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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第五章 橋姫
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橋姫<5>

「あなた方は、どういうお人かのう?」


老人は座り直すと、にこにこと笑顔で言った。


「心配はいらんよ。ほれ、蜂じゃ。まあ、座って下され」


 老人は琥珀に向かって飛ばした右手の(こぶし)を開いた。手の中には無傷の蜂がいる。蜂は直ぐにどこかに飛んで行った。老人は蜂を素手で捕まえ、しかも刺されていないのだ。


琥珀と天后は顔を見合わせた。老人の俊敏な動きといい、蜂を素手で捕まえた事といい、二人の方が、あなたはどういうお方かと聞きたかった。


「まあまあ、お坐りなさい。驚かしたかの。しかし、あんたもよく()けましたな。お二人は、妖怪ですかな?いやいや、妖怪とはちっと違うかの。


こっちの娘さんは、近くにいると安心できる雰囲気ですしなあ。もう何もしませんからな、お坐りなさい」


警戒を解かず、二人は元の場所に座った。相変わらず老人はにこにこしている。


「わしはな、若い頃から修験者(しゅげんしゃ)として修行をしてきた。何年も山に(こも)ってなあ。ほれ、山伏(やまぶし)というやつじゃよ。わしの名は、北村清吉という。山伏の間では、長屋坊(ながやぼう)と呼ばれておった。お蔭で九十歳を過ぎても、こうして楽に身体を動かす事ができる。


山に棲む生き物は全て仲間じゃ。今の蜂でもな、蜂の心は分かるつもりじゃ。そんなわしを誤魔化(ごまか)そうとしてもいかんぞ。お二人は、何用があってこの山に来て、何故、婆娑(ばさ)橋のことを聞きたいのじゃ。


わしは、この近辺の山は隅々まで知っておるぞ。お二人に話せることは沢山ある。しかし、聞きたい理由を言ってくれないと、おいそれとは話せんわのう」


 琥珀も天后も、正直に話をすべきだと思った。二人は顔を見合わせお互いに頷き、琥珀が話し出した。


「私は、陰陽師安倍晴茂の式神で琥珀と申します。こちらは、式神十二天将のひとりで天后です」

「何?陰陽師?安倍?…式神?」

「はい」


二人は改めて頭を下げた。


「わしが若いころ、大台山系で修行をしていた時、安倍満晴と名乗る陰陽師に会った事がある。妙な眩惑(まやか)しの術を使っていたが、その人と関係があるのかのう。式神とは、陰陽師の手下だな。では、お二人は人間ではないのか?」


「人間です!」


琥珀がきっぱりと言い切ったので、天后は驚いた。


「ああ、そうか。人間か。別に人間でなくてもいいがな。わしは山中で人間の姿をした異界の住人を何度となく見てきたでな、驚きはしない。さて、それで、陰陽師の式神とやら、何故、婆娑橋に興味があるのかな」


 琥珀は、婆娑橋の付近で妖気を含んだ火と光を感じた事、それは橋姫(はしひめ)という妖怪かも知れないと長屋坊に説明した。老人は、妖怪橋姫には反応しなかったが、妖気を含んだ火と光の話に目が反応した。


「あなた方は、…妖気を感じるのか。わしには、妖気か何か分からないが、異様な気は感じる事ができる。お二人を見た時、異様な気を感じた。それで、お二人が普通の人間ではないと思い、蜂の所為(せい)にして無礼を働いた。


ここ数カ月前からだが、この裏山も何か異様な気配がする。時々、山へ出かけるのじゃが、その異様さの原因が分からずにおった。妖気だったのじゃなあ、異様な気は。ふうむ…」


「それで、長屋坊様、婆娑橋と広場は、どのような場所でしょうか」


 長屋坊と自らを呼んだ老人は、話し出した。


「これは我が北村家に代々語り継がれている話じゃがな。江戸時代の中頃まで、この裏山には火喰(ひく)(どり)が棲んでおった。普通の(にわとり)の三倍くらいの大きさの鳥でな、鶏冠(とさか)松明(たいまつ)のように火が燃えていたそうだ。


