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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第二章 人間へ(猫又)
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人間へ<14>

 猫又の眼光はすっかり消えていた。妖気も弱まっている。

「おまえの母親は人に飼われていた猫だ。その娘のおまえも小さい頃は人に飼われていたんだな。おまえが野良猫なら、さらって来た人をすぐに喰らうはずだ。

しかし、おまえはそうしなかった。(ほこら)の中に無傷で生かしているではないか。

おまえが人をさらって来たのも、おまえの妖気の中に邪悪なものが潜んでいるのも、人に対するどんな怨念があるのか?」


猫又は、すっかりおとなしくなった。低く身構えるのを止めると、普通の猫の格好でおとなしく座った。


「おまえの怨念を話してみろ。僕と大天狗が聞いてやる」

晴茂に促されて、猫又は話し出した。


「母さんがいけないんだ。なぜ、あんなに人を好きなんだ。私たちを捨てた人間を母さんも恨んでいたくせに…」


 五十年以上前になるだろうか。猫又の母親は生まれたばかりの五匹の子猫と一緒に、ある家に飼われていた。子猫を生む前から家の人々は、大事に母猫を扱ってくれた。生まれた子猫もみんなで家族のように可愛がり、母猫と子猫達は幸せだった。


 そんな時、嫁いだその家の娘さんのお産が近づき、実家に戻ってきた。娘さんは初産なので、心配する嫁ぎ先の義母も時々様子を見に来ていた。その義母が、こんなに猫がいる家で子供を産ませるわけには行かない。何か病気にでもなったら大変だし、生まれてくる赤ちゃんも子猫に引っ掻かれては大変だと言いだした。お産する娘さんの生家と嫁ぎ先は、家の格が違い過ぎた。娘さんの家族は、猫に罪はないし、娘さんや赤ちゃんには近づけないからと頼んだが、無駄だった。


 泣く泣くその家の主人が、猫を鞍馬(くらま)の山に捨てに行ったのだ。不幸にもその時期が冬だった。五匹いた子猫は寒さに凍え、空腹に耐えながら、一匹、また一匹と死んでいった。そして最後に残った子猫が自分だと猫又は言った。


 母猫と一匹の子猫は、何とか冬を越し、野良猫となって生きてきたのだ。猫又になるまで生きてきたのは、そんな仕打ちをした人間への憎しみが強かったからだろう。母猫は五年程前に猫又になった。


 昨年の夏に、猫又は野良猫の子供を可愛がる人を見た。毎日やって来ては子猫を可愛がり、時には食べ物を持って来て食べさせたりしていた。そのうち、その子猫はその人の後をついて行くようになった。何日か後、子猫はやっとその人の家が分かり、庭に入って鳴いた。それなのに、家までついて来た子猫を見て、あっちへ行けと言う。しっしっと追い払われた。


 数日間、子猫はその家に行った。見つかるたびに追い払われ、蹴られたりした。子猫は別にその人に飼ってもらいたかった訳ではなかった。一緒に遊びたかっただけだった。次の日、子猫は庭に来て、一緒に遊ぼうと、その人を鳴いて呼んだ。その時は、足で蹴られ、おまけに石を投げられた。逃げる子猫の頭に石が当たった。子猫はふらふら歩きながら、山裾までたどり着く前に倒れた。


 猫又は、それを見て、昔、随分昔に、自分も人間たちの都合で捨てられた記憶が鮮明に思い出された。母親の猫又にこの話をして、人間に復讐しようと言ったが、死んだ子猫を土に返すと、母親は首を横に振った。


 そして、昨年の秋の暮れに自分も猫又になった。若い猫又は、母親や自分を捨てた人の子孫を探した。やっと見つけたので、復讐をしようと考えた。その家の娘を夜な夜な山に連れ出し、家の者に恐怖を与え、最後は喰らってやろうと思っていた。


 しかし、それを母親の猫又に見つかり、口論となった。母親は、『自分たちは野良猫の猫又ではない。人間を懲らしめるのはいいが、傷つけたり、喰らったりしてはいけない。そんなに落魄(おちぶれ)れてはいけない』と言った。自分は、子猫の時しか飼い猫の経験がないのだから、野良猫と同じだと言ったが、母親は、『そうではない』と言った。


「母さんは、私の足を噛み、しばらく動けないようにしようとしたのだと思う。私は、それを振り払い、無防備な母さんに一撃を振るってしまった。なぜ、なぜなのか、母さんはなぜ人に復讐しないのか。分からない」


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