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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第二章 人間へ(猫又)
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人間へ<2>

 大裳(たいも)なら正確に教えてくれるかもしれないと、晴茂は大裳を呼び出した。


「お呼びでしょうか、晴茂様」

「ああ。大裳、晴明様の式神だった頃の話を聞きたい」

「はい、安倍晴明様にお仕えしておりましたのもつい最近の事のように思い出します」


「晴明様は人間の式神を造り自由に使役したと思うが、知っているか」

「はい、晴明様は紙の人型から三名の式神を造り、お屋敷に住まわせておりました」


「その三人の様子はどうだった?普通の人間のように世間で暮らしていたのか?」

「いいえ、三人の式神はお屋敷の中で、雑用とか晴明様の食事の世話とかをしておりました。お屋敷から外へは出ず、他の人々とは交流していません。晴明様のご指示通りに動いていただけです」

なる程そうだったのかと晴茂は合点した。安倍晴明でも人間を造り、それを普通の人のように仕上げるのは難しかったのだ。


 晴茂は、部屋の隅に座っている琥珀を指差しながら大裳に言った。

「大裳、そこに琥珀がいる。私が石から造った式神だ」

そう紹介された琥珀は、大裳に頭を下げ挨拶をした。

「琥珀と申します」

「山で会ったな琥珀」


そう言うと、大裳は懐から扇子を取り、びゅっと琥珀を目掛けて投げた。それはあまりにも突然の出来事だった。扇子は琥珀の胸を目掛けて飛んだのだが、琥珀は素早い動きで扇子をかわした。

「見事だ、琥珀!」


大裳の目がきらっと光った。


「晴茂様、お話があります。まずは琥珀を石にお戻しください」

『えっ?なぜ…』と聞こうとした晴茂の心に、『大切なお話です。是非お願いします』と大裳の声が聞こえた。晴茂は大裳の真剣な声に話しの重大さを悟り、大裳に頷いた。晴茂は呪文を投げると琥珀を石に戻した。


大裳は、琥珀石をじっと見た。

「晴茂様、この石に触ってもよろしいでしょうか」

大裳は晴茂の頷くのを見て、琥珀石を手にした。


大裳は目を閉じて石を感じているようだ。深く心を研ぎ澄まし、石の全てを知ろうとしている。


 二分、三分、おおよそ五分が過ぎた。そして琥珀石を自分の前に置くと、大裳は口を開いた。

「やはりこの石は、単なる石ではありません、晴茂様」

晴茂は、どういうことかと身を乗り出した。


「わたくしは、土神でございます。石の生い立ちが分かります。琥珀石なる宝石はそもそも樹の樹脂が長い年月をかけて石になったものです。そして、たまにですが、その中に生き物を巻き込んでいるものがあります。この琥珀石は…、生き物を巻き込んだそんな石ですぞ。」


「なに?生物が含まれていると言うのか」

「はい、その生き物は、おそらく『蜘蛛(くも)』」


 晴茂は、単純に人間の形をした式神を造ろうとしたのだが、実は生き物に生気を吹き込み、しかも人間に仕立ててしまったのだ。


「晴茂様、天后(てんこう)六合(りくごう)が申しておりました。晴茂様が造られた琥珀という式神は、単純な式神ではないと。獣神ではないかと…。先程、わたくしが扇子を琥珀に投げました。無生物から造られた式神なら、晴茂様の指示がない限りあのように扇子をかわすことは出来ません」

「むむ…」


大裳は続ける。

「また、九尾と対決した時、琥珀に九尾が敵で攻撃の対象だとの意思を感じた、と天后は言います。そして、天后に対する競争心のような感情もあったと言います。

わたくしども六人の天将は、元々人間ですから、自由意思も感情もあります。また、残りの六頭の天将も獣ですが元々生き物でした。あの者たちにも意思も感情もあります」

「九尾もそのようなことを言っていた。そうならば、僕は生き物から知らずに式神を造ってしまったと言うことになる」


「いいえ、いいえ、晴茂様、…」

大裳は、真剣な表情になって首を振り、晴茂に言った。


「もっと深刻です。生き物を式神にすることは、何ら問題は起りません。蛙を犬に変えて式神にするとか、鶏をそのまま式神にもできます。しかし、晴茂様は、人間以外の生き物に『人間として式神になれ』と呪術を掛けられたのです。お分かりいただけますでしょうか」

晴茂は、理解できていない。


「わたくしどもの仲間である六獣の天将は、人間になれとの呪術は受けていません。ですから例えば青龍(せいりゅう)は『龍』として存在しています。青龍は人間になろうとしていないのです。白虎(びゃっこ)騰蛇(とうだ)朱雀(すざく)など、あのものたちも、人間になろうとしていません」

「うっ、琥珀は人間になろうとしているのか」

晴茂は、やっと事の深刻さが分かってきた。


「はい、晴茂様がそうのように命じました。今はまだ人間になる強い意思があるかどうか分かりませんが、晴茂様の呪術が、人間にならねば…、という琥珀の強い意思を、いずれ生むことになります」

「そうか。それは迂闊(うかつ)だった。では、琥珀は石のままで置いておく方が良いのか」


 晴茂の安易な返答に、大裳が困った顔を浮かべ、畳み掛けるように言った。

「晴茂様、それが、石のまま置いておくにしても、又しても問題を(はら)んでいます。それほどに単純ではありません」

「えっ、どうして?」


「この琥珀石にかけた呪術の強さによりますが、…あっ、いやっ、晴茂様の呪術ですから相当強い呪力だと思います。そんな強力な呪術をかけられたのですから、琥珀は一旦受けた呪文を長く心に留めるでしょう。人間にならなければとの意思、いや思いが、やがて欲望に変わります。しかし、石のままで放置されますと、そのうち欲望が凝り固まって恨みや怨念に変わります。そして、かけた呪術の強さに匹敵した鬼に化身してしまいます。怨念の鬼ほど厄介なものはありません」


 なんということだ。自分はまだまだ未熟な陰陽師だと、晴茂は痛感した。式神大裳が持つ土神としての通力を、晴茂は使いきれていない。晴茂が大裳の通力を会得して使いこなしておれば、この石を手にした時に、その中に生き物が感じられたはずだ。


 十二天将を自由に操るのは、十二天将が持つ能力や術を晴茂が自分のものにできなければいけない。天后や六合が持つ琥珀への疑問も、すぐに晴茂は感じ取らなければいけなかったのだ。晴茂は十二天将の術を使えるように山に(こも)ったが、それは攻撃の術が主な修行だった。もっと獣将以外の修行が必要だ。


そんな未熟な陰陽師が、強力な呪術で浅はかにも人間になれと命じて、式神を造ってしまった。

「どうすればいいのだろう」

晴茂は途方に暮れて呟いた。


「わたしは問題があると分かりますが、解決策は難しい。太陰(たいおん)に聞いてみましょう。晴茂様。何か良き知恵があるかもしれません」

太陰は智恵に長けた金神だ。何か知恵があるかもしれない。

「そうだな。太陰を呼ぼう」


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