この(とり)は火が好きでな、村人が火を燃やすと必ずやってきては火を食べる。家の中まで入って来て、かまどの火まで食べるんじゃ。これでは、飯の用意ができん。更に悪いことに、火喰い鶏は火の(ふん)を出す。その火が燃え移って家を燃やされた事も度々じゃったそうだ。村人が追い払おうにも、火の鶏冠を振り乱して攻撃してくるので、手に負えない」


 長屋坊は、琥珀と天后を交互に見ながら、身振り手振りを織り交ぜ、楽しそうに話した。


「散々に悪さをするので、村人が困って火喰い鶏に村に来ないようにお願いをした。そうしたら、五年に一度、節分の日に若い娘を生贄(いけにえ)に出せと言われたそうじゃ。そうすれば、村には降りて来ないと約束をした。


村人は相談して、五年に一度であれば生贄も仕方がないと決め、その年に十六歳になる娘から選んで生贄を出す事にした。あの婆娑橋は、そんな可哀そうな生贄の娘のために立派な橋を造った名残(なごり)じゃ。山頂付近にある広場は、生贄をそこに残してくるために小さな御殿(ごてん)を建てたと聞いておる。


村人は、生贄を連れてゆく以外は、婆娑橋を決して渡らなかったそうだ。十何度かの五年目にお沙世(さよ)という娘が生贄に選ばれた。村人はお沙世を連れて婆娑橋を渡り、広場の御殿に入れると逃げるように帰って来た。三日三晩の間、村人は皆で南無阿弥陀仏を唱えて、お沙世を(しの)んだそうじゃ」


 悲しい話になり、老人は伏し目がちに話す。


「ところが、四日目の朝になってお沙世が村に帰って来た。何事もなく帰って来たんじゃよ。お沙世が言うには、若い男が三日目の夜に現れて、火喰い鶏はもういない、わたしが始末をした、安心するようにみんなに伝えなさいと言って、姿を消したと言うのじゃ。


その男の言葉通りに、次の五年目にも、その次の五年目にも生贄なしでも火喰い鶏は現れなかった。そんな言い伝えじゃ。しかし悪い思い出が残る婆娑橋は、この村の人は渡ろうとしない。山頂の広場の小屋もいつの間にか無くなってしまった」


「お沙世さんは、無事でよかったですね」

「ああ、そうじゃな。我が北村家は、そのお沙世の何代か後の子孫じゃ」

「そうですか…」


「わしは、子供のころにこの話を爺様から聞いてな、火喰い鶏を始末した男に憧れたんじゃ。わしも、そんな強い人間になりたい、そう思って修験道の修行を始めたという事じゃ」


「橋姫の言い伝えはありませんか」


「橋姫と言う妖怪の話は知らん。そんな異界の者が現れたなどと言う話は聞いたことがない。ただ、お二人が妖気を感じたのが火と光と聞いたのでな、火喰い鶏が戻って来たのかと思ったのじゃ。山の異様さも火喰い鶏の所為かとな。もし火喰い鶏なら、この老いぼれではもう太刀打ちできぬかも知れん」


 琥珀と天后は、北村の長屋坊の老山伏に礼を言い、屋敷を出た。何か分かったら知らせてほしい、と長屋坊は二人に頼んだ。二人は、橋の名前や(いわ)れを含めて、火喰い鶏と橋姫の関係を考えながら山に戻った。


 婆娑橋の近くまで来た時、上空から青龍が降りてきた。


「琥珀、天后、探したぞ。晴茂様の言われるように、この山の向こうで九字紋(くじもん)の結界が破られていた。橋姫は結界から脱出して現れたのかも知れぬな」


九字紋結界は、芦屋家に伝わる結界だ。安倍家の五芒星結界に対応するものだ。


「九字紋が破られていた?どんな破られ方なの?」

天后が聞いた。


「それがな、山の向こうで大規模な工事をしている。何でも大きなショッピングモールが建設され、その周りも造成されて大きな町を造るようだ。九字紋の一本が完全に破壊されていた。呪術を込めた大きな岩などが発破で吹っ飛んで結界が破れたのだろう。山や岩が動いても普通は結界が解ける事はないのだがな。わたしの感じる限りでは、それ程強い結界でもなかったようだ。晴茂様には連絡しておいたから、そろそろ現れるだろう」


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