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琥珀色の心  作者: 柴垣菫草
第二章 人間へ(猫又)
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人間へ<3>

 晴茂の呪文で太陰(たいおん)神が呼ばれた。大裳の隣に姿を現した。中年の色っぽい女性の姿だ。いや、色っぽいと言うより、魔女的な雰囲気がする。

「晴茂様、お呼びでございますか」

「太陰、いささか厄介な事態が起こってな」

大裳が言った。

「あらぁ、大裳さん…。この世の中に厄介なことは沢山ございますわ。ういっ、…お二人で怖い顔をして思案していても、解決しませんわよ」


「お、おまえさん、酔っ払っているのか?」

「だって、…まだまだお正月でございましょう。少しお神酒なぞ頂きましたの」

大裳は、この楽天家はいつまでも治らん、と困った顔をした。


晴茂が口を開く前に、太陰は大裳の前に置かれた琥珀石を見つけ、手に取った。

「あらぁ、綺麗な石ですこと。うん?これって、あの琥珀ちゃんですか。道理であの娘、肌が透き通っていると思いましたわ。うわっ…、綺麗!」

「太陰、その琥珀について話がある」

晴茂は、事の仔細を太陰に話した。


「そうなのですか?あらあら、…大変」

あっさりと言う太陰に晴茂は驚いた。これは根っからの楽天家だ。

「太陰、何か良い知恵はないか?」

大裳は深刻な顔で聞いた。楽天家で知恵者の太陰は、その問いに素直に答えた。


「そりゃあ、もう、琥珀ちゃんを人間にしてさしあげるしかありませんわよ」


「えっ!そんな話はこれまでに聞いたことがないぞ。人間以外の生き物が呪術で本物の人間になれるのだろうか」

大裳が、更に心配顔で太陰に聞いた。


「ぷっふぁー、…ううん、相当難しいですわ。でも、ないこともないですわ。ほら、蘆屋道満(あしやどうまん)が安倍晴明(あべのせいめい)様に式神の対決を申し込んだ時、道満は犬を使って人間の式神を造ったではないですか。結局、道満は負けたのですけど、あの式神は相当に完成度は高かったですわ。私は見た時に、人間だと思いましたもの」

「それは、太陰の目が節穴だったからじゃ」


「あらっ、あれが式神だって見破ったのは、貴人(きじん)だけでしたわ。大裳だってお判りにならなかったでしょ」

太陰は、酒臭い息で大裳に絡んだ。

「それは、その通りじゃが…」


 晴茂は、二人のやり取りを聞きながら、琥珀を人間にするしかないと言う太陰の主張が最も単純で、しかも筋が通っていると思えた。そこで、太陰に聞いた。

「太陰、もし琥珀が人間になれたとして、最終的に琥珀はどうなるのかな…」

「そうですわねえ。十二天将の六柱のわたくし達と六獣神の中間のような存在でしょうか。うう…ん、例えば、騰蛇(とうだ)が人間になったような感じでしょうね」


「騰蛇が人間になるのは想像し難いが、そんなに強力な式神になるのか」

「はい。でも、晴茂様が、琥珀に呪力を授けなければ強くはならないのですけれど、うっぷぅ…それこそただの厄介者ですわね」

「厄介者?」

太陰が言う厄介者とは何だろう。大裳と晴茂は同時に尋ねた。


それに答えて、太陰からは意外な言葉が出てきた。

「人間の妖怪が出来上がりますわ」

人間の妖怪は厄介者だが、しかしそんな例は沢山ある。

「ええっと、人間の妖怪と言うにはちょっと違いますわねぇ。人間が妖怪に変化(へんげ)するのは、怨念が強く残るからですわ」

「ふむ、ふむ」


「琥珀は、例えば心身ともに人間になるのですけれど、そもそも人間って何か?が分からない以上、人間にはなれないのですわね。そうすると、この娘の元来の魂、えっと蜘蛛…だったでしょうか、ここに怨念が集まっちゃいますわね」

「言っていることがよく分からないが、…」

大裳はくそ真面目な顔で呟いた。


「もう、大裳はね、考え過ぎなのです!どうせ考えてもお判りにならないのですから、もっと素直に現実を受け止めたらいかがですか、…うぷっ」

そう言われても、大裳はやはりくそ真面目なのだ。

「だから、何が厄介者なんだ?」


大裳の問いに、晴茂が太陰の代わりに答えた。

「要するに、蜘蛛の妖怪であって、人間の妖怪でもある、ってことか」

「そうそう、そうですわ。そんな妖怪は、どんな妖怪になるかなんて、見当も付きませんわ。そうでしょ、大裳さん」

「しかも、怨念の対象となる憎き相手は、僕っていう事になる」

大裳は、厄介者の意味がようやく分かった。

「ふぅむ、…それはいけませんなあ」


 大裳がやっと理解できたようだ。人間の怨念が鬼化して、その怨念が他の生き物を使って復讐する事はよくある話だ。しかし、人間の怨念とその他の生き物の邪気が合体した場合、どのような鬼が出現するかは確かに分からない。そんな例は大裳、太陰そして晴茂も知らない。厄介者になるであろうことは、しかし、三人は理解できた。こんな事情があったので、安倍晴明(あべのせいめい)は紙の人型から意思も感情もない式神を造って使役していたのだろう。


「さてと、そんな厄介者を出現させないためにも、琥珀には本物の人間になってもらわねばならないのですな」

大裳は、分かったぞと言いたいのか、大げさにこれまでの結論を述べた。


「しかし、それが大変なんだ。琥珀はお金を知らない。物を買うっていう行為も知らない。自動車や電車も知らない。もちろん、お金を払って電車に乗るなんて分からない。今の世の中、日々新しいものが出て来るしね。道路を歩くことも、なかなか大変で、そんなことを一々教えなければいけない」

晴茂は、大裳や太陰を呼び出す前に、これが困っていた内容だと思いながら続けた。

「そして、普通の人間のように、みんなと話ができなければいけない。話題を合わせるには、それを知らないといけない」

晴茂が大裳を呼んだ理由のところまで、やっと再び辿り着いた。晴茂は、これが知りたくて大裳を呼んだのだ。


「現代人の常識を一々教え込むのは、…呪術を使うにしても至難の業(わざ)です」

「ずっと付きっ切りでいないと教えられないし、色々な経験もさせないとなあ」

晴茂が、頭を掻きながら答えた。

「晴茂様、そもそも人間とはこんな生き物なんだと分かるのは、赤ん坊が成長して十年、いや十五年、二十年と長い期間を費やすのですから、それを短期間で教えるのは出来ません」

「そうだな、大裳」


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