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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第五章 橋姫
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橋姫<3>

 橋の手前に突き出した岩の上に天后(てんこう)が座って琥珀を待っていた。


「琥珀、谷には何もなかった。そっちは、どう?」

「この道を登ってゆくと広場に出て、そこが行き止まり。だから、この橋はその広場に行くだけの目的で造られたようなんだ」


「ふぅん、…朝まで待って地元の人に聞いてみようよ」

「じゃあ、向うの道を下って麓の村まで行こう」


 二人は谷を飛び越え、山道を下って行った。陽が昇るまでにあと数時間はある。麓の民家が見える所で夜が明けるのを待つ事にした。


「琥珀、あなたと会うのは九尾(きゅうび)のキツネと対決した時以来だね。どう?その後は呪術(じゅじゅつ)も習った?」


天后は、琥珀が晴茂の心を貰った事も、その後の活躍も聞いている。九尾のキツネと戦った時の琥珀とは、違う琥珀になっている事も理解していた。


「はい。日々、修行しています」

「はははは、修行か、…うまいこと言うね」


「天后様は、船乗りさんだったと聞いてますが、なぜ安倍家の式神になったのですか」


「船乗りじゃあないよ。あたしは黙娘(もくじょう)と言う名前。小さい時から変わった力があってね、病気の人を治したりできた。でも父が海難で行方不明になってさ、父を捜しに何度も海に出たんだけど、結局見つからなかった」


天后は、昔を懐かしむ様子だ。

「今のあたしの姿は、その頃の姿だよ。忘れもしない二十八歳の時だわ。父を亡くした悲しさから峨眉山(がびさん)に登ってみたら仙人に会ってね、琥珀じゃないけどそれこそ修行をして仙女になり、天帝の后になったわ。そして、人々の悲しみを少しでも(いや)せるように頑張ったの。


特に父の事があったので、人々の航海の安全には気を配るようになった。今では媽祖(まそ)って呼ばれている。天上聖母(てんじょうせいぼ)とも言われるわ。神になったのね、あたし。でも、神とか聖母とか、ちょっと恥ずかしい。だから、若い時の、神になる前の、姿でいるの。


安倍晴明様に呼ばれて、式神になれと言われて、嬉しかった。人助けもできるしね。うふふっ、晴明様は凛々(りり)しいお姿だったし。今の晴茂様は、十二天将を晴明様から受け継いだ方だから、またこうして活躍できる。嬉しいわ」


 そんな波乱万丈の天后の人生で、今の姿が天后の一番(きら)びやかな時期なのだと、琥珀は思っていた。でも、それは少し違うのだろうか。

「そうなんですか。悲しみの(きわ)みの時の姿を、天后様は選んだのですか」


「はははは、そうよ。でも遠い遠い昔の事だからね。今では懐かしい出来事だわ。あたしね、聖母って言われるけど、お転婆(てんば)なんだ。だって、みんなが止めるのを振り切って、父を捜しに荒海に出たんだからね…。


仙人に会った時も…、えへへ、あたしの師匠なんだけど、こんなお爺さんに負けるものかってね、よく喧嘩をしたわ。天后媽祖(まそ)になってからは、そんなお転婆な行動ができないじゃない。だから、この年齢が一番いいの」


「へえぇ、天后様は根っからのお転婆なんだ」

「そうよ、それを知っているのは晴明様と晴茂様、それに仲間の十二天将だけだわ。世間では慈悲深い海運や漁業の神様なんだから、式神天后との落差は大きいわよね」


「十二天将の方々は、とても強い力を持っていて(うらや)ましい。わたしなんか、晴茂様に教えてもらう呪術だけで、結局何か特異な(わざ)がある訳ではないし。もっと、晴茂様の力になりたいのに、…」


「琥珀、馬鹿だねぇ、あんた」

天后は、琥珀を諌めるような発言をした。


「えっ!何が?」


「だってね、あなたは、安倍家伝来の桔梗(ききょう)五芒星(ごぼうせい)の秘術を授かったんだよ。あたし達十二天将は、五芒星は使えない。五芒星の術は陰陽師安倍家だけに伝わる秘術なんだよ。五芒星の強さは半端じゃないわ。あたしなんか五芒星で結界を張られたら、身動きできないんだから。


