という人間のことを。
「じゃあ質問するけど。 ルドガーって、家族は居るの?」
いきなり家族の話からか!
まあ仕方ないか……。
ハイゼには家族が居ないらしいから、家族が居る人間のことが気になるんだろう。
「家族は居ないよ。
親父は俺が左腕を失ったあの時に死んで、母親は軍に入隊した時に心不全で亡くなった。
左腕を失った直後から、ガルフポートに転属する直前まで俺は荒れてたから、恋人も居なくてね。
だから、45歳にもなって未だに――その――」
「――あっちの経験が無いのね」
ハイゼは察したようだ。
「そういう事に――なるな」
俺が頷くと、ハイゼはどうすればいいのかわからないのか、ただ狼狽していた。
「ただ、最近は気になってる人が居てだな」
そう、気になっている人が居る。
「どんな人? 教えて、教えて」
ハイゼが、モノをねだってくるような調子で訊いてきた。
「ひ・み・つ・だ」
「えー、ケチー」
ハイゼが不満そうに唇を尖らせていた時、彼が手にしていた通信機が鳴り出す。
「サイ達が戻ったみたい」
「じゃあ、ハイゼも戻れ。 あとは俺1人でできる」
「……わかった」
そう言いながら、ハイゼは通信機をパワードスーツのヘルメットに取り付けたあと、再びパワードスーツを纏った。
「また後でね」
「――ああ」
パワードスーツを纏ったハイゼは、俺に新しいタオルを投げ渡したあと、医務室を出て行った。
◇
「――依頼を受け、ガルフポート基地に所属する事になった、フリーランスの海月ハイゼです。 とりあえず、よろしく」
――初めて顔を合わせた時は、生意気な子供だな、としか思わなかった。
メインの武器は虹色に輝く剣で、戦いになれば、エイリアンの群れの中に突撃する。
正直、「なんだこのクソガキは」と毒づいた事もあった。
でも、気まぐれにデータを確認した時、俺は自分の未熟さを恥じたんだ。
ハイゼが群れに突撃するのは、厄介なエイリアンを真っ先に倒すため。
いちいち「油断するな」とか「ちゃんと警戒しろ」と言ってきたのは、不意打ちで俺達がやられないようにするためだった。
そして、一個人のコンディションにも気を使ってくれる。
海月ハイゼは、ただの生意気な子供じゃなくて、仲間想いの良いヤツだったんだ。
「ハイゼ……」
ハイゼの姿を思い浮かべていたら、なぜか涙が出てきた。
俺は、静かに右手で目を覆う。
「俺は……ハイゼのことが好きだ」
誰も居ない医務室で、心に秘めていたハイゼへの想いを吐露した。
大粒の涙が溢れてくる。
どうして涙が止まらないんだろう?
ハイゼに抱いた複雑な感情が言葉にできなくて辛いから――?
でも、下手なことを言ってハイゼを傷つけたくはない。
「――ルドガー」
突然、誰かから声をかけられた。
顔を上げれば、目の前にフェルが居る。
「フェル……」
「安心しろ。 ワタシは口が固い」
全部見られていたのか……。
「そう、か……」
でも、フェルで良かった。
「だが、ひとつだけ言わせてくれないか?」
フェルの言葉に、俺は首をかしげる。
「ハイゼに対する想いは、本人に伝えるべきだと思う」
「どうしてだ……?」
「ワタシがルドガーならそうするからだ」
俺は自嘲気味に笑った。
「言ってもハイゼが困るだけだろう。 それに……」
……恋人であるサイサリアが怒る。
「大丈夫。 2人とも、ルドガーの想いを理解してくれる」
「なんで言い切れるんだよ」
俺が訊くと、フェルはウインクをした。
「ワタシが2人の頭の中を覗いたからだ」
「お前、最低だな……」
フェルの行為には呆れたが、踏ん切りはついた気がした。
「まあ、伝えには行ってみるが、トラブったらフェルのせいにするからな」
◇
夜。
俺は、ハイゼの部屋の前に居た。
一応、医務室に付き添ってくれたお礼として、コーラを持ってきている。
「ハイゼ、居るか?」
静かにドアを開けたあと、ハイゼを呼んだ。
だが、返事はない。
「入るぞ」
俺はそう言いながら部屋に入り、光量を最低にしてから照明を点けた。
(――寝てたのか)
ベッドで眠るハイゼの姿を見て、俺はため息をついた。
いや……、どうしてため息なんかついてしまったんだろう?
「……」
俺は、静かに腰を落とし、ハイゼの寝顔を見つめた。
ついでに部屋中を見回し、サイサリアが居ない事を確認する。
そして――
「ハイゼ……」
微かな声でハイゼを呼びながら、俺は――眠るハイゼにキスをした。
「――!?」
その直後、ハイゼが目をぱっちりと開けた。
「ルドガー……?」
「ハイゼ!? 起きていたの――いてっ!」
俺は目覚めたハイゼに驚き、後ろに尻餅をついて、テーブルに頭をぶつけてしまう。
「ドアが開いた時から起きてたよ。 なんかいつもと様子が違うみたいだから、寝たフリをしてたんだけど――」
と言いながら、ハイゼは俺のことをじろりと睨む。
「黙ってキスしてくるなんてね。
なに? 上官なら部下の寝込みを襲っていいですよ――みたいなルールでもあるの?」
「いや……これは、その……」
しどろもどろになっている俺を前にして、ハイゼはくすくすと笑った。
「ルドガーは、ボクのことが好きなの?」
俺は無言でうなずいた。
「いつから?」
「自覚したのは、フロリダでの作戦に参加するちょっと前……だな」
俺を見ながら、ハイゼは何か考えていた。
「ねぇ、ルドガー」
ベッドから降りたハイゼが目の前にしゃがんで、俺の名前を呼ぶ。
「もう一度、さっきみたいにボクの名前を呼んで――?」
ハイゼが、ほっそりとした指先で俺の頬に触れた。
「――――」
俺の中で、理性のタガが外れた気がした。
俺は、力強くハイゼを引き寄せ、唇を奪った。
「……」
舌を入れても抵抗しないのは、サイサリアとのキスで慣れているからだろうか?
「――いいのか? こんなことをして」
一度キスを止め、ハイゼに訊いた。
「サイは気にしないって言ってたよ」
「どうしてだ……?」
「"英雄、色を好む"って言葉、知ってる?」
その言葉は知っている。
だから、俺はうなずいた。
「ハイゼはこの基地の英雄。 だから、色んな人に好かれて良いし、好きになって良いんだってさ――」
「ボク、女の人は嫌いだけど」と最後に付け加えた時。
何か思い出しながら、ハイゼは自嘲気味に笑っていた。
――そんな表情、子供がするべきものじゃない。
「――なあ、ハイゼ」
ふうっと息を吐き出したあと、俺はハイゼの頬に優しく触れる。
「本当に――良いのか?」
ハイゼは無言で頷く。
「でも俺、こういうのは初めてで……痛い思いをさせるかもしれない……」
「みんな、そういうもんだよ」
ハイゼは俺の右手を取り、自分の胸元に触れさせた。
「ハイゼ」
「なぁに?」
俺は、修理された左手を動かし、使い物になるか確認する。
「お前を愛してる。 それと、これからもハイゼのことを愛して――いいか?」
ハイゼは、指先で俺のシャツをはだけさせながら言った。
「――いいよ」
ただ、その一言だけを。




