ep.6
――3日後。
フェル達レジスタンスの協力と、彼らが提供してくれた全自動成形や3Dプリンターによって、短期間で新たなパワードスーツが完成した。
本来なら、国連の本部やペンタゴンにフェル達を移送し、そこで"色々と"協力してもらうべきなんだけど、あっちも忙しいみたいで、時間も人手も足りないらしい。
◇
格納庫にて、ボクとサイの新型パワードスーツや、レジスタンス達の協力のお陰で完成した武装がお披露目されることになった。
「ハイゼとサイのパワードスーツは後回しにして、先に新開発した武器をお見せしよう」
国連から支給された急造品のアーマーを纏ったフェルが、テーブルにかけられていたシートを取る。
「――案外、地味なんだな」
と呟いたのはルドガーだ。
テーブルの上には、よりSFチックになったライフルや、小さな円盤が置かれていた。
でも色はガンメタリックで、確かに地味に見える。
「このライフルは、地球のライフルをベースに、リアクターからエネルギーを供給させるようにしたレーザーライフル。
小さな円盤は、本体を中心に3m四方までの大きさの物体を異空間に出し入れできるようにした転送装置だ」
たった15cmくらいの円盤が、3mの大きさの物がしまっておける転送装置――?
ボクは手に取った円盤をまじまじと見る。
「転送装置は、ワタシ達の故郷では普通に使っている物なんだ。
その設計を改良し、素材を地球で手に入るものに変え、リアクターのエネルギーで稼働するようにした」
そう言いながらフェルは円盤を構え、テーブルに置かれたレーザーライフルを消してから、上に挙げた右手にライフルを持たせた。
「すごい――」
――ちゃんと武器がテレポートしてる。
「レーザーライフルも、ワタシたちの標準装備を地球向けに改修したものだ。
製造にかかるコストも抑えてある。
円盤は同じ空間を共有しているから、誰かが強力な武器を格納しておいて、どこかの誰かがそれを使うなんてこともできるぞ」
「でも操作はどうするんだ? 地球人はな、このてのテクノロジーに触れたことはないんだぞ」
ルドガーが円盤を観察しながら訊いた。
「――パワードスーツと同じで、音声認識や脳波による操作が可能だ。 空間の共有は、武器の取り合いを防ぐために、小隊毎に腑分けしておいた」
「じゃあ、数は揃えてあるってことか」
デイビッドは円盤を見ながら言った。
デイビッドは、装備一つでバリエーション豊かな戦い方を考える人だから、円盤の面白い使い方でも思いついたんだろう。
「ボクとサイのパワードスーツ開発にも、フェルは参加したんでしょ?」
ボクが質問すると、フェルは微笑んだ。
「2人のパワードスーツは、戦艦に突入したあの時のものをベースにした。
あの補機類を組み込みつつ、専用の転送装置も内蔵させている」
「専用? この円盤じゃなくて?」
「ああ。 機体に組み込んだ転送装置は、機体を中心に範囲30mまで物の格納・展開を可能にさせたよ」
随分広くしてあるけど、何のためにそんなことをしたんだろ?
「内蔵した転送装置は、ハイゼとサイ2人だけが専用の空間を共有させた。
あと、一方がもう一方のそばにワープできるようにもなっているぞ」
フェルは、ボクとサイを見ながらニヤニヤと笑った。
ルドガー達も、くすくすと笑っている
「フェル……?」
――その意味がわかった。
……いくらボクでも怒るよ?
「余計なことをして……。 でも、ありがとう」
「あと、ひとつだけ」と言いながら、ボクはそばにあったコンテナからキロネックスを取り出し、テーブルに置いた。
「キロネックス?」
フェルはそれを見て首を傾げる。
「キロネックスにも、転送装置を組み込めないかな? ただ自分の手元に出せればいいんだけど」
「というと?」
「投げてもまた戻るみたいな? ブーメランみたいにとは言わないけど」
「なるほど」
考えながら、フェルは静かにキロネックスを手に取る。
「その機能だけなら、鍔の所に組み込めるな。 2人のキロネックスに組み込もう。 3分で作業は終わる」
「ありがとう」
ボクがお礼を言った直後、基地の警報が鳴った。
「警報――!?」
まさか、敵襲っ!?
『ミシシッピ前線基地から緊急連絡!
前線基地がエイリアンの奇襲を受けた模様! 現在、少数の市民と共にガルフポート基地へ向かっているそうです!』
エイリアンが直接基地を攻撃した……?
