伸上り<19>
怨霊の向かう先は、咲の友達三人だ。
「いかん!この部屋は霊気で囲まれている。気を付けろ、琥珀。何としても、この子たちを守るんだ」
「はい、晴茂様」
琥珀は、咲も含めて四人を部屋の隅に移動させ、その前で構えた。晴茂は、部屋の中央で目を閉じ、何かを念じている。中学生三人は身体が震えてきた。霊気が強い所為だ。このままでは、あまりにも強い霊気で普通の人間は弱ってしまう。
咲は気丈夫にも友達三人に、大丈夫かと声をかけている。ついに三人は立っていられなくなった。琥珀は、五芒星で防ごうとしたが、強い霊気に包まれた中では五芒星は効かない。霊気の囲いを破らなければ五芒星も効かないのだ。
「そこだっ!」
晴茂は、右手を差し出すと、青龍の稲妻を放った。稲妻の向かった先は、正面の壁に掛けられた大きな古時計だ。バシッと大きな音がすると、古時計から菊子の霊が飛び出した。
菊子の顔は怨念で鬼の形相になり、全身からは、どす黒い霊気が湧き出している。口は赤く、目も赤く、手足の爪が鎌のように伸びている。白い死装束を着ているが、既にぼろぼろになっている。菊子の霊が姿を現した途端に、山辺咲はその場で意識を失った。
琥珀は、咲を抱きかかえ名前を呼んだが、意識は戻らない。晴茂は、琥珀に言った。
「琥珀、咲さんは大丈夫だ。菊子さんが自分の姿を見せないように、咲さんの意識を奪った」
菊子の悪霊は浮遊し、天井にへばり付いた。そして頭に沁みるような低く恐ろしい声で言った。
「おまえは何者じゃ?何故、咲を知っている」
「僕は陰陽師、安倍晴茂だ」
「陰陽師だとぉ?それで邪魔をしているのか?」
「邪魔をしているのではない!この子たちを傷つければ、咲さんが悲しむ」
「何を言っておる。こやつ等は咲をいじめているのじゃ。咲は喜ぶはずじゃ」
「菊子さん、よく聞いてくれ。この子たちは、咲さんの大事な友達だ。一時、喧嘩もしたが、今は仲直りをしている。咲さんはそれを話しに、菊子さんのお墓に毎日行っていたのだ。しかし、怨念に憑りつかれ惑ったあなたは、お墓にいなかった。元の姿に戻って、咲さんの話を聞いてやれ!」
「ええい、うるさいやつじゃ。いじめられた咲は、死ぬほど思いつめていたのじゃー。これでも喰らえ!」
菊子の悪霊は、口から邪悪な霊気を吐いた。灰色の邪悪な霊気が部屋を満たしてゆく。この邪悪な霊気で部屋中が満たされれば、いくら晴茂でも生気を奪われる。
晴茂は、青龍の稲妻を放つ。稲妻の電気火花は、霊気を含んだ空気を浄化する。邪悪な霊気と稲妻が、空中で火花を散らしている。晴茂は、もっと浄化できるものはないか考えた。
「墨っ子、いるか?」
「おお、ここにいるぞ」
「この部屋中の墨を集めて粉にし、それを塊りにしてこっちに投げろ」
「何、何?おお、やってみる」
墨っ子は、晴茂のやろうとしている意図が分からない。しかし、この緊急事態だ。必死に念じた。
皆が書いた半紙の字からも墨だけが抜けてゆく。床に零れた墨汁からも、墨だけが抜けてゆく。筆からも…。部屋中のあちこちから黒い墨が集まり塊りになってきた。徐々に大きな渦巻のような墨の粉の塊りが出来上がった。
「これで全部集めた!投げるぞ」
墨っ子はそう言うと、晴茂と怨霊の間へ墨の塊りを投げた。
晴茂は、その墨の塊りに向けて青龍の稲妻を放った。バリバリと大音を轟かせ墨の塊りが稲妻の稲光と共に粉々に砕け散った。すると、何と、稲妻の火花で墨の粉が活性し空中でキラキラと舞いながら、邪悪な霊気を吸い取っているではないか。
大広間を包んでいた霊気も一緒に吸い取ってゆく。墨も空気を浄化する作用が強い。充分に霊気を吸い取ったと見た晴茂は、呪文を唱え、霊気を吸い取った墨の粉を再び黒い塊に集めた。