どんな呪術も妖術も、それに霊術、仙術だって封じてしまう力があるんだよ。琥珀、あなたは式神だけど、その術を使えるだけで安倍家の一員なのよ」


「えぇえっ!そ、…そうなんですか?天后様も五芒星は放てると思っていた。わたしは安倍家の一員?」


「だから馬鹿だねって言うの。今の世で五芒星を結べるのは、晴茂様と晴茂様のお父様、そして琥珀だけ。それって凄い事だよ」


天后にそう教えられて、琥珀は恐縮した。

「あああっ!…知らなかった」


「もう!?知らなかったじゃないわ。晴茂様があなたに五芒星の秘術を授けた時に、あたし達十二天将は、あなたを特別な式神として扱わねばならないんだと思ったんだよ。しっかりしてよね、琥珀!」


「あっ、ええ、はい!」


 天后は、こんな琥珀を、できの悪い可愛い妹の様に思えてきた。そう、憎めない娘だと、天后は琥珀を見つめた。

「そんな調子なら、あなた五芒星の種類って知らないでしょう?いいえ、使えるのだから知ってるわよね」


「種類?ええ、危ない時に防御する五芒星」

「それだけ?」


「はい、…えっ?他には、…? 結界の五芒星…?」


「あららっ、やっぱり知らないのね。晴茂様もきちんと教えないのかなあ」


 天后は、五芒星の種類くらいは知っておくべきだと、琥珀に説明をしようと思った。晴茂がまだ教えていない内容だが、五芒星を説明するのが、天后の役目のようになんとなく感じたのだ。


「じゃあ、教えてあげる、って言っても、あたしは種類だけしか教えられないよ。そのやり方は分からないから…。


まずね、結界を張る五芒星。『結界の五芒星』ね。これは悪い妖怪なんかを封じ込めるやつね。結界の中から外へ出られないし、外から中へも入れない。封じ込められた妖怪なんかは妖力が無くなるか弱くなる。五芒星が青白く光るけど、人間や妖怪には五芒星もその中に封じ込めた妖怪も見えないはずよ。使った事ある?」


琥珀は首を横に振った。琥珀はまだ結界を張ったことがない。


「そうねぇ、琥珀が使った事のあるのは、『護身の五芒星』」

琥珀は首を縦に振って、頷いた。

「青く光って、敵の攻撃を防ぐわね」

「はいっ!」

琥珀は、勢いよく自信を持って返事した。護身の五芒星は知っているし何度も使った。


「じゃあ、白く光る五芒星は?」

琥珀は、目を白黒させながら、首を横に振った。


「白いのは『隔離の五芒星』。結界よりずっと軽い五芒星ね。何かを見つからないように隔離するわ。結界と護身の中間かなあ、でも力は弱いからね。そうねえ、風呂敷のような…、現代では手提げバッグみたいな五芒星ね」

「へぇぇ、…、あれは隔離の五芒星って言うんだ。使ったことあるよ。」


「それから、…」

「えっ!まだあるのですか?」


「ふふふっ、あるわよ。赤く光る『遮断の五芒星』。隔離の五芒星より強くって、全ての邪気を遮断するわ。特に悪霊なんかが放つ霊気には強いわよ。でも、気を付けなければいけないのはね、これは邪気を持たないものには無力よ」


「はいっ!…、それって、晴茂様が菊子さんの悪霊を鎮めた時の五芒星だ!見たことあります」


「最後に、緑に光る五芒星」


「え?まだあるの?」


「うん、究極の恐ろしい五芒星。これは『攻撃の五芒星』とも言われるわ。敵に向かって緑の五芒星を放つと、敵を五芒星の中に取り込んで、そして中の気を消滅させる。中に閉じ込める五芒星は、二種類あったでしょ。結界と隔離。だから結界や隔離で閉じ込めた気を、攻撃の五芒星で消滅させる事が出来るわ」