ミシシッピ基地には、大規模演習でアグレッサー(敵役)も担う、まさに少数精鋭と言える実力者のみで構成された偵察部隊が配置されていた。
配置された部隊の数は多くないけど、練度は十分。
だから、無駄に賢いエイリアン達は、彼らを嫌ってミシシッピ基地を攻撃してこなかった。
「フェル! パワードスーツとキロネックスは使える!?」
「キロネックス含めて調整も慣らしも終わらせた! レーザーライフルと転送装置も使えるぞ!」
「ルドガー、デイビッド。 レーザーライフルと転送装置はそっちが使って。 ボクたちはいつも通り叩き切るから」
「任せな」
「わかった」
ボクはその場でシャツとズボンを脱ぎ、先を折り畳んでいたインナーを伸ばす。
出撃回数が多い兵士たちは、いつでも出撃できるように、こうして私服の下にインナーを着ていることが多い。
サイやルドガーたちもインナーを伸ばして、整備士が運んできたパワードスーツを装備していった。
「ルドガー。 作戦はどうする?」
ボクが聞くと、ルドガーはバチンとパワードスーツのフェイス部分を下げた。
「移動中の部隊と合流しよう。 エイリアンと戦うのはそれからだ」
「――了解」
◇
ガルフポート基地を出て10kmほどの地点にある市街地。
ボクたちは、大型トラックをベースに作られた、機械化歩兵輸送車の荷台に立っていた。
輸送車の荷台には、簡易的な盾が三つ装備されていて、ボクは正面に設置された盾の後ろで通信を続けている。
ガルフポートから出撃する直前。
パスカグーラからガルフポート基地に向かっている部隊を追撃するエイリアンを捕捉した――と、報告を受けていたので、市民は全員避難させた。
――避難命令に従わない人間はどうするのかは知らない。 ボクの管轄外だ。
『……! こ――ちら、パスカグーラ前線基地所属。 ……隊だ! 多数のエイリアンに追われてる! 助けてくれ!』
ノイズは酷いが、パスカグーラの部隊から通信がきた。
ボクたちは装甲車の荷台から降り、武器を装備しながら部隊の方へ急ぐ。
「ボクは、ガルフポート基地所属のハイゼ・ミツキ。 そちらの状況を知りたい」
大きなビルを右に曲がったところで、部隊を発見した。
まだ、エイリアンの姿はない。
「部隊は健在だが、基地に来ていた子供たちを連れてる。 だが……このままだとヤツらに追い付かれちまう」
彼らの後ろには、震える子供達の姿があった。 ――人数は多くない。
パスカグーラ基地は、年に一度の基地解放日で盛り上がっていたはず……。
つまり、最悪のタイミングで襲撃されたんだ。
「デイビッド、ルドガー。 そっちとパスカグーラの1部隊で子供たちの護衛を。 輸送車になら子供も乗せられるでしょ?」
「ハイゼとパスカグーラの残りで、エイリアンを迎撃するということだな?」
「そう。 こっちにはフェルとシャルも居るしね。 デイビッドが安全圏まで離脱したら、ボクたちもタイミングを見て離脱するよ」
「了解した」
デイビッドは頷き、疲れきった表情の子供たちを輸送車に乗せていく。
「デイビッドの部隊が輸送車の前方と側面を、ルドガーの部隊は後方を守って。 輸送車は、後ろの装甲が薄いから」
「わかったが、お前も無茶はするなよ」
そう言いながら、ルドガーはボクの頭を撫でてきた。
だから、ボクは応えた。
笑いながら、やれやれといったような感情を込め――「うるさい」とだけ。
◇
デイビッド達の離脱から10分が経過。
ガルフポート基地を目指して後退しながら、ボクたちはエイリアンの群れと交戦していた。
ボクとサイが群れの中央を突破し、フェル達の援護射撃で散らばったエイリアンを仕留める。
推進剤をうまく節約しながら、この流れを繰り返していた。
「サイ。 転送装置はまだ使っちゃダメだよ。 ああいうのは、切り札として取っておくべき物なんだからさ」
「エイリアンがそれを見て、対策とか練らないように――だろ?」
「――正解」
装置を開発してくれたフェルには悪いけど、雑魚相手に強力な武器は使いたくない。
フェルがボクの考えを理解してくれるといいんだけど……。
「――なんでか、失敗ばかり繰り返していたレジスタンス達を思い出したよ」
直後、フェルが笑いながら通信してきた。
「どっちの失敗で?」
「切り札を使いまくる方の失敗だ」
そんな体たらくでよく今まで生き残ってこれたね……。
呆れながら、ボクはキロネックスを振り上げ、クモの頭を切り落とした。
『こちらデイビッド。 無事、基地に到着した。 子供たちも無事だ。 ハイゼももう戻れ!』
デイビッドから通信がくる。
「了解」
ボクはキロネックスを腰の装甲に収納し、テンタクルスのアンカーをビルに撃ち込む。
これを交互に打ち込みながら、振り子みたいに移動することで、推進剤を節約するためだ。
「フェル、シャル。 離脱できるね?」
「問題無い。 エイリアンの様子を見ながら後退する」
「パスカグーラの人。 空の警戒は任せる」
「あいよ」
サンドイエローのパワードスーツが、サムズアップ(親指を上げるあのサイン)した。
なるほど、パスカグーラの人たちは、ノリのいい奴らばかりみたいだ。
◇
ガルフポート基地に到着する頃、エイリアン達はこちらの追跡を諦め、どこかへ去ってしまった。
基地の周囲には強力な砲がいくつも配置されているし、兵士もみな練度が高い。
だから、エイリアンも怯えて逃げ出したのかもしれない。
「おかえり、ハイゼ」
「ただいま、デイビッド。 子供たちは?」
「怯えてはいるが、ケガはないよ。 みんなここに居る」
ボクはパワードスーツの頭部、フェイス部分の装甲を跳ね上げる。
戦闘中でないなら、景色はモニター越しのものより、本物の景色を見たいからだ。
――そして、その時だった。
ボクの鼻腔を、微かだがある臭いが刺激する。
「この臭い……」
そうだ、この臭いは――
脂がのった肉が傷んだ時の、肉が腐敗したときの臭いだ。
間違いない。
ボクは、戦場で何度もこの臭いを嗅いでいる。
しかも、酸っぱいような、どぶのようなこの臭いに一番近いものは……人間の死体の臭いだ!
「――サイ。 なにか臭わない?」
みんながパニックに陥らないように、ボクは小さな声で隣のサイに訊いた。
「ああ。 死体の臭いが、スラスターやら銃火器の焦げた臭いに混ざって漂ってる。 みんな気付いてない」
サイも気付いていた。
そして、臭いがボクの勘違いではないのも確定した。
だから、2人で臭いの発生源を突き止めなければならない。
ボクは、モニターやパスカグーラの部隊の様子を見るフリをしながら、何気なくロビーをうろついてみた。
その最中に、どこかから話し声が聞こえてくる。
「ぼく、名前は?」
「サ……サむ」
「そうか、サムか。 男らしくてかっこいい名前だな」
あのサンドイエローのパワードスーツと、部隊が連れていた子供たちのうち、ずっと3人で固まっていた子供たちが話していた。
「あたしはじャスみン」
「おれはだッキー」
「サムとは幼馴染なのか?」
「そうナの。 ミんなのパパやママたちがトモだチ、だったから」
3人組の子供たちは喋っているけど、なんだか言葉の発音に違和感がある。
舌っ足らずのような、呂律が回っていないような……そんな感じ。
ボクが子供たちを観察していると、子供たちの向こう側で、大きな換気扇が回り出していた。
ガルフポート基地のロビーは、今から10年前に改修工事で拡張された区画で、換気は大雑把に設置された換気扇で行っていた。
小さかったロビーを覆うように、簡素な作りの部屋が増設されたため、あんなところに換気扇を設置したらしい。
「サイ……」
サイを呼びながら、ボクはフェイス部分の装甲を下ろした。
なぜか、あの換気扇が回り出した時に、子供たちから異臭が漂ってきたからだ。
ボクは近くのパレットからライフルを取り、安全装置を解除する。
「――あの子供たちさ、首の傷がいやに深くない?」
「そうだね。 それに、さっきまであんな傷は無かったし」
子供の首に深い切り傷があって、その傷がどんどんと広がっていた。
「まさか……」
もしかしてあの子供は……いや、そんな馬鹿な。
ボクの予想通りだとしたら、一大事になる。
「サンドイエロー!! 子供から離れて!」
「――え?」
「いますぐにっ!!」
サンドイエローの人がボクを見た。
ボクの言葉の意味がわからず、彼は首を傾げている。
無理もないよね。 ボクと彼は初対面だから、連携のとり方が違うんだし。
「全速力で後に下がって! それだけでいい!」
ボクは思いきり振りかぶって、左手に持っていたキロネックスを投げた。
「――あぶねぇっ!!」
サンドイエローはサムから距離を取り、直後にキロネックスがサムの首を刎ねた。
「――当たりか」
サムの首は宙を舞っていた。
でも、サムの顔は笑っていた。
「なにがあった、ハイゼ!?」
ルドガーが隣のフロアから駆けつけてきた。
「気をつけて! あの3人の子供は、全部エイリアンだよ!」
「なんだと――!?」
3人を見ながら、ルドガーは驚く。
「■■■■」
サムの首から無数のワイヤーのようなものが伸びて、倒れていた胴体を引き寄せる。
そして、サムの体を脱ぎ捨てるように、ワイヤーで作られた人形のような姿の、とても不気味な外見のエイリアンが現れた。