「はいっ!」

琥珀は、熱心に聞いている。


「消滅させるのだから、その気が生き物なら殺すってこと。だから、滅多に使わない。あたしも緑の五芒星は見たことがないわ」


 琥珀は、五芒星の術にそんな種類があるなんて知らなかった。只々、感心しながら聞くだけだった。どのようにして使い分けるのだろう、琥珀には分からなかった。

「天后様、どのように使い分けるのでしょう」


「はははは、だから言ったでしょ。あたしには使えないから、分からないわ。(ためし)に琥珀のできる護身の五芒星を放ってごらん」


「はいっ!」

琥珀は護身の五芒星を放った。青く光る五芒星が二人の前に現れた。

「陰陽五行の木、土、水、火、金の順で強く念じてみて!」

「はいっ!」


琥珀は、更に雑念を払い、木、土、水、火、金と念じた。青く光っていた五芒星の光がやや白っぽく変化した。

「もっと気を入れてっ!琥珀!」


琥珀は強く念じた。「木、土、水、火、金」、「…」 五芒星は白さを増した。

「もっと強く!」

「…」

「もっと! 木、土、水、火、金!」

琥珀はこれ以上は無理という程、気を発した。すると、青白く光っていた五芒星が、ピカッと強い光を放っただけで消えていった。失敗だ。


「駄目だね、琥珀」

「はい…」

「ふぅーん、護身の五芒星を強くしても、結界にはならないんだ…」

「…」


「晴明様や晴茂様が結界を張る時は、五芒星の五つの頂点の場所で順番に気を注ぎ込み、最後に木の所に戻って全ての頂点をまとめて念じているわ。木で始まり木に戻って『印』を結ぶのね。妖怪などを永久に封じ込める時はそうしている」

「分かった。やってみる!」


琥珀は、護身の五芒星の呪文を、木、土、水、火、金の頂点で念じ、最後に木に戻って念じてみた。青く光る五芒星ができた。


「これは、やっぱり護身の五芒星だ」

「うん、そうだね。あたしには分からないわ。晴茂様に聞くしかないよね、護身以外の五芒星は…」


 その時、琥珀の心の中に晴茂の声が響いた。

『琥珀、…、護身の五芒星は、木、土、水、火、金の順番だ。これは、五行相剋(そうこく)の道理に基づく。護身の五芒星は、全てを跳ね退ける、何ものにも勝つ力を生じる必要があるからだ。


五行相剋とは、木は土を押しのけ、土は水をせき止め、水は火を消し、火は金属を溶かし、金物は木を切り刻む。五行にはそんな強さの序列がある』


 天后は、琥珀の様子から、晴茂が念で五芒星を教えていると気づいた。


『しかし、結界は、自然界の全ての力を結集して強固な結びつきを実現するんだ。何ものも侵すことのできない強固な結びつきを作る。だから、五行相生(そうせい)、木、火、土、金、水の順だ。


五行相生とは、木は火の勢いを助け、火は燃えて土を造り、土はその中で金属を育み、金は水を生じ、水は木を育てる。


各々の頂点で呪文を吐き、最後に再び木に戻り印を切り、結界を閉じる。結界五芒星の完成だ。しっかりと会得せよ』

そして、琥珀に呪文と印を示す念が届いた。


「天后様、分かったよ、『印』の結び方。それに、結界の張り方。やってみるね」

琥珀は、五行相生の順で頂点を移動し、呪文を念じた。最後に再び、木の点に戻り、強く、強く気を集中し、印を切った。青白い結界が見えてきた。そして次の瞬間、五芒星がピカッと光ると結界が張られた。


「おおっ、やったね、琥珀!」

「はい、天后様。結界、…、結界の五芒星…ですよね」

二人は喜んで笑顔を交わした。


 そして、その後も晴茂から念が届き、琥珀は桔梗紋五芒星を会得したのだ。白く光る隔離の五芒星、青く光る護身の五芒星、青白く光る結界の五芒星、赤く光る遮断の五芒星。


しかし、天后が究極の五芒星だと言う、緑に光る攻撃の五芒星は、まだ琥珀が会得するには早過ぎるのか、晴茂は教えなかった。五芒星の中に閉じ込めたもの全てを消滅、滅亡できるという、恐ろしい緑の五芒星だ。使い方を間違えれば、取り返しがつかない。そんな五芒星だ。


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