「……ダッキーとジャスミンの方は?」
「――サムと同じで、脱皮してる」
ワイヤー作りの人形は、人間のような顔を持っていて、両腕には鋭い爪が備わっている。
ボクはライフルを撃つが、ヤツらは腕で銃弾を防ぎ、ニタニタと不気味に笑う。
「サンドイエロー! あんたの名前は!」
「あ――、アルバート!」
ボクは、後ろで呆然としているアルバートをちらっと見る。
「そっちは非戦闘員をシェルターに誘導して! この三匹はボクたちがやる」
「わ、わかった!」
ボクは加速し、人形にライフルを向け、引き金を引いた。
そして、兵士たちもボクに続いてライフルを構える。
エイリアンは腕で銃撃を防ぎながら飛び跳ね、ゆっくりと後退していく。
そのエイリアンの頭部は、ぶくぶくと泡立ちながら膨らんでいた。
「――!」
エイリアンの頭部に高い熱源反応。
このパターンは、この間見たものだ。
「全員、散開して! デカいのがくる!」
ボクたちは、即座に三匹のエイリアンから離れた。
「やっぱりレーザーだったか……!」
私の横の空間を、眩い光が切り裂く。
この光は、ムカデの時に見た光とおんなじだ。
エイリアンの頭が破裂してから放たれたレーザーは、ロビーの壁に丸く大きな穴を開けた。
ダッキーとジャスミンから放たれたレーザーは、また別の標的を狙っていたらしい。
「頭部を破裂させてレーザーを撃ってきた!?」
「いや顔面は下に下げてるのを見た。
たぶん、あの顔面がカメラ代わりなんだと思うよ」
ボクは先程投げてから壁に刺さっていたキロネックスを回収しつつ、人形に斬りかかった。
狙いはセンターの……サムの皮を被っていた人形――!
「■■■」
サム人形は、ボクの攻撃を鋭い爪で受け止めた。
複数の帯で構成された人形の体が不気味にしなって、ボクの脇腹を狙って蹴りを繰り出す。
「サイ、ルドガーに残り2匹は任せる! すぐにこいつらをロビーから追い出して、人の少ない所に誘導して!」
「わかった」
「任せろ!」
ボクは体をひねって蹴りを避け、キロネックスを袈裟懸けに振り下ろした。
だけど人形は瞬時に反応していて、腕でキロネックスを受け流したあと、距離を置きながら、ボクをじっと観察する。
HUDに映る基地の映像を見たかぎりでは、ロビーに居た人たちの避難は終わったみたいだ。
でも、ここで長時間戦うのは避けた方がいい。
ロビーの内部は、先程のパニックのせいで物が散乱しているけれど、空間そのものは広い。
関節が無い分トリッキーに動ける人形は、この部屋を有効活用できるだろう。
「こっちだよ! 人形野郎!」
ボクは足元に落ちていたアサルトライフルを足で蹴り上げ、素早く構えて発砲した。
人形は腕を盾に変形させて攻撃を防ぎつつ、後退し始めたボクを追う。
そうだ。 ボクを追って……
ボクは、ロビーと宿舎を繋ぐ渡り廊下に向かっていた。
あそこは一直線の狭い空間になっているから、人形の動きを制限できる。
それに、渡り廊下は基地の外壁と同じ複合装甲材で造られているから、人形程度の攻撃なら耐えられるはず……。
あのレーザーは無理だと思うけど。
「サイ! そっちの状況は?」
「人形を誘導してる! 現在地は渡り廊下の2階だ!」
サイも、ボクと同じことを考えていたんだ。
「ボクは渡り廊下の1階に誘導してるけど、合流しないでね。 レーザーを二匹同時に撃たれるのはまずい」
「了解。 無茶はするなよ?」
「そっちもね」
通信を切ると、後に居る人形から金属質のリボンが伸びてきた。
「うざいっ――!」
ボクは返し手でキロネックスを振るい、リボンを切り落とす。
でも、切り落とされた人形の腕……いや、指はすぐに再生した。
頑丈ではない代わりに、再生能力が高いらしい。
でも、クールダウンに時間のかかるレーザー砲以外、飛び道具は持っていない。
パワードスーツ並の機動力と、近接戦闘能力を重視したデザイン。
人間の死体を被って、一時的に成りすます能力。
あの人形は、人間に化けて敵地に潜入し、内部から壊滅させる事に特化したエイリアンなんだ。
だから、人の多かったパスカグーラ基地を襲撃して、新鮮な死体を作り出した。
そこで人間の皮をかぶり、避難する子供たちに紛れ、ガルフポート基地に侵入する作戦を実行したんだ。
……たぶん、ボクとサイを殺すつもりだったに違いない。
ボクは、右腕のテンタクルスを人形に向けて射出した。
人形は鋭い指先でアンカーを掴むが、ワイヤーが巻き取られる前にテンタクルスをパージして、本体そのものを人形の顔面にぶつけてやる。
(いまなら――!)
人形が仰け反っている間にボクは跳び、真っ白い陶磁器のような質感を持つ顔を叩き割った。
でも、割られた人形の顔は瞬時に再生し、伸ばした腕でボクに殴りかかろうとする。
「くっ――!」
スラスターを吹かして、左腕のテンタクルスで人形の拳を受け止めた。
ギリギリという、金属が擦れるような音と、強い衝撃。
きちんと踏ん張っていたのに、体が押される――
「なんてパワー……」
人形の外見があまりにも脆そうだったから、油断するところだった。
人形を倒すには、どこかにあるはずのコアを潰さないといけない。
エイリアンならば必ず存在する"急所"。 それがコア。
コアを破壊すれば人形は倒せるけど、コアの位置がわからない。
黙考していた時、HUDに警告が表示された。
CPUが、人形の中で集束し始めた高エネルギーを探知したんだ。
でも周囲には、兵士が数名残っている。
人形の顔はぶくぶくと膨らみ始めた。
ボクが人形の顔を斬ったとしても、レーザーの発射は止められないだろう。
「――通路と周辺に居るヤツは逃げて! 早く!」
ボクは怒鳴りながらスラスターを全開にして横に跳び、発射されたレーザーを回避した。
「ぎゃあああ――!!!」
「ぐあぁぁ――! あつ……あつ、い――」
前方に居た2人の歩兵にレーザーが照射され、2人の全身が一気に融解していく。
――まるで、火に炙られたプラスチックみたいに。
間に合わなかった……。
でも、今のボクに兵士の死を悲しむ余裕はない。
「ハイゼ、聞こえるか?」
「どうしたの?」
デイビッドから通信がきた。
通信には、ノイズと共にエイリアンの鳴き声も混ざっている。
まさか、基地のそばにエイリアンが現れたの!?
「人形が最初にやったレーザー……ダッキーとジャスミンのレーザー照射で、基地の外周に設置された砲台15基のうち、3基の火器管制システムが破壊された。
その3基がカバーしていた方角から、エイリアンの群れが来てる」
あの2匹のレーザーは、砲台を狙って撃たれてたってワケね。
「システム復旧にはどのくらいかかりそう?」
「配線をバイパスすれば20分で終わるらしいが、砲撃の精度は期待できなくなるぞ」
「砲撃は砲兵にマニュアルでやらせて! この人形は10分以内に片付ける!」
ボクはボロボロになった左腕のテンタクルスをパージした。
アンカーも撃てない、盾としての機能も無くなったこんな武装に用はない。
一方、人形は指をバラバラに伸ばし、床に差し込んでいた。
何をするつもりなのかはわかってる。
ボクはバックフリップで跳んで床から生えてきた触手を避けた。
次に、キロネックスを触手に当てた反動を利用し、空中で体勢を変える。
こうすれば、推進剤を消費しないで済むからだ。
(――やっと着いた)
生えてきた触手を全て避けながら移動を続け、なんとか渡り廊下にたどり着けた。
ここで、確実に人形を仕留める。
「サイ、今どこ?」
「渡り廊下2階の真ん中。 ちょうどハイゼと対面してるような位置取りってとこか?」
レーダーに視線を移す。
たしかに、ボクの目の前に立つ人形の背後に、サイが背中合わせで立っているような構図だ。
サイが相手をしている人形は、ボクに背を向けて立っている形になる。
「ハイゼ。 コアの位置はわかってるのか?」
「もちろん。 あの人形のコアは、人間で言うなら心臓がある位置。
でも、コアを守る動作はかなり速い。
こっちの攻撃を見てから余裕で防護しやがるの」
「キロネックスで切れないのか?」
「切れるよ。 だけどさ、アイツって攻撃速度も脚も速いし、体が柔らかいから、キロネックスを当てても踏ん張れないんだよね」
「ああ、わかる……」
ボクはキロネックスをくるくると回す。
「■■■■■」
人形は、苛立っているボクを見て笑っていた。
――決めた。 その綺麗な顔を吹っ飛ばしてやる。
「サイ。 あの機能の使い方は覚えてる?」
「もちろん」
あれを仕留めるには、この方法がベストだろう。
事前に練習はしてないけど、サイなら上手くやってくれるはず。
「いい? 自分の真横にキロネックスを2本とも投げたあと、2階に居るボクの"手元に"転送して。
ただし、軌道は"上の階の人形で交差"するようにコントロールすること」
ボクは声の音量を落とし、サイに方法を伝える。
「ハイゼは逆にやるんだな?」
「うん」
「じゃあ、三つカウントする。 Goって言ったら投げる」
「おっけー。 じゃあ、ボクはサイを信じてるから」
「オレもハイゼを信じてるし、愛してるよ」
「――ボクも愛してる」
ボクはキロネックスを回すのを止め、人差し指でリズムをとる。
そして、サイに対してキロネックスを転送する軌道のイメージを頭の中に描いた。
ボクが次にどんな攻撃を繰り出すのかわからず、人形は警戒したまま攻撃してこない。
「3」
ボクは足でもリズムを刻みはじめる。
「2」
心臓がどくんどくんと強く鼓動し、吐き出す息は震えていた。
「1」
――人形劇は、もうおしまい。
「GO!」
ボクはキロネックスを真横に投げた。
「――?」
ボクのアクションを見て、人形は首を傾げる。
「大丈夫。 "あんたに向けて投げた"わけじゃないから」
ボクの一言に対して、人形は呆れたような仕草をする。
なるほど。 エイリアンも油断や慢心はするのね。
「■――――」
直後、エイリアンの首が笑ったままの表情で宙を舞った。
もちろん、コアも砕かれている。
「――ばいばい」
ボクは、後から飛んできてエイリアンの首を撥ねた、2本のキロネックスをキャッチした。
これは、ボクのキロネックスじゃなくて、"サイのキロネックス"だ。
「ナイス投擲だったよ」
「ハイゼもナイス投擲だったぜ」
首を失ったエイリアンのボディが、膝から崩れ落ちる。
床に転がった首の表情は、唖然としたものに変わっていた。
「ひとつ聞くけど、なんでオレに転送したんだ? エイリアンの背後に出せば済んだだろ」
「――転送装置の半径15m。 つまり円の"範囲の外周"にエイリアンが居たから、背後に転送させられなかったんだよ。
でも、サイの転送装置とちょうど範囲が重なっていたから、サイが転送したキロネックスをボクが相手をしてた人形に直撃させた。
そのあとのコントロールは、ボクがすればいい」
「要するに、転送でお互いのキロネックスを交換したってことか」
「そーゆーこと」
ボクは映像通信を送ってきているサイに対して微笑んだ。
「次はどうする? 基地外周で防衛戦に加わるか? それとも、最後の人形を相手にしてるルドガーの援護?」
「それは――」
ボクはパワードスーツの状態を確認する。
推進剤の残量は半分。
防衛戦に参加するなら燃料を補給しないといけないし、部隊の状況を見た限り、外のエイリアン相手に苦戦しているとは思えない。
それなら、ルドガーの援護をしてから補給を受けて、防衛戦に加わった方がいいだろう。
「ルドガーの援護をして人形を撃破する。 そのあと、補給を受けてから防衛隊の援護に向かうよ」
「OK」
ボクたちがルドガーの居る格納庫へ向かおうとしたその時だった。
「おっと――」
ズシンという衝撃がしたあと、外が光った気がした。
「あれは――!」
一筋の光が、空に向けて一直線に伸びていた。
間違いない。 あれは人形が撃ったレーザーだ。
「――ルドガーが危ない!」
「――急ぐぞ!